逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

マックス・ウエーバーと 「九条原理主義」

2010年12月01日 | 憲法

『理論としての憲法九条、情念としての9条』

国家の戦争と武装を放棄した日本国憲法九条は『戦争のある世界をありのままに認識』してるのだろうか。?
昔は多数派だった護憲派の『九条原理主義』なら『自衛隊=軍隊』なので自動的に『自衛隊の解散』となるのだが今では極く少ない少数派になっている。
多数派の『普通の世間的な護憲意識』では『戦争のある世界をありのままに認識しつつ「地上の平和」を望んでいる』のだろうか。
一般的に革新派の知識人は9条が『思想の力』であると主張しているのだが、こういうのは左派的な人が好む発想ではあるが『9条』は、そもそもの出発点は『情念』であったのです。
長い戦乱に飽き飽きしていた多くの人々は、日本人が元々持っていた『殺し合いは嫌だ、戦争は駄目だ』という素朴な情念と、アメリカの最もリベラルな部分の理想の論理が偶然、圧倒的な力の空白が生んだ間隙という時間的な狭間で、たまたま表向き合致した時にだけ可能な奇跡的な不思議の『思想』が憲法9条だったのです。

『弛緩?から出発した9条』

敗戦直後に『9条』がなぜ当時の圧倒的な多数の日本国民に支持されたのだろうか。
そして何故、今まで長年日本国を守って生きた(日本人が守ってきた)『9条』の改正の動きがあるのか、その原因を歴史的に考察してみよう。
平和憲法『9条』は日本(国家)が引き起こした『戦争』が惨めで屈辱的な無条件降伏(敗戦)に終わり、より屈辱的で惨めな他国軍の全面軍事占領によって、国家の武装を解除されたことに因ってそれまでの緊張状態が融け、みんなが弛緩したところで出てきたもので、理論としてよりも情念に近いものとして受け入れたのかも知れない。
『刀狩』(兵農分離)の伝統がある非武装で平和志向の多くの日本国民は、国民皆兵の軍事優先の日本帝国の時代が続いても、長らく非武装による『弛緩』を忘れていなかったし、本当は今でも『弛緩』を求めているのではないだろうか。
だから、圧倒的な市民が9条を支持したのです。

それでは、国家の武装を禁じた憲法九条は『思想』(理念)か。はたまた『情念』か。何れであろうか。
何時でも主義主張や理論が先走る左翼は間違いなく『思想』(理想?)だと思っているはずです。
何しろ何時でも『思想』(理論)を優先させ、高邁な『理想』を語る考え方なので左翼になっているのですから、其れ以外の答えが出て来る事は少ない。
対して元々理論より情念が優先している右翼なら、これも間違いなく『情念』でしょう。
其れも怒りとか恐れとか恨みの感情であり、そこから発展した蔑視や敵愾心など真っ黒な『負の情念』ですね。
作る会など右翼の9条に対する態度は『反感』とか『反対』などの思想心情ではなく、癒しがたい憎しみや挫折感、尋常でない『恨みの感情』(情念)が感じられる。
何故そこまで右翼が9条に恨みの感情(負の情念)を持つかですが、これには必ず理論的根拠や歴史的な経過がある。(と理論優先の左翼の一人なので考える)

『マックス・ウエーバーの国家の定義に抵触する9条』

国家の武装(9条2項)や国家だけに許されている戦争(9条1項)を否定したのが憲法9条で、『9条がある限り日本国は半人前である』との考えが右翼や保守にはある。
それではこの右翼の考え方は間違いか。?私は十分に根拠がある話であると思っています。
9条の1項については第一次世界大戦後の世界の世論は概ねパリ不戦条約にあるように『戦争は不法である』の考え方でコンセンサスは出来ている。
ところが『戦争は違法』で世界各国が一致していたにも関われず、自衛戦争は(禁止されている)戦争でないとの論理(抜け道)で、第一次世界大戦より比べられないほど大きく悲惨な第二次世界大戦が引き起こされるのです。
この厳しい歴史の教訓(経験)から、国家の武装を禁じた日本国憲法9条2項が出来上がるのです。
そのために、アメリカによって日本の国家としての大事な部分(国軍)が去勢されていると見るのが右翼です。
これなら『右翼』が『9条』に根源的な憎しみを募らせる心理には十分に根拠があり理解出来る。
それでは『国家』とはそもそも『何もの』であるのか。?

『国家とは暴力装置のことである』

マルクスは『国家』とは警察とか軍隊などの暴力装置の事であると喝破するし毛沢東も『鉄砲から政権が生まれる』と言っているし、現実の今の政治の話でも日本を含むすべての国家のトップは同時に例外なく必ず国軍の最高司令官なのです。
オバマアメリカ大統領はアフガン増派に当たって文民の大統領ではなく『最高司令官として』とはっきり発言している。
こう考えていくと左翼も右翼も『同じ考え方』なのです。
長い人類の歴史上、国家の無い軍隊はあったが、軍隊の無い国家は何処にも無かったのです。
憲法『9条』とは人類史上かって存在しなかった、まったく新しい試み(思想であり情念)なのです。
言うなれば、ちっぽけな思想や情念なんかの範疇を遥かに凌駕する思想の中の思想、情念のなかの情念、人類社会の遥かな高みに聳え立つ絶対宗教である。
例えるならば『神』なのです。
元々日本にあった古来からの神々は明治維新の廃仏毀釈で殺され、明治時代に創られた国家神道の神は第二次世界大戦の敗戦後アメリカによって殺され、結果日本は無道徳無節操な国家が出来上がったとするなら、最後に残った『神』とは国家の本性(本体)ともいうべき国家の武装、国家の暴力を否定する『憲法9条』以外には考えられないでしょう。
それなら右翼が企んでいる3度目の『神殺し』を決して許してはいけない。
今の世界はイスラム原理主義やアメリカのキリスト教福音派原理主義などの『情念』が騒動の種を世界に振りまいていますが、これに対して思想や理論だけではパワー不足で勝てません。
これ等の危険な原理主義に対抗するだけの力があるのは宗教としての『九条原理主義』以外には無い。(我ながら論理が強引ですが、何しろ9条は『神』(宗教)ですから当然です)

『個人の武装を主張しない「右翼」は胡散臭い』

一般的な普通の良識的考えである、非武装の9条は弛緩で武装は緊張との説は、我々護憲派の人々では異論は無いかも知れませんが、改憲論者は正反対だと思っているはずですよ。
何しろ全米ライフル協会会長のチャールトン・ヘストンは『枕の下に銃を入れていると、安眠出来る』と語っている。
この考え方は憲法9条があるために、外国(北朝鮮)が攻めて来ると思って心配で心配で眠れない日本の改憲派と共通する感性でしょう。
武装しているれば安心して弛緩できるが、非武装では(誰かが襲って来ると思っているので)不安で不安で緊張しているのです。
アメリカではこの『武装していないと襲ってくる』との考え方は大は国家から小は市民一人一人まで共通の考え方で一貫していて、ある意味立派で筋が通っている。
日本の右翼のように国家の武装を言って個人の武装を言わないのは胡散臭いし主張自体がニセモノで間違いである。
民主主義国家ならば、国家に武装権があるなら、なおさら個人には武装する権利があると考えるべきです。
この考え方はアメリカでは多数派で、本当に第三次世界大戦(ヨハネ黙示録にあるハルマゲドン?)が必ず起こると思っている人々が沢山いて数千もの民間武装組織(ミリシア)が常時軍事訓練に励んでいるし、核シェルターを自家用に用意して食料や武器弾薬を備蓄している人もいる。
世界の常識である公的医療保険でさえ反対する人が大勢いるアメリカは『自助努力』、『自己責任』がモットーの世界なので、『自主防衛』が基本的な考え方であるのですね。
昔訪ねた知人のアラスカ山岳会員の家には壁一面に銃が飾ってあり拳銃やライフル以外にも軍用M16自動小銃まであった。
ところが不思議な事に日本では国家の武装を主張する人はいても個人の武装を主張する人は一人もいませんが、これは主張が一貫していない。物事の根本を理解しておらず基本的に間違いである。
何故なら国家の武装(自主防衛)の基本思想は、他人に頼らず『自らを自らが守る』ことである筈で、それなら国家の武装の必要があるなら、それ以上に個人の武装が必要になる。
それなら皆が家の下を掘ってシェルターを作り水と食料、手斧とかボーガン、猟銃を用意する必要が生まれる。
此処で一番大事な注意点は一瞬の手抜きも駄目で、片時も油断せず24時間常時周りを監視すること。
家の境界を超えて入ってくる不審者は、たとえ親しい隣人でも無断の時は散弾銃で警告のために一発お見舞いするべきなのです。
これでは周りの隣人すべてに嫌われるが、何よりも大事な自分の安全の為です。
この程度の不利益は仕方ないと諦めて、我慢しなければならないのです。
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チキンホーク (疑問に思う人)
2010-11-30 12:38:30
腰抜けのタカ派をこう言いますが、日本の場合の大半を占めるのは、こういう連中かと。大岡昇平の言葉を借りるなら、部下を死地に駆り立てた醜悪な参謀共と同レベルって感じかなと。
岩下俊三のブログでは、必要なのは武器ではなく覚悟であるという感じのことが書かれていましたね。結局、口だけで覚悟がねえんですな。
2度目です (にゃんたつ)
2010-11-30 15:21:50
ときどき拝見させていただいておりました
逝きし世の面影さんの洞察は嫌いではありませんでしたが主張や考えをはっきりと述べない方だなぁと常々思っていましたが(表面しか読んでないからかな?)今回は分かりやすくてなんか嬉しかったです
「日本の青空」ご覧なりましたよね
軍が何の目的で何を守もるのか? (宗純)
2010-11-30 16:40:59
疑問に思う人さん、コメント有難う御座います。

どうも記事に書いてある内容を誤解されたようです。私の書き方が悪かったのでしょうか。?
軍隊とは『国家』を守るものですが、では此処で言う軍が守る『国家』とは具体的に『何』を指しているのでしょうか。
例えば我が日本国の自衛隊ですが、これが守っている『モノ』とは何か。?
国民の生命と財産だと誤解していませんか。?
それは大間違いですよ。
栗栖 弘臣第十代統合幕僚会議議長は明確に次のように述べています。
『自衛隊が国民の生命、財産を守るというのは誤解である。自衛隊とは国家(具体的には国体)を守るものである』と断定しているのです。
我が日本国で法的な建前上、国民の生命と財産を守っているのは『警察』ですね。
だからこの自衛隊最高幹部の言うことは困ったことに『間違っている』とはいえないだけでなく正しいのです。
そしてこの軍隊が守る『国家』とは必ずしも我々一般市民とは同じでは無い。
司馬遼太郎の『歴史の中の日本』の有名な話ですが、
対ソ連軍用に満州に配備されていた虎の子の戦車部隊を敗戦直前の1945年の夏に本土に呼び戻して関東平野に配備して上陸する米軍部隊を迎え撃つ本土決戦の準備をしていた。
この時に敵軍(米軍)に追われて逃げ惑う一般市民のどうするかの扱いを聞いた戦車隊将校に対して参謀本部の答えが『ひき殺せ』なのですね。
軍隊の任務は自国民を守ることではないのですよ。
そしてこの事実は自衛隊の最高幹部の栗栖弘臣が語るように、少しも変わることは無く今の自衛隊も全く同じなのです。
潜水艦なだしおが遊漁船第一富士山丸と衝突して沢山の人が死んだのですが、
戦時でも無いのにこの時に自衛隊の隊員が衝突時にとった最初の行動とは自分の艦の安全点検であって、緊急に行う必要があった目の前の人命救助ではないのです。
名前の通り自分を衛る為の部隊ですよ。
自衛隊の守っている第一番目は自分自身である自衛隊(軍)なのですね。
これは何も自衛隊に限らず、全ての軍隊に共通する特色であるのですが、軍隊が守る『国家』の意味(中身)とは,何のことは無い『軍隊』であるのです。
まさにマックス・ウエーバーが言ったように公的に正しいとされる暴力装置(軍隊)が国家の正体であるのですね。
『軍隊=国家』なのです。
だから自衛隊は自分自身(軍)を最初に守る必要があるのです。
観察眼が 鋭い (宗純)
2010-12-01 11:17:42
コメント有難御座います。素晴らしい注意力ですね。

にゃんたつさんのように、このブログの記事が『主張や考えをはっきりと述べない』ことに気が付いている人は少ない。
それどころか正反対に『一方的に断定している』だの『判断、主張が独断的』だの『過激すぎる決め付けである』などと見ている人の方が遥かに多いのではないでしょうか。
このブログで、白黒を『はっきりと断定しない』のは意識的に行っているのです。
何しろ今程度の書き方でも、これまでに書いた事実(記事内容)のせいで沢山の読者(支持者?)も獲得したのは良いのですが、沢山の敵も生まれてしまったのですね。
だから表現を緩和する目的で、書きたいことを書いているようで実はなるべく曖昧にして角が立たないように気を使っているのです。
今程度でもかなり問題であるのです。
科学教教祖の阪大の菊池誠物理学教授のお粗末な主張を書いたら信者らしき人からはしつこく絡まれる。
護憲左派ブログ界の恥部である水騒動ではkojitakenなどの解同の犯罪的偽装を指摘して、執念深く未だに恨まれて嫌がらせを受ける始末。
『逝きし世の面影』を非難中傷するのは罵倒でも宣伝になるので密かに喜んでいるのですが、失礼にも何年も前の昔の古いHNである『布引洋』を口汚く呼び捨てにする。
この無礼な振る舞いですが当方の家は祖父の代まで親父が左翼道楽で潰してしまうまで代々続いていた『網元』だったのです。村上水軍の舟印程には有名ではないが、丸の中に布と書く『布引』は地元の一地方では由緒ある舟印なのですよ。
それがkojitakenなどの不真面目な部落解放同盟のインチキ活動家に汚らしく罵倒されたのでは御先祖に対して申し訳ない気分です。
彼等は必死に偽装しているのですが頭かくして尻隠さずで、
解同の命綱である稀代の悪法である人権擁護法で検索してみれば幾つもヒットするのですから大笑いですね。
それにしても他の護憲左派には偽装左翼の悪党連中の正体がどうして見えないのでしょうか。?
何故彼らが若手保守政治家の城内実 を執拗に執念深く罵倒するかですが、彼が一番この人権擁護法について詳しいからですね。
だから繰り返し繰り返し何の権限も持っていない野党の下っ端政治家でしかない城内実程度の政治家を口を極めて攻撃しているのです。
これは政治ブログとして、まったく政治的な無意味な意味不明な首を傾げる発言であるのですが、どんな不思議な行動でも種明かしすると何とも馬鹿馬鹿しい限りです。
誤解してました (疑問に思う人)
2010-12-01 12:57:56
考えてみれば、日本軍も国民2千万人ほど殺して、国家(自分達)を守ろうと本土決戦を企図しましたし、沖縄県民の身に起きたことを考えれば、さもありなんですね。
しかし、軍隊=国家であるならば、軍隊を持たない日本は国家ではなく、壮大なフィクションであったりするような。
虚しい (にゃんたつ)
2010-12-01 13:31:44
逝きし世の面影さんのブログを読むようになっていろいろ考えさせられています
正義は使用者によってその形が変わってしまうから絶対の正義は無いと思われるし、科学というものも事実の積み重ねである以上、間違いでさえも含めて科学といわなくちゃいけないんですね
紆余曲折して辿り着く道のりこそが科学というか、絶対に正しい事を知っているのは神しかいない
でもカルトじゃないから今の私の基準は「愛」があるかと「多数の幸福にどれだけ近いか」ですかね
国家の存在自体がフィクションの可能性 (宗純)
2010-12-01 17:12:23
疑問に思う人さん、にゃんたつさん、コメント有難う御座います。

ウエーバーは19世紀の政治学者なので勿論20世紀の日本国憲法9条なんかは知らない。
だから彼の社会科学の『国家の定義』には9条に関しては全く考慮していないので、ウエーバー的には『軍隊を持たない日本は国家ではなく』との考えも出て来ますが、
この例は自然科学での18世紀のニュートンのエネルギー不滅の法則、万有引力の法則のニュートン力学が、20世紀のアインシュタインの相対性理論により否定された歴史と同じような話ではないでしょうか。
原理や法則の一部は間違いであると否定されたが、それでも一般的な状態では今でもニュートンの物理学の通りであるのですね。
何ら間違っていない。
アインシュタインの相対性理論は、ニュートンが扱ったよりも遥かに巨大で高い次元の話しなのです。
それなら、まさにウエーバーの国家の定義に反する日本国憲法9条とはアインシュタインが「相対性理論」により、万人の宇宙観を変え、思想、哲学にまで影響を及ぼしたのと『同じ意味』があるでしょう。
9条とは国家理論として社会科学の最高峰として、今までの社会常識に真っ向から反する大変なものであるのです。
『科学』とは、全ての物事の『正誤』を独占的に判定している唯一普遍性がある存在であるのですが、『善悪』までは判断しない。
ところが『9条』は例外的に正誤だけではなくて全人類に対して『正義』と『未来』を指し示しているのです。これは良く考えてみれば物凄い話ですよ。
現実から乖離した原理主義 (もえおじ)
2010-12-01 23:34:03
ごく最近の調査では、中国人の多くは、軍国主義は日本の伝統文化であり、常に存在し続けていると考えています。「日本の本性は変えがたい。日本の文化的伝統はすなわち軍国主義思想であり、遅かれ早かれ復活する」「日本の軍国主義思想が消えたことはない。靖国神社への参拝がその証明だ」「日本の軍国主義思想は根深い。尖閣諸島問題を機に復活するだろう」などのコメントが寄せられています。

また、韓国では「2009年10月に開かれた韓米定例安保協議会(SCM)で、韓国政府が米国政府の『核の傘』提供の削除、及び、共に日本を『仮想敵国』と表現することを求める」主張がされました。 韓国にとっては、「日本は仮想敵国」なのです。

私はパリ不戦条約も憲法第九条も支持しますが、それによってあたかも平和が担保されるがごとき物言いは妄言です。 1928年の「パリ不戦条約」は期限が明記されていないため、今日においても国際法として有効であるとされていますが、加盟国の多くが自衛権を留保しており、また違反に対する制裁もないためその実効性は乏しい。 憲法第九条にしても、中国や朝鮮半島の現実を見ると、日本が憲法第九条を保持しているから緊張を生まないなどとはとても考えられません。

現実的には、憲法第九条は日本の軍事大国化を抑える留め具程度の役割にしか過ぎません。
少年警察隊創設 (現田石)
2010-12-02 01:17:03
たとえば憲法9条のもとの日本で、15歳以下の少年・少女たちからなる少年警察隊を創設し、年少の彼らに幼稚園や小学校の警備の補助を任せたり、警察と軍隊の違いを実践経験に基づいて教育したりする制度を設けたらどうでしょうか。自分たちを自らで守ることだからやりがいがあるでしょうし、実際の地域社会の安心感を高めるのにも費用効果が高いと思います。
軍隊は国家アイデンティティ (愚樵)
2010-12-02 05:56:15
国家の存在自体がフィクションだという可能性は高いと私も思います。

そもそも国家とは、外敵があって国家なのですね。生活を共同で営む共同体というだけでは、国家とはなりえません。共同体に外敵が出現し、城壁で囲うようになったのが「国」。「中華」も「夷狄」があってこその「中華」。ですから、現代において、中国や韓国が日本を「仮想敵」とするのは国家としては当然のこと。「仮想敵」がなければ軍隊は必要なく、国家はアイデンティティを保てない。つまり、「仮想敵」という虚構が国家という存在を際立たせているわけです。

同じ「暴力装置」でも警察が国家アイデンティティの拠り所となりえないのは、警察が「仮想敵」という虚構に対応した存在ではないからです。

以上のように考えることができるならば、日本の「9条」は不思議な存在です。宗純さんが言われるように「9条」は情念。ということは、これはアイデンティティに近いものであるということ。「仮想敵」を否定して、なお国家という虚構が存在しえる。それはおそらく、日本という「邦(くに)」の在り方に拠る所が大きい。さらにいうなら、天皇という存在が大きい。

「仮想敵」をアイデンティティとの源泉とし軍隊を保持する国家が群立する国際社会では、「仮想敵」はリアルな軍事的脅威です。敵がいくら虚構だといっても、リアルに軍事力を持てば、それはリアルな脅威。そういった国際社会の中で現実に国家として存在していこうとするならば、アイデンティティはともかく、軍隊はどうしても必要でしょう。「9条」を擁する日本はリアルな部分をアメリカに負ぶさることで戦後、存在してきた。ここは事実ですし、日本が陥っているジレンマでもあります。
多角的視点を提供して貰っているつもりです。 (カーク)
2010-12-02 06:34:43
私は、貴ブログから色々な視点があることを知らされています。大変に参考になります。さて、私は世界平和を希求しています。平和は一国で成就するものではありません。したがって、憲法9条は世界平和のパズルの1ピースにすぎないともいえます。
また、9条には欠けたモノ、あるいは非常にあやふやな点があります。軍事同盟です。自国内に他国の軍隊を置いてよいのかということです。また、それと同時に兵站の補給などをやってよいのか?また、武器三原則の問題など、平和憲法としては、まだ、それでも穴だらけと言えます。私は如何に世界平和のパズルのピースを増やし、日本を平和に近づけるかを考えています。
それが当たり前で、『現実』です (宗純)
2010-12-02 10:47:40
もえおじさん、話を盛り上げてくれるの有り難いのですが、それ当たり前しょう。
別にわざわざ指摘する必要は全く無いのです。

>『軍国主義は日本の伝統文化であり、常に存在し続けていると考えています』<は、これは当然でしょう。
全く間違っていない。
我が日本国ですが、明治維新以来80年間の富国強兵の強烈な軍国主義の伝統があったのは誰でもが知っていることですよ。
この反対の『日本に軍国主義の伝統が無い』なら全くの歴史修正主義の『新しい歴史教科書を作る会』と同じ考え方ですね。
伝統の大事さを忘れてはいけない。
伝統とは良いものだけとは限らないのです。特にそれが悪しき危険な伝統であるならなおさらです。
今阿呆の歌舞伎役者の泥酔騒動がマスコミで取り上げられているが、軍国主義の言葉を歌舞伎に変えれば、誰にでも理解できます。
『歌舞伎は日本の伝統文化であり、常に存在し続けていると考えています』なら誰も文句を言う人はいないと思いますよ。

>『韓国にとっては、「日本は仮想敵国」なのです。』<
の方は話が違い深刻です。この困った事実を知っている日本人は極少数なのですが、日本にとっては憂慮するべき大事な事柄ですよ。
そして『憂慮するべき』最も大きな問題点とは、『韓国の仮想敵国が日本』だという事実の方ではなくて、
その日本にとっての安全保障上の重大な情報を報道しない日本のマスコミや政府の態度だと思いませんか。?
今のような目の前の国家の危機を『危機である』と認識しない態度とは、まさに70年ほど前の軍国日本の態度とそっくり瓜二つだともえおじさんは思いませんか。
私はこの『自分達にとって都合の悪い事柄や歴史、情報は無かったことにする』のは、過去の日本帝国の悪行を指摘するのは自虐史観だと否定する『作る会』や日本軍の侵略戦争で無かった張作霖爆殺はソ連の仕業との田母神とそっくりだと思っています。
今回の朝鮮半島での米韓軍事演習に関するニュース解説で、いわゆる識者を名乗る男めかけ的人物がテレビで、『日米や日韓の合同軍事演習は沢山行われているが、「日韓」はほとんど無い』と喋っているのを聞いて真底腹を立てています。
『ほとんど無い』の意味は、『あるが数が少ない』ですよ。
事実は歴史上『全く無い』で、ゼロなのです。
あの大宣伝したインチキ臭い韓国軍哨戒艦沈没北朝鮮魚雷説により大規模な米韓合同演習に横須賀から参加した米空母に数名の自衛官が初めて乗船したのが例外的な事例なのですね。
我が日本国は他国(大陸)とは200キロも離れていて制海権制空権を握られない限りは天然の要害の地であるのです。
本当に日本の安全保障が問題であると真面目に考えているなら、北よりも余程空軍や海軍力がある韓国の方が問題でしょう。
ところが事実は全く違い。
それにしても日本国と最も近い隣の国(韓国)の、危険を全く問題とせず、事実を違うニュースを垂れ流すマスコミや政府に、本当に安全保障上の危機意識があると思いますか。?
元々の仮想敵国ソ連は今では無くなっているのです。それなら何かの偽装工作の可能性に付いて考えてみるべきではありませんか。

この記事ですが以前の、
憲法9条と自衛隊の悩ましい関係
2008年02月18日 | 憲法
『逝きし世の面影』の世界と、『最後の神』としての憲法9条
2008年02月26日 | 憲法
を、読者からの質問があり、より判りやすく解説したものです。
今の日本国憲法9条が、>『憲法第九条は日本の軍事大国化を抑える留め具程度の役割』<程度である現実を認識した上で、その重要性と特殊性について考察しているのです。
何から何を守るのかを考える (宗純)
2010-12-02 11:36:13
現田石さん、コメント有難う御座います。

集合住宅は、大きければ大きいほど安全上問題があるそうです。
アメリカで貧困層向けの高層共同住宅を建設したのですが治安や極度に悪化してしまい住民が住めなくなり、取り壊して中層住宅に作り変えたそうですが、この例は日本でも当てはまりそうです。
大きなマンションでは一階の自転車置き場に置くと直ぐに盗られるので邪魔臭いが一々高級品はエレベーターで自室に持ち込まないと駄目なのですね。
この問題の最良の解決方法とは、何と花壇だったそうです。
住民達が業者まかせではなくて自主的に花壇の手入れをするわけですが、毎日水や雑草の世話などをしていると自然に『ご苦労さん』とか『綺麗ですね』などと住民同士が話をするようになったのです。
これで治安や周りの環境が極端に良くなったのですから驚きですが、考えさせられる話ですね。
これ日本国の安全保障にも応用出来そうですよ。
軍隊などのハード面ばかりが問題視されていますが、実は何気ない普段の隣近所の近隣諸国との付き合いこそが一番大事であるのですね。
今の日本ですが、遠く1万キロ離れた太平洋の彼方の国との関係ばかりを気にして肝心の周辺諸国との日々の付き合いを疎かにして今度の尖閣騒動でもいえることですが喧嘩腰で角突き合わせているのですから話にもなりません。
近隣諸国との友好が一番大事であるのに、北朝鮮などは存在自体を日本は認めていないのです。
自衛隊の扱いですが、パートタイマーの軍隊であるアメリカの州兵が一番参考になるでしょう。
アメリカの防衛は実は連邦軍(いわゆる米軍)ではなくて、この市民軍なのです。
アメリカ本土防衛には基本的米軍は配備されていないのです。
これに関しては少数の部隊が、ブッシュの対テロ戦争で南北戦争以来本土防衛の米軍が配備されたと大問題になっていました。
匈奴を一度も防げなかった万里の長城 (宗純)
2010-12-02 15:05:37
愚樵さん、憲法9条がフィクションであるのとするなら、それと同じ論理で、それ以上に国家も軍隊もフィクションです。
軍事同盟(集団的自衛権)などの論理は特にフィクション以前の妄想に近い悪質な偽装工作ですね。

宇宙船から見える唯一の人工物は秦の始皇帝の建造した中国の万里の長城であるのですが、世界一の人口大国の当時の中国人の人口数は江戸時代末期の日本の人口程度の少なさだったのです。
その程度の小さな国力であれ程膨大な軍事施設を建設する為の国家防衛(軍事)に予算を浪費すれば国家の負担は計り知れず、今の北朝鮮みたいに国民が困窮する。
このために秦帝国は早々に滅びるのですから教訓的です。
ところがこの経験があるのにもかかわらず、その後の歴代の中国王朝は長城の工事を延々と続けるのです。
これは国家防衛の努力をやりすぎて完膚なきまで打ちのめされ国家自体が滅んだ経験がある9条の平和憲法がある日本で、9条の非武装の条項にも関わらず日本国国民が自衛隊を容認しているのに少し似ている。
ところが、この問題の中国の長城ですが、1回も匈奴など遊牧民の進入を阻止出来なかったのですよ。
軍事施設としては役立たずであることが明らかな『無駄に大きい公共事業』なので、何となく日本の箱モノ行政に似ている。
ところが歴代王朝は莫大な労力と経費を注ぎ込んでこの万里の長城を建設して維持し続けたのですから、何らかの利点が無いと可笑しすぎる話なのです。
歴代中国政府は北方からの外敵の侵入を阻止する(農耕民を守る)のだと内外に発表しているのですが、長城の本来の隠された目的とは自国内の農耕民の北方への逃亡(逃散)を防ぐことが目的で、このために国力を傾けても建造し続けたのです。
この中国の長城の持つ軍事的な意味とは、全ての軍隊にも当てはまるのです。
敵対する外国(仮想敵国)の存在が『軍事組織』の目的などとは表向きの建前であるのです。
『軍隊』とは日本刀のような片刃の剣ではなくて両刃の構造になっていて、『軍』の本来の目的とは敵国などではなくて、そもそもが長城と同じで自国民向けであるのです。
大昔、『天高く馬肥ゆる秋』で他国の侵略などは自国民の征服が完了して余裕があるから行うもので、余裕が無いと侵略しない。
匈奴の軍馬が肥え太っているから万里の長城を超えて侵略できるのです。
この例が秀吉の朝鮮侵攻であり、この反対の思想が外への膨張政策を反省した家康の自国民向けだけに特化した軍事力により、最小限まで軍縮して、300年の平和を実現した江戸幕府であるのです。
江戸幕府の軍事力とは日本刀と同じで片一方の内向きだけに限定された発想なので、これはほとんど今の9条に近い精神ですよ。
『火』を『火』で消す恐ろしさ (宗純)
2010-12-02 16:56:42
カークさん、軍事的な危険(火)を軍事的に対応して解決出来ると考えるなど、今のマスコミや政府の主張などは論理矛盾の極みだと思いませんか。
たしかに油田の火災では専門家が爆破(火)で消化する特殊な例も有るにはあるが、『火』を消すのは誰が考えても普通に考えれば『水』ですよ。
世の中は広くて、確かに火を火で消すことは可能ではあるが、これは余程の技術がある人だけが可能である特殊例に過ぎません。
油田火災などで下手糞に火薬を使えば其れこそ文字どおり『火に油を注ぐ』愚行であり取り返しが付かない結果になるのは火を見るより明らかです。
今の様な軍事力で軍事的危険を解決するなど、全く問題外であり、例外的に成功するだけであり全てには当てはまらないのです。
それに良く考えれば当たり前であるのですが、戦争などの全ての勝敗が付く勝負事とは、勝つほうがいるだけ負けるほうも生まれるのです。
100%は理論的に絶対に無理で、必ず勝ち負けは同数なので50%ですね。
それなら大事な国家の命運や国民の命と財産をこんなあやふやな確率にまかす等論外です。
最低でも過半数を超える数字、例えば7割程度以上の確率でないと誰が自分の一つしかない命をかける馬鹿がいるなど信じられない思いですよ。
ところが基本的にみんなは『自分が勝つこと』ばかりを考えるから間違うのですよ。
これまさに全ての賭博を行って金を失う人々に共通する心理状態で、『自分が勝つ結果だけを予想』しているのです。
だからと競輪や競馬競艇パチンコに宝籤など賭博がこれ程流行るのです。
反対に私が賭博を出来ない理由も全く同じで、事前に『負けたときの自分を予想』するからですね。
勝負事は身を滅ぼします。
その中でも軍事で解決は最低であり、基本的に『火』を『火』で消す恐ろしさが分かっていないのです。
特に日本の自衛隊のように、最高幹部が多母神のような現実離れした妄想癖のある低級な人材が日々大量殺人兵器の訓練をしているのですから『狂人に刃物』以上であり、想像するだけでも恐ろしいですね。
『兵站』ですが、
これは軍事では『戦術』と『戦略』との間に並立的な関係にある最重要事項なのです。
アフガンへの兵站支援と戦争支援と同等です。

民主党新政権で政権『戦略』室なる部門が新設され初代の責任者に副首相兼任で管直人が就任しているが、何の実績も無く何もしなかった。
日本人的な発想では戦術と戦略は上下の関係のように思っている人が多いですがこれは間違いで、
プロイセンの戦略家クラウゼヴィッツの『戦争論』によれば戦略と戦術は兵站と合わせて同格の並立関係にあるとされています。
政治に当てはめれば『戦術』は個々の政策・方針等で『戦略』は政策の政治的な選択や優先順位で『兵站』とは予算や人員の配分であるので、それならクラウゼヴィッツの戦争論の分析と全く同じであるのです。
仮想敵国? (ちどり)
2010-12-03 01:04:41
「それが当たり前で、『現実』です」欄についてコメントさせていただきます。

>『韓国にとっては、「日本は仮想敵国」なのです。』
>の方は話が違い深刻です。この困った事実を知っている日>本人は極少数なのですが、日本にとっては憂慮するべき大>事な事柄ですよ

「困った事実」と仰るが、まず、もえおじさんという方の指摘された上記の記事はどこまで「事実」なんですか?
その話は2009年10月ではなくて、2006年のことですよ。つまり右派の李明博ではなく、前任の左派・盧武炫政権の時代のことです。これ一つとっても、分析の視角は随分変わってくるはずです。
そもそもこの話自体、当時野党だった韓国の右派議員が左派政権攻撃の一貫として披露したネタで、裏の取れた話ではないですね。実際のところは何ともいいかねますが、研究ぐらいしているのかもしれませんね(日本の自衛隊でも韓国を仮想敵国として研究している、なんて話もありますから)。
現状の軍事バランスでは韓国軍なんかより日本の自衛隊がよっぽど強力だとも言います。そんな中でブログ主様がこの問題を「憂慮するべき大事な事柄」と声高に主張される理由が、今ひとつ腑に落ちかねます。

コメントの趣旨から外れる重箱の隅つつきと不快に思われるかも知れませんが、北も南も同じ朝鮮であり、いずれに対してであれ、闇雲な排外主義は日本の平和論を突き崩す最大のアキレス腱と私は考えます。ネット右翼は北も南も均しく「劣等民族」であり「憎むべき日本人の敵」と日夜罵倒しているのです。「拉致問題」も「嫌韓」も、根は同じことのように思うのですが。
現実を認める勇気が (宗純)
2010-12-03 12:01:04
ちどりさん、何か誤解があるようですが、危機管理の基本では『良い情報』にはそれ程の意味は無くて、その正反対の自分達にとって都合の悪い情報こそが大事なのです。
もえおじさんのコメントの内容は、その話の具体的な事実の内容を完全に把握していないので、正確なことは言えませんが『さもありなん』な話であるのです。
誰でも知っていることですが、日本や日本人にとって世界で一番地理的に近いだけではなくて文化的にも経済的にも全ての事項で最も近い国は韓国であり韓国人なのです。
ところが日韓関係が、例えばアメリカとカナダやフランスのイギリスやドイツの関係の様な関係ではなくて実に不思議な緊張状態(反目状態?)であるのですね。日本に『嫌韓』があるように韓国には『反日』がある。
日本のいわゆる『嫌韓』とは低級な漫画中毒の歴史や社会科学に疎い若年層に限定されていている。
普通の常識ある大人は人前ではたとえ思っていても口に出さない日本人としての恥じの意識や良識がある。
ところが韓国の『反日』は日本の自民党ともつながりの深い歴代軍事政権が組織的に行っていたのです。
ですから日本の『嫌韓』などとは大きく事情が違い深刻であるのですよ。
ノムヒョン政権当時に出てきたこの『日本は仮想敵国』との話は、間違いなく軍事政権の継承政党で今の与党のハンナラ党系議員が発言元ですよ。
そして日本の政党やマスコミですが、自民党だけではなくて現与党民主党も同じであり、過去の軍事政権とつながるハンナラ党としか関係が無いのですね。
前ノムヒョン政権与党民主党との関係は無きに等しくて、今度の南北砲撃戦でも韓国哨戒艦沈没事件でも全く主張は無視しているのです。
そして韓国人ですが与野党支持は伯仲しているが、民主党系は10年の短さで、それ以外の半世紀はハンナラ党系なのですね。
内政の悪事を外に向けるのは何もハンナラ党だけではないが彼等の行った『反日』教育の影響は矢張り無視出来ない異常なレベルです。
伊藤博文暗殺犯安重根処刑100年、追悼ではなく顕彰一色の韓国
2010年03月27日 | 東アジア共同体

ちどりさん。
それにしてもこの話ですが、そもそも『それが当たり前で、『現実』です』2010-12-02 10:47:40では、
>『憂慮するべき』最も大きな問題点とは、『韓国の仮想敵国が日本』だという事実の方ではなくて、
その日本にとっての安全保障上の重大な情報を報道しない日本のマスコミや政府の態度だと思いませんか。?
なのですよ。
問題にすべきは日本国のマスコミが自分が描く筋書きにとって不都合な情報が全て隠蔽する日本の悪しき伝統である大本営発表の大政翼賛会体質ですよ。
Re:現実から乖離した原理主義 (宗純)
2010-12-03 16:13:04
もえおじさんのコメントである、
『パリ不戦条約と憲法第九条を支持(正しい)』→『それによってあたかも平和が担保されるがごとき物言いは妄言』
ですが、溜め息が出る様な論理矛盾であり、なんとも情け無い。
文章の前後が繋がっているようで、実は全く無茶苦茶であることにもえおじさんは気が付いているのでしょうか。?
これを卑近な例に当てはめれば、刑法の殺人は違法の条文があったとしても、→『人を殺す事件は無くならない』、と主張しているのです。
其のことは事実では有るかも知れないが、実や主張に何の意味も持っていません。
それ、当たり前ですよ。
今刑法で個人による『殺人』は明確に『違法』です。(殺人=違法)
それと全く同じ意味で、
今国際法では『国家による大量殺人である戦争』は明確に『違法』です。
そして『違法=戦争』であってもやっぱり一定数の『違法行為』が行われている。
だからといって今誰も禁止している法の問題点をあげつらって『殺人』を合法化する話はしない。
ましては刑法の『殺人が違法』との条項に『妄想である』などと文句をいう人も一人も居ません。
どれ程素晴らしい憲法でも法律でも完璧には守られていないのは当たり前であるのです。
守られていないのは残念なことではあっても、だからといって非難されるのは違法行為を働く輩のほうであって『法』の間違いとはならない。
9条の問題点とは仰られている通りで、まさに『加盟国の多くが自衛権を留保しているからですね。
ただ『違反に対する制裁もないため』は間違いですよ。
事実は国連安保理による制裁が明記されています。ただイスラエルの明確な犯罪行為が見逃されているのはことごとくアメリカが庇うからです。
だから実質的には不完全にしか機能しない。
なにやら以前の利息制限法の上限金利を超える高利出ぼろ儲けしていたサラ金業者並みの悪行であるのですね。
彼等は罰則規定の無い出資法の上限金利いっぱいの29・4%の常識外れの高利で何も知らない一般人に違法な「みなし金利」を払わしていた。
高金利による数々の悲惨な社会現象が生まれた現在はとうとう最高裁もやっと重い腰を上げて『利息制限法』以上の金利の払戻しがサラ金業者に義務付けられた歴史がある。
将来は先見性の有る日本国憲法9条のほうに世界の基準が統一されるであろうことは社会の必然であるでしょう。
イラクやアフガンでのアメリカと同盟する欧州諸国が泥沼に落ちている現実を見ると、日本が憲法第九条を保持している有り難さ(ありがたみ)は今の自衛官一人ひとりが噛み締めているはずです。
世界帝国アメリカに洋上で絶対に安全な石油の補給程度の労役程度で堪忍してもたっているのは、今では死にかかっているが辛うじて命脈を保ている憲法9条の平和条項のお蔭です。
無ければ今頃は自衛隊員はアフガン人を沢山殺しアフガン人は日本人を沢山殺している。
Unknown (ちどり)
2010-12-04 01:00:31
再三の不躾な投稿にもかかわらず、懇切な御回答を頂き恐縮至極です。
私も不学浅才の身で、宗純様のコメントを万全に理解することができず、それ故の誤解もあるやに存じます。今後折りに触れ考えてみたいと存じます。
韓国の「反日」を右派・軍事政権の責任にのみ帰する宗純様の見解には今ひとつ首肯できないところもある(そもそも私は韓国における対日批判言説をひとしなみに「反日」と規定して問題視する昨今の日本の風潮そのものに、大いに疑問を感じています)のですが、こちらの御記事のテーマと外れてばかりでも何ですので、ここで止めたいと存じます。

毎度クレームばかりで恐縮ですが、右も左も真っ暗闇の仁義無きマスコミ+ネット言論の中で、貴ブログは数少ないオアシスの一つと感じております。引き続きご健筆を期待します。
コナンさん、はじめまして。 コメント有難う御座います (宗純)
2010-12-04 14:54:08
当方のブログのコメント欄の敷居が高いと思われているとしたら恐縮至極で、みなさんにもう少し気楽に遠慮なくコメントして頂きたい。

1.記事の実際の記述では『・・・例えるならば「神」である』なので、
「9条が思想・情念・宗教で、いきつくところは神である」<は読み間違いか、何かの勘違いです。
比喩として『神』の言葉を使っているのであって、この場合の『神』とは純粋な宗教上の神を意味してないことは明らかです。
『神降臨』などを最上級の褒め言葉、感嘆詞として使用しているのがネットの世界なのですよ。
ですからこの『いうなれば神である』の意味は、記事のとおりの解釈で良いと思いますよ。
コナンさんのコメントの『いきつくところ』などの言葉は何処にもありません。実際に記事に書かれているのは、

長い人類の歴史上、国家の無い軍隊はあったが、軍隊の無い国家は何処にも無かったのです。
『9条』とは人類史上かって存在しなかった、まったく新しい試み(思想であり情念)なのです。
言うなれば、ちっぽけな思想や情念なんかの範疇を遥かに凌駕する思想の中の思想、情念のなかの情念、人類社会の遥かな高みに聳え立つ絶対宗教、例えるならば『神』なのです。

コナンさんの疑問のコメント内容とは似ているようで大違いです。
また『強要して苦痛を与えている』というのもコナンさんが日本政府の大臣やキャリア官僚や天皇などであるなら納得しますが、無いなら大間違い。
そもそも『憲法』とは国家を縛るものなので、憲法遵守義務があるのは政府などの『国家』自身であって、我々国民ではありません。
この反対に、『法律』とは国民を縛るものなので国民には守る義務が規定されている。
この根本的な基本認識が理解できていない。
ですからコナンさんは『憲法とは何であるか』との『憲法』に対する認識が根本的に間違っているのです。
憲法改正と議員削減キャンペーンの意味
2010年05月03日 | 憲法

2.「結論が非論理の代名詞である宗教』
などの考え方は日本人的な常識では当たり前ではあるのですが、これも根本の認識が間違いです。
事実は『宗教』とは論理のてんこ盛り状態なのです。
この事実、『宗教とは論理の塊』であることはスコラ哲学や碧巌録なんかを考えて見れば誰にでも判ります。
この勘違いは宗教的に寛容すぎる日本人全般に言えることですが、宗教に対する無理解が根底にあるのです。
多くの日本人は誤解していますが、宗教と科学とは相反するものではなくてその反対に密接な関連性があるのですね。
そもそもの『近代科学を生んだもの』とは欧州の一神教という宗教であるのです。
そして我が日本国の主要宗教とは古代のアニミズムでもなく葬式仏教に成り果てた仏教や道徳に特化した儒教でもなく、ましてや風俗程度の一神教でもありません。
今一番日本人に信じられている宗教とは『科学』を文字どうり宗教的に信じる『科学教』ですよ。
『神は妄想である』 宗教との決別
2009年11月20日 | 宗教
「偶然と必然」を読んで
2009年11月08日 | 共産党
(続)「偶然と必然」を読んで
2009年12月14日 | 共産党

そしてここが大事な問題点であるのですが、宗教と道徳には無視出来ない密接な関連性があるのですね。
日本では無神論者の言葉にさほどの問題は無いが欧米一神教世界では『宗教=道徳』の意味なので無神論者とは道徳の無い者と解釈されるのです。
聖書で読むアメリカ(続)
2008年06月05日 | 宗教

3.>『本当の平和希求・戦争放棄は人類が苦労を重ねて実現していくべき課題であり、憲法のカミッペラにちょろちょろ書いただけでどうこうなるような代物ではありません。』<
は全く同意見です。
ただ、続く『9条こそが無道徳無節操の原因であり、諸悪の根源だと考えます。』<は事実とは正反対であり被害妄想に近い。
もしもコナンさんの説が正しいなら、日本国は何の心配もありませんよ。
何故なら『9条』の影響力は毎年毎年確実に薄れていて、数十年前とは大違いですよ。
今ではほとんど無いに等しい状態である。それなら今の日本は素晴らしい国になっていないと可笑しいのです。
それは郵便ポストの赤いのも日教組のせいだと信じているらしい阿呆の中山成彬と同じでも妄想なのです。
昔とは大違いで文部省や中山など自民党文教族の努力の結果、日教組の組織率は年々低下していて今では組合員ゼロの県も沢山有るのです。それなら今の日本は素晴らしい教育が出来つつあることになる。ところが現実は正反対ですよ。
基本的に『現実』から目を逸らして自分の脳内の間違った思い込みの似非理論から物事を判断しているのです。
それはアメリカの原理主義に近い考え方で、ほとんどそれでは『宗教』で非科学的すぎるのですよ。
ダーウィンの進化論とアメリカの福音派(原理主義)
2008年09月22日 | 宗教
残念ながら、単なる嫌がらせです (宗純)
2010-12-04 17:34:52
基本的な知識が不足しています。『神殺し』とは日本国に対する梅原猛の主張なのですが、もともとの原典を知らないらしい。

何が主張したいのか、さっぱり理解出来ないレベルであり、
『憲法9条に対する』癒しがたい憎悪以外には思考程度が低すぎて不愉快です。
これ等の疑問ですが、既に今までの記事で詳しく解説している。
その為に関連した過去記事を紹介したのですが、何ら気にした気配すらない。
今回も言葉の上げ足取り程度であり、真面目に何かの物事を考える姿勢が感じられない。
此処にコメントして頂くためには、矢張り一定の社会科学の基礎知識が必要ですが、
残念ながらコナンさんは私が紹介した記事を読む気もなければ、先にコメントした文章も読む気が無いと判断しました。
今回私がコナンさんの疑問に対して、親切心で書いた長文のコメント内容を完璧に無視している。
今回のコメントですが無責任であるだけなら許せるが『悪意だけの無内容なコメントである』としか判断できない。
『いうならば』や『例えるなら』と、全く違う意味の、御自分が勝手に解釈した『いきつくところは』が同じと主張では、真面目な会話は成り立ちません。
たんなる議論の為の議論や、反論の為の反論でる。続けてもお互いの時間の無駄であり不愉快です。
客観的事実の正誤には関心があるますが、コナンさんであれ誰であれ、『何を考えたか』などの他人の『内心』には何らの関心もありませんし、議論する気も全くありません。

そもそもブログは個人のものであり、そのコメント欄はブログ管理者個人の全面的な管理に任されています。
何を書いても良い掲示板でも2ちゃんねるでもないことを失念しているのではありませんか。
このブログでは元々オタイトルの無いコメントは塵コメントとして削除するローカルルールがあり何度も何度も注意しています。
コナンさんのコメントは本来は最初から問題であるのですが例外的に掲載したものですが、今回は前回以上に思考水準の劣化が見られ、しかも意味が薄い上に長い。
これでは他の読者に迷惑であり、ブログ管理上たいへん問題で、このコメントは残念ながら一定限度掲載した後に削除します。
クレーム自体は歓迎なのですが (宗純)
2010-12-05 16:33:16
ちどりさん、コメント有難う御座います。

案外に書いている方は、追求している『記事の主題』に夢中なので他が見ないのですね。
『え!その様な解釈も出来るのか』と、改めて別の解釈や判断に気付くことが出来るので、クレームは大歓迎です。

それにしても漫画中毒の日本のネットウヨの現実離れした妄想と知識の無さには呆れ果てています。
そもそも記事を読む能力が無い、もちろん返事のコメントも読む気(能力)が無くて、現実離れした自分の脳内妄想の範囲での自慰行為しか出来ないのです。
本当のクレームではなくて、全く意味をなさない単なるガードレールの落書き程度の嫌がらせ行為しか出来ないのですね。
アホのまこと君は、
漁船の拿捕が船体を衝突させて行うものだとは知らないで『一生懸命頑張っている海保に失礼だ』と私が海保の発表を記事に書いている事実を全く知らずに恥ずかしいコメントを幾ら注意しても繰り返し書いてくる。
基本的に海を知らないのです。
今回も本当の戦争を知らないし知りたくも無いが『9条憎し』の妄想癖のネットウヨ君が恥ずかしい平和ボケ発言を繰り返す。
自分の脳内の話など、だけが興味があるはずが無いとの常識が働かない。
科学的な客観的事実から遊離しすぎているのですが、極端に軍事知識が無さ過ぎるのです。
本当に情けないことですね。
しかし、この軍事知識が無いのは阿呆のネットウヨだけではなくて悲しいことに日本では護憲左派も同じレベルなのですね。
困ったことです。
右も左も憲法9条のお蔭なのかも知れないが、悲しいかな両方が科学的な客観的事実からは乖離していて、日本ではすべてが軍事問題では『観念論』から一歩も出ないのですから話にもなりません。
今の若者達は政治を語る気持ちが少しでもあるなら、もう少し軍事的な基礎知識を勉強して欲しいものですね。

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