ぱんくず日記

日々の記録と自己分析。

何か一緒に食べる

2017-06-18 22:38:52 | 日常
起きた。
霧が出て寒い。

昨夜は休日だし朝までネット逍遥しようと思ったが日付変わる前に撃沈した。
勤務がある訳でもないのに今朝は5時前から覚醒した。
私の体内時計は頑固である。

「カッカッカッカッカッカ、かあっかあっかあっかあっ、
 かーかーかーかー、カッカッカッカッ」


ご近所のハシボソさんが高らかに何事かを宣言している。
猫とは意思疎通出来るが、カラスも同様。
カラスは語彙が豊富な様子。
しかし残念ながら人間の理解力は彼らに追いつかない。
うちの近所のハシボソさんは今年雛がいないのか他で営巣しているのか、飛行訓練を見かけない。(寂

さて、寒いから風呂。
霧がかかってひえひえの蒸し蒸し湿度98%。

教会に行かなければ。


今日は礼拝の後でマルコを皆で読む日だ。
終わったらすぐ弁当買って来よう。

牧師夫妻は今週留守にて不在。

主日礼拝

黙祷
招詞 詩編29;2
讃美歌(21) 51 564
聖句唱和 エフェソ1;14
信仰告白 讃美歌(21) 456
祈り
聖書朗読 詩編25;1~22
説教
讃美歌(21) 23
献金 讃美歌(21)512
祈り
頌栄 讃美歌(21)1-(4)
祝祷

急ぎ弁当を買って来ないと。
食べる時間30分未満だ。


マルコを皆で読み始めて今回で3回目。
イエスがカリラヤ湖畔で網を触っていた二組の兄弟を呼ぶ。
呼ばれた4人の漁師達は自分の仕事道具も父親も船に残してイエスに付いて行く箇所。
フリートークなので各自自由に思った事を出し合う。
以下、出席者が注目しフリートークにて語られた事の一部。

 マルコの特徴は「すぐ」という言葉が出て来る。
 「すぐ」という言葉で時間的な展開を言い表わし物事の進展の速さが見えて来るのは
 何かドキュメンタリーのようだ。

 ペトロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネは自分からイエスに弟子入りを希望していない、
 イエスの方から招き、彼らは付いて行かない選択肢もあったのに家業と親を横に置いて
 付いて行く方を選んだ。
 信仰者となる前は、色々な宗教の中からキリストを自分で選んだつもりになっていた事もあったが
 それは傲慢であり思い上がりだ。
 主なる神の方から私達罪人を一人一人選んで招き、呼ばれる。
 一緒に付いて行くか行かないかの選択肢をイエスは私達に委ねている。

 岩波訳では「彼らは父と雇人達を棄て」と訳している。
 口語訳、新改訳、新共同訳、現代訳、本多訳、バルバロ訳は「棄て」ではなく「おいて」と訳している。
 ガリラヤ湖でイエスに呼ばれた時、優先せず「棄て」た漁業に、彼らはまた戻って来る。
 イエスの処刑の後再び彼らは魚を獲り、そして復活したイエスと再開する。
 「魚」は重要だ。
 復活したイエスはガリラヤ湖のほとりで魚を焼いていた。
 師を裏切って逃げた自分達の卑怯さを誰よりも知っていたであろう彼らを責める事をせず
 イエスは岸辺で魚を焼いて待っていた。
 実に「魚」を一緒に食べた行為こそが赦しそのものだった。


まだまだたくさん発言が出たが全部は書き切れない。
制限時間は時間と決めている。
私は前回勤務のため出られなかったが面白くて楽しい。
毎回出席者の中から誰かが司会となって進行役を務める。
一回に1段落程度の範囲を輪読し、わかり難い箇所や引っ掛かる語句は違う訳の聖書を参照比較する。
まだ当たってはいないが、どうしても難解で分からない箇所は飛ばしてもよいのだ。
捻くり回して本題から脱線したり誰かが壮大な神学的解釈をぶちまけたり特定の解釈に固着するよりも、
わからない事は「わかりません」と敬意を以て一礼し通過する謙遜が必要と昔母教会で指導された。
「わかりません、どういう意味ですか」と主なる神に尋ねる事から祈りが始まるとも教えられた。
そして「どういう意味ですか」と尋ねた事の答えは、
文字の上にではなく日常の視界の隅で目立たない小さな印のように置かれている事に気づいてはっとする。

牧師や宣教師が参加していても「教える→教わる」という状態にならないように、
各自が読んで思った事を自由に語り合い共有出来る事を目標としている。
四半世紀も昔、私の母教会でも同じやり方で水曜の夜に集まって聖書を皆で読んでいた。
皆で一つの食卓に集まって鍋を囲むように。

バスが無い。
日曜日は週日の半分以下に減る路線バス。
いいわ。
歩いて帰ろう。

マーガレットが咲いている。
お隣の庭から種が飛んで来た恵みなの、と牧師夫人がいつか言った。


道路脇の廃屋の前に、これ何だろう?

手入れする人もいなさそうだが盛んに咲いている。

道の途中またもファミレスに立ち寄った。
サラダ2種類といかの足。

店を出てちょっと歩いて携帯が無いのに気づいて引き返した。
テーブルを片づけた店員が気づいて私を探していた。
服のポケットに入れたつもりでするっと落としていたのかな。
ダメだわ不注意で。

風がこちらに向かって来る。


太陽が傾いた。
結構歩いたな。


母の様子を確認するのに電話したら、天気がいいのでスーパーまで歩いたらしい。
牛レバーを焼くから後で取りに来るようにと言っていた。

帰宅して白菜煮込みを作ったので届け、レバーの生姜焼きを貰った。
物々交換か(笑
レバーは顎が外れたのを聞いて小さく切ったと言う。

柔らかくてウマい。
味付けがよかったので聞くと酒と醤油と微量のオリゴ糖とおろし生姜と言っていた。
調味料は殆ど同じなのに私が作るのと味が違う。
白菜煮込みは水を使わず白菜の水分で、味付けは昆布茶のみ。
母から電話で「温まった、おいしかった」と言って来た。

井上陽水の「少年時代」をようつべで聴き流しながら昨日上げたこのブログの誤字と誤変換をチェックした。
何十年も忘れていた視覚によって記憶が息を吹き返し、既にこの世に無い場所へ行きたい帰りたいと思わされる。
写真画像の力。

もうちょっと起きていろいろやりたいが、
目がシブくなった。
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