田生活舎から出てきた大学時代の思い出

2017年05月16日 | 日記

初めての独り暮らしに夢膨らんだ毎日だった。

アパートは、市内中区にある「静和荘」4畳半、風呂なし、共同トイレ。家賃7千円で階段の下にある屋根が斜めの部屋には、小さな窓があるが、開けると隣の建物の壁で、部屋は電気をつけなければ真っ暗。それでも嬉しかった。早速、インスタントコーヒーを入れ引越しを祝う。

まず、バスの時刻表を写しに、メモ帳を持ってバス停に・・・すると時刻表には、2分おき、5分おきと表記されていて、愕然とする。田舎では一時間に1本の運行だった。

アパートの横に走る国道は、片側5斜線・・・・歩道橋から、しばらく見惚れる。すごいところに来たな、と実感。

仕送りは、当初毎月4万円で一日700円程度の食費でやりくり。月末はインスタントラーメンだけの生活で、貧血を起こし視野がトンネルの様になり慌てて病院に駆け込む。

近くのスーパー「マルシン」にパンの耳を5円で買いに行くと、レジのおばさんが、私の顔を見るなり「あーいけん!」(いけない、という方言)といって、とっさにマーガリンをくれた。母親の年齢くらいの人で、自分の息子とかぶったのだろう。嬉しくて、今でもスーパーの前を通る度に思い出す。

しばらくして、2階の6畳で日光の差す部屋が空き、引越し。家賃が9000円。小さな冷蔵庫を担いで2階へ。この作業で初めて腰痛になったが、しばらくすれば、治るだろうと気にしなかった・・・これが後に10年間極度の腰痛に苦しむ羽目になる。寝たきり、座れない、顔を洗えない生活が続く事に。

大学2年のときに父親が肝臓病で他界、仕送りが打ち切られ、掛け持ちバイトの生活が始まる。

レストランのボーイ、雀荘の受付、キャバレーのボーイ(残り物の鳥のから揚げを隠し持ち帰った、貴重な栄養源となる。)測量のバイトで未開の山に入り日射病にかかる。パチンコ店の表回り、ラブホテルの駐車場係り、代行運転の追走員(夜食付)、デパートの深夜の清掃係り、何でもやったが生活は苦しい・・・。今からすると懐かしい思い出だが。

何とか卒業して、警察官を目指し受験するが、不合格!腰痛で体力テストが・・・。

方向転換し、小さなイベント会社に就職。社員3名で初任給が手取りで79.800円。当時の平均収入の半分。お金がなく靴下を履かず営業に出ると、訪問先は土足厳禁で素足がばれ、笑われたつらい思いでも。

営業先の女性と大恋愛の末、結婚。今の奥さんの間に4人の子供を持ち現在に至る。

長男、次男は卒業後、東京へ。三男も東京のようだ。長女は結婚して子供もできた。

夫婦二人になれば、何を生きがいに生きるのかと悩む・・・東京に行くかと思うが決心がつかない。家族で、キャンプ・釣り・小旅行は楽しかった・・・あの頃にに戻りたいと思う、今日この頃である。

今年で、還暦に。もう年を数えるのは止めようと決心する.

<現在の静和荘の跡地にマンションが建設>

<今も健在なスーパーマルシン>

 

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