人生晴れたり曇ったり

「辛酸を嘗めた私の闘病日記」2年半の闘病生活の峠を越え、その後の元気な日常を画像を加えながら不定期ですが書いています。

辛酸をなめた私の闘病日記全20章(第17~18章)

2017年06月01日 | 冊子(人生晴れたり曇ったり)

第17章

二回目の正月

平成27年3月のガンの告知から二回目のそして、それは私達夫婦にとっては忘れられない37回目の特別な記念の正月を迎える事が出来たが、その間に家内は一度 たりとも「頑張って、大丈夫」だとは言わずに、常に寄り添い見守ってくれた。長い苦労を掛けてしまった事を口には出さないが、心で手を合わせた。「ありがとう」と。

また正月の恒例の実家への新年挨拶時には、亡き両親を祀る仏壇に結果報告をし、無事に手術が終わった事を報告した。「お父ちゃん、お母ちゃん 無事に終わった。見守ってくれて、ありがとう」。

翌日には、これも恒例の我が家での子供達家族との新年会である。一つ大きくなった孫に囲まれ長女の孫から「じいさん、よかったね」とねぎらいの言葉をもらい、思わず抱きしめ、もらい泣きをしてしまった。

我が家では孫に私達の事を「じいさん、ばあさん」と呼ばせているが、何時しか「じいしゃん、から、じいさん」と呼べる様に成った事に気付かされた。悪性中皮腫の宣告から半年、本当に人生を一度は諦めた私も、今では元気な日常生活を送っている。

昨年の今頃は、「せめてこの孫が、来年の小学生になるまでは」と思って頑張って来た。

初めてのガンの告知から1年9か月と言う時間が流れ「死んで花実が咲くものか」との思いを強くした闘病生活であった。

 

  「同級生が自宅にお見舞いに来てくれました。」

 

第18章

二回目の抗がん剤治療

平成29年1月30日 予定通り1回目の抗がん剤治療が豊岡病院で始まった。抗がん剤治療としては、昨年にも3回経験している事もあり、比較的穏やかに治療を受ける事が出来た。入院としては8回目の入院であるが、一週間の入院でその後は自宅療養になり、味覚障害以外は日常生活と変わらない生活を取り戻した。

2回目の抗がん剤治療は2月28日からの入院と決まり、抗がん剤治療としては合計5回目で、数えて9回目の入院となる。

今回は取り残したガン細胞の予後の為の治療で、合計6回の抗がん剤治療が計画され、初夏まで入退院を繰り返すが、「習うより、慣れろ」と言われるように、これまでの様な重苦しさは無い。看護師さんからも「伊藤さん、またまた帰って来たんか。

パジャマはLLだな」と毒舌を言われるくらいに慣れていた。

2月22日、悪性中皮腫の手術から3か月が経過し、術後の一か月検診に続き、3か月検診の為に、外来受診で久しぶりに兵庫医科大学病院の長谷川教授を受診した。

もちろん何時も側には愛妻が付き添い見守ってくれている。

結果は、すこぶる順調で肺機能も70%回復し「特に問題は有りません。極めて順調です」との報告を受けた。私にとっては、生き返ったような、過去の二年間の闘病が嘘の様なありがたい夢のような一言、最高の良薬であった。 

   

この3月11日で初めてのガンの告知から丸2年が経過し、今後も治療が継続されるが、三途の川を渡る事も無く、今日も元気に生き延びて、感謝の日々を送っているが、目指すは生存3年で有り5年である。この新しい手術方法の後に続く患者さんの手本、鏡になりたいと思っている。

長男の孫娘の七五三の晴れ姿も見る事が出来、目を細める感謝、感謝の日々が続いた。

               「孫の七五三」 

そして、3月21日 3回目の抗がん剤治療の為に、3度目の入院と治療を受けたが、わずか3日間の入院(合計10回目)で、3月23日には退院したが、連続の抗がん剤治療が続いた為に、腎臓が悲鳴を上げ、4回目(合計7回目)の抗がん剤治療は先送りとなり、4月28日の予定となった。

そして迎えた4月28日の抗がん剤治療。何時ものように血液検査と尿検査、レントゲン検査を受けた。腎臓は、以前に比べて「少しは良くなっているが、依然数値は悪く、今回は少し弱めの抗がん剤にします。」との事で、約3時間の日帰り治療となった。効果の程は分からないが、抗がん剤治療に変わりはない。これまでは、入院での治療を受けてきたが、日帰りでの抗がん剤治療は初めてで、治療後の不安も少し無い訳では無いが、入院に比べ治療費も安く、気も楽であり体調に大きな変化も見られずに安堵している。

次回の豊岡病院の受信はCT検査などが5月12日に予定されているが、その前には恒例の「ユラク創業記念経営発表会」が組まれていて、心配を掛けた全社員に元気な姿を見せ感謝を伝えた。

「29年5月の経営発表会と祝賀会にて」

 

人間は勝手な者で、死ぬかと思った大病も峠を越え、「山高ければ谷深し」と言うが、不都合は多々有るものの順調に回復してくると、闘病中の「無欲や感謝」が影を潜め、お世話になった病院関係者の皆様や、励ましを頂いた多くの皆様への感謝も忘れ、以前の様に行動出来ない事への不平不満が頭を持ち上げてくる。そんな事への日々反省と懲りない自分への戒めとして「感謝と謙虚」を心する今日この頃である。

振り返って見ると私達の結婚生活も、20代の「お互いの恋愛」で始まり、40代になると「お互いの理解」へと変化し、60代になると「お互いの支え合い、慰め合い」へと変わって来た様に思うが、今でも最愛の女性である事に変わりはない。

ご覧いただきありがとうございました。

次号第19~最後のお礼章もご覧ください。

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