逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

奥秩父4重遭難の残酷、千葉法相の無残

2010年08月06日 | 社会
7月24日午後埼玉県秩父市大滝の奥秩父山系笠取山(1953メートル)ブドウ沢で、東京都の山岳会「沢ネットワーク」の8人パーティーが沢登り中に女性1名(55)が滝つぼに転落死亡。
翌7月25日午前8時半に下山した山岳パーティーメンバーが携帯電話で警察に救助要請を行い、埼玉県防災航空センターから防災ヘリ『あらかわ1』(救助要員7名)は同9時40分離陸し救助に向かったが、11時吊り上げの為ホバリング中に墜落し乗っていた5名が死亡。
気象庁によるとヘリが墜落する前の遭難事故当時の24日は午前10時40分ごろ、秩父地方に大雨、洪水、雷注意報が出た。熊谷地方気象台の観測では墜落後の同11時半ごろ急速に雨雲が発達。担当者は「大気が不安定な状態だった」という。
7月25日午後2時半、埼玉県防災ヘリの墜落現場へ向かう途中の埼玉県警秩父署員が谷でうずくまっている東京都あきる野市の無職Kさん(45)を発見。救助隊員に『50メートルくらい上から落ちました』と語るが県警ヘリで秩父市内の病院へ運ばれたが死亡が確認された。Kさんは山岳ブロガーとして有名だったという。24日早朝に家族に『山に写真を撮りにいく』といって自宅を出て行方不明になっていた。
7月26日NHKの取材クルーが入山し、墜落現場の映像を取材、放映した。
7月27日、県警本部が『取材活動中における山岳事故防止について』と題した、『現場周辺は極めて険しい山岳地帯となっており、山岳登山の経験者も綿密な計画と十分な資器材を携行して入山している。現場取材活動については三次被害を防止するうえで極力控えてほしい』とする広報課長名の警告文書を報道機関に送付した。
また、取材記者らが詰めかけていた秩父署でも、県警幹部が口頭で注意していた。
7月31日県警から取材自粛の要請が出ていたにも拘らず、日本テレビの記者とカメラマンが山岳ガイドを同行して入山を強行するが、装備、技量体力の不足、天候不順で沢登の継続が無謀とガイドが判断し午前10時には入山口まで下山している。
しかし、その後に日テレの2名は無断で強行入山したらしく行方不明になり8月1日入山口から約2キロ入ったブドウ沢で水死体で発見される。
発見されたのは、登山道から約800メートル離れた場所だった。

(最初の遭難事故)
4次遭難まで発生して合計9人の命が失われた山岳史上の記録に残る大事故であるが、何とも情けなさすぎる遭難事故の数々で言葉も無い。
最初の一次遭難であるが『滝つぼに転落』とあるが、『滝を転落』では無い。
また滝の高さの記載が何処にも無いところを見ると、墜死するような大きな滝ではなく単なる数メートル程度の滝様の段差から滝つぼ様の大きな淵に転落水死した遭難事件では無いかと思われる。
事故時は大雨、洪水、雷の注意報が出ていたのであるから、増水による気象遭難事故に近いのではないか。
現場は谷が深く携帯電話は圏外であったので、翌朝明るくなってから通じるところまで下山して救助要請した為に8時半の時間になったようであるが、この時点では遭難者は既に死亡していたと思われる。
生きて下山出来る可能性が0・01%でもあれば今回のような緊急な救助要請は非常に大事で、すべてに優先される事柄である。
しかし、連絡時に既に死亡していたら話は全く違う。
『夜道は暮れない』
何ら慌てる事柄は一つも無いのである。すべては安全優先で早急さは何一つ要求されないのである。
7人も居れば足場さえ良ければ遭難者を担いで下山出来るし、『入山口まで』が無理でもヘリの吊り上げに安全な開けた場所までなら何とか移動は可能では無いのか。安易に救助隊に頼るなど登山者の力量や判断が問題となろう。

(二重遭難の悲劇)
二次遭難であるが、機体の整備不良の可能性も有るが県消防防災課によると防災へり『あらかわ1』は事故10日前の今月12~14日に100時間点検をしたばかりである。
上空約30メートルでホバリング中にプロペラから異音が聞こえ地上の隊員が上空を見上げると機体が傾き始めていたということから、狭いV字谷に低く降りすぎて機体が揺れたり上下した弾みにヘリの回転翼が立ち木の枝などに触れて損傷した可能性が高い。
去年、岩稜の凹み地点から遭難者を吊り上げようとして岩峰に回転翼が接触して墜落した奥穂高岳ジャンダルムの岐阜県警防災ヘリの墜落事故と全く同一の事故であろう。
基本的に急峻な山岳地形では安全の為に、より小回りのきく小型機が使われるのですが、去年の奥穂高でも今回の奥秩父の遭難でも沢山乗れる中型機が使用されているが、根本的な視点が欠落している。
危険地帯であるとの認識が救助側に欠けているし、そもそも『大は小を兼ねない』のです。
危険回避の為に最初から小型機使用なら奥穂高の事故も今回の事故も起きなかった可能性は非常に高い。
一人の救助(遺体搬送)に7人も救助要員を送り込んだ防災ヘリセンターの危機管理にも大きな疑問符がつく。
乗員が限られる小型機なら墜落しても犠牲者は最小限に抑えれれるので、今後の防災ヘリセンター側の管理責任が問われなければならないだろう。
基本的に山の頂上は気流が単純で弱いが山体にぶつかった気流が集まる谷は風が強く不安定で、一定以上の距離を保つのは山岳救助の鉄則である。ちなみに天候は晴れで風も弱かったというが、V字地形では思わぬ突風が時として吹くことがある。
防災ヘリは救急車と同じ消防の管轄でレスキュー隊員でも山岳遭難専門とはいえない。
日本の中高年の登山ブームは高く、去年の山岳遭難の死者行方不明者は300人の大台を超えているのに、山岳遭難を専門に取り扱うレスキュー側の現状は救助ヘリ等が警察と消防とがそりぞれ別々に組織されていて、しかも必ずしも『専門家である』といえない人員が救助に向かう状態は異常で有る。早急な改善が望まれる。

(3次遭難のブロガーの悲劇)
携帯電話の発達で遭難から遭難救助要請の時間が短縮されたことは喜ばしい変化であるが、余りに短縮化されすぎている。
携帯電話で助かった命もあれば、なまじ携帯を持っていたばかりに失われた命もあるのではないかと疑われる。
メディアで遭難事故が報じられた時に、他のそれ以外の報道機関が他所に遅れないように安易に取材競争に走れば山岳遭難報道では『事故』は免れまい。
山岳写真のブログ管理者が単独で危険地帯に入り込み事故死する今回の事故は疑問が有り過ぎて論評を控えられる。
『甲 武 相 山 の 旅』で『北海道大雪山系 トムラウシ山 大量遭難を考える。』とする連載記事で山岳における商業主義を批判する論陣を張っていた当人が自ら悪しきメディアの商業主義の落とし穴に嵌ってしまったのだろうか。

(山岳事故としては例外的な4重遭難)
四次遭難であるが、これだけ酷いと遭難『事故』ではなく今年の正月のお粗末極まる片山右京の富士山での不思議な労災事故に近い、悲しい宮仕えの労災遭難『事件』であろう。
先ず、地元警察が入山自粛を警告していた事実を日本テレビの会社幹部達は如何言い訳する心算だろうか。
基本的に今のこの不況時に『危ないから出来ない』と会社の命令を無視できる社員など一人も居ないのですよ。
『絵になるテレビ映像を撮って来い』との上からの指示があれば、プロガイドの制止を無視して(嘘をついて)までも強行入山しても、あながち本人達だけをせめられないだろう。
それにしても『宮仕え』とは何とも因果な商売である。
30歳の記者は若いので体力はあったかもしれないが如何せん。技術も知識も経験も装備も無いではインパール戦やガダルカナルに投入された日本兵と同じで生きて帰る事はそもそも不可能だったのでしょう。
Tシャツで2000メートル級の沢登りなど無知の極みで、狂気の沙汰である。
43歳で大学山岳部出身で日テレ一の山岳取材の第一人者であったと会社がいうカメラマンは3年前の07年からデスクに回っていて最近は現場に出ていない。
装備的には一応整っていたらしいが残念ながら中年の体がついていかない。
同行した山岳プロガイドによれば到底現場のような本格的な沢登りができる足つきではなかったと言う。
給料取りの悲しさで、しかも一番断り難い立場の中間管理職として上司の命令とあれば鈍った体に鞭打って入山を強行したのだろうが、これでは『死にに行く』のと同じである。
それにしてもデスクワークのカメラマンが大学山岳部出身であるからベテランであったとの会社側の言い分には首を傾げざるをえない。
何時の話ですか。
大学山岳部出身が山の『ベテラン』になれたのは敗戦前の大昔の出来事ですよ。当時は在学年数が10年近い、年間200日以上入山する豪の者が何処の大学にもごろごろしていて休みが取りづらい社会人山岳会などよりも遥かにレベルが高かった。
ところが新制の4年生大学では最高学年でも、そもそも山のベテランになり様が無いのですよ。
新制では上級生に実力が無いから体罰やしごきが横行したが、旧制大学では他の体育会系クラブで体罰が頻発していた軍国主義の時代でも、大学山岳部だけは『体罰』とは無縁だった。
ところが時代は移り4年生大学ではレベルが急降下してしまい60年代には体罰(しごき)でニュースになるまでに落ちぶれる。
70年以降は何処の大学でも新入部員が急減して仕舞い一桁の部員数では、最早『山岳部』の体をなさない水準まで落ちていたのです。
会社に殉じて無駄に死んだ日テレ社員二人が哀れである。
これは日本テレビの業務として行われたのであるから、完全な労災事故で、二人も命が失われた会社の労務管理責任は厳しく問われるべきであろう。
『絵になるビデオを撮って来い』との上からの職務命令が出ていれば従うしかない。
昨今の厳しい雇用事情なら無理を承知で神風登山して、文字どうり全員が白兵突撃し玉砕するとは、企業戦士として痛ましい限りである。


『民主党政権、初めての死刑執行の無残』

死刑廃止議員連盟の千葉景子氏が民主党政権下で初めてで、法務大臣としても初めて死刑執行に実際に立ち会い、二人の死を最期まで見届けたというので、護憲左派系の死刑反対のブログでは非難がごうごうと湧き上がる。
今度の千葉法務大臣ですが、私としては座布団を一枚進呈したい心境ですね。
護憲派の死刑反対のみなさん方の仰られている論理は重々承知していますし、死刑制度に対しては同意見であるのですが、自分が署名した死刑囚の『処刑現場』に立ち会った千葉法務大臣は、賛否や立場を超えて『あんたはエライ』としか言いようがないのですよ。
テレビや映画での絞首刑や絞殺場面で、すぐさま被害者が死ぬ場面が描かれていますが、実は首を絞めた位では人間は簡単には死なないのです。
絞めるだけでは5分以上も被害者(死刑囚)は苦しみ続け暴れ断末魔で凄まじくもがき続けるのです。
絞殺とはそんなに簡単ではなく、もっとも力が要る『ちからわざ』なのですね。
それでは実際の処刑現場では如何するかというと、適当な距離を落下させて体重の落下エネルギーで頚椎をへし折って絶命させるのですが、落下距離が大きすぎると胴体から首が千切れて凄惨極まる修羅場になるし、少なすぎると死なないのでその後長い間暴れ続ける結果になり矢張り凄惨な見るに耐えない修羅場になる。
昔は絞首刑が主流だった理由はヒモ一本と道具か簡単で経費節減できるからですが、唯一の先進国の死刑大国アメリカでは絞首刑は少数派で薬物や電気などが主流なのは技術的に高度のテクニックが必要だからなのですよ。
薬物注射はその点マニュアルが簡便なので死刑大国アメリカで大流行したのです。

『モラトリアム』

民主党新政権での初めての死刑執行の意味ですが、日本の法務省の官僚組織としては今まで死刑で培った高度な技術水準を死刑の一時中止(モラトリアム)で失われてしまうことを恐れていて、それで何としても死刑の執行を1年以上空けることなく、今回のように定期的に行うように制度と技術水準を維持したいのですよ。
何やら、オーストラリアに国際司法裁判所に提訴されても、捕鯨のモラトリアムに抵抗して行っている南極海での日本の調査捕鯨と同じ動機です。純粋な学術調査だけなら今のように何百頭もクジラを捕獲する必要性は無いのですよ。
皆さん、想像してみてください。
最後の装置のスイッチを入れたのは刑務所の職員でしょうが、御自分の権限で死刑執行命令書に署名した当人が死ぬ現場に立ち会えますか。?
千葉法相が自分で死刑の最後のボタンを押したのであれば、これ以上ないのですが、そこまでしなくても署名した本人が立ち会えば意味的には同じです。
私としては法務大臣の署名の義務を明記している法案に、但し書きを追加して、署名した当該法務大臣は『立ち会い義務がある』とすべきですね。
12人の死刑執行に署名して『死神』と揶揄された鳩山弟の『自分は署名するのが嫌だから死刑をベルトコンベアー方式にするべき』との発言があったが、このアホ発言にも一定の真実部分は含まれているのですね。

『署名義務のある法務大臣、立会いの義務化』

法務大臣に死刑の署名には自動的に立会い義務があれば、千葉法相に続く人物は日本では多分出てきませんよ。
それで、自動的に日本国はお隣の韓国のような死刑のモラトリアム国になります。
普通、常識的に考えてみて、生きている人間をいくら必要な仕事とはいえ殺せる人物はそれ程多くはないのです。
殺すどころか、既に死んでいる状態でも矢張り何も出来ないのですよ。
昔、厳冬期の雪崩事故で氷点下20度以下の山中で鉄棒を突き刺す原始的方法のゾンデ探査で凍っている遭難者を発見することに成功したのですが、困ったことに彼はニューヨークの自由の女神と同じ手を大きく突き出したポーズで遭難死していたのです。
人間いくら忙しくても死ぬ時は姿勢には気をつけたいものです。これではそのままではバランスが悪すぎて担いでは山を下りられない。
それで仕方無しに凍った腕をへし折る必要があるのですが、良く知っている知りすぎている友人なので誰一人も、しり込みして出来ないのです。
誰もやりたくないが誰かがやらないと如何しようも無い。責任上仕方なくチーフリーダーと二人がかりで全体重をかけて何とか担げる状態にしたのですが、死人の腕一本でも結構辛いものがありました。
ましてや生きているなら、これは出来ませんよ。千葉はエライ。
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死刑廃止制度 (ましま)
2010-08-05 12:04:17
 私は死刑廃止制度に意見を言ったことがありません。正直、わからないのです。

 昔、著名に作家だったと思いますが、ソ連を訪れて社会主義を礼賛、資本主義国にあるのは「自殺する自由だ」といっていました。

 死刑の変わりに終身刑を採用した場合、犯人が罪の深さを意識し「死んでお詫びをしたい」と思ってもそれを許されず、公費をもって生かされ続ける。これも残酷な話だと思います。

 ただ冤罪防止のため、否認し続ける犯人や、各種情状を総合判断して法務大臣が死刑執行を停止できる権限を持つと解釈したらどうでしょうか。

 大臣になったら、思想信条の自由もない、というのもおかしな話です。
やがて消え行く我が身なれば ( 逝きし世の面影)
2010-08-05 14:52:45
コメント有難う御座います。
当方も過去の記事を読み返してみたら死刑制度に言及した記事は全く無い。同じような立ち居地なのでしょう。

それにしても護憲左派のそれ以外のブログでは何処もこの死刑制度には熱心で何度も記事を書いているので、何かが大きく違っているのでしょう。
親しくしている護憲派ブログで死刑反対の記事が出た時には、他の人とは違いなるべく話が盛り上がらない様に『微妙に話の方向をずらす』(盛り下がる?)コメントを常に送っています。
何故そんな嫌がらせめいた事をするかと言うと、死刑反対の記事には必ずネットウヨが大勢押しかけてきて、『被害者や家族の気持ちを無視する心算か』との批判を繰り返すのです。
これ、勝てないですよ。
左翼は理論、右翼は情念なので理論闘争なら左翼が勝つのです。
ところが死刑問題では右翼が得意の『情念』で攻めて来る。
勿論死刑問題でも論理では絶対に勝てるのですが何しろ多勢に無勢で、こればかりは勝つことは困難です。

必ず勝てる『勝利の秘訣』とは負ける勝負には、最初から出ないことなのです。
防衛問題でネットウヨ氏が『日本が外国軍に占領されたら如何する。?』
なる質問が出されて若い護憲左派のブログ主が困っている例が多いが、何とも歯がゆくネットウヨだけでなく護憲派の軍事知識の無さにはがっかりしています。
『外国軍に日本が占領されたら』
なんかの馬鹿馬鹿しすぎる質問ですが日本国が60年前にアメリカ軍に全面軍事占領されていた(今でも沖縄や首都の周辺を占領されている)事実を失念しているのですよ。
戦争に負けて、外国軍に占領されたらじっと辛抱する以外、何の方法も無いのです。
戦争と死刑は国家による合法的な殺人行為という共通項があるのですが、これを根拠として護憲派が死刑問題を取り上げるのですが、
積極的に反対すべきは死刑ではなく戦争ですよ。
光市事件が騒がれる以前までは死刑は年に数件で今は何倍にも増えたがそれでも10人程度ですよ。
日本人は1億2千万人以上の大国ですよ。
どんな原理原則でも例外生まれるので、数人の例外が出ても仕方がないのです。語るだけの値打ちが無い。

それにしても今度の私の記事ですが、これ死刑制度を語っているようで、実は少しも死刑制度の是非は述べていないのですよ。
タイトルにあるように自分の政治信条に反して仕事なので仕方なく、心ならずも処刑を命令した千葉法相の悲劇と、(真の政治家にとっては政治信条とは自分の命以上に大切にするべきものなのです)
自分では登山する気がないのに上司の命令で仕方なく入山して死んだ日テレの二人の悲劇を書いた記事なのです。
千葉法務大臣が山本五十六の悲劇なら日テレの二人はガダルカナル島で玉砕した兵士の悲劇と同じ種類のものですね。
人の命は限りがあり何時かは死なねばならないのですが、無駄に命が失われるほど腹立たしく口惜しいものはありません。
立ち会いの義務化は裁判官に課すべし (愚樵)
2010-08-06 06:38:07
>法務大臣に死刑の署名には自動的に立会い義務があれば、千葉法相に続く人物は日本では多分出てきませんよ。

さあ、それはどうか。得々と死刑立ち会いを語りそうなのもいるような気がしますけどね。

それに、です。立ち会いの義務化を課すなら、「署名が義務ある」の法務大臣より「判決を下す」裁判官でしょう。現在は裁判員制度ですから、もちろん、死刑に賛成した裁判員にも立ち会いを義務化するべし。そして関係者が一堂に揃わなければ執行は見送られることにすればよい。

そうなれば、死刑判決そのものがほぼ皆無になると予想されますし、仮に宣告がでても、執行へのハードルは高くなる。

そして、私が死刑制度に反対する理由もここにある。とどのつまり死刑宣告なんてものは、見て見ぬふりができるから下せるものに過ぎない。そんなものなら廃止してもよかろう、ということです。

“そんなもの”が廃止されずにあるのは、国家の権威を誇示したいがためでしょう。人が人を殺せば国家に裁かれるが、国家が人を殺しても裁かれない。民主主義国家は一応、選挙という「裁き」はありますが、国家と個人の非対称性を補うものには全くなっていない。選挙はむしろ非対称性の免罪符になっています。

この非対称性は至る所に見受けられます。今、話題になっているのが所在不明の高齢者ですが、年金詐取ということですよね、話の要点は。

個人が国家のカネを詐取すると罰せられる。ところが国家が個人の金を詐取しても罰せられない。もっと正確に言うと、国家の衣を着ていさえすれば、罰せられないのですね。

親族の死亡届を出さずに年金を詐取するのは確かに悪です。が、これは裁かれる悪。対して、役人の天下りによって行なわれる悪は、裁かれない悪。どちらがより悪質かは言うまでもないでしょう。

死刑制度も同じです。もし冤罪であったとしても国家の衣を着た者が裁かれることはない。死刑執行の立ち会いは自らの判断と結果を対照させるということなのですが、その程度の「対称」ですら、義務化されれば死刑は実質なくなると予想される。

そんなものを支持する理由など、これっぽっちもないのです。
愚樵さん、コメント有難うございます ( 逝きし世の面影)
2010-08-06 10:18:16
相変わらず鋭いですね。物事の核心部分を突いた素晴らしいアイデアで、裁判官裁判員の立会い義務ですが『大賛成』と言うか、法務大臣の立会い義務化が制度化されれば、当然その方向に話は進むと思います。
裁判官検事弁護士の法曹三者は建前上は同等なのですね。
ですから当然死刑の求刑した検事は必ず立会い義務がある。
ただ、反対した弁護側だけは(求めれば)義務ではなく『権利』として矢張り『立会い出来る』とする。
弁護士であれ誰であれ、自分の『失敗』(敗北)を噛み締めることが成功を掴むよりも何よりも大事な事柄なのです。
死刑囚側も最後の場面で『自分を信じてくれた人、心を許した人』が一人いるのか一人も居ないのかは天と地ほど意味が大きく違うでしょう。
ですから、大賛成というか素晴らしいアイデアで是非とも法制化するべきでしょう。

愚樵さん、『得々と死刑立ち会いを語る人』ですが、それは現実には居ませんよ。
何事にも例外はあるので、数百人居る与党議員の中には必ず数人以上が『とくとくと語る』が生まれるのでが、国会議員が人気商売であることに気が付いていない共産党議員以外は思っていても、『奇人変人と思われて』票が減ることが考えられ落選が怖いので世間には公表しません。
ようは、口で言うのと自分が行動するのとは全く違うと言いたいのです。
あの光市事件で少年に対して『死刑』を連呼していた橋下徹的なネットウヨ連中ですが、それなら彼等が本当に首吊り人の足を引っ張れるとおもいますか。?
そう主張するのと、自分がそう現実に実行出来るのとの間にはとんでもなく大きな、容易には超えられない深い深い谷があるのですよ。
飛び越すことができるのは極少数です。
ネットで大増殖している怒り狂う嫌韓嫌中や『死刑』『死刑』ですが、所詮脳内のバーチャル空間の話なのです。
口で言うだけで自分では出来ないのです。
欧米のホンモノのネオナチとは大違いで誰一人も在日朝鮮人や華僑を襲って殺すなんて出来ないのですよ。

それにしても死刑問題は『語るだけの値打ちが無い』の立場なので、
意識的にこの記事は『死刑の是非』には一言も言及していないのですよ。
もっと大きな問題にするべき課題が多いのです。『みんなの党』が今国会で盛んに国会議員歳費の日割り法案を取り上げてりるが、連中の主張では『当選して一週間の議員が1ヶ月分受け取るのは納得行かない』として大問題であるとしているが、
何とも情けなさすぎる低レベルな『国会の権威を貶める』話では有る。
政治家は何時から日雇いのパートの臨時雇用になったのだろうか。?
そもそも政治家の仕事は国会審議に出ることだけが仕事ではない。
国会審議は最後の仕上げで、それ以前に日々寸暇を惜しんで自分で政策研究するべき大事な勤めがあるのですよ。
自分が日頃政治家の仕事をしたことが無いからこんなアホ話ができるのだが、彼等の問題にしている金額は1億数千万円。庶民に負っては大金だが天下国家を論じるべき国会審議から見ればはした金以下の些細な金額である。
国会を一日開いて審議すればどれだか莫大な税金が使われているか考えて主張しているのだろうか。?みんなの党の国会議員とは小学生程度の算数も出来ないのです。
タイトルにあった千葉法相の悲劇を、千葉法相の無残に変えておきました。

愚樵さnには死刑ではなく悲惨な三次山岳遭難の方に何かのコメントを期待していたのですが、・・・・・
しばしのお暇を (疑問に思う人)
2010-08-06 14:24:33
次コメントするのは九月終り頃になると思います。
死刑は、人それぞれですが、少なくとも部外者が遺族の気持ちを考えろ等と軽々に言えるものなのか。これって、英霊に感謝するのは当然として、死ぬのに至った経緯を省みない連中と同じ気がします。基本的に、そういう事を言う奴に限って、人の気持ちを全く考えない。
山ですが、最近うちの母親が何をとち狂ったか、登山を始めたのですよ。その親が、先月終りに屋久島に行ったのですが、数ヶ月前に行方不明になった人がようやく見つかったと話していました。人気観光地のように言われる屋久島ですら、遭難する人がいるのですから、山登りにはリスクは付き物でしょう。
昨日、田中康夫が良い事を言っていたのですが、県のヘリだとタダで、民間ヘリだと有料。これはおかしいから、入山者全員で料金を負担すべきだと。しかし、議会は何でも反対で立ち消え、国会でも利権にならないのか相手にされないと言っていました。
基本的に山岳救助は助ける側も命がけなのですが、最近登山者のモラル低下が酷く、ちょっとした事で、ヘリを呼ぶらしいのですが、救急車を呼ぶのとは訳が違う。新田次郎の小説に、ボランティアで救助に向かった男性が死ぬが、助けられた側は感謝するどころか、逆に管理責任を言ってくるというのがありましたが、現実に起こりかねないですね。
現実を見る (疑問に思う人)
2010-08-06 16:25:54
勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなしとは、名言であります。共産党は、負けるべくして、負けているのですね。
何で死刑問題なんかを取り上げてしまったのか ( 逝きし世の面影)
2010-08-06 16:26:05
大失敗したようです。
基本的にこのブログでは死刑問題は話さないことにしていたのですよ。
ところがですね。
千葉法務大臣の死刑の立会いに対して護憲派のブログでは非難の声が沸きあがる。
誰一人も法務官僚に屈服してしまった千葉氏の悲しさ悔しさを理解しているとは思えないのですね。
自分の判断や信念に背いて真珠湾のアメリカ海軍を攻撃した連合艦隊の山本五十六と千葉法務大臣は似ていると思ったんで、何か一言でも弁護したかった。
装備も食料もなしにインパール作戦に動員された日本兵に似ている日本テレビの2人の死とダブって見えたのですが、
この全く違う二つの事件を、無理やり一つの記事にするのは矢張り無謀だったようです。
『靖国公式参拝』支持ののネットウヨと、『光市母子殺害事件』の18歳1ヶ月の少年を『殺せ』『殺せ』と扇動した橋下徹大阪府知事のネットウヨ支持層は全く同じだとの『疑問に思う人』さんの指摘はまさに的を射た慧眼です。
考えの基礎になっている思考方法が同一なのですが、多分人脈的に同一の層である可能性が高いが、多分騒いでいた人物達は全く同じ人々ですよ。


去年は年間300人が山で死んだのですが、家の階段で死んだ人数は十倍近い毎年2000人ですよ。だから登山は危なくありません。とまあ、相手を煙に巻いて騙すなど、いくらでも数字の操作で誤魔化すことが可能なのですね。
この手のインチキを共産党指導部は20年間もやってきたのですよ。
どんどん左翼護憲勢力が後退していて毎年選挙では負けていたのですが、得票数は減っても得票率は僅かに増加しているとか、何か一つ良い点を見つけ出して『負けていない』と支持者や党員に幻想をいだかしていたのですが、党員は自分達が『負けている』との自覚は生まれるはずもなく改革も出来ないのですから、20年間もの隠蔽行為を続けていた共産党指導部の過ちは大きく犯罪的でもあります。
危機的状況 ( 逝きし世の面影)
2010-08-06 17:49:58
今の日本ではデフレ経済が加速していて、何十年も前でも今とほとんど同じ料金なのですね。
ヘリを一時間チャーターすると50万~100万円近くもかかり現在の料金とそれ程違いが無いし、しかもヘリが松本とか富山の地元空港にあれば短時間で済むのですが運悪く東京などから呼ぶと当然地元までの往復料金がかかり負担が数百万円も吹っ飛ぶのですよ。
田中康夫元長野県知事によると県の所有するヘリは2機で遭難事件が同時に2件起こっても両方が無料なのですが3件目の遭難者は自動的に民間ヘリなどので料金が請求される。
遭難する順番が2番と3番ではまるっきり違うというのは如何かとの田中康夫元知事の考え方ですが、考えたら面白いですね。
遭難者を安易にヘリで救助するのが基本的に間違いなのですよ。
何かの事情で動けないとの救助要請があったなら、食料とかテントを空中投下して、時間がかかっても自力下山させるのが、本人達のためなのですよ。過保護すぎてかえって遭難救助の何たるかの意味を理解できないのです。
登山とはそういうスポーツなのです。

遭難者が救助された文句を言う話ですが、まあ新田次郎の話は法螺話が多すぎるのですが、これはある意味当たり前であるのです。
自分が遭難して『死にかかった』との自覚が無いのですよ。
何故『死の自覚』がないかといえば、これも当たり前で誰も死んだ経験が有る人物は一人も居ないので、だから自分が死に掛かっても本人が鈍感なら気が付かないんです。
去年でしたか一昨年でしたか東京の多摩川が増水してホームレスが何人か青テントごと流される事件があったのですが、救助しようと呼びかけても拒否した人物が居たのですね。
自分が死の直前に居るとの自覚が希薄なのです。
私も何度も経験していますが、7月末の一番暑い時期に炎天の道路で行き倒れている若い青年を見つけたのですが、
なんと『大丈夫ですか?』との私の問いかけにか細い聞こえるか聞こえないかの小さな声で『大丈夫です』と答えるのですよ。
アスファルトの路面温度は優に50度以上は有る手が触れれないほどの熱さなのですよ。
その路面で倒れて動けないのですから少しも『大丈夫』でないのです。
雪の剣岳の早月尾根上部で池ノ谷側に滑落して動けない青年を見つけて救助しようとして『大丈夫ですか』と大声で声をかけたら『大丈夫です』の返事返ってくる。
何故動かないのですかとの問いには『動くと落ちるんです』との返事なのですよ。
確かに滑落者の停止している雪面の位置は下が断崖で落ちたら助からないのですが、それなら少しも『大丈夫』ではない。
このまま放置すれば必ず死ぬという、自分の絶望的な状態を自分自身では理解出来ていないのです。
なにやらネット空間の危機的な現実を理解出来ない共産党員を連想する話ですね。
基本的に自分自身を理解してい人など極少数なのですよ。
だから何時までたっても遭難者は出続けるのです。
ご期待に添えなくて申し訳ありません (愚樵)
2010-08-07 11:03:42
>愚樵さんには死刑ではなく悲惨な三次山岳遭難の方に何かのコメントを期待していたのですが

ははは。申し訳ありません。でも、なんともコメントしづらくて、この事故は。

なんていうのかな、劣化しているとしか言いようがないんですね、この一連の事故の顛末は。

沢に入って遭難する。遭難救助に向かって事故に遭う。危険な場所に取材に向かって事故に遭う。これらはことの性質上、みな、やむを得ないことではあるんです。

が、これほどやむを得ないことが重なるというのは、ちょっと偶然とは考えられない。やむを得ない危険を越えてものごとを成し遂げるのは「精度」なんですが、これだけ“やむを得ない”が重なるのは、品質が劣化しているとしか言いようがない。で、何の品質かといいますと、ひとり一人の「人間の品質」ということになってしまう。

ところが人間の品質の劣化なんて、非難できないんです。工業製品なら製造元を批判すればよいが、人間に「製造元」なんてありませんからね。下手に非難しようものなら、人権侵害になりかねない(苦笑)
人権侵害コメント(笑) (愚樵)
2010-08-07 11:27:50
人権侵害になりかねないと言いつつ、踏み越えてみましょうか(笑)

>千葉法務大臣の死刑の立会いに対して護憲派のブログでは非難の声が沸きあがる。
>誰一人も法務官僚に屈服してしまった千葉氏の悲しさ悔しさを理解しているとは思えないのですね。

ここに「劣化」を感じるんです。

私だって死刑制度には反対なんですが、だからといって死刑執行に署名した法務大臣を直ちに非難できるものではない。それは法務大臣に課せられた役割なんですから。

その役割を果すに当たって、千葉法相には彼女なりの“人間としての葛藤”があった。その表れが執行立ち会いだったと受け取るわけです。

その“受け取り”が正しいかどうかはわかりません。私にはその正誤を判断するだけの情報が不足している。ですが“受け取った”ことは間違いないし、受け取れば自身の「人間性」に照らして解釈しようとするものです。

「劣化」していると感じるのは、「人間性」の部分です。ここが「理念」に置き換わっている。

「人間性」などというものは曖昧なものです。が、その曖昧さこそが人間であって、そこを追究するからこそ「精度」も上がってゆく。ところが「人間性」を「理念」などという明瞭なもので置き換えてしまうと「精度」の追究は放棄されてしまう。その結果出来上がるのが、なるほど、論理の扱いには長けて割り切る上手だが、ものごとを扱う「精度」が低くてすぐに遭難してしまうような輩。

共産党及びその支持者は、もちろん例外はありますが、大抵はそんな輩です。
人間関係の劣化 ( 逝きし世の面影)
2010-08-07 15:36:55
愚樵さんコメント有難う御座います。

小中学生の体格は栄養状態に合わせて毎年向上しているのですが、
基礎体力はこれとは正反対に受験勉強の弊害とか生活環境の変化で10年以上も毎年毎年少しずつ低下しているのですね。
『種』としての人類そのものが劣化していると言うよりも、近年人間関係が劣化しているのでしょう。
所在不明の100歳の老人達の存在を如何思いますか。?
例のシナ三国人、ババアの存在は悪との東京都知事石原慎太郎はまたしても『近頃の日本人は云々』と、のとまわっているがとうとう耄碌したのでしょう。(いや昔からだとの説も)
111歳最高齢男性の子供の年齢は80歳を超えているし孫でも50歳をすぎているので、悪いのは『近頃の日本人』は間違いで酷すぎる『昔のに日本人』が正しい。
それにしてもこの現象は『人間関係の劣化』どころか『人間関係の完全崩壊』ですよ。
都内最高齢の111歳男性ですが30年前の80歳頃に自室の和室に入ったきりで・・・30年前に死亡してミイラ化していた。
これは、まるっきり大阪であった自分の実子である二人の育児を放棄して餓死させた事件の高齢者版で、まったく同一の事件ですよ。
『即身成仏すると言って部屋の襖を閉めた』のでそのまま放置して餓死させたそうですが、この男性は元教員で厳格実直で頑固そのもので融通が利かず家族の言う事も聞かず怖い存在で迷惑がられていた人物だったらしいが、この手の性格はボケやすいのです。
たぶん痴呆症状が出ていたのですよ。
家族全員がボケて手に余る老父の介護を放棄して餓死させたのであれば、あの離婚してシングルマザーの育児疲れから最後に育児放棄で幼児を死亡させた若い母親と全く同じ。
この20代の母親を警察は『死ぬことが予想された』として殺人罪で起訴する方針らしいが、それなら高齢の介護の必要な父親を餓死させた子供や孫達は、年齢だけが大きく違うだけで全く同じことをしたのですから、これも『殺人罪』に限りなく近いですよ。

奥秩父の怪 ( 逝きし世の面影)
2010-08-07 16:18:44
最初、この記事を書いたときは3重遭難だと思っていたのですが、
実は4重遭難だったのですよ。
2次遭難のヘリ墜落の同じ日の午後に、見物に来た山岳ブロガーが一名事故死しているのですが、全国ニュースではなく地元埼玉版だけに掲載されていた為に知らずに見逃していたのです。
日本テレビですが、この上層部は完璧に脳みそが石原慎太郎と同じで心底根本的に腐っています。
遺体の腐肉に食らいつくハゲタか食人鬼と同程度の思考水準なのですよ。
彼等日テレの2名が事故った日時が可笑し過ぎるのですよ。
最初の事故は7月24日で1名死亡、25日にヘリの墜落で5名と午後に見物のブロガー1名が死亡。
この翌日の26日にNHKが現場の映像を放映しているのです。
日本テレビが取材陣を送るのは一週間後の31日ですよ。
事故から時間が経過しすぎていて、到底新鮮さが命のテレビニュースとは言えないのですよ。
ですから山岳遭難としては極めて珍しい3次遭難の椿事として報道しようとしたのですが、装備や技術経験体力がお粗末でミイラ取りがミイラになって遭難してしまった。
恥ずかしすぎる4次遭難を起こして仕舞い、今更、実は『3次遭難は珍しいので』とは真実はいえないのです。。
日本テレビとしては取材目的の真実が世間に知れて、バッシングされるのが怖くて、元々の取材目的を明らかに出来なくなったので黙っているのですよ。
だから色々不思議な弁解を行うのでしょう。
取材の二人は入山前の早朝6時前に一度『これから入山する』とのメールを会社に入れている。
再度の入山時は10時ですからこの時間帯にならデスクは会社にいるはずなので、何らかの連絡(指示)が有ったと考える方が正しいでしょう。
下山した地点(入山口)には載ってきた来た自動車のドライバーが下山してくるのを夕方まで待っていたのですが、それなら、この車はタクシーではなく日本テレビの社用車でしょう。
再入山は日本テレビ上司の指示で有る可能性があるが、日テレは『連絡は無かった』と白を切っているが趣味で入山したのではないのですよ。

『装備は適切だった』との報道局次長の発言ですが、なにやら官僚の責任逃れの答弁とそっくりで無責任の極みの単なる『言い訳』です。
危険な地帯の特殊な『沢登り』に対して装備や技量が『適切』であるか無いかを判断出来るのは山の素人の報道局次長ではなく、専門家であるプロガイドです。
ですからこの場合には『不適切』が正しいでしょう。
それにしても現場は危険地帯で取材自粛の文章による通達が既に警察から出ていたし現場の警察署からも口頭の警告が出ている。
通常登山では入山前には地元警察署外勤課に事前に『登山計画書』を送付して、入山時には『入山届け』を入山口の警察に行ってから山登りするのが登山のルールなのです。
多分何れも行っていなかったと思われる。
これは趣味の登山ではなく会社の営業範囲の『仕事』として行われたのであるから、山岳遭難というよりも会社の都合で納期に間に合わせる為に無理をしたために発生した労災事故に限りなく近いでしょう。
それなら当該の会社の労務管理の問題となりますね。
千葉法務大臣の死刑立会いの件。 (東西南北)
2010-08-14 05:57:39
 選挙で落選した法務大臣が死刑執行を命じる点で何を考えているのか、とまず思います。ともあれ法務大臣とは法律を執行するマシーンではなく、国民の人命を擁護する職務があるのであって、法律を機械的に執行するか、それとも国民の人命を擁護するかの人間性の葛藤があったはずなのに、死刑執行を選択したわけで、やはり民主党の腰砕け議員だという失望感だけが残った。しかも、法廷では被告人の人権・人命を国家権力から擁護する弁護士でもある人間が死刑を執行した。立場とは憲法であり、それ以外にはない。
東西南北さん、 ( 逝きし世の面影)
2010-08-14 15:01:50
この記事ですが死刑問題を取り上げているようで、
実は意識的に死刑の是非論は全く論じていないのですよ。
日本の護憲派ですが、何故か死刑問題にいたく熱心であるのですが残念ながら私は全く興味が無いのですよ。
興味が無いという言うよりも、もう少し積極的に『話すべきでない』との立場なのです。
護憲左派ですが問題にすべきは戦争などの公的に許された超スーパーウルトラ大量殺人であのです。
人の能力には限りがあり、大事な『力』は大事な問題に振り向けるべきで死刑は大事な問題ではないのです。
日本は1億を越える人口大国で年間100万人が死ぬのですよ。数人が死刑になる事など例外中の例外です。
そしてどんな素晴らしい原理原則でも矢張り例外は生まれるのです。
例外など論じる値打ちが無いとの態度です。
その為に、当方としては死刑に対する態度ですが、死刑制度には反対していますが、『死刑を論じる事』にも反対する態度なのです。
ですから、この記事の趣旨は、
死刑問題などではなく自分の主義主張を捨てて、法務官僚に嫌々死刑の署名を押し付けられた優柔不断の根性なしの話なのですね。
これは日本テレビの嫌々山に登って死んだ二人と同じ立場だと思えるのですよ。
何とも恥ずかしくみっともなく悲しい話だと思いませんか。
面影さんへ。 (東西南北)
2010-08-15 02:07:52
 親世代、マスコミ、教育、企業経営者、上司、国家三権、公務員など教育責任を担う立場にある人間の教育責任を追及しながらも、自主的に学習していく学習・教育運動が情けない人間を無くしていく民主主義の方法でしょうね。

 蛇足ですが、正当防衛は例外の暴力と言えますが、死刑執行は正当防衛でもなんでもなく無抵抗な人間を縛り上げて絞め殺す人殺しであり、一人の人命の生きる権利を平等に保障することが社会科学である限り、死刑執行は戦争と同じく違法な暴力です。特殊な正当防衛ではないのです。もっとも、正当防衛ですら暴力です。何とも悲しい歴史相対的で弁証法的な特殊悲劇です。

 護憲左派は憲法9条を守り抜くことを掲げているのですから、正当防衛以外の人殺しなどには中絶、脳死も含めて首尾一貫して反対しなければ筋が通らない。

 正当防衛、緊急避難だけですよ。責任が問われない暴力として人命を死なせる行為は。

 
死刑に反対。死刑廃止論議にも反対 ( 逝きし世の面影)
2010-08-15 16:55:00
東西南北さん、死刑ですがお隣の韓国は死刑制度自体は廃止してはいなくて、今でも死刑は維持しているのですが、死刑の執行を廃止しているモラトリアム状態なのですが、日本国もこの方式が一番正しい解決方法ではないかと考えています。
個人的に死刑には反対ですが、
それと共に護憲左派のブログでの死刑反対論議にも反対の立場であるのですが、
この立場の人は私以外は極少ないのですよ。
右翼は情念、左翼は理論
なので理論闘争なら必ず左翼が勝つ。
ところが死刑問題では右翼は得意の『情念』で大量にウンカの如く押しかけてくるので理論闘争ではなく感情論で泥仕合になるのです。
で、多勢に無勢で正しくても勝てないのです。

東西南北さんはこれまでの国政選挙で共産党が15万票以上で無いと当選出来ない選挙区で3万程度で落選して供託金を没収されている有様を如何考えておられるのでしょうか。?
共産党ですが、全く勝てないことがわかっている『戦い』に勇敢に挑んで惨めに敗北しているのです。
これには歴史的な経緯があり、大昔の1945年から何年も経っていない時代なら勝てなくても『共産党』という政党が日本に存在している事を宣伝する目的で全選挙区に候補を立てて選挙を戦う重大な目的があったのでしすよ。

ところが今、日本に共産党があることぐらい誰でもが知っているし、政策も知りたければ一般新聞にも載っている。
御存知のように自公の有力候補が民主党系のリベラル候補と一騎打ちしているときに3万票の共産党票の行方は勝敗のキャスチングボードを握っているのですよ。
公明党はこの勝敗のキャスチングボードを最大限に利用することに成功して自民党から比例区の票を得たので実力以上に議席を得ている。
ところが同じように『絶対に勝てないが、誰かを勝たせる力がある』というような微妙な立場は共産党も持ているのですが、完全に無駄使いしてしまっている。
総選挙で田中康夫が民主党推薦で公明党の大幹部冬柴鐵三の刺客として兵庫の尼崎市の兵庫8区に出馬するが共産党も候補を立てるのです。
私は共産党幹部の政治センスの無さ、酷さに涙が出ました。
共産党は2万以上の票得て落選。
田中康夫が公明党冬柴に僅か2千数百票の差で辛勝するのですが、共産党単独では逆立ち視しても悔しいが公明党大幹部の冬柴鐵三には勝て無いのですよ。
そして田中康夫ですが社民党を除けば共産党の政策に一番近い革新的な政治的スタンスなのですよ。
もしも運悪く田中康夫が落選していたら、この場合には反自民の進歩的な有権者から、その戦犯として非難されるのは間違いなく勝った公明党ではなく負けた共産党なのですよ。

『正しいものは正しい』との硬直した姿勢ではなく、彼我の力関係を考察して『勝てない』『絶対に負ける』と客観的に判断出来たのであれば、あえて『戦わない』との選択肢も十分に考えられるのですよ。
正面からは戦わずに『勝てる』の方向に誘導していく政治的な判断が、今の共産党には求められているのではないでしょうか。?
何しろ共産党とは『何が正しいか』『何が真理であるか』を究明するのが使命の学術研究団体では無いのですよ。
今の世の中を少しでも良くする為の政治組織(政党)であるのです。

それで最初の死刑論議ですが、これはいくら正しくても今の護憲左派の力量では『勝てない』のですよ。
ですから政治ブログである当ブログでは政治的な損得を一番最初に優先するので死刑論議は基本的にしないのですね。
Unknown (多摩人)
2010-08-15 23:28:37
通りがかりで失礼いたします。
>山梨県あきる野市の無職Kさん
とありますが、東京都あきる野市の方ですね。
ご本人のブログも見ましたが、多少なりとも沢をやっていた方のようですね。
多摩人さん、ご指摘有難う御座います ( 逝きし世の面影)
2010-08-16 09:33:03
報道では、毎日新聞 2010年7月28日 地方版〔多摩版〕に

>山梨・甲州の男性不明:あきる野市の男性、秩父山中で遭難死 /東京
 ◇ヘリ墜落現場そば

と記事のタイトルにあるので、この『あきる野市』は山梨県にあるものとばかり勘違いしていました。地図で調べると確かに東京都です。
ただ、
この事件には故人の名誉の為にあまり詳しくは触れたく無かったのですよ。
ですから、多摩人さんおご指摘はありがたいのはありがたいのですが、何とも複雑な心境であるのです。
>『多少なりとも沢をやっていた方』
とのご判断もその通りなのですが・・・
事故現場のブドウ沢ですが、当方は登ったことが無いので山岳の一般論しかいえませんが、調べても何処にも遡行図がでてこないのです。
ですから沢登コースとした極々初歩的なルートではないかと推察されるのですよ。入山口も国道140号線で地の利も良い(滝や困難なゴルジュを突破するルートには必ず遡行図が既に作られている)
遭難者ですが前日の早朝に家を出て遭難現場の反対側の国道雁坂トンネル出口(山梨県甲州市側)に車を止めているので現場には山越えで入っていると考えられる。普通はこういう入り方はしません。ですからルートそのものは比較的安易であったと推察されるのですよ。しかも見つかったのはヘリ墜落現場よりも下流です。
しかしいくら安易なルートでも単独行で、しかも家族にさえ行き先を知らせず、しかも体力的に負担が大きい2000メートル近い山越へしているのですから、事故原因は一言でいうと自分の知力や技術に対する『過信』ですね。
次元は違うかもしれないがマッキンレーで遭難死した植村直己の山を舐めたとしか思えないお粗末事故に近いでしょう。
植村直己は天まで持ち上げる多くの人々がいるので勘違いして真似る人が出てはいけないので批判したが、無名の故人の犯した過ちはブログの様な公開の場では慎むべきでしょう。

片山右京の遭難事故VSたけしの交通事故
2010年01月05日 | スポーツ・文化
面影さんへ。 (東西南北)
2010-08-16 23:27:11
 死刑廃止論が勝てないからしない、という政治的な打算で死刑廃止論をしないのであれば、天皇制全体主義の日本国家に対して「勝てない」政治闘争に挑んで特高警察に拷問を受けて殺されかけた宮本顕治さんや日本共産党は自滅した政治センスのない政党なのでしょうか?そのような評価は完全に非科学的ではないでしょうか?

 日本共産党の選挙区の立候補問題では、第一に供託金の没収ラインに到達していないなら確実に立てないで没収される資金を日常の活動へ回すこと、第二に、供託金没収ラインは超える現実的な可能性はあるが、他党の候補者との関係で当選はないと判断したら、柔軟に自主投票とし、候補者を立てない選択をすること。これが正しい戦術と東西も思います。

 死刑廃止論については、必ず負けるから黙って国家に殺される死刑囚を見殺しにするという態度が政治的に賢いとも正しいとも思いません。

 死刑廃止運動を日本共産党が「しんぶん赤旗」で大キャンペーンすることが今、裁判員制度時代にますます必要になっていると思います。

 死刑の執行現場などの情報開示、さらには、死刑執行の現状の悲惨さ、刑事裁判とは何か?などますますタブーのない報道をしなければならないと思います。日本は民主主義国であるし、裁判員制度をよりよくする必要もあるからです。

 
信念とセンスと科学 (愚樵)
2010-08-17 06:06:39
・東西南北さん

横レスになりますが、お許しを。

>死刑廃止論が勝てないからしない、という政治的な打算で死刑廃止論をしないのであれば、天皇制全体主義の日本国家に対して...

私にはよくわかりませんね。この文章における信念とセンスと科学の関係が。

私は共産党に信念があるのは認めます。が、政治センスがあるとは到底思えない。それは結果が示しているのではないですか?

日本共産党は歴史の長い政党です。その政党が信念を貫いているのに、結果に結びつかない。なぜか? 政治センスがないから、ではないのですか? この答えは非科学的ですか?

民主主義の本質は科学であり、民意は科学的に捉えることが出来る。そして共産党は科学的な政党である。その「仮説」が正しいのなら、もうそろそろ結果が出ても良さそうなものですが。

信念と仮説とを混同する者は、科学的センスのない者とみなされます。申し訳ないが、私には東西さんに科学を語るのに必要な科学的センスがあるようには全くもって見えないのです。
死刑の論議に反対している ( 逝きし世の面影)
2010-08-17 12:06:53
東西南北さん、まえのコメントにも書きましたが今の日本では一日に3000人が必ず死んでいるのですよ。
『死刑問題』を此処で取り上げない最大原因は『取り上げるだけの、値打ちが無い』と判断しているからです。
何事にも例外はあるのですよ。
例外的な事例を論じる気が、最初から当人には無いんです。
だから此処では全く死刑の是非には触れていません。
年間一桁の死刑だけでなく日本では殺人事件でさえ年間1000件程度の少なさで例外的な事例であるのです。
まだしも3万人強の自殺の方が多いので、これなら取り上げる気も出て来るが、自殺も殺人も実は内向きか外向きかの違いだけで同じ行為であるのですね、
だから『自殺するだけの勇気が無いので大量殺人で死刑になりたい』何て犯罪まで生まれてくるのですが、このように死刑制度には抑止効果は無く、反対に大量殺人を誘発する危険性まであるんです。

仰られている『勝ち目が無いから取り上げるべきでない』とはこのブログの話ではなく他所の護憲派ブログに対する態度のことですね。
しかし、『勝てない」とは『良いか悪いか』の話ではなく、単なる『客観的事実』なのです。
その科学的事実を認めるか、認めないかの話で、戦前の絶対天皇制の話とは何の関係もありません。

それにしても私が、『嫌だ。嫌だ。』と毎回書いているのに何故死刑問題を論じるんでしょうか。?私にはさっぱり理由がわかりません。
まさか東西南北さんの親族と友人知人で死刑になった人がいるのでしょうか。?(それなら私は大変無神経なことを言っていたことになりますが)
どんなことでも、誰かが行う必要があるのですよ。
例えば蝿の触角の構造の解明に自分の一生を捧げる研究者はいるだろうが、それはそれで大事な話だとおもいます。
しかし、日本の科学者の誰も彼もがみんな蝿の触角に興味があるほうが可笑しいとは思いませんか。?私は蝿の触角にも死刑にも何の興味もありません。
私の周囲では監獄に放り込まれた者はいても刑死した人物は一人もいないのですよ。だから興味が無い。

南北さんのコメントで重大な事実に今気がつきましたが、
日本共産党の88年の歴史を一続きのものであると思っていませんか。?
敗戦後の議会制民主主義の合法的活動期の65年と、それと正反対の敗戦前の独裁帝国の非合法の23年間は同じ日本共産の党名でも一くくりに出来るほど簡単ではないのですよ。
今の共産党幹部ですが、価値観が180度変化している事実に鈍感すぎるのですよ。
民主主義の価値観が何よりも優先される時代にもかかわらず何十年も帝国の時代に日本語に訳された用語であるプロレタリア独裁を使い続けて党に大損害を与えたのは共産党幹部自身だったのですよ。
一般市民が無知だったから天安沈没など『反共宣伝』が有効であったのではなく、実は市民の方が賢くて、共産党幹部が(時代の変化に)無知だったから反共宣伝が有効だったのです。
愚樵さん、コメント有難うございます ( 逝きし世の面影)
2010-08-17 15:08:47
東西南北さんの、
>死刑廃止論が勝てないからしない、という政治的な打算で死刑廃止論をしないのであれば、天皇制全体主義の日本国家に対して...

とは、『なるほどこれでは共産党は嫌われるだろうなあ』と思わせる、ある種の典型的な共産党系論説の悪例であるのです。
先ず第一に考えられる問題点は、前のコメントでも指摘したのですが、戦前と戦後と、全く価値観が180度変化している事実を軽視して、同列に論じようとしている事なのですよ。
世の中の価値観が正反対になったのですから、敗戦前には正しいことでも戦後は『間違いである』に変化するのです。
これを一部の頑迷な共産党幹部は『正しいものは正しい』と変化をしている事実を認めようとはしないのですよ。
戦前に共産党は『戦争反対』を主張したのは事実ですが、残念ながら何の政治的成果もあげれ無かったのです。
唯一の成果は『共産党は過去に戦争に反対していた』との『名誉』だけなのですよ。
政治的な成果も実績もゼロです。
共産党の主張は何一つも成功しなかったのは歴史的事実なのです。
ですが、この実質的な形としては何も残らなかった戦争に反対した『宮本顕治など投獄されたが共産党幹部』の名誉は敗戦後に別の形で党の為には大活躍して『帝国が敗北することを知っていた共産党』との評価が市民の間に広まって共産党は党組織がほとんど無い状態で35議席の当選者が出た。
支持された理由はただ一つ、
誰も他のものが気がつく前に『共産党は未来を知っていた』ことに焼け出された市民が感動したのですよ。
共産党の勝利は『共産党は戦争に日本が負けると正確に予測していた』ことに尽きるのです。
共産党は大きな勘違いをしていますが、『戦前の戦争反対の歴史』は、自分達自身(論理の世界)は大変『正しいことをした』と考えているのですが、
現実の日本社会では、これは未だ正論とは原則ともなっていないのですよ。
それどころか日本市民のレベルに精通している日本の保守勢力は『逆』(不名誉)だと思っているのですよ。
そしてその保守の考えは悲しいかな正しいのです。
あの千葉のヤーさん浜コーが自民党議員時代予算委員長の要職にあるときに『宮沢賢治は人殺し』など御馬鹿極まる発言をして職を棒にふるが、日本人の多くはその程度の民度であることを熟知しているのですよ。
今でも日本では一部市民レベルでは戦前の価値観の残滓が色濃く残っており『戦争反対』の共産党は『国賊扱いの非国民』で、これで保守は一定の票が期待出来るのです。
共産党は過去の戦前の歴史が『名誉である』(共産党の票が増える)と考えているが、自民党などは今での正反対に『恥である』(共産党の票が減る)と考えているのですよ。
戦争責任を曖昧にした日本では、この自民党の考えが、恐ろしいことに(嘆かわしいことに)決して間違いではないのです。

共産党の35人の当選は、『共産党の考えや政策が支持された』訳でも、
ましてや『共産党が戦争に反対していた』からで無いことは次回総選挙で35がゼロになることを思えば明らかです。
戦前の歴史や共産党の主張が支持されたのであればゼロにならないで勝っているのですよ。
何故なら35人当選の前回と、議席がゼロの今回がそれでは条件が同じなのだから。

東西南北さんは戦前の共産党の実体を誤解していますが獄中にあったのは幹部で、党は完全に崩壊してしまっていたのですよ。
帝国の攻撃で共産党丸という船は完全に沈没して宮本顕治など船長機関長などは責任上沈む船と運命を共にしたが乗員全員は海に飲まれた訳ではなくて身を守る為に自分の主義主張を封印して生き延びたのです。
当時の共産党の政治活動は完璧な負け戦だったのですよ。
そして政党とは、矢張り政治的な勝敗を一番大切にしなければならないのです。
勝てない戦いは自分自身を守る為に、避けなければならないのですよ。
南北さんの主張(正しいことは勝敗に関係無く主張する)が正しいなら、党員や支持者も全員が憲兵隊に捕まって監獄送りで命が危ないのですよ。
例えは悪いが、それでは東条英樹の戦陣訓の『生きて虜囚の辱めを受けず』に近い思想で、一般の徴兵された兵士に軍幹部と同じ責任を押し付けるようなものです。
面影さんへ (東西南北)
2010-08-18 01:22:05
 やはり、納得できません。自殺者3万人、殺人事件1000件、戦争を防止する方が政治上は重大なので、死刑廃止論を「しんぶん赤旗」が大キャンペーンすることは政治センスがないことになって、自殺者3万人防止などに悪影響も及ぼすから沈黙をする方がよい。本当は死刑廃止なんだけど、そのような理由で例外として死刑執行で殺されてくれ、というような意見だからです。

 護憲派ブログに対する面影さんの態度は「情念派には勝てない」ことはしない、という方針なのはわかりました。確かに、正面から人命最優先の立場から死刑廃止にしないで冤罪なら可哀想という情念派が多い気がしますが、冤罪でなければ死刑もいいのか?と踏み込んだら沈黙でしょうね。冤罪か否かがわからないというなら刑事裁判事態が成り立たないですので、結局、死刑廃止論の根拠は冤罪論ではなく人命論なのです。しかし、人命論を信念や情念と捉える混同をする事実があって、いくら説明しても理解しないから情念派。勝てない論争はしない、という面影さんの立場はわかりますが、東西は同じ人間なのだから人命最優先は情念でない科学だと理解できるという立場でやりたいと思います。

 戦前でも戦後でもプロレタリア独裁は違法な暴力革命論だと東西は考えています、歴史認識ですね。

 面影さんは戦前の日本ならソ連式の独裁は真実だが、戦後は真実ではなくなった、という歴史認識のようですが、東西は違います。戦前日本でも戦後日本でもソ連式の独裁は違法な暴力という一続きの人類普遍性として歴史を認識しています。

 しかし、独裁という文字を掲げた日本共産党自身が馬鹿で独裁という言葉の削除を求める市民が賢いというのは東西の歴史認識では正しいと思います。今も、日本共産党は大企業の国有化という文字を「自由と民主主義の宣言」で掲げているし、賃金論についても諸個人の労働能力を格差にどう反映させるかという市民の正しい価値観に対して明確に回答しませんね。最低賃金増額、総額人件費の増額、社会保障・教育の無償化、賃金評価の完全情報公開などは求めていますが、諸個人の労働能力の高低をどのように賃金格差に反映させるかについては否定も肯定もしない、という違和感がありますね。この点でも市民の方が正しく科学的な疑問、違和感を提起していますが、約90年の研究をしてもまだ結論を出さないのが日本共産党です。諸個人の労働能力の高低は未来永劫なくならないので賃金格差も未来併合なくならず、積極的に労働能力の高低とは何かを明確にする基準作りに取り組むが慎重に行う、とわれば違和感がなくなると思います。

 

 
 

 
愚樵さんへ (東西南北)
2010-08-18 01:34:00
 日本共産党の敗北原因は政治センスではなく、信念に非科学が混ざっており、その弱点を支配勢力に衝かれ続けているからですよ。政治面では政策と運動ですので、これは勝利の原因と東西は思います。

 問題は、非科学的な信念を科学であるとする思想・理論面の弱点なんです。これが日本共産党の側にある弱点です。

 しかし、同時に、思想・理論面については思想・良心の自由があるので思想・良心は異なっても政策や運動で一致する点で協力して政治を変革しようという政治方針を出しているのが日本共産党の政治センスなのです。政治上は完全に科学的な方針であり、センスがいいのですね。

 しかし、反共攻撃というものは思想・理論が非科学的であれば、政策と運動でも協力しない、と宣伝してくるのです。この意味で反共攻撃には政治上の反撃をする必要がある、と日本共産党はしています。いわゆる民主運動論、統一戦線論です。良識。

 だから、日本共産党には政治センスはあるし、ないとは思いませんね。

 問題は、日本共産党の敗北原因は思想・理論にあるという点です。ですから、日本共産党が勝利するには政治上は政策も運動も優れていますし、統一戦線論、民主主義運動論も変えなくていい。政治センスは変える必要がない。

 変革、発展させねばならばいのは思想・理論のレベルにある不正、非科学なんですね。おいしいお米に砂利が入っているような不純物が混じっています。その頂点が大企業の国有化、賃金論、死刑論への態度などに現れていますので、言論と思想の力で共産党幹部は思想を純化する必要がある、と東西は思っています。

 政策面、運動面では協力でいいのですよ。これが政治センスです。
愚樵さんへ。 (東西南北)
2010-08-18 04:17:46
 一応。何度も何度も愚樵さんとも議論しましたが、東西としては理論には非科学的な理論と科学的な理論しかない、と規定しています。そして、普通の社会科学で言う「仮説」とはどちらも科学と呼んでいますね。例えば、死刑存置論も一貫性があれば科学的な仮説であるし、廃止論も一貫性があれば化学的な仮説であるので、「対話」を通じた合意内容が最終的な科学となる。これが俗論でいう社会科学論、したがって、観念論でいう場合の仮説、科学論なのです。

 それに対し、東西の言う社会科学論は人命最優先の唯物論を基本としながらも弁証法によって正当防衛・緊急避難の暴力は責任がなくなる、という一貫性のある社会科学、民主主義の科学、歴史科学、歴史認識の方法論なのですよ。

 ですから、真の社会科学というものは、ものすごく単純、シンプルなのであって、人命最優先の唯物論を基本とし、最大限に人命を擁護する民主主義法なんです。ですから、中絶、脳死、安楽死、尊厳死、暴力革命、死刑、戦争、自殺・殺人などの人命と身体の健康に対する諸問題に対しては「常識的なセンスがない」と思われるくらいに主張するわけですね。

 根本的にしかも全面的に人命最優先を最大に保障するような合意形成をするには、まず自分自身が正しい社会科学論を認識しなければなりません。

 合意があるないの次元のもっと前にある学問論なのです。

 
『何が一番重要であるか』の価値観が狂っています ( 逝きし世の面影)
2010-08-18 11:24:10
東西南北さん。
もう一度聞きますが、
ご自身の周辺で死刑になった方が居られるのでしょうか。?
あるいは南北さんは、何か死刑廃止運動の関係者なのでしょうか。?
当方のブログで死刑問題を取り上げないのは『価値観』の問題であるのですよ。
死刑は年間一桁多くても二桁に届くかととかないかの少数で全体から見れば些細な問題なのです。
取り上げない最大の理由は『語るだけの値打ちが無い』なのです。
(勿論、勝てないもあるが)
今の日本社会ですが、全てに拉致問題が優先する政治や外交が、何かとんでもなく病的だと思いませんか。?
あるいは9・11事件を口実にした対テロ戦争に狂奔するアメリカが病的だと思いませんか。?
拉致問題ですが、確かに関係する当時者なら大問題中の大問題なのですよ。

ところが日本全体から見れば30年前の十数人の関係した事件など、他の一般市民にとっては小事のうちの小事の些細な問題であるのですよ。
事実韓国では日本の数百倍の北朝鮮による拉致事件が起きているのですが、日本とは大違いなのですね。
韓国では拉致事件よりも、もっと大きな大切な目の前の政治的な事件があるとの国民の意思なのです。
日本と韓国と、これだけ大きく『正反対である』ともいえるほど違っているが、さてどちらが正しいのであろうか。?
日韓の、どちらかが正しくどちらかが間違っている。
この拉致問題に対する対照的な日韓の相違ですが今回の死刑問題に対する私と南北さんの見解の相違と全く同じ種類のものですね。
韓国が拉致被害者の救出を全く無視しているのではないのですよ。
ただ政治的な優先順位として日本のように一番ではないのですよ。
それ以外が上位に在り、拉致問題は可也下の方なのですよ。
何故、韓国で拉致問題が政治的順位が下になったかの理由は、『政治的な価値観』の問題(判断)であるのです。

アムネスティの機関紙が死刑問題を連日記事の全てを割いてもあたり前ですが、もしも政治経済を書くべき赤旗が本来の仕事を放り出して死刑問題ばかり書いていたら駄目ですが、
いくら少数の例外的なことでも死刑は日本に存在しているのですから、日本の刑法制度の問題点の一つとしてとり上げるのは良いでしょう。
ただし、ここでも価値観の問題として例外的な死刑制度などよりも、
より沢山な人が関係している、より切実な明治時代に出来た非民主的で非人道的な監獄法の抜本改正の方が早急に求められる。
今の日本の監獄制度がどれ程問題であるかご存知ですか。?
警察の代用監獄も大問題ですが、ホンモノの監獄も大問題であるのですよ。
護憲派での死刑問題を取り上げる人は多くいるが、
何故より大きな問題である『監獄』の問題点を取り上げないのでしょうか。?
名古屋刑務所での拘束具の不正使用により受刑者のリンチ死を如何思っているのですか。
監獄は一般社会から隔絶した位置にあり発覚した看守によるリンチ死は少数ですが虐待による広い意味でのリンチ死は死刑の執行数よりも間違いなく多いのですよ。
何故みなさんは死刑には関心があるがより切実な問題である監獄問題には何の関心もないのか。?
私にはその理由が一向に理解できません。
基本的に価値観が狂っているのですよ。
だからその掲げる理想論や主張がいくら正しくとも死刑問題で、普通の一般の国民の支持が得られないのです。


東西南北さん、
もう、その辺で勘弁してくれませんが。十分だと思いますよ。
もう一度言いますが、この記事は決して死刑問題の是非は論じたいないのです。
真珠湾を攻撃した山本五十六のように与えられた役目の為に自分の主義主張に背いて死刑執行に立ち会った千葉法相の無残を書いたものなのです。
記事の趣旨と関係が無い話を延々と書かれると大変迷惑なのです。

如何しても死刑を論じたいのであれば、気が進みませんが、別の専用の記事を作りたいと思いますのでこの記事での死刑論議は止めていただきたい。
記事内容から遠すぎるので、困っているのですよ。
多分読者も同じ意見であると思います。
秩父山系における救助 (秩父原人)
2010-09-12 23:00:32
1, 埼玉県には山岳救助専門の救助隊は、消  防、警察、民間を含めて存在しない。
2, 社会死状態(首と頭が切断されていると  か、白骨化が進んでいるとか)でない限り  死亡の判断は、医師でなければできない。
3, 税金で運用している防災航空隊では、予  算の制約があり何種類もの機体及びそれに  伴うパイロット等の人員をそろえることは  不可能である。

 等の理由で、埼玉県では防災航空隊及び地元消防が連携し現有の機体及び資機材を用いて山岳救助を行っています。
 逝き世の面影さんは、博識でご立派な蘊蓄を語っておられますが、現場の実情を知らない人間が書物やネットで得た知識だけで物を語り亡くなった救助関係者を冒涜するのは亡くなった方に大変失礼ではないでしょうか。


秩父原人さん、はじめまして (一休宗純)
2010-09-13 10:42:14
コメント有難う御座いました。これからも宜しく御願い致します。

基本的に日本国では長野県や富山県のような登山者が集中する山岳地帯を擁する県でも専門の山岳救助隊は何処にもありません。
長野や富山では一応山岳救助隊という名前の組織はあるのですが、これは県警外勤課の警察官で厳密な意味での山岳専門家であるとはいえないのですね。
これはスポーツ登山の本場の欧州の本物の救助隊とは大違いで、言葉は悪いが山の素人の警察官が街中の事故被害者の救助の延長線上で行っているのが日本の遭難現場の現状であるのです。
ですから救助できる範囲には自ずから限界があり、本当に危険で技術がいるような場所での救助は、そもそも不可能であるのです。
日本ではそのために山岳組織があるのですね。逆の言い方をするとその所属する山岳会で救助出来無い山行はおこなっていけないのです。
また例え白骨化していても最後は医師の検視が必要ですし、山岳遭難では現場に医師が入ることは基本的にありませんから、すべては現場の判断に任されるのですね。
秩父原人さんは常識有る良き社会人の日本人一般が持っている『死者に鞭打たない』とか『死ねばすべて仏』とかの日本人の正しい良識を語っておられるのですが、条件が違い今回の場合(山岳遭難)には当てはめるべきでは無いのですよ。
山岳救助の原則は厳しく、どのような理由があれ救助隊員は絶対に死んではいけないのです。
ですから幾ら善意の行為であれ非難は免れないのですよ。
今回は世にも珍しい4重遭難が発生したのですが、基本的に山の遭難事故では2重遭難が最高であるのです。
3重遭難は絶対に起こらない。
何故3重遭難が起きないかですが、この理由は極簡単で2重遭難が起きた時点で救助活動はすべて停止されるので3重遭難は起きないのです。
今回は一次遭難者は既に死んでいたのでそれ程問題ではないが、そうで無い場合を想像してみて下さい。
このように救助隊員が絶対に遭難してはいけない山岳遭難の原則には正当な理由があるのですから、幾ら善意の行為であれ今回の埼玉県の救助隊は矢張り非難されて当然であるのです。
秩父山系における救助 続き (秩父原人)
2010-09-14 11:14:14
たびたびお騒がせします。

一休宋純さんが何をもって防災へり墜落の事故を4次遭難とおっしゃるのかその点が理解できません。
同日に発生した45歳の男性の遭難については、たまたま現場に行く途中の県警山岳救助隊員が発見保護しただけで防災機の墜落とは関係のない事故のようですし、某テレビ局社員の遭難にしても、墜落事故に直接巻き込まれた遭難とはちがうので切り離して考えるべきです。
また、「救助隊員は絶対に死んではならない」と、おっしゃってますが、そんなことは人に指摘されるまでもなく救助という仕事に携わる人なら誰でも承知していることだと思います。自分の命を犠牲にしてまで他人のためになんていうのはドラマや漫画の世界だけでしょう。
先にもコメントしましたが、救助の要請があった場合、それを受信した警察や消防職員は、よほどの場合がない限り死亡の判定はできません。今回の事故でも救助対象の女性が無くなっていたというのは結果論です。今後も同じようなケースで救助要請があれば、彼らのような救助隊員は現場へ向かうと思います。
埼玉県における山岳救助は、県警と消防が別にやりたくてやっているわけではなく他にやれる組織が無いので携わっているのです。日本山岳連盟のような組織が、登山愛好家(登山をやるすべての人)から資金を調達して専門の人員資機材を取りそろえた救助組織を立ち上げていただければ全国の山岳地域を抱えた地域では大歓迎されると思います。
いずれにしましても、事故調査委員会の調査結果もでないうちに、ニュース等で得た情報だけで当日の救助現場も実態も知らない方が素人判断であーだこうだ言うのは控えるべきではないでしょうか?
ネット情報で、当日の救助現場も実態も知らない方が素人判断であーだこうだ言うのは控えるべきではないでしょうか (一休宗純)
2010-09-14 15:16:00
可也不真面目なコメントで事実との乖離が甚だしく、内容が無いうえに意味不明です。
基本的に山の遭難事故と、それとは大きく違う街中の消防などの救助活動を完全に同一視している為に起こった、無知からの混乱でしょう。
基本的に
>ニュース等で得た情報だけで当日の救助現場も実態も知らない方が素人判断であーだこうだ言うのは控えるべきなのです。

>『同日に発生した45歳の男性の遭難については、たまたま現場に行く途中の県警山岳救助隊員が発見保護しただけで防災機の墜落とは関係のない事故のようですし』<

完璧に山岳地帯である事故現場を、誰でもが行ける街中と勘違いした妄想で、ただただ呆れるしかない。
無知にも程が有る。
ほんの少しでも山の知識があれば恥ずかしくて決して口から出ない種類の話ですね。
この種の山岳地帯でのこのような遭難現場で、事故とは関係ない全くの第三者が、遭難現場にいることは原則的に起きないのですよ。
遭難した人山岳写真のブログを立ち上げていて山岳遭難のトムラウシの記事の為にわざわざ現地の北海道まで入山しているのですから当然このような大きな事故が自分のホームグラウンドで起きれば興味をかき立てられるのは当然でしょう。
『秩父原人』のHNなので多少は山岳知識が有ると勘違いして詳しくコメントして大失敗したが、丸っきり山岳遭難の基礎知識が無いのに、不真面目で聞く耳が無い人に、誰であれ一から説明するのはそもそも無理なのです。

>『某テレビ局社員の遭難にしても、墜落事故に直接巻き込まれた遭難とはちがうので切り離して考えるべきです。』<

3重遭難だから珍しいので放送したかったのですよ、ヘリが墜落したからテレビ局が動くのであり『無関係』などとは呆れ返る。
1週間も前の遭難事件をわざわざテレビが取材することは基本的に無いのですよ。まさに議論の為の議論で不真面目です。

この様な不真面目な塵コメントは即座に掃除するべきですが、多分無理だとは思うが反省いただくため、このコメントは不見識な悪い見本として一定期間掲示した後に先のコメントともども塵として削除します。

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