上越・町屋にて

主に新潟県・上越の自然、文化、風土、そして町屋暮らしについて書いていきます

町屋が消えていく 3 糸魚川市・大火

2017-02-22 08:49:53 | 日記・エッセイ・コラム

 

 

 火事現場の全容はうかがい知れないので,現場から3km程離れた美山公園の水道塔展望台(標高125)から撮影した。

 火は海縁で止まっている。右端が糸魚川新幹線駅。

 

私の70年の人生の中で,火事に会ったのは3回。新潟から栃木に引っ越したばかりの5才の時。正月,家族全員で映画を見に行ったときである。場内アナウンスで呼び出され,家に帰った。庭に運び出された家具の映像と,お金を家具の中に入れていたらしく,それを探す母の狼狽ぶりが,今でも脳裏に焼き付き,私のトラウマになっている。幸いにも,台所が燃えただけで事無きを得たのだが,いまでも,過剰な迄の火に対する対応と,火事のサイレンには神経をすり減らす。2度目は直江津町屋の我家の5年前の火事。隣家のパソコンに落ちた雷から類焼し,我家も半焼扱いだったが,なんとか家は繕った。そして昨年,これは家ではないが,車を盗まれ放火されて,全焼した。

 そんなわけで,私の人生にはなぜか火事がついてまわっている。火遊びにはとんと縁のない筈の,私なのだが。

現在,日本海を取材し始め,この糸魚川の大火の取材には腰が重かった。人の不幸,特に火事の不幸については,狂乱した母を思い出し,胸が痛むからだ。

 

この大火で150軒余が燃えたという。火は強風の為か,不規則に燃え広がったということで,火事現場を歩いてみると,火の範囲がまだら模様に移動したことが,顕著に分かる。

 

 この大火では町屋も多い地域だったと聞いているが,多くの貴重な町屋,建造物が失われたに違いない。私が住む直江津の火事の歴史を調べると,かっては,1000軒単位の大火が,2年続いたと有るから,風と雷の多いこの地方では,裸火,特に囲炉裏などの使用がなくなったものの,火事の発生にについては,多くリスクを伴っているのだろう。特に町屋街は道路も狭く,密集し,木造建築で,火災には弱い環境であるのは否めないのである。

 

  燃え残った柿の木

 

 早い復興を願いつつ,糸魚川市を離れた。2017年1月10日 撮影

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