事件が起きたのは今から三十年前、当時私は高校二年だった。
倫理社会を担当していたH先生は自他共に認める偏屈者で、それでも授業は楽しかった。
教科書には載っていない話が中心の授業は私に哲学の魅力を教えて、やがてパスカルの「パンセ」を繙くようになる。
ただ、私の頭では理解出来なかったが。
そんなある日、事件は起きた。
大学で心理学を専攻していたと豪語するH先生が、突然こんな提案をしたのだ。
H先生曰く、両手の指を組んでみろ、と。
この時右の親指が上になった人は猫好き、逆に左の親指が上になった人は犬好きと断言したまでは良かったが、残念ながら世の中には「絶対」など存在しない。
案の定、一人の生徒が「私は猫が大嫌い」と言い出した。
なるほど、彼女の親指は確かに右が上になっている。
しかも追い打ちをかけるように「私は犬が大好き」とまで。
「そんな筈はない!」
取り乱したのはH先生である。
「右親指が上の人が猫嫌いの筈がない」
気持ちはわかるが、心理学の知識をもってしても読み解けないのが人の心。
何事にも例外はつきものだと思うが、なまじ心理学の知識があったが為に、彼はその例外を認めることが出来なかった。
あの時のH先生の顔は未だに忘れられないし、私自身肝に銘じている。
企業会計原則の「真実性の原則」が好きな理由も、案外このことが影響しているのか。
さて、つい先日色彩心理に関する小冊子(これは本とは呼べない!)をお世話になっているカラースクールから購入する。
多くのカラーリストが色彩と人間心理との関連性に言及し、中には色彩を取り入れることで運気が好転するとまでおっしゃる人もまでいるが、流石にこの小冊子はそこまで強気ではない。
あくまで対人関係に生かす為の「色彩心理」について持論を展開している。
勿論、そこには(統計学的な意味合いはないものの)実体験に基づく裏付けがあるのだが。
私のように人付き合いが苦手な人間にとって、この小冊子に書かれたキーワード(普段好んで身につける色や口癖、目の動き等)をヒントに“目の前の相手”を探ることは有意義なこと。
願わくば“相手をその気にさせる為の殺し文句”は把握しておきたいし、少なくとも今よりもスムーズな対人関係を築き上げたい。
そういう意味では便利なツールなのだが、一つだけ気になることが。
それは(良い意味での)曖昧さがないこと。
例えば「黒」という色にはプラスのイメージやマイナスのイメージがあり、そこに象徴されるものが何であるかをきちんと明記している点は評価できるが、これらの色が象徴する“何か”が私たち人間の心理にどの程度影響を与えているかは正直眉唾ものだし、「この人は日常的に黒を好んで着ているから、こういう傾向が強い」と断言することにはどうも納得が出来ない。
実際ある種の傾向が見受けられたからこそ、こうして一冊の小冊子にまとめてあるのはわかっているが、それでも「たかが色だけで性格を断定されても…」といった気持ちが私には強い。
「こういう印象を与える」程度であればそこまで反発しないが、「こういう傾向が強いので、こういう態度で接する方が良い」と言われてしまうと「それはちょっと違いませんか?」と(根拠のない)反論をしたくもなる。
洞察力の鋭い人ならまだしも、中途半端な洞察力しか持ち合わせない人間が使いこなすには却って毒になりかねないツールであり、もう少し色彩心理そのものについて(多少専門的になりすぎる嫌いはあるが)丁寧に書き記した方が実用的ではないのかな、とも。
ちなみに私は「調和を重んじる」側面と「自ら決断する」側面とを持ち合わせているらしい。
きっと本人が気付かない(あるいは抑圧している)だけで、そういった一面をも秘めているのだろう。
倫理社会を担当していたH先生は自他共に認める偏屈者で、それでも授業は楽しかった。
教科書には載っていない話が中心の授業は私に哲学の魅力を教えて、やがてパスカルの「パンセ」を繙くようになる。
ただ、私の頭では理解出来なかったが。
そんなある日、事件は起きた。
大学で心理学を専攻していたと豪語するH先生が、突然こんな提案をしたのだ。
H先生曰く、両手の指を組んでみろ、と。
この時右の親指が上になった人は猫好き、逆に左の親指が上になった人は犬好きと断言したまでは良かったが、残念ながら世の中には「絶対」など存在しない。
案の定、一人の生徒が「私は猫が大嫌い」と言い出した。
なるほど、彼女の親指は確かに右が上になっている。
しかも追い打ちをかけるように「私は犬が大好き」とまで。
「そんな筈はない!」
取り乱したのはH先生である。
「右親指が上の人が猫嫌いの筈がない」
気持ちはわかるが、心理学の知識をもってしても読み解けないのが人の心。
何事にも例外はつきものだと思うが、なまじ心理学の知識があったが為に、彼はその例外を認めることが出来なかった。
あの時のH先生の顔は未だに忘れられないし、私自身肝に銘じている。
企業会計原則の「真実性の原則」が好きな理由も、案外このことが影響しているのか。
さて、つい先日色彩心理に関する小冊子(これは本とは呼べない!)をお世話になっているカラースクールから購入する。
多くのカラーリストが色彩と人間心理との関連性に言及し、中には色彩を取り入れることで運気が好転するとまでおっしゃる人もまでいるが、流石にこの小冊子はそこまで強気ではない。
あくまで対人関係に生かす為の「色彩心理」について持論を展開している。
勿論、そこには(統計学的な意味合いはないものの)実体験に基づく裏付けがあるのだが。
私のように人付き合いが苦手な人間にとって、この小冊子に書かれたキーワード(普段好んで身につける色や口癖、目の動き等)をヒントに“目の前の相手”を探ることは有意義なこと。
願わくば“相手をその気にさせる為の殺し文句”は把握しておきたいし、少なくとも今よりもスムーズな対人関係を築き上げたい。
そういう意味では便利なツールなのだが、一つだけ気になることが。
それは(良い意味での)曖昧さがないこと。
例えば「黒」という色にはプラスのイメージやマイナスのイメージがあり、そこに象徴されるものが何であるかをきちんと明記している点は評価できるが、これらの色が象徴する“何か”が私たち人間の心理にどの程度影響を与えているかは正直眉唾ものだし、「この人は日常的に黒を好んで着ているから、こういう傾向が強い」と断言することにはどうも納得が出来ない。
実際ある種の傾向が見受けられたからこそ、こうして一冊の小冊子にまとめてあるのはわかっているが、それでも「たかが色だけで性格を断定されても…」といった気持ちが私には強い。
「こういう印象を与える」程度であればそこまで反発しないが、「こういう傾向が強いので、こういう態度で接する方が良い」と言われてしまうと「それはちょっと違いませんか?」と(根拠のない)反論をしたくもなる。
洞察力の鋭い人ならまだしも、中途半端な洞察力しか持ち合わせない人間が使いこなすには却って毒になりかねないツールであり、もう少し色彩心理そのものについて(多少専門的になりすぎる嫌いはあるが)丁寧に書き記した方が実用的ではないのかな、とも。
ちなみに私は「調和を重んじる」側面と「自ら決断する」側面とを持ち合わせているらしい。
きっと本人が気付かない(あるいは抑圧している)だけで、そういった一面をも秘めているのだろう。









