沼南中学校第21期同期会

北海道開拓の歴史を刻んだ母校を想い・・・

1959年市勢要覧から

2017年05月16日 | お知らせ

  

  1959年といったら、同期生が小学生になった頃ですね。

  当時の要覧から写真を集めました。

 表紙は岩見沢と美唄(峰延)の境界にあった索道客土の塔

 初期の頃は、このバケットが落ちたという話もありました。

 日本油脂の「ダ・イ・ナ・マ・イ・ト」の表示は、汽車やバスからよく見えました。

 

  トヨタクラウンが時代を感じさせます。

 美唄警察署は子供の時は訪れることはなかったかも。

 美唄駅の以前の姿を懐かしむ人が多いようです。

 昭和33年の各駅の乗降客数ですが、市内に駅が10もあったのですね。

 プレーをした記憶のある人はいますか。

 小学校の野球の試合で番町グランドに行った記憶がかすかにあります。

 この競技場では、走ったことのある同期生もいるようです。

 当時は、駅から近いハイクラスの競技場として、道内によく知られた

 所だと聞いています。

 祖父が一時入院したことがある古い時代の市立病院 

 峰延公園は、自分で初めてボートを漕いだ所

 和田公園は、冬にはスケートリンクになっていました。

 美唄の雪祭りは、札幌雪祭りの次に歴史あるイベントと聞いています。

 峰延遺跡というらしいですが、最近はあまり話題にはなりません。

 ただ、自分たちが小学生の頃は、学校に石斧とか黒曜石の矢じりが

 置かれていた記憶があります。

 最後に、もう一度客土の様子。この事業により美田が拡大していき、道内で

 有力な稲作地帯となりました。

 

   沼南中別室に3年A組恩師の近況が入っていますのでご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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