
28日、野口みずき(30・シメックス)と並ぶ日本女子マラソン界のエース高橋尚子(36・ファイテン)が引退表明をした。
高橋は、2000年シドニー五輪陸上女子マラソンで、陸上競技における日本人女子初の金メダルを獲得、国民的スターとして、女子マラソンをリードしてきたが、2004年アテネ、2008年北京と2度の五輪に落選、北京五輪落選後には、東京、大阪、名古屋の女子マラソン3大会に出場するとの意欲を表明していた。
28日、東京都内の会見によると、高橋は、競技生活からの引退を正式表明した理由について、「練習でどう試行錯誤しても、全力でやっても、納得いく走りができなくなった。肉体的、精神的に限界を感じた」と説明。現在の心境について「自分の中では完全燃焼。さわやかな気持ちです」と笑顔で語ったが、会見の最後には感極まって涙を見せた。
高橋尚子は、大阪学院大から小出義雄監督の居たリクルートへ入社、1997年1月の大阪国際マラソンにデビュー、初マラソンで7位に入って存在感を見せた。同年、小出監督とともに積水化学に移籍、翌年、名古屋国際で日本記録で初優勝、その後シドニー五輪、ベルリン国際を含めて6大会連続で優勝した。
2000年9月のシドニー五輪では2時間23分14秒の五輪新で完勝、2001年9月のベルリンでは、女子で初めて20分を切る2時間19分46秒の世界記録で優勝した。この記録は直後にケニヤのキャサリン・ヌレデバによって更新されたが、女子選手10分台の先端を切った。
2002年ベルリンで2連覇した翌年の03年9月、2004年アテネ五輪の選考を兼ねた東京国際で、後半まさかの失速、2時間27分21秒の平凡なタイムでエルフィネッシュ・アレム(エチオピヤ)に続く2位となった。この記録は五輪選考の記録に達しなかったため、無念の五輪選考から外された。
2005年5月、小出監督から独立してチームQを結成、同年11月、2年ぶりに走った東京国際で優勝、みごとなカンバックぶりを見せたが、2006年東京国際で3位、そうして今年3月に北京五輪選考の最後の機会だった名古屋国際で大失速、ゴールするのがやっとの見るも無残な27位に終わった。この状態を見て、誰もが年齢や故障による限界を感じていたことだろう。
しかし、彼女の意地からか女子マラソン3大会連続出場を表明していたが、そのための練習で限界を悟り引退表明となったのだろう。シドニー五輪で金メタルを獲得、同年国民栄誉賞を受賞し、国民から愛されたQちゃんだったが、彼女の言動からは相当な意志の強さを感じる。
ただ、いかに意志の強い高橋尚子も、恩師小出監督の元を離れたことが失敗で、「チームQ」ではカンバックは無理だったのではなかろうか。「写真:引退表明をした高橋尚子」
高橋は、2000年シドニー五輪陸上女子マラソンで、陸上競技における日本人女子初の金メダルを獲得、国民的スターとして、女子マラソンをリードしてきたが、2004年アテネ、2008年北京と2度の五輪に落選、北京五輪落選後には、東京、大阪、名古屋の女子マラソン3大会に出場するとの意欲を表明していた。
28日、東京都内の会見によると、高橋は、競技生活からの引退を正式表明した理由について、「練習でどう試行錯誤しても、全力でやっても、納得いく走りができなくなった。肉体的、精神的に限界を感じた」と説明。現在の心境について「自分の中では完全燃焼。さわやかな気持ちです」と笑顔で語ったが、会見の最後には感極まって涙を見せた。
高橋尚子は、大阪学院大から小出義雄監督の居たリクルートへ入社、1997年1月の大阪国際マラソンにデビュー、初マラソンで7位に入って存在感を見せた。同年、小出監督とともに積水化学に移籍、翌年、名古屋国際で日本記録で初優勝、その後シドニー五輪、ベルリン国際を含めて6大会連続で優勝した。
2000年9月のシドニー五輪では2時間23分14秒の五輪新で完勝、2001年9月のベルリンでは、女子で初めて20分を切る2時間19分46秒の世界記録で優勝した。この記録は直後にケニヤのキャサリン・ヌレデバによって更新されたが、女子選手10分台の先端を切った。
2002年ベルリンで2連覇した翌年の03年9月、2004年アテネ五輪の選考を兼ねた東京国際で、後半まさかの失速、2時間27分21秒の平凡なタイムでエルフィネッシュ・アレム(エチオピヤ)に続く2位となった。この記録は五輪選考の記録に達しなかったため、無念の五輪選考から外された。
2005年5月、小出監督から独立してチームQを結成、同年11月、2年ぶりに走った東京国際で優勝、みごとなカンバックぶりを見せたが、2006年東京国際で3位、そうして今年3月に北京五輪選考の最後の機会だった名古屋国際で大失速、ゴールするのがやっとの見るも無残な27位に終わった。この状態を見て、誰もが年齢や故障による限界を感じていたことだろう。
しかし、彼女の意地からか女子マラソン3大会連続出場を表明していたが、そのための練習で限界を悟り引退表明となったのだろう。シドニー五輪で金メタルを獲得、同年国民栄誉賞を受賞し、国民から愛されたQちゃんだったが、彼女の言動からは相当な意志の強さを感じる。
ただ、いかに意志の強い高橋尚子も、恩師小出監督の元を離れたことが失敗で、「チームQ」ではカンバックは無理だったのではなかろうか。「写真:引退表明をした高橋尚子」











キャサリン・ヌデレバです。