忘却への扉

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自主憲法と言うごまかし

2017-05-12 | 平和を

 【 「自主」にこだわる必要ない 】 今治市( 17・高校生 )

 ◇今年で憲法70年を迎え、「自主」憲法制度の気運が高まっている。はたして「自主」にこだわる必要はあるのかと、私は疑問に思う。確かに日本国憲法は連合軍総司令部(GHQ)占領下に制定されたものであり、日本人の憲法は日本人の手でつくり、国の尊厳や誇りを取り戻そうという流れはある。だが、それは改正の理由に足りえない。戦後70年の日本を見れば、日本国憲法の方向性は間違ってはおらず、日本人の生活に合ったものだと断言できる。
 ◇誇りというのであれば、日本人は現憲法を70年間正しく運用してきた。それこそが日本人の誇りである。そもそも誰がつくったかは問題ではない。自動車も飛行機も外国でうまれたものだが、私たちは日常で使っている。憲法も同じで日本人の生活に合っているか、それが優れたものであるかが問題で、誰がつくったかは問題ではない。
 ◇現憲法にも矛盾はある。だから議論することは大いに必要だ。だが、それは感情論ではない。現実にもとづいたものであるべきだ。]
                 《 こだま 読者の広場 【 憲法施行70年に思う 】 》 地方紙「投稿欄」より

 ( 忘却への扉 ) 「憲法とは、国家権力が暴走して国民の人権や自由が侵害されるのを防ぐために国家権力を縛るもの」。
 安倍晋三政権となり、立憲主義と議会制民主主義まで、容赦なく突き崩しファシズムを感じる暴走ぶりは留まる所を知らない。「1強」とはいえ、安倍晋三1政権が、正常な審議も尽くさず報道への圧力など世論操作を行い、「20年までに憲法改正」とまで発言するのは、あまりにも国民無視で拙速すぎる。
 日本国憲法はGHQだけで制定されたのではなく、日本人も関わっている。だからこそ、国民大衆は戦争のない自由な私たちの憲法を得た喜びに歓喜したのだ。
 三国同盟を結び同じく戦争に敗北したイタリアとドイツは反省し、国民が自国の戦争犯罪を裁いた。だが、日本は軍国主義の洗脳・マインドコントロールが染みつき、自ら戦争犯罪者を裁くことさえできなかった。
 明治以来の大日本帝国憲法と国家神道の軍国主義が焼き付いた日本人が、当時「自主」憲法案は出したが、大日本帝国憲法を引きずるだけだったのである。
 その軍国主義で大日本帝国憲法(ドイツ・プロシャの立憲君主を範とし)に近い憲法を再びと、狙うのが安倍政権らの野望。現憲法にも矛盾はあるといっても、現憲法ができてすぐ朝鮮戦争勃発。米軍支援のために9条が邪魔で後の自衛隊、警察予備隊を作るなど、憲法の弱体化を日米同盟で進めてきたとも言える。

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