永遠の生命、安心

永遠の生命と永遠の安心を得る方法を紹介します。

永遠の生命、安心 (3)

2010年02月18日 | 日記
20 林木(りんぼく、リンムー)先生 続き
2009年07月16日 | 日記
先生が口癖のように言われていたことに 「無形に於いて萬劫を化す」という言葉が有ります 
劫(災い、事故、危険など 人、生命にマイナスになるエネルギー)をカタチに現れるまえに 無形のうちに化す=無形のうちに消す「無形に萬劫を化す」
これは道院の重要な仕事であり修養でもある、その方法はどうするかと言うと合誦ということをする 以前中国では黄河の氾濫を合誦で治めていた時もあったそうです 又中国が共産党に支配される前に太乙正経午集を合誦するようにとの神界からの命令もあったそうですが 太乙正経午集を合誦するには12時間も掛かるので当時の道院の指導者達は1時間半ですむ太乙北極真経の合誦でお茶をにごしてしまったそうです 先生はそれを残念がっていました 太乙正経午集を合誦していれば中国は共産党国家にはならなかたろうにと

それからよく言っていたのに「幻影デスヨ」って言っていました 綺麗な景色を見ても「幻影デスヨ」 花火(東京中の)を見ても「幻影デスヨ」という具合! まあやりたいことをやり尽した人だから言えることでもあると思いますけれど 今思うと「幻影=短い時間の内だけの事」と言っていた様な気もします

ある時 「頭がフラフラします、気分も悪くて吐き気もシマス」と言って来た事があります 私も同じことが有ったのですぐに「先生それはコタツの豆炭の不完全燃焼による一酸化炭素中毒ですよ、一日位は治らないですよ」と言うと 部屋に帰ってゆかれましたが暫くすると又来られて「ナオリマシタ」というので そんな馬鹿な! 直るのが早すぎると思って聞いてみると 「鬆挐をシマシタ、清濁を分離スするカラネ 毒素は便にして出しマシタヨ」 私はなんと便利で凄いことの出来る人だろうとビックリ仰天でした 

この先生が教えてくれる方法が 説かれている経典が太乙北極真経、太乙正経午集で道院の経典なのだと言う事を初めて聞いて 付き合いみたいな気分で入った道院を真剣に学ぶ気持ちになりました

合誦とは    
合誦(太乙北極真経、太乙正経午集を大勢で声に出して読み上げること これには条件があって合誦が出来るのは道院でだけ しかも6名以上でなければ許されない)

21 和気之才 是万堂之喜(わきのさい これまんどうのよろこび)
2009年08月07日 | 日記

台湾の台北に崇善佛堂という済仏さんをお祭りするお堂があります ここでは一般信者の悩みや相談事に済仏さんの神霊が降られて絵を描いてお答えなされています 私も一度拝見したことがありますが一枚の絵を描くのに約2~3分で一回に20~30枚くらい書かれていたようです その当時は李先生というお医者さんが神霊を受けられて利き腕とは違う左手で筆をとり物凄い速さで描かれていました 日本では書初め用に使う大きさの紙に流れるように描いてゆき一瞬も止まらないように書き進められ 
その李先生を補佐する人達が 筆を洗い墨を継ぎ足し 絵の具を溶かし ズーッと描き続けられるようにしていて本当にその連携作業は滑らかで その作業全体が一人の人が全員の体を使って行っているような感じです 描き終わると次のところではその絵を解説して 相談者に答えています 本当に見事なものでした

さてよく大嶽に行くようになると その当時笹目仙人のお世話をしていたK女史が私を大嶽に招いて良いものかどうかを崇善佛堂の済仏さんにおうかがいをたてたのですね それで送られてきた絵が 左寄りに大きな花瓶にたしか牡丹だったと思うのですが描かれていて その賛に和気之才 是万堂之喜と書いてあったのです つまり此の者は和の才能があってこれがおれば 周り中が楽しくなるというような意味のようです それで安心して私を仲間に誘ったということです

済仏さんとは昔の中国のお坊さんで中国では 日本の良寛さんと一休さんを足して2で割らずに足しっぱなし位の人気者のお坊さんらしいです 一般にはチーフーと呼ばれているようです

和気之才 是万堂之喜の画は実家に置いてあって手元に在りませんので別の画を見本にします

22  酒、煙草、大麻、覚醒剤? もっと気持ち良い事 続くのあります!
2009年08月10日 | 日記
大麻、覚醒剤など芸能界や若者の間で流行りつつあるようですが そのことは不思議ではないと思います 何故なら気持ち良い事や 力を増幅したり 精神の高揚感が得られたりすることを求めるのは 人としてごく普通の成り行きだと思います 

ただ 大麻、覚醒剤などは同じ効果が長く続かないようですね もっと刺激が強くないと 同じ気持ち良さを感じられない(慣れが出来てしまうのでしょう) その為 もっと効果のある物、もっと、もっと、となって終には体に強い負担のかかる薬にまで手を出してしまう(経済的にも大変ですしね) そのことを恐れて 世界中のほとんどの国で禁止にされているのだと思います 

しかし昔は宗教や政治、祭事で公然と使われていたはずです その頃一般に使わせなかったのは特権階級が独占する為だったようです

昔は宗教を非難する言葉に 宗教は麻薬だ というのが在りましたが 私が思うに 麻薬にまで喩えられる様な宗教は 相当実用に耐える宗教だと逆に評価したいくらいです 麻薬ぐらい気持ち良くて体が治癒されるような宗教であれば もしかしたら気が良く回るようになって 霊も回復しているのかもしれないですから
白隠禅師の 軟酥の法などというのはたいしたものだと思います でも 坊さんのように ある意味プロでさえ中々 気が動き体が治癒されるような処までは行けないのです 

どうしてかというと ほとんどの修養法は肉体の有る事の有利さを活かせていないからなのです 手のひらを膝に付けるという方法は 心臓の火のエネルギーと腎臓の水のエネルギーが活用できて車で言えば ターボ全開位の力を発揮するのです 座禅で指導者が 警策を持って見守っているのは居眠りを 注意するのが主なものだと思います もし手のひらを膝に付けて其の所で心臓の鼓動を感じるようならば眠気は出ません

いつまでも気持ちよくて安全なものが欲しかったら 
ここで紹介している坐をお勧めします

23 化万劫於無形(かばんごうおむけい) 真のボランティア
2009年08月14日 | 日記
1976年 日本紅卍字月刊の編集後記に

○最近の天変地異による災害に対し、今月号の訓分では、その由って来る所を懇切に解明されていますが、

○かって昔の済仏訓にも「災劫が有形に現れるときは、多くの人が驚き恐れるが、それが無形に蔵されているときは皆漠然としてうかうかしている。たとえ提起されたとしても、それが未だ現れないので半信半疑である、これを無形に化しても、更に証拠となるものがないので、これを老人のつまらぬ迷信として片付けてしまう」

○「故に曲突徙薪(きょくとつししん、煙突を曲げ、薪を安全な場所に移す、即ち災害を未然に防ぐこと)では功とならず、焦頭爛額(しょうとうらんがく、頭を焦がし額を焼きさんざんなめにあう、即ち災害がすでに発生し痛い目にあうこと)した者が最上の上客としてもてなされるのである」と

○この諺には故事来歴があって、漢書では次のように伝えています。ある客人がご主人の自宅を尋ねた、そこの台所でカマドの火の出口が真直ぐで、傍に薪が積まれているのを見て、その客人は主人に対して、火の出口を外に曲げそらせ、早急に薪を安全な場所に移すようにと、さもなければ火災が発生するであろうと忠告したが、主人は黙したまま応じなかった。ある日にわかにその家で火災が起きた、鄰り近所の人たちは皆防火に努めたので、幸いにして全焼に至らずして火を消し止めることができた。

○そこで主人は牛を殺し酒宴をはって大盤振る舞いをして、鄰人の協力に謝した。その時頭を焦がし額を焼いた者を最高の上座にすえて、その功によって座席の順位を定めた、先に煙突を外に曲げるよう忠告した客人は全然問題にされなかったのです。

○そこである人が主人にいった、先に客人の言を聞いておれば、牛を殺したり酒を振舞うこともなく、また火災を未然に防ぐことができたのです。いま功を論ずるのであれば、その客人こそ最高の賓客として招請しなければなりませんと、

○曲突徙薪の者には恩沢がなく、焦頭爛額の者を最上の上客となすのですかと、そこで主人ははじめて目をさましてその客人を招待したとのことです。
そこで済仏さんも「一般の人情とか気持ちとはこのようなんものである。しかし修方はそうではないのである。無形の運化を以って体となし、災患を救済することを以て用となし、詳和善気を以て、劫氛(ごうふん)のを化するのである」と、この意味からも奮って災劫弭化の誦経に参加願い上げます。

ここで言われていることを簡単に言えば 災害がまだ現れる前に(無形のうちに)解消してしまうことが 真のボランティアであるということで それには道院の経典の合誦(6名以上で声をあげて読むこと)に参加して欲しいということを言っています

ボランティアといっても実は合誦をすると御褒美が出てしまうのです 私の運命が劇的に好転したのはこの合誦のお陰だったのです このお話はまたべつの時にいたします

24 只管打坐(しかんたざ)
2009年08月16日 | 日記
只管打坐 この方法で仏になろう 仏道を成しようと 座禅をしても私の知っていることから考察すれば 
 ほとんど不可能ではないかと思います

何故なら重要なことが2つほど足りない 1、窔が使われていない 2、肉体を持つその有利さが生かされていない

中真(黄庭、玄関)の窔をつかわないと真中(ミニ炁胞、中丹)が出来ない そしてこれはまぐれでは出来ない(時間がかかる)
2、手のひらと膝頭をつけて 心臓の脈拍が聞こえるところで 肉体の持つ心と腎のエネルギーを利用すれば何倍もの速さで エネルギーが活用できるし眠気も出ない

人は真中が無いと仏、神、仙人、聖者、超人、真人になれないのです

このブログで最初に紹介した方法で気が動くのが感じられる様になると 次に中真から押し上げられるような感じで囟門に自然に行かされます そこで虚を作る、(一番簡単な方法は其の所で静かにしていること)

25 大嶽での誦経
2009年08月21日 | 日記
大嶽には静かに瞑想が出来そうなところだなと思って置いてもらうつもりで行ったのですが 笹目仙人物凄く活動的で山荘の増築、改築で中々 静かな瞑想どころではありませんでした 
そこに林木先生がいらっしゃって道院の修養の奥深さを教えてくださいました 驚いたのは 道院の経典を皆で声をそろえて読むだけで 世の中の劫が無形のうちに無くすることが出来るということでした 

私は以前 引きこもりで生きているだけで地球の負担になるだけだが 死ぬ勇気もないので惰性で生きているというような長い真っ暗闇の青春をおくっていました
その時は経済的に大変だった父母から 仕送りをしてもらっていました 最低の人間です 大嶽でのこの当時は 父母から仕送りしてもらっていたけれども 父母は世間から生かされていた 私はこれからも経済的には 父母、世間に恩返しが出来ないだろうけれども何らかの形で恩返しをしなければならない と心に思っていました

それで道院の経典を皆で声をそろえて読むだけで 世の中の劫が無形のうちに無くすることが出来るということは願ってもないような ピッタリのことなので 合誦出来ることが嬉しかったです 

ただ全員(笹目仙人、K女子と婚約者、若者7名=男4名、女3名)「笹目仙人を除いて」 初めてのことですので中々上手に読むことは出来ませんでした それで最初は大分精神的に 大変でした 声も大きな声で迫力が有るほうが良いというものでした

現在のわたしの誦経の声の出し方には違う考えを持っています それは炁楽仙女さんに
高雄の林木先生方が誦経していた仲間に入れて頂いた時に 皆さんが静かな声でフワ フワッと詠んでいた それが気持ちよくて忘れられないというのを聞いてそれが良さそうだなと思うようになったのです 経典を読みながら理解してゆくことを思うと 静かに読むほうが理にかなっているような気がします
坐をしているように手のひらを膝に付けて坐のときの感覚を思い出しながら 静かに読んで中真(中丹、黄庭)にドームのよう球を思いそこに声を響かせていたことがあります そしたら何ともいえない 全身に甘いしびれる様な気持ち良さを感じたことがあります 誦経(太乙北極真経=約1時間30分)の間中もう気持ちよくて、気持ちよくて!

誦経は坐にもなります 坐にしないなんて勿体なくて考えられないです

去年の秋久しぶりに大嶽山荘に行ってみましたが番人が一人居るだけで 道の話も出来ない状態でした

26 (サーズ、新型、鳥)インフルエンザ 大丈夫な方法あります
2009年08月28日 | 日記

坐をするのに体調が良いに越したことはありません
風邪、インフルエンザ予防にとても良い方法が有ります
5~6年前知って実行してから
年に1~二回風邪を引いていたのが 平気になりました

風邪、インフルエンザが感染するのは粘膜からです 
特に注意する必要があるのは 鼻の粘膜です
「のどのウガイ」をするだけでは不十分なのです
大事なのは「鼻のウガイ」です
鼻のウガイというと つい顔をしかめそうですが 大丈夫です

コップ一杯の人肌のぬるま湯に 
小さじ一杯の塩(溶けやすいもの 安い物でよい)を溶かし
鼻からすすりこんでみると 痛さを感じないで できます

困ったことは鼻の中に残ったぬるま湯がとんでもないときに
出てくることです

でも良い方法が有りますので ご安心
体を90度というのは大げさですが
前かがみになり 顔を横に向けると出てきます これでOK

この方法はTVで 
美川 憲一さんが実演して教えているのを見て覚えました 
鼻水を垂らす様などあまり人に見せたくないでしょうに
美川 憲一さんには感謝しています

まず家に帰ったら 
1 手洗い
2 のどのウガイ
3 鼻のウガイ
4 眼を洗う

これをしておけば
美川 憲一さんが何十年か
風邪を引かなかった方法だといいますから
私達も大丈夫だと思います

ぜひやってみて下さい

27  生と死の狭間で
2009年08月31日 | 日記
趣味人倶楽部の質問です
次に書いてあるのは私の考えです

人は皆 死ぬものと 
それを絶対の真理のように
疑わないようですが 仏教では
解脱ということが 言われますよね
解脱って (ウィイペディアではインド一般の教えでは、輪廻からの離脱であるからむしろ空相的世界の意味が強く)なんて書いてありますけれど
肉体と精神は地続きって(宇宙と地続きかな?)言いました?
精神って肉体の波動の細かいほうの 肉体でして
波動の荒い肉体は 100年そこそこで使えなくなりますが
精神という波動の細かいほうの肉体は(肉体と言うのも変ですが)
残ると言うことです そして又波動の荒い肉体をもって
この世界に現れることが輪廻というものだと
ただこのとき精神体にエネルギーが足りないと記憶の継続性がない

そこで本当の解脱というものは精神体(霊ともいうようですが)に
エネルギーを充満させて 

波動の荒い肉体が使えなくなっても
精神体だけで生活するか 
必要に応じてこの世界記憶の継続性を持ったまま
表れることができる生命体にまでなる
又はその荒い波動の肉体にも十分なエネルギーを
満たして(現在の肉体とあまり変らない、もっとも若く自分の必要とする形、とかに変えることは可能だと思いますが)
自分が望む、必要とするだけ生きる(例えこの物質宇宙の寿命が来ても、このとき波動の荒いほうの肉体はどうなるのかは不明ですが、霊の方は次の物質宇宙に移行可能)

つまり自分の輪廻をコントロールすることだと思います

人は
神 仏 仙人 になるのが生まれてきた目的だと思いますね
輪廻より解脱できなければ エネルギーを消耗して 飛散する
最後は消滅というか 他の生命体のエネルギーに取り込まれる

幸い私は現実的な方法で
エネルギーを満たす方法を教えてくれる経典に出会いましたが

28  足の長さ
2009年09月03日 | 日記

坐をしていると体の歪みが気になるようになります 
体のゆがみは足の長さに表れるようです

人は足の長さが左右で少しは違っているもののようですが 
あまり違いすぎると猛烈な腰の痛さを引き起こしたりします 
一度長さが違いだすと中々同じ長さになりません 
生活習慣で長さが狂うことが多いからだと思います 
原因は骨盤の歪みが大部分だと思います 

骨盤のゆがみ 
足の長さを元に戻すのは普通の方法では困難です 
しかしオステオパシー療法いう方法で
治療すると3分で治ることがあります

次に「あなたの腰痛は劇的に治る」早瀬久義氏 現代書林
より引用します

まずブロックを用意します。
一〇センチ幅くらいのの切れ端があれば、それを活用します。
角材を斜めに対角線に切り、自転車のタイヤのストッパーのようなものを作ります。
その切断した部分に綿かスポンジを当てて、ビニールレザーで包んで裏側をとめておきます。
これでブロックは出来上がりです。

 仰向けに寝て腰部に、このブロックを下から差し込めばいいのです。

1 短い足の方へ、腰骨がブロックの中心にくるように真横に差し込みます。
  もう一方のブロックは坐骨の下から斜め上に差し込みます。
2 そのままの姿勢で1分半以上静かにじっとしています。
3 1分半以上経過してから、ブロックをそっと抜きます。
(出来れば他の人に抜いてもらうほうが良い、私の経験)
4 1分半ほどそのままの姿勢で寝ています。
  以上で終わりです。この後、1分半経ってから再び足の長さを計ってみます。
すると足の長さはおなじになっているはずです。

自分でやってみるまでは3分でなんてと
信じられませんでしたが
治りました

このブロックの代わりに靴にタオルを巻いて使っても
代用にはなるようです 
要は斜めに傾いた車止めのような形が必要なだけのようです

29  道院って?
2009年09月04日 | 日記
最近道院のことを調べていて私のブログに出会い
趣味人倶楽部に参加したという人が
私の趣味人倶楽部のプロフィール欄のところに来て
道院のことをいろいろ教えてほしい
求修(道院に入り修養を願いでること)したい
というので

私が知っていること
思いつくままに書いてみます

道院は宇宙の最高学府とのこと(玄学)

道院はフーチで宗教ではないとの神意で
宗教法人として届け出をすることを
許されていません 

宗教を救うとのこと 
全ての宗教の修養法意味を理解し 
その修養の本来の目的を解るように
アドバイスしその宗教の発展をたすけます

道院は 
主神のもと五教の教祖を祭っています
五教とは 道教、仏教、回教、キリスト教、儒教です

道院内では政治を語ることを禁止されています

男女は別の部屋で坐をしなければなりません
気の回り方が男は後ろから前に
女は前から後ろに回ります
物理的意味もあるようです

旧暦の1日、15日に太乙北極真経を合誦します
世界的危機の時等は太乙正経午集を合誦します
(未然に危機を回避するためです)

修養その他強制されることはありません

寄付を強要されることはありません
(その為今は殆どさびれているという感じです)
お金を集めようと まるで考えていなくて下手です

炁樂仙女さんが10年以上研究し 参考解説をつけて

太乙正経午集が道院に寄贈されましたが
修方(道名を持って修養は 無料でコピーが出来るよう手配する
と責任者の人から 聞いています)

入会金1000円、年会費12000円、家族会員年会費6000円
寄付金を求めること無し

これでどうやって銀座で続けていけるのか ???
維持会費としてすすんで寄付をする人はいるようですが
少数です

私も地方会員で遠くに住んでいるので
1年に数回しか行けません
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