江戸の退屈御家人

世の中のいろいろ面白いことを野次馬根性で・・・・

年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず

2017年04月05日 20時33分41秒 | Weblog

白頭を悲しむ翁に代わる の 劉廷芝の作詞と言われるが、娘婿の宋子問の作くともいわれるが。いずれにしろ昔から日本人基礎教養として、人口に膾炙された言葉である。

花の季節の栄華に対し、人間の限界性を感じ。それを容認する態度だと。

桜の花は、特に染井吉野の花は、どこへ行っても同じ。

染井村の植木師達の貢献だが、逆にどこへ行っても同じ染井吉野とその一斉の季節だ。優雅豪華の半面若干の寂しさを教えてくれる。

今日4月5日は吾輩がかねてから期待していた、墨田川上流の岩淵水門を見に行った。野次馬の限り。

この岩淵水門は、明治44年の墨田川大洪水で江東・墨田など東京の下町が壊滅的被害を受けたので、当時の内務省が荒川放水路を掘削し、隅田川へ流入する水量を抑制するため、岩淵水門を作ったのである。

これを作った責任者が 青山士(たかし)という内務省の役人で、なんとこの人が、先日日比谷図書館でパナマ運河掘削に携わった日本人という講演会があったが、私は日程が合わなくて聞けなかった。思わぬところで、明治大正期の日本最高の土木技師に出くわすことになった。

いいお天気で、近在の子供や母親それに吾輩みたいなどうしょうもない退職老人が桜を楽しんでいる。

この後、赤羽駅まで歩いて、飲み屋に行きました。12時少し前から、在のオジサンやお姉さんが酒を飲んでいるのに驚いたね。人形町は5時からだぜ。赤羽はいいところだ。隣のオジサンと意気投合、ビール大瓶と鯉の洗いとうなぎのかば焼きをたのんで、暫くの老人の特権を楽しみました。

赤羽はいいぞ、上野や御徒町とは違う飲み屋文化がある。

次に、赤羽から湘南快速で11分、池袋へ。ここから有楽町線で、氷川台駅へ。ここから石神井川沿いに、桜見物に行きました。

どこへ行っても桜は桜。目黒川も、石神井川も、隅田川も荒川も、千鳥ヶ淵も似たようなものだ。

違いはみる人の心の持ち様ではなかろうか。  歳歳年年、花相似たり、年年歳歳人同じからずと。

こうして、石神井川にそって中仙道 旧板橋宿まで歩いた。昼間の酒と、昨日の世田谷砧公園でのテニス&二子玉川での探索の疲れで、疲労困憊。   ああ、われ老いたり!と

池袋で チャーシューと 御座候の 回転焼 3ヶをかって疲労でヨタヨタ帰り、ダウンしました。

人は変わる。人は老いる。しかし花は変わらない。

 

 

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