忘却への扉

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寒い明かりに

2017-01-04 | 共に

 昨年末は4夜連続で、仕事の後、夕方より県外を含めイルミネーションを見に出かけた。これほどのことは初めてだ。
 近隣の市の住宅地では、道路に面した20数件?と空き地、学校にまで見事な飾りつけ。3年間市から補助があるとはいえ、個人としては大掛かりで派手。デザインに応じた設置技術には、専門職の力を借りなければ、どう見ても無理な部分もある。
 その住宅地からずっと上がった地区では、地域でイルミネーションを飾り付けてあった。個人宅の門へと架かる橋にもアーチ形の飾りをした家には2日続けて、その日は犬の鳴き声にご主人が姿を、「中へどうぞ」と促され広い庭と家々をあしらった数々の飾りを堪能(たんのう)させてもらった。
 娘が孫と来た日には迎えの帰りに、それらを一緒に見て、長女や孫たちと過去によく見た別の個人住宅にも立ち寄った。見るたびごとに見栄えがする。お宅の方にもあえ、お礼がてら話すと「初めて15年になる」とのこと。
 わが家が孫たちのためにと、飾り始めたのもほぼ同じころ。近年飾る気分になれず、休止していたが、あちこち見たのと、義理の息子が、孫たちを迎えに来た夜、イルミネーションを見に行き、私1人留守番役を命じられたので、歓迎の気持ちを込め、古いのを出し、わが家用に飾った。
 LED電飾と飾った家々が自宅の照明を見物人のために薄暗くしてあるので、季節柄にぎやかな明るさの割には、社会の冷たさを感じる矛盾。
 市の補助がなくなれば、どれだけの家庭がイルミネーションを維持できるのか、課題は根深い。今年2日の夜もあちこちでイルミネーションを見て思う。新年を迎える前後の神社の灯りや音に比べれば、まだイルミネーションの方が、人々(住民)の生で手作りの本物の温かさを実感できる。
 神社には神社費にお札やお賽銭と上から目線の金儲け主義(その一部は神社本庁への上納金に)が絡むが、イルミネーションは見に来る人たちを楽しませる個人や地域住民の気持ちの表現方で後味が良い、見せてもらう側の私たちはただ感謝するばかり。

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