鹿の庵

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第04話 夕呼の慧眼

2009年03月25日 14時39分27秒 | 二次創作
1991年11月10日 白銀家前


「タケルちゃん。あの人達は誰?」

 純夏が珍しく真剣な顔で聞いてくる。

「衛士を目指してるって言ったろ? 衛士訓練生の人にいろいろ話を聞いてたんだよ」

 まりもとは一言も話してないが、武はしれっと言ってのけた。

「訓練生って、お金持ちさんじゃないよね。あの車は高そうだった」

 金持ちの訓練兵を何人か知っている武だが、高級車に乗らないという意味なら、純夏にしては賢い追求だ。

「あの車の持ち主は偉い学者さんだ。オレって理科や数学のテストで点数が急に上がっただろ? それで興味持って話をしに来たんだと。エリート養成学校に入らないかって誘われて、行こうかと思ってる」

 まるっきり作り話だが、8歳の武が夕呼を手伝いに京都に行くとしたら、転校という口実が最適だろう。問題があるとしたら悪乗りした夕呼が、本当にエリート養成学校を作りそうな事ぐらいだ。

「その学校ってどこにあるの?」
「それは、まだ聞いてないけど、たぶん遠くだろうな」
「嘘だよ」
「衛士になる一番の近道なんだ」

「本当なら、タケルちゃんが話してくれるはずない! へりくつでごまかすはずだもん!」

 相変わらずの武評だが、当たっている事も確かだ。

「オレだって大事な事は、ちゃんと話す事もあるさ」
「うぅぅ、変なタケルちゃんだけど、タケルちゃんだ」
「転校しても手紙は出すから」
「タケルちゃんが手紙って、想像もできないよ」

(そう言われれば、誰かに書いた事ってあったか?)

 それはともかくとして、武は純夏の周辺状況が気になるから、マメに手紙を出すつもりだ。

「いや、本当に出すよ」
「手紙は本当みたいだけど……」

 入念に準備して望んだ夕呼との交渉と違い。突然の事態に武はどう説得したものか窮してしまう。まだ8歳の純夏に慣れてもいないので、昔だったらどうやってたか思い出すのだが、思いつきだけで生きていた時代と同じ事をするのは抵抗がある。

「まあ、そういう事だから、おじさんとおばさんにも言っておいてくれ」

 とりあえず武は撤退を選んだようだ。説得も純夏の両親に丸投げしてる。実は昔と変わってないかもしれない。

「信じないから!」

 武は純夏の声を背中に家の中に入る。この年齢だと、この雰囲気でも追ってくる恐れがあるが、今回は追っては来ないようだ。

(親の説得は、どうせ徴兵されるなら、そういう学校を出た方が生き残る確率が高い。と言えばOKだろう)

 それよりも夕呼と接触した以上、いつの間に家捜しされているのか分かった物ではないと考えた武は、数式の書いたメモを最後によく暗記してから燃やして灰にした。情報はできることなら書いて残して置きたいのだが、安心できる拠点を手に入れるまでは何度も思い返して凌ぐしかない。指輪はお守りに入れ首から下げ常に携帯する事にした。


1991年11月15日 県立図書館


 武は夕呼と会えてからも、隔日で図書館に来ていた。

(とにかく今は“知らないはずの情報”を減らしたい)

 中国戦線の情報などは断片的なものしかないが、それでも分析すれば未来知識もあってそれなりに把握できる。

(そろそろ北京もやばそうだな。あと3~4年後ぐらいに、甲19号の建設がはじまるんだったかな)

 夕呼から連絡が来るまで焦っても仕方がないとはいえ、武がこの世界に来てもうすぐ一ヶ月になる。これは前回の世界ならば致命的な時間の消費だ。

(しかし、純夏の奴……信じないと言ってたくせに)

 武がおばさんに聞いたところ、純夏は必死で勉強しているらしい。その純夏の努力は……実る可能性が結構ある。夕呼の権限で可能になれば、エリート養成学校を本当に作ってしまう予感があるのだ。もしそうなれば武への牽制に当然のように純夏を入学させるだろう。そして武から言い出した設定だから文句も言えない。咄嗟だったとはいえ武が京都に行く口実は、夕呼から言わせるべきだったと猛省した。

 今現在、武が夕呼相手に安全を確保できてるのは、因果律量子論の実験に必要な自由意志と信頼関係を質に取ってる事が全てなので、武と夕呼の戦いは自然と心理戦の要素が強くなる。武が自業自得と思う事や仕方がないと思う範囲でなら、夕呼は武の意思を無視できるのだ。ならばその範囲を少しでも広げようとするのが香月夕呼である。

(救いがあるとしたら、夕呼先生は半端をしない事か)

 作るとしたら本当に良い環境を揃えてくれそうだ。そもそも武は純夏が衛士になるとしても反対しない。この世界この国の人間なのだから、BETAと戦う権利があり武に止める権利はない。状況が許すなら同じ部隊の方が安心できるが、武の手の届かないところで戦死したとしても、人間として生きて死んだのなら受け入れるしかない。

 実際にそうなった時に、武の精神がどうなるかは分からないが、それぐらいの気持ちでいないと夕呼に利用されるだけなのは確かだ。基本的には感情に振り回されないが、悠陽の事なら無謀に走ると思わせなければ、夕呼の方から悠陽と会わせる事はないだろう。武にとっての純夏の重要度は、できる限り低く見せる必要がある。


>>香月夕呼:Side<<


(面倒な資金集めも目処が立ったし、やっと自分の研究室に帰ってコレを分析できるわ)

 夕呼が東京に来ていた理由は資金集めである。オルタネイティヴ計画に関連する理論の内容は極秘とはいえ、利権になると思わせる事ができれば内容に関係なく資金は集められる。夕呼が自分で資金集めをしているのは、大学――帝国――の予算に頼っていては自由にやれないのと、帝国の紐付きだと思われては国連に認められ難くなるからだ。夕呼は国家に拘らない事を多方面でアピールする必要がある。

(それにしても、よりによって紅蓮斯衛中将が持ち主とはね)

 資金集めと並行して無現鬼道流と皆琉神威を調べた夕呼は、その相手の名前にため息をこぼしていた。確かに有名ですぐに見つけられたが、それだけに適当な理由で借りるのは難しい。

(相手が相手だし、正攻法しかないかしら)

 貸しを使った上で借りも作る事になるが、政府筋から夕呼に協力するよう話を通して置いてから、理由は機密としながらも礼を尽くして頼むぐらいしか方法はないだろう。しかし、より大きな問題は借りた後に来る。そもそも夕呼が刀――鍔だと余計――を借りる事が不自然すぎる。なぜ夕呼がそこまでして皆琉神威を借りたのか、煌武院家が調査しないわけがない。そして時期的に夕呼が東京に行った時が怪しいと考えるだろう。

(煌武院家の調査能力は、忍者を飼っていると噂されるほど)

 夕呼が東京で妙なガキと話していた事ぐらい楽に掴みかねない。夕呼がまりもに会いに行った事は、すぐに知れる事だし、武は横浜士官学校ではちょっとした噂になっている。娯楽に乏しい訓練学校の前で8歳とは思えない距離を走りこむ子供がいて、門兵と世間話もしていれば噂になるのは当然と言えた。訓練兵への罵倒――表のガキの方が体力があるぞ――に使う教官までいる始末だ。もちろん誇張だが。

(門兵にアレが、聞こえてた可能性があるわ)

 アレとは開口一番に武が夕呼の名を叫んだ事だ。そして門前の監視装置に記録が残っていればより最悪だ。そうなれば煌武院の方から武に接触する可能性すら出てくる。夕呼と繋がりがあると知れていれば、あまり強引な事はしないだろうが、それこそが武の狙いだろう。

(あたしの存在をお守り代わりにしつつ、接触ができない相手に向こうから接触させる。……本当に向こうのあたしは、やっかいな教え子を育ててくれたわ)

 大声については武の意図した物でないが、それ以外の武の狙いは概ね夕呼が考えている通りだ。そして気まぐれの来訪に偶然居合わせたとしか思えない――武に背後があるとは既に考えていない――のに、状況が武に都合が良すぎる事が、夕呼にとっては価値があり警戒すべき要素だ。

(最良の未来を選び取る能力。ずば抜けてそうね)


――しかし、あたしを相手にするには甘いわよ。


 それこそ夕呼が紅蓮から皆琉神威を借りなければ済む話なのだ。

(あんたは比較を強調しすぎた)

 夕呼は武から預かった鍔だけを分析して、世界を渡った物か判別する自信がある。もちろん他者を納得させるようなデータは取れないが、そもそも因果律量子論の本質は夕呼にしか理解できない。それに武が並列世界から来た事が事実なら、そんなデータは実験すればいくらでも取れる。問題は夕呼が納得できるかどうかでしかなかったのだ。


――あんたの望み通り早く再会できそうよ。ただ少し早すぎるかもね?



続く

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