小楢の現象学~行為的直観と全人的自然生活から

進化したものと発生現象の根底にある運動体~植物的自然観察から生物学の哲学的考察へ

「花とみどり」を愛する人たち②~抹殺され続ける樹木

2017-06-13 | 植物論考
貴方がたが住んでいるところのそばにある樹木を10種あげて頂きたい。正確に名前が言えるだろうか。樹木に無関心であったわたしは、まずはじめに、欅(けやき)という木を観察することか始まった。それまでは、低木も含めて樹木に対しては、ほぼ無知であった。マツやスギ、ヒノキなどの針葉樹、あるいはアジサイやバラやツバキなどの低木についてはそれがそれであると名前をいえないこともなかったかもしれないが、落葉広葉樹や照葉樹については、まったく何が何かわからなかった。そもそもが、草と木との区別もついていなかった。

家の庭には、高木が一本1種、亜高木が一本1種、低木は3種ほどある。そのうちの高木であるが、これは奈良県に住んでいたときに植えてあったのを、引越しの際にもってきて植えたものである。クロガネモチである。だが、この木がクロガネモチであるということを知ったのは、つい数か月前のことである。それまで、自分のもっとも近くにある、玄関を出て目の前にある樹木がいったい何であるのか、まったく気にしていなかった。2年前から樹木を観察し始めてからも、自宅のものについては、あまり観察することはなかった。両親に聞いてみると、モチノキである、という。しかし、樹木を観察していて、クロガネモチに出会ったときに、「ああ、これは家にある樹木と同じ種だ」と樹皮や葉をみてわかった。しかし、わたしが、この木はクロガネモチだ、と主張しても、両親は、それは違うモチノキだ、と主張して譲らなかった。しかし、この春、モチノキの花が咲き、そうして1か月ほど遅れて、クロガネモチが咲いて、同時期に、自宅のモチノキ科の樹木の花が咲いたので、それがクロガネモチであることを、同定した。

モチノキもクロガネモチも、雄の花が咲く株と雌の花が咲く株が別々の、雌雄異株である。そして、自宅のクロガネモチは、雌株であることが判明した。公園に植えてある、クロガネモチの雌花と雄花を観察してはじめてわかった。

モチノキは1年中、緑の葉をつけている、常緑樹である。常緑樹は地味で、わたしの経験では落葉樹よりも見分けがつかないことが多い。落葉樹は、紅葉もするし、樹形や葉の形もいろいろで、見ごたえがある。それに比べて、常緑樹は、年中みどり色をしていて、面白味がない。主に常緑樹からなる照葉樹林といわれる森は、うっそうとして中はうす暗い。光が入らないため、下草は生えないし、落ち葉もなかなか分解されない。毒をもっている虫もいそうだし、なにより夏は蚊が大量に発生している。照葉樹をあるいていても、暗いので、何がなんの木がいまいちわからない。

そんなわけで、街路樹に植えられている常緑樹も、それが何か、と問われてすぐには答えられない。家の前の道路には、ヤマモモが植えられているが、これもそれがヤマモモであるということをハッキリさせるために2年ほどかかった。ずっと、なんの木だか気にはなっていた。しかし、わからなかった。ヤマモモ自体は植物園などでみていたが、そもそもが地味で、ぱっとしないから、あまり観察していなかった。しかし、大阪市内の道路の街路樹には、やたらとこのヤマモモが植えられているのである。わたしはそのヤマモモは、おそらくタブノキではないか、と予測しながら、いまいち決め手がかけていた。しかし、今年の春、花が咲いているのを観察した。ヤマモモも雄花と雌花が別々の株につく、雌雄異株である。そうして、雄花は、花びらがなく赤茶色の穂状で、4月上旬に咲いて、そのあとしばらくして地面のアスファルトにばらばらと散っていた。雌株には花らしい花はみられなかったが、しばらくして、丸い実ができていた。さわるとネチネチしている。いま、その実があちこちで大量にアスファルトに落下している。

落葉樹のケヤキや、しばしば大木・巨木になるクスノキはほとんどのひとが知っているだろう。知らないひとでも、すぐに覚えられる。針葉樹やイチョウ、カエデやウメやサクラも、知らないという人はまずいないだろう。しかし、ヤマモモやモチノキとなると、知っているひとは、そんなに多くはあるまい。この家に引っ越してきてから20年以上が経過するが、いまだにわたしの両親は、クロガネモチをモチノキと思っている。さらに実ができない理由もわかっていない。(引っ越してきてから1年目は実ができた、と主張するのである。これはおそらく、前の家には雄株があり、受粉したあと実ができて、雌株を移植したからであろう、とわたしは推測する。植木屋が半年に1度ほどやってきて、庭の樹木の剪定をするのだが、わたしの両親は剪定をするから実ができない、と思っているらしい。そして驚くべきことに剪定をしている、植木職人も、なぜそのクロガネモチに実ができないのか、知らないといっているようである。)

2年以上前には、マツがあったが、日当たりが悪く、引っこ抜いて、一部庭だったところを、残念ながらコンクリートにしてしまった。わたしが樹木を観察するようになったのは、それ以降のことである。


さて、なぜ私は、私たちは、モチノキやヤマモモを、気にはとめないのだろうか。それどころか、ケヤキやエノキやムクノキやアキニレなど、どこにでもある身近な落葉子広葉樹についてあまりにも知らなさすぎはしないだろうか。カエデやサクラやウメだけが樹木なのではないのはいうまでもない。日本列島には、500から1000種の樹木が存在している。その中には、もともと日本に自生しているものもあれば、外国からやってきた樹木もある。歴史上のどの地点で区切るかで、日本固有の植物なのかということは違ってくるだろうし、身近なところでは、ウメは中国原産だが、たくさん植えられている。外来種で自然に帰化した帰化植物もあるし、観賞用として各地に植えられている樹木もある。低木を含めれば、その数はもっと多いだろう。さらに、栽培品種として人工的につくらえた園芸品種もたくさんある。サクラなどは300以上あるし、バラやアジサイなども、数百の品種がある。

いちいち品種の名前を覚えているひとは園芸専門家ぐらいだろうし、樹木を観察する上で、園芸種は「園芸種」として一括すればいい。問題は、樹木そのものを「みどり」として一括している、私たちの態度である。「花とみどり」「花木」「緑一色」という言葉の中には、草や樹木のひとつひとつの種をひとくぐりにして、その細部を切り捨てようとする傾向があるように、どうも私には思える。そして、花が咲く樹木と花が咲かない樹木があり、花を咲かせる草と、咲かせない草がある、と言う風に、多くのひとが考えているのではないか、と私には思われる。実際、そのように思っていなくとも、無意識に、花が目立たない草木は、花を咲かせているにもかかわらず無視され、葉が生い茂ってから「みどり」としてひとくくりにされる。そこには、多種多様な樹木や草本が存在しているのであるが、それらをじっくりと観察しようとしているひとは稀である。多くのひとがみているものは、人工的につくられた、園芸品種・栽培品種であり、それらのほとんとが、花を観賞するためにつくられたものである。当然、花は目立つ。目立つから、私たちはそれらを、みようとしなくても、歩いているだけでいろんな色の花を目にして、「あれはなんだろうか」と疑問に思い、そうして名前を覚えていく。したがって、疑問に思われないような花をつける樹木や草花については、無視され続けているのである。そして、圧倒的に、園芸品種ばかりをみて、わたしたちは、本来のほんとうの「みどり」をみようとはしないのである。

観察しよう、観賞しようという、疑問をもって目的意識をもって樹木をみなければ、それがなんであるかは、いつまでたってもわかるはずがない。わかろうとしてないのだから。

したがって、見知らぬ樹木が強制的に剪定されていても、まったく問題にならない。私たちは、平気で、樹木を伐採したり、剪定したりする。それが何であるか、それがどういう生き方をしたのか、樹齢50年のいっっぽんの樹木があったとして、それらと真剣に対話したことがないのである。だから、邪魔になると、平気に伐り倒す。そんな具合だから、稚樹の芽ばえなどにはもちろん気付きもしないし、見向きもいない。「雑草」と共に、草刈りで、稚樹は刈られる。これから何十年何百年も育つ可能性のある芽生えの偉大さ、不思議さに、心を寄せるひとは稀である。

ウオーキングが流行して久しいが、歩いていても、樹木の名前は覚えられない。わたしの経験上、ウオーキングのスピードで一本一本の樹木を観察するのは困難である。しばしば立ち止まる必要がある。葉はどんな形か、樹皮は、樹形は、花は。立ち止まってみて触って、落ちているものを拾って、ときには香りをかいだりして、一本一本の樹木と対話して、はじめてそれが何であるのか、いかなる存在形態をして私の目の前に現れたのか、ということが次第に明らかになってくる。

だから、目立つ花の前で写真をとっているひとはあっても、高木の周りを頭上をみあげながらぐるぐると回っているひとはみかけない。下を見ている人もいない。目立つ花を咲かせる園芸品種や栽培品種を、通りがかりにみつけて、気に留めるぐらいである。しかし、樹木は、わたしたちが生きていく上で、そんな程度に扱っていて、はたしていい存在なのだろうか?


~つづく




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