Programmer'sEye

1エンジニアとして、これから先のコンピューターと人との付き合い方を考えてみたい。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

ネット世代のビジネスモデル

2004年06月08日 02時14分45秒 | 人とコンピューター
「ネット世代のビジネスモデルとは?」というタイトルで、
Have a nice dayさんからトラックバックを受けたので、少し考えてみたい。

それでは昨日と同じく結論から。
インターネットの出現により「情報を持つことの価値」が大きく下がったため、情報の販売を行おうとしても、それはうまくいかない。
しかし、情報の小売が閉ざされたとしても、情報の生産と流通という分野、独占的な情報の発信、発信制限、および強制的な情報の閲覧、閲覧制限という、情報発信を誰もが出来るようになったからこその差別化を行う点が生まれる。
そこに、ビジネスの種となるものがあるだろう。
たとえば、情報流通の安全性の確保、人気ホームページの一部の領域の購入。会員制コミュニティサイト。ある特定の分野の情報を定期的に収集し取りまとめて送ってくれるエージェントサービス。などが考えられるであろうか。

また、Googleなどの検索サイトは、主に一般的な情報しか対象としないが、価値がある情報の多くは何かに特化した情報であることが多く、この点についてもビジネスの余地が残るであろうか。
特化した情報を扱っているクローズドコミュニティなどは、有料であったとしても、ほしい人はこぞって参加するのではないだろうか。
お金になりにくくなったのは、一般的な事柄、みんなが欲する情報であり、みんながほしいと思わない情報に関しては、その発信、閲覧、流通について、ビジネスが成り立つ、と考えているわけである。

あと、Googleの業務には、企業が広告費を出す以外に、ユーザーからも対価を受け取っているという面もあるだろう。
Googleの利用は無料だが、Googleを使ってみなが見つけようとする情報を作成しているのは、Googleを利用しているであろうユーザーであり、Googleはユーザーが情報を作成してくれるからこそその存在価値があるのだから。


ちなみに、私はサービス提供者が何がビジネスになるかなどは考えなくてもよいと思っている。

すでに、世の中は、その複雑度に応じて個々の分野でのスペシャリストが求められるようになり、スペシャリストの集団がそれぞれの能力を発揮しながら社会を運営していく時代であろう。
そのような社会では、サービスを提供する側は以下にそのサービスに特化し、求められるものとするかのみを考え、それをビジネスにするのはビジネスにすることを専門としている人間に任せればよいと考えている。
日産のゴーンさんが日産の復活を行うに当たって、ロボットの効率的な動作を行うだめのプログラム手法や、欠品率を下げるための金型の設計方法など知らなくてもよかったのと、同じことである。

企業は原則利益のみを追求するために存在するわけだが、利益というものは何もお金のみをさすものではないはずだ。
ユーザーが満足すればそれでよく、その満足をもたらすために企業はある。
企業がもたらすユーザーの益の対価を受け取り、さらにそれをユーザーの益となる業務のために投資をしていく。
その循環こそが経済をまわしているわけであり、それが経済の全てだろう。
とすれば、ユーザーのニーズがありさえすれば、そこには必ずビジネスがある。
ニーズをお金に変える方法を見つけることの優先順位など、ニーズを見つけそれを満たすことの優先順位に比べたら取るに足らないだろう。

もし利益が出せないのであれば、ある種の公共事業として割り切り資本投資のみ(資本の回収を試みない投資)を行い続けてもよいのだから。
逆に、これからは資本投資のみの企業を増やしていくべきではないかとさえ思う。
ある種、労働者による健康保険組合や厚生年金組合のようなものだろうか。

もう、そういう時代に来ているだろう。

コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ネット世代企業であるGoogle | トップ | 「プライバシー」から開放さ... »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL