おおぎやなぎちか 作品集(著作物、雑誌掲載、他)

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「重いか軽いか ー持ち上げ観音」作品No.5

2016-10-12 | 未発表作品
「重いか軽いかー持ち上げ観音」

イラスト広田美穂(『ひのっ子日野宿発見』より)

 そのむかし、東京が江戸とよばれていたころ。
 木の箱をせおったひとりのお坊さんが、村から村へ旅をしていました。着物はやぶけ、顔も手足もよごれています。箱の中には、石でできた観音さまがはいっていました。
 ある日、お坊さんは小さな村につきました。ここから川を舟で渡って、一日か二日歩けば江戸の町まで行くことができます。でも江戸に向かおうか、それとも山の方に行こうか、決めてはいません。
 お坊さんは、道ばたにお地蔵さまを見つけると、目をつむり手を合わせました。
 ながい時間、なにかをいのっておりました。
 そしてふたたび目をあけたとき、お地蔵さまの顔にびっくりして、お坊さんはしりもちをついてしまいました。
 さっきまできれいだったお地蔵さまの目のまわりに、丸くスミがついています。ほおにはバツじるし、衣にはオンボロじぞうとイタズラがきがしてありました。
 へへへ。
 お地蔵さまのかげから、男の子が顔を出しました。ため吉という村の子どもで、手には筆をもっていました。
「おまえがイタズラしたのか」とお坊さんは、こわい顔でため吉をにらみます。
「どうだい、お坊さんとそっくりだろ」
 と、ため吉はわらっていました。
「なるほどな。たしかにわしは、オンボロ坊主だ。だが、顔にこのようなしるしはないぞ」
 お坊さんがそういうと、ため吉は
「だったら、これでどうだい」と、あっというまにお坊さんの顔に、まるとバツを書きました。
「こらっ。おい。おまえの家はどこだ」
 お坊さんは、ため吉にききました。
「村のはずれのオンボロ小屋だい」
「そうか、オンボロ小屋か。だったらわしのようなオンボロ坊主にのき下くらいはかしてくれるだろ」
 お坊さんとため吉は、村はずれのため吉の家へと行きました。なるほど家はオンボロでしたが、ため吉の父親は気のいい人で、
「旅のお坊さんならば、どうぞのき下といわず、中へお入りください」とお坊さんをまねき入れてくれました。
 お坊さんは、よっこらしょと観音さまをいろりのわきにおろしました。
 ため吉の父親が、顔をあらう湯をもってきます。でもお坊さんは、自分の顔をあらうまえに、ため吉にてぬぐいをしぼり、
「さっきのお地蔵さまのお顔をふいておいで」といいました。ため吉は、「はい」とてぬぐいをうけとります。でも立ったまま、ため吉はお坊さんにききました。
「あのさ、さっき、お地蔵さまに何をおねがいしていたんだい? 」
「さっきか、この村のものがみなしあわせでありますようにとねがっていたのだよ。この観音さまもわしといっしょにそれをねがって旅をしているんだ」
 お坊さんは、こたえます。
 ため吉はじっとなにかをかんがえています。
「どうした、ため吉。なぜ行かぬ」
「うん、その観音さまのお顔も汚れてるんじゃないかと思って」
 ため吉はそういって、観音さまのお顔をふきます。
「そうか、そうだな。観音さまも長旅でよごれているだろう。おまえはやさしい子だな」
 お坊さんがそういうと、ため吉はてれたように家をとびだしました。
 最後にお顔をきれいにしたお坊さんは、いろりばたで、旅で見聞きした話をため吉にきかせてくれました。
 広い海、大きな鎌倉の大仏さま、すがたの美しい富士の山。
「富士のお山はな、里が春になってもまだ雪をかぶっておるのだぞ」
 お坊さんがそういうと、ため吉は、
「知ってらあ。ここからだって、小さくだけど、富士が見えるからな。なあ、富士お山には春がこないの?」と、うれしそうです。
「いや、そうではない。富士にもちゃんと春はくる」
「なんだ、ずっと冬だといいのにな」
 お坊さんは、くびをかしげました。春をよろこばないものなどいないとおもっていたからです。
「おぬしは、冬が好きなのか」
「うん。だって、おっかさんが生きていたときは、冬はいっつもお坊さんみたいにここで話をきかせてくれた。春になると田んぼや畑がいそがしいし、いろりの火もなくなるもの」
 この子には母がもういないのだなと、お坊さんはおもいました。母が死んだあとも、母のことをおもっているため吉がかわいそうだともおもいました。
 小さな村には、医者もいず、病気になってしまうと、助からないことも多いのです。
 ため吉とお坊さんのはなしを、観音さまもじっときいていたようでした。
 その日、お坊さんはため吉といっしょに、麦のごはんとタクアンをたべ、ワラのふとんでねむりました。 
 ひとばんため吉の家ですごし、お坊さんはお寺を出て、また旅に出ます。さて、江戸に行こうか、山の方に行こうかとおもいながら、観音さまの入っている木の箱をせおおうとしました。ところが、どうしたことか、箱がおもくてびくともしません。きのうまでは、せおってあるいていたのです。こんなことは今までいちどもありませんでした。
 ため吉の父親もいっしょになって、もち上げようとしましたが、やはりうごきません。旅のお坊さんは、箱をあけ、観音さまにたずねました。
「観音さま、いかがされましたかな」
 すると、観音さまがこたえたのです。
「わたしは、この村にのこりたい。村にのこって、みなが幸せになるのをみとどけたい」と。
 お坊さんは、「それならば、村人のねがいがかなうかどうか、知らせる役目をしてください」と、観音さまを村のお寺にのこして、旅立ちました。

 村にのこった観音さまに、村人はおうかがいにやってきます。
「観音さま、うちの牛は、元気に子どもをうみますか」
 ねがい事をいいながら、観音さまをもち上げます。
「おおー。もった、もった。元気な牛がうまれるぞ」
 あたりをとりまいていた村人は、はくしゅかっさい。この観音さまは、ねがいごとをいいながらもち上げ、それがかなうときはかるくもち上がり、かないませんよというときは、どんなにがんばっても、うごかないのです。
「これから江戸へ行って、大もうけをしたいんだが、どうだろう」
 そういって観音さまをもち上げようとして、もち上がらず、江戸へ行くことをあきらめた人もいます。
「きだてのいい嫁がほしいんだけど」といって、観音さまをもち上げた男は、すぐにたいそういい嫁ごをもらったそうです。

 ところである日、ため吉がお寺にやってきました。
「おとっつあんが、ケガをした。まえみたいに歩けるようにしてください」
 ため吉の父親が、材木置き場でたおれた木の下じきになり、足にケガをしたのでした。今、歩くこともできず、家にいます。父親がはたらけなくなっては、ため吉は麦のごはんすらたべることができなくなります。
 ため吉は、ぐっとくちびるをかみしめ、観音さまをもち上げました。
 すると、観音さまはまるでワラの人形ほどの重さしかありません。かるがるともち上がった観音さまは、心なしかわらってため吉を見ているようです。

 ため吉の父親は、やがてすっかり元気になりました。
 観音さまは、村人に大事にまもられ、すごしています。観音さまをこの村につれてきたお坊さんはというと、あのとき江戸には行かず、ずっとまずしい村々をまわってあるいているそうです。
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