おおぎやなぎちか 作品集(著作物、雑誌掲載、他)

著作権は作者にあります。無断使用をお断りします。(文章、写真、イラスト)
ご使用を希望の場合はご連絡をお願いします。

「オオカミのセーター」作品No.9

2016-11-02 | 未発表作品
「オオカミのセーター」 おおぎやなぎ ちか

イラスト・HOSHIKO

 オオカミのミミは、あみものじょうずでゆうめいでした。
「おまえのあんでくれたセーターをきていると、さむいふゆにえものをさがしにでかけることもいやじゃないよ」
 オオカミのラジャがいいました。2匹はけっこんして、いっしょにくらしているのです。きょうもミミは、せっせとあたらしいセーターをあんでいます。うすいみどりいろのけいとがミミのひざのうえでゆれていました。
「はるにつんでほしておいたヨモギでそめてみたのよ」

           

「ああ、はるがまちどおしいな」
「あなたのおかあさんが、ことしはわたしのセーターのおかげでかぜをひかずにすんだって。うれしいわ」
「ともだちのブカーのところにこどもがうまれるんだよ。なにかあんでやってくれないか」
「まあ、ステキ。ほそくよったけいとでやわらかなうぶぎをあむわ。ぼうしもあったらいいわね」
 ラジャは、ゆきのなかをえものをさがしにでかけました。ミミがのこりけいとであんでくれたマフラーが、まっしろなゆきにあざやかです。
「えもののにおいがするぞ」
 かすかにウサギのにおいがします。ラジャはかりのめいじんです。ゆきの上のちいさなあしあとをこっそりおっていきました。
 その日のえものは、ウサギだけではなくヒツジも2ひきありました。大きなふくろにえものをいれて、いえにかえろうとしたそのときです。
 これはキツネのにおいです。ラジャは、どうしたものかとおもいました。えものはとれるときととれないときがあります。とれるときにとっておいて、にくをほしておけば、なにもとれなかったときにそれをたべることができるのです。それにえものの毛は、ミミがセーターをあむためにもひつようでした。
 ラジャにきがついたキツネがにげだしましたが、ラジャのつめはもうそのしっぽをとらえていました。
「どうか、きょうのところはみのがしてください」
 キツネは、せいいっぱいあわれなこえでいのちごいをしました。
「なんとすばらしいセーターをきてらっしゃる。それにそのマフラーのセンスのよいこと」「キツネごときにそんなことがわかるのか」 ラジャはキツネがたすかりたいためにおべっかをつかっていることなどひゃくもしょうちでした。それでもおくさんのセーターのことをほめられると、くすぐったいきもちになるのでした。ラジャはキツネのしっぽをおさえている手をゆるめました。
「ラジャのだんな。おっと、にげたりなんぞいたしません」
 キツネはキツネで、このすきににげようとすることが、ぎゃくにたいへんきけんなことであることをよくわかっていました。にげたしゅんかんラジャはキツネのせなかにするどいキバをつきたてるでしょう。ここはなんとかしてラジャにとりいるしかありません。
「ラジャのだんな。おくさんのセーターのすばらしさは、山でしらないものはありません。これはもうしょうばいにしないという手はありませんで」
「しょうばい? ミミのセーターをうれというのか」
「へい。あっしにいいかんがえがございます」「なんだ、いってみろ」
 じつをいうと、ミミのセーターをうったらいいのではないかということは、いぜんラジャたちもかんがえたことでした。なかまのオオカミたちならばよろこんでかうでしょう。しかし、山のほかのどうぶつはどうでしょうか。いつもじぶんたちのいのちをねらっているオオカミの店に、セーターをかいにくるどうぶつがいるとはおもえません。しかも、セーターのもとになっているけいとは、それらどうぶつたちをとらえて、にくをたべたあとのものなのです。 
「あっしはこうみえてもときどきにんげんにすがたをかえて、町であきないをしておりまして」
 ラジャはおもいだしました。いつかミミがいっていたのです。キツネというのは、つかのまにんげんにすがたをかえることができること。どうもクマがとったサカナをサカナやにおろしたりしているようだということ。
「ミミのセーターを、にんげんにうるというのか」
「へい。このセーターならばかなりのねだんでうれますぜ。そのかねで、町からうまいもんをかってくればいいんです。おっと、もちろんそのかいものもあっしがしますよ。なにしろ、にんげんにばけるのだけが、とりえみたいなもんですからね」
 こうしてはなしはまとまりました。ミミはもっとあみものにせいをだしました。ラジャはかりにせいをだしました。キツネはそれをもって町のおみせにいくのです。ミミのセーターは、キツネのよそうをうわまわるにんきでした。
 キツネは、ラジャのいえにまいにちのようにでいりをしては「こんどはちいさいこどものやつをたのみますよ」とか、「ポケットがついたのもほしいですな」などとミミにちゅうもんをつけるのでした。
 ミミは、キツネにおちゃだけでなくゆうはんまでもごちそうしました。このキツネのしょうばいのおかげで、オオカミのくらしはすっかりうるおっていたのです。ベッドはふかふかになり、ゆかには、ごうかなじゅうたんがしかれています。キツネがまちからかってきてくれるのです。
「ミミさんのセーターが、店のショーウインドーのいちばんいいばしょにかざってあるんですよ。それをにんげんたちはうっとりとながめて、それから店にはいっていくんですよ」
「町にはテレビというものがあって、はこのなかのにんげんがうたったりしゃべったりするんですぜ」
「そうそう、このまえ山のカラスが、にんげんのだしたゴミをあさっていましたよ。まったく、みていてこっちがはずかしくなっちまいましたよ」
 ゆうはんをたべながら、こんなキツネのはなしがきけるのも、ラジャやミミにはたのしみでした。
 なつのあいだはセーターはあまりうれません。それでもミミはせっせとあみものをつづけました。さむくなってからあむのではすぐになくなってしまうからです。いまからたくさんあんでいたら、きょねんよりもうけがふえるにちがいありません。キツネはあいかわらず、ときどきやってきては、くだらないじょうだんをいって、ラジャとミミをわらわせていました。
 山のどうぶつたちは、まえにもましてオオカミをおそれるようになりました。
 2ねんめのふゆがきて、ミミのセーターはますますこうひょうで、とてもよいねだんでうれていました。
 ある日のこと、1わのカラスが、ミミのもとをおとずれました。ミミは、クリスマスのセーターをあんでいました。
「いやあ、おくさんのセーターのにんきはすごいもんですなあ。町にいくとにんげんのふたりにひとりはミミさんのセーターをきていますよ」
 山のどうぶつは、けっして町にはでかけませんが、にんげんにばけたキツネとこのカラスだけはべつでした。
「あなた、いつもにんげんのだしたゴミをあさっているんですってね」
 ミミはけいべつしたようにいいました。
「へへ。キツネのだんながいったんですね。にんげんていうものは、まだまだたべられるものまですてちまうもんでね」
 カラスはあみかけのセーターやけいとをくちばしでつまんでは、ちらりとミミをみあげました。
「ところで、おくさん。きのうおくさんのセーターにそっくりのをきているこどもがいましてね。どうもやすいにせものがでまわっているようですよ」
 ミミはどきっとしました。たしかにこのところ、すこしうりあげがへっていたのです。「これはあたらしいせいひんをかんがえないといけないのではないですかな」
「でもキツネはなにもいっていなかったわ」「そりゃあそうでしょうとも。じつは……」
 カラスは、こえをひそめました。
「にんげんがいちばんよろこぶのはキツネのえりまきなんですよ。なにしろセーターよりもずっとあたたかいんですから。これならキツネいっぴきでセーター十まいのねだんでうれますよ」
 ミミもラジャも、キツネのいいなりになってしまっていたことにきがつきました。
 そのよるやってきたキツネにミミはたらふくごちそうをたべさせました。
「いやあ、ミミさんはりょうりもコックなみですな」
 ごちそうをたべたキツネのけは、つやつやとひかっています。そして、つぎの日にはじょうとうなキツネのえりまきができあがっていました。
 ところがそのえりまきはもちろん、セーターを町にうりにいってくれるものがありません。ラジャはじだんだをふんでくやしがりました。
 カラスはあいかわらず、町にいってはゴミをつついているようです。そんなカラスをみおくって、
「あいつもすてたもんじゃないな」
と、ウサギたちはひさしぶりのひなたぼっこをたのしみました。
ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「カワウソのやくそく」(「... | トップ | 「もへじのししょう」(絵本... »
最近の画像もっと見る