俺が魔晶石を売って大金を手にいれた帰り道。代金を取り戻そうと店主が雇った盗賊が襲ってきたり、悪漢に追われた美少女に巻き込まれたり、という事は全く無かった。
そういう訳で夕食には余裕で間に合う時間だから、昼の失敗を繰り返す心配はなさそうだ。
さて時間まで部屋で休むかなと自室のドアを開けたら……。中にヒスイさんがいるのは良いのだが悶えてる? 頭を抱えたり首を振ったりと忙しい様子だ。非常に声を掛け難いが何時までも放置して置けない。
「あの~、どうかしましたか?」
「はひっ! あぁと、トシ様。お帰りなさいませ」
「ただいま戻りました」
さっきのは見なかった事にすると、アイコンタクトが成立した。
「初日の階段での事を思い出していました」
「ああ、なるほど」
階段で俺が光球を出した時のヒスイさんの言動と俺の反応の事だろう。
「トシ様は、外交等の経験があるのですか?
それなりに自信が有ったのですけど……」
意識的に見抜いた訳じゃないんだけどね。
「ああ、ええと、あれは、実家の話はしましたよね」
「はい」
労働基準法に喧嘩を売るような話であれなのだが、まあ良いか。
「うちの使用人ですけど、
行儀を教えていると言う名目で給料を払ってないんですよ。
それでなんで行儀見習の希望者が後を経たないかと言えば、
上流階級相手に見合いの斡旋もしてまして、
行儀見習の履修が最低条件だからです。
で、まあ、私は生れてからずっと今の今まで
真剣に玉の輿を狙う女性に囲まれて育ったわけです」
「それは、まあ……」
親父は要約すると「売人は葉っぱに手を出すな」みたいな事しか言わねぇし。母親は耐性訓練とか言って、ねぇや達を嗾けるし。いろいろと見たくないものも見た……。
「ですから、いわゆる下心有りの言葉や仕草には、
自然と反応しちゃんですよ」
「不快な思いをさせてしまって、申し訳ありません」
「いえ、むしろ驚嘆しましたよ?
部屋の付くまでの僅かな時間で方針転換して、
まさか正直な素の自分で接して来るとは……。
って、なんか偉そうですね。すいません」
「そう言って戴けますと救われます」
一番驚いたのは実験室での「なんでも」発言が、素の言葉だった事だ。それだけの覚悟で召喚した。と言う事は伝わって来た。俺って『素』に弱いみたいだな。気をつけるようにしないと。
「むしろ、あの家を継がなくて良くなった事を考えると、
ヒスイさんに感謝すべきかも知れませんね」
たぶん養子でも取って継がすだろう。
「それは、なんと言うべきなのか」
「もう、この話は終わりにしましょう。お互いに良い事がないです」
「そうですね。食堂に参りましょう」
「はい」
流石に切り替えが早い。気分を変えるために場所を変えるのも賛成だ。
夕食と風呂を済ませた俺は明日の予定を考えていた。当座の現金も収入の当ても手に入れたせいか、どうもやる気がでない。基本的に、ぼ~っとしていたいインドア派なのだ。
ヨーロピアン中世ちっくな街並みや、時代考証とかも好きな人は好きなんだろうが……時代考証!? そうか、あれをやってみるか、無理っぽい気もするが、所謂『内政物』って奴をなっ!
なんて思っていた時期が俺にもありました。いや、まだやってないけど。予防線を張っておきたい気分なんだよ。
良い感じにゆっさゆっさ揺られてる。余計に眠くなるような気も。
「トシ様~~。起きてください」
「おふぁよぉ。ヒスイさん」
「はい。おはようございます」
そして、今日も洗顔&保湿液タイムの後に、この部屋で朝食。
「――それで、ですね。私の世界の技術が活かせるか。と言う話です」
「なるほど、試してみる価値は十分にあります。賢者を呼びましょう」
ヒスイさんがリタを使いに出すと、朝食が終わってから賢者登場。
「我が国に滞在中の『流浪の賢者ジゼー』です。
二重召喚の術式製作者でも有り頭脳だけは確かです」
「ふぉっふぉっ、だけに棘があるのぉ」
「わたくしの依頼は、神の血潮の『使用』を前提にした魔術式であって、
『全壊』を前提にした物ではなかった筈ですが?」
「最後に決断したのは姫さんじゃし。成功したんじゃから良いじゃろ」
「そうでなければ国から追放してます」
「勘弁しとくれ、他の四カ国からの追放期間が明けておらんのじゃ」
なんか凄くどんな人なのか解った気がする。絶対にマッドだ。
「それで、おまえさんが異世界からの客人じゃな」
「沢木敏道です。よろしく」
「うむうむ、ジゼーじゃ。お主の話なら何日でも付き合うぞ」
とりあえずは基本のノーフォークから言ってみるか。
「四輪作法と言う、農業と牧畜を組み合わせた物がありまして――」
「ほう、三圃制の発展系かのぉ。で、何を植えるんじゃ?」
そこまで覚えてないっす。
「麦とか豆とか……?」
「……研究リストに加えておこう。次じゃ」
肥料あたり言っとくか。
「農地に、灰や卵の殻やリン酸を――」
「前者二つはやっとるの。リン酸とはなんじゃ?」
「なんだろう?」
「ふむ。次じゃ」
醸造いっとくか? 全然知らないや。あれだ! コークスはいけるだろ。
「石炭は、蒸し焼きにすると質がよくなるんですよ」
「ほうほう。それは面白そうじゃのぉ」
「石炭の質が上がれば製鉄の質もよくなるんじゃ」
「ほうっ。サラマンダー以上の火力なのか?」
「…………はい?」
サラマンダーって火の精霊の?
「製鉄と言えば、精霊術師がサラマンダー呼んでやるんじゃ」
「どうだろう……」
「まあ、製鉄のコストが下がるかも知れんし、庶民の暖房用に良いかもの」
「なるほど」
冬が凄く寒いらしいし暖房用になれば良いなぁ。
「他にはないかの?」
「今は思いつきません」
たぶん頭の片隅には入ってると思うけど。
「そうか、思いついたら連絡してくれや。
石炭の蒸し焼きから取り掛かる事にする」
さっさと出て行ってしまった。フットワークの良い爺さんだ。そうして後ろで黙ってみていたヒスイさんが寄って来る。
「トシ様。ありがとうございました」
「いやぁ、コークスだけでも成功すると良いのですが」
「コークス?」
「ああ、石炭の蒸し焼きの事です」
「なるほど。そうですわね……」
【前話 姫様の気持ち】 【目次】 【感想掲示板】 【次話 内政物再び】
そういう訳で夕食には余裕で間に合う時間だから、昼の失敗を繰り返す心配はなさそうだ。
さて時間まで部屋で休むかなと自室のドアを開けたら……。中にヒスイさんがいるのは良いのだが悶えてる? 頭を抱えたり首を振ったりと忙しい様子だ。非常に声を掛け難いが何時までも放置して置けない。
「あの~、どうかしましたか?」
「はひっ! あぁと、トシ様。お帰りなさいませ」
「ただいま戻りました」
さっきのは見なかった事にすると、アイコンタクトが成立した。
「初日の階段での事を思い出していました」
「ああ、なるほど」
階段で俺が光球を出した時のヒスイさんの言動と俺の反応の事だろう。
「トシ様は、外交等の経験があるのですか?
それなりに自信が有ったのですけど……」
意識的に見抜いた訳じゃないんだけどね。
「ああ、ええと、あれは、実家の話はしましたよね」
「はい」
労働基準法に喧嘩を売るような話であれなのだが、まあ良いか。
「うちの使用人ですけど、
行儀を教えていると言う名目で給料を払ってないんですよ。
それでなんで行儀見習の希望者が後を経たないかと言えば、
上流階級相手に見合いの斡旋もしてまして、
行儀見習の履修が最低条件だからです。
で、まあ、私は生れてからずっと今の今まで
真剣に玉の輿を狙う女性に囲まれて育ったわけです」
「それは、まあ……」
親父は要約すると「売人は葉っぱに手を出すな」みたいな事しか言わねぇし。母親は耐性訓練とか言って、ねぇや達を嗾けるし。いろいろと見たくないものも見た……。
「ですから、いわゆる下心有りの言葉や仕草には、
自然と反応しちゃんですよ」
「不快な思いをさせてしまって、申し訳ありません」
「いえ、むしろ驚嘆しましたよ?
部屋の付くまでの僅かな時間で方針転換して、
まさか正直な素の自分で接して来るとは……。
って、なんか偉そうですね。すいません」
「そう言って戴けますと救われます」
一番驚いたのは実験室での「なんでも」発言が、素の言葉だった事だ。それだけの覚悟で召喚した。と言う事は伝わって来た。俺って『素』に弱いみたいだな。気をつけるようにしないと。
「むしろ、あの家を継がなくて良くなった事を考えると、
ヒスイさんに感謝すべきかも知れませんね」
たぶん養子でも取って継がすだろう。
「それは、なんと言うべきなのか」
「もう、この話は終わりにしましょう。お互いに良い事がないです」
「そうですね。食堂に参りましょう」
「はい」
流石に切り替えが早い。気分を変えるために場所を変えるのも賛成だ。
夕食と風呂を済ませた俺は明日の予定を考えていた。当座の現金も収入の当ても手に入れたせいか、どうもやる気がでない。基本的に、ぼ~っとしていたいインドア派なのだ。
ヨーロピアン中世ちっくな街並みや、時代考証とかも好きな人は好きなんだろうが……時代考証!? そうか、あれをやってみるか、無理っぽい気もするが、所謂『内政物』って奴をなっ!
なんて思っていた時期が俺にもありました。いや、まだやってないけど。予防線を張っておきたい気分なんだよ。
良い感じにゆっさゆっさ揺られてる。余計に眠くなるような気も。
「トシ様~~。起きてください」
「おふぁよぉ。ヒスイさん」
「はい。おはようございます」
そして、今日も洗顔&保湿液タイムの後に、この部屋で朝食。
「――それで、ですね。私の世界の技術が活かせるか。と言う話です」
「なるほど、試してみる価値は十分にあります。賢者を呼びましょう」
ヒスイさんがリタを使いに出すと、朝食が終わってから賢者登場。
「我が国に滞在中の『流浪の賢者ジゼー』です。
二重召喚の術式製作者でも有り頭脳だけは確かです」
「ふぉっふぉっ、だけに棘があるのぉ」
「わたくしの依頼は、神の血潮の『使用』を前提にした魔術式であって、
『全壊』を前提にした物ではなかった筈ですが?」
「最後に決断したのは姫さんじゃし。成功したんじゃから良いじゃろ」
「そうでなければ国から追放してます」
「勘弁しとくれ、他の四カ国からの追放期間が明けておらんのじゃ」
なんか凄くどんな人なのか解った気がする。絶対にマッドだ。
「それで、おまえさんが異世界からの客人じゃな」
「沢木敏道です。よろしく」
「うむうむ、ジゼーじゃ。お主の話なら何日でも付き合うぞ」
とりあえずは基本のノーフォークから言ってみるか。
「四輪作法と言う、農業と牧畜を組み合わせた物がありまして――」
「ほう、三圃制の発展系かのぉ。で、何を植えるんじゃ?」
そこまで覚えてないっす。
「麦とか豆とか……?」
「……研究リストに加えておこう。次じゃ」
肥料あたり言っとくか。
「農地に、灰や卵の殻やリン酸を――」
「前者二つはやっとるの。リン酸とはなんじゃ?」
「なんだろう?」
「ふむ。次じゃ」
醸造いっとくか? 全然知らないや。あれだ! コークスはいけるだろ。
「石炭は、蒸し焼きにすると質がよくなるんですよ」
「ほうほう。それは面白そうじゃのぉ」
「石炭の質が上がれば製鉄の質もよくなるんじゃ」
「ほうっ。サラマンダー以上の火力なのか?」
「…………はい?」
サラマンダーって火の精霊の?
「製鉄と言えば、精霊術師がサラマンダー呼んでやるんじゃ」
「どうだろう……」
「まあ、製鉄のコストが下がるかも知れんし、庶民の暖房用に良いかもの」
「なるほど」
冬が凄く寒いらしいし暖房用になれば良いなぁ。
「他にはないかの?」
「今は思いつきません」
たぶん頭の片隅には入ってると思うけど。
「そうか、思いついたら連絡してくれや。
石炭の蒸し焼きから取り掛かる事にする」
さっさと出て行ってしまった。フットワークの良い爺さんだ。そうして後ろで黙ってみていたヒスイさんが寄って来る。
「トシ様。ありがとうございました」
「いやぁ、コークスだけでも成功すると良いのですが」
「コークス?」
「ああ、石炭の蒸し焼きの事です」
「なるほど。そうですわね……」
続く
【前話 姫様の気持ち】 【目次】 【感想掲示板】 【次話 内政物再び】
見抜いたとか素とか該当するシーンが読み直しても見つからない…
どういうことだろう?