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自伝的なもの、遥かなる神奈川への望郷の念、尽きず―再掲

2017年07月13日 | 日記

11/18/15 自伝的なもの、遥かなる神奈川への望郷の念、尽きず
 以下は、自分史的な自分語りである。

 昭和四十年半ば、私の両親は、神奈川に近い東京で結婚した。家は持ち家で、女一代で、母が独身時代にお金をコツコツと貯めて買った。父は入り婿、婿養子で、福島県から出稼ぎに来ていた。
 土地を最初に買ったのは母だったが、後から母の姉の夫が土地の半分を譲り受け、姉は立派な家を建て、母にも安く家を建ててもらい、土地代とした。姉妹で隣同士で住んだ。後に姉夫婦は離婚した。
 家を売るときには、同時期に売り、当時の土地高騰の世相の中、母の家も高く売れたが、姉の家はもっと立派な家のおかげで高く売れた。
 そこに母は、おばあちゃんと一緒に住んだ。せめてもの親孝行にと、母が願い、実現したものだった。父は、福島では農家として土地を持っていたが売ってしまい、身寄りもなかった。おばあちゃんは「(親類もいない人と結婚して)背負(しょ)っちゃったね」と娘の身の上を案じたが遅かった。この父は、後々面倒を起こす。
 父は、その当時、包丁やはさみなどの刃物を売る営業、行商をやっていた。それ以前は、農家を辞め、馬の博労などをし、福島じゃ仕事が少なく、東京に出稼ぎに来ていた。
 その父が、神奈川県足柄上郡開成町に福島の知り合いの斡旋で仕事を見つけた。しばらくはそこから通ったが家を売って夫婦は神奈川へ引っ越すことになった。
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