逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

再臨界防止で硼酸水注入、セシウムミミズと空白の送電線地図

2012年02月12日 | 放射能と情報操作

『2号機-再臨界防止で未明にホウ酸水』

福島第一原子力発電所2号機の温度が再上昇し注水量を増やしたが高止まりが続いている。
昨年9月末に100度を下回り、今年1月は50度前後で推移していたが、2月に入ってから上昇し5日午後に70度を超えた。
松本純一原子力・立地本部長代理は温度上昇の原因について『はっきりしたことはまだ分からないが、配管を切り替えた際に注水量を調整したことが大きな要因とみている』と述べた。
東電は7日未明、再臨界を防止するために原子炉にホウ酸1094キログラムを混ぜた水を注入。
松本氏は、再臨界の可能性について放射性物質キセノン135が検出限界値の10分の1程度であることなどから『再臨界には達していない』。
ただなかなか温度が下がらない場合は注水量を増やす可能性があると示唆した。
当面は元の50度程度までの低下を目指す。
野田佳彦首相は昨年12月16日、福島第一原発が冷温停止状態に入ったとし、事故収束に向けた工程表の「ステップ2」が終了したと宣言していた。
(2月7日、米ブルームバーグ)

『カニカマに似て非なる、冷温停止状態』

2月12日午前10時に78.3度、14時過ぎには82度にまで上昇したが原因は依然不明。
20度程度の測定誤差が考えられ、既に100度を超えて沸騰している可能性もある。
温度上昇の原因について『はっきりしたことはまだ分からない』と言いつつ『・・・が大きな要因』と続けて喋る東電の厚かましさ。
言葉の最初と最後の意味することが正反対。
その場その場で発言が違う口先男の三百代言、橋下的な話法である。
福島第一原発2号機の温度計とは、温度を直接測る通常の温度計ではなくて温度差での電流の流量の差を間接的に測る熱伝対のことで、しかも圧力容器は既に貫通していて冷却水を1時間当たり13トン以上も注入しても炉内に水が溜らないダダ漏れ状態であり、これでは水温を正確に計れる筈もないのである。
しかも炉心は溶解していて、現在の核燃料の場所の特定が出来ていない。
2号機の温度上昇で、再臨界を抑制するホウ酸を注入しても温度変化が無いとの理由で『再臨界はない』との判断なのだが、肝心の原子炉の温度の測定誤差が極端に大きいと思われる。
空っぽの炉心の温度の測定にそれ程の大きな意味がないが軽水炉では今のように、それでも冷却の為の水の注入だけが唯一出来るメルトダウンした後の有効な対策である。
今の政府が言う『冷温停止状態』とは、決して原子炉の『冷温停止』の状態を言っているのではなく、実は何の関係もない。
これは例えるなら蟹肉で出来たカニカマボコと、蟹が全く含まれない模造品であるカニカマとの関係に似ている。
このカニカマはインスタントラーメンと並び100年に一度の大ヒットした偽者(偽造)商品で、食品業界において従来からあった『本物』以上に消費者に利便性が歓迎され世界中に普及した。
一方、安全な『冷温停止』の模造品である、『冷温停止状態』は少しも安全でない。
『冷温停止状態』は最初からインチキ臭い日本政府の意味不明の悪質な隠蔽工作であり、詐欺師的なダマシかカタリでお粗末の極み。『恥じ』以外の何ものでもない。

『ミミズにセシウム蓄積 福島・川内村、1キログラム2万ベクレル』

東京電力福島第1原発事故で一部が警戒区域に指定された福島県川内村のミミズから、1キログラム当たり約2万ベクレルの放射性セシウムが検出されていたことが6日、分かった。
森林総合研究所(茨城県つくば市)の長谷川元洋主任研究員(土壌動物学)らが調査、3月17日から大津市で開かれる日本生態学会で発表する。
原発事故で放出された放射性物質が森林の落ち葉に付着し、分解された落ち葉を含む土を餌とするミミズに取り込まれたとみられる。
ミミズは鳥やイノシシといった野生動物の餌になるため、長谷川さんは『食物連鎖を通して他の生物に蓄積する恐れがある』と話している。
長谷川さんらは昨年8~9月に川内村(同原発から20キロ)、大玉村(同60キロ)、只見町(同150キロ)の国有林でミミズを採取し測定。
それぞれ5匹の平均で、川内村で1キログラム当たり約2万ベクレル、大玉村で同約1000ベクレル、只見町で同約300ベクレルのセシウムを検出した。
(2012.2.6産経ニュース)

『稚拙すぎた川内村の安全(帰村)宣言』

セシウム高濃度汚染ミミズの見つかった福島県川内村は1月31日、村外に避難した村民に帰還を促す『帰村宣言』を出した。
原発事故で役場を他市町に移した福島県の9町村の中で役場を戻す自治体は川内村が初めて。
全住民が避難している9自治体の中では川内村は風向きの関係で一番放射性汚染物質の濃度が低いのですが、その一番安全な川内村のミミズ『1キログラム当たり約2万ベクレル』の数字が物語る現実は『安全宣言』が稚拙で杜撰だったことを証明しているでしょう。

『南相馬市の樹木内部から高濃度の放射性物質』

東京農業大学の林隆久教授(応用生物科学部バイオサイエンス学科)は2月1日、福島県南相馬市、相馬市、新地町にある森林から採取した樹木の、放射性セシウム濃度の測定結果を発表した。
林氏は、放射性セシウムが樹皮にとどまらず材の内部にも高濃度で浸透していると説明。
測定した中で最も高かったのは南相馬市高倉のスギで、一番外側の年輪部分が1kg当たり5430ベクレル、材内部の平均が2300ベクレルだった。
試験体は11年9月から12月にかけて、森林7カ所で採取した。スギやヒノキ、ナラ、クリなど30本前後を測定した。
ガンマ線シンチレータという測定器を使って、樹皮と過去10年分の年輪ごとの放射性セシウム134と同137の濃度を調べたほか、放射線をX線フィルムで撮影するオートラジオグラフィー法を用い、セシウムが材内部にどのように分布しているかも観察した。
測定結果は、福島第1原子力発電所に近い南相馬市高倉、同大原、同太田の森林が比較的高く、材内部の放射性セシウム濃度の平均が438~2300ベクレルの間に分布した。
周辺の空間線量は、文部科学省の放射線分布マップによると毎時1.9~3.8マイクロシーべルトだ。
値が最低だったのは福島第1原子力発電所から最も遠い新地町のスギで、78ベクレルだった。
また、放射性セシウム濃度は材の心に近づくほど概ね低くなっているが、心のほうが高くなるものも複数見つかった。
林氏は並行して、放射性セシウムを使った基礎実験も東京大学アイソトープ総合センターで行っている。
基礎実験では、葉に付いた放射性セシウムが24時間以内に根から先端の葉まで移動することがわかったという。
『放射性セシウムは思っていたより早く内部に浸透していた。樹木内の水分は夏より冬のほうが動くので、冬の間にさらに浸透が進むと思われる。高濃度の樹木や樹皮、木材からセシウムが気化するリスクが懸念されるので、何らかの基準値が必要だとは思うが、線引きは難しい』と林氏は話す。
『400ベクレルでも健康上問題ない』『基準値はない』林野庁
樹木の放射性セシウム濃度は、林野庁の森林総合研究所も測定。 福島県の値が最も高かったのは川内村のスギで、辺材が400ベクレル、心材が156ベクレル。
採取地の空間線量は毎時3.11マイクロシーベルトとかなり高いが、材内部の値は(東京農業大の)林氏の測定結果より大幅に低い。
採取場所が林氏の調べた地域と異なり、測定方法も違っている。
林野庁林政部木材産業課課長補佐の赤羽元氏は『屋内に使われる他の建材との関係があるので、木材の基準値だけをただちにつくることは難しい』と話している。
(2012/02/03)

『すでに内部まで達している放射能汚染』

福島第一原発から放出された放射性汚染物質が樹木の葉や表皮に付着していることは今までも知られていた。
しかし、今回の東京農業大学の林隆久教授の『葉に付いた放射性汚染物が24時間以内に根から樹の先端の葉まで移動する。』とか、『樹皮にとどまらず材の内部にも高濃度で浸透している。』との測定結果は驚愕的である。
これは、分解された落ち葉を含む土を餌とするミミズに取り込まれた放射能汚染物質と同じ意味で、樹木などの植物でも活発な生命活動による生体濃縮が行われているのです。
森林の落ち葉や表土を剥ぎ取るとの、今の政府の考えている『除染』の根本的な間違いは明らかであろう。

『福島県内、雪で一時線量急減 県「解ければ再び上昇」』

福島県内の放射線の測定値が今年に入って急降下。
汚染に苦しむ県にとって線量低減は大歓迎だが、発生源の放射性セシウムなどが消えたわけではなく、積雪によって放射線が遮られているようだ。
寒さで測定機の精度が落ちていることも考えられる。
県は『低下は一時的。雪解けとともに、以前の水準に戻る可能性が高い』と指摘。
特に県北部で目立って線量が低下した。
飯舘村役場前で空間線量(地上1メートル)は6日、毎時0.68マイクロシーベルト。
昨年12月24日は2.02マイクロシーベルトで、この1カ月半で3分の1に下がった。
これまでの測定データによると、飯舘村の線量は年明け後に急減。
1月14~15日には、たった1日で25%(0.38マイクロシーベルト)も下がっている。
県内で検出される放射線は、主に土に含まれるセシウムなどから放出される。
雪が降った翌日などに大きく下がるケースが多いことから、積もった雪(水)によって放射線が遮られ、測定機まで届かないようだ。
放射線は鉛やコンクリートだけでなく、水にも吸収される性質がある。
国の原子力災害対策支援本部は『雪の遮へい効果しか考えられない』と説明。
それを裏付けるように、雪解けによって線量がまた上昇した地点もある。
福島市御山町にある県北保健福祉事務所では、雪が降った1月6日に0.77マイクロシーベルトまで下がったが、雪解けとともに0.8マイクロシーベルト台まで上昇。
再び雪が積もった22日にまた0.65マイクロシーベルトまで下がり、解け始めると0.7マイクロシーベルト台になった。
低温で、一部の測定機はセンサーの感度が鈍くなったことも考えられる。
県原子力安全対策課によると、飯舘村長泥地区の5日の計測では、最高が午前9時の4.55マイクロシーベルト、最低が午後11時の4.23マイクロシーベルト。0.32マイクロシーベルトも変動した。
飯舘村では5日午後11時55分ごろ、気温が氷点下10.0度まで下がっていた。
この冬、雪とともに放射性物質が流出すれば本当の線量低下につながるが、楽観できない。
県は『放射性物質は昨秋の台風でかなり流された。今も残っているものは地面などに強固に付着している』と説明。
雪とともに消え去る可能性は低いとみている。
(2012年2月7日(火)河北新報)

『無意味な除染作業に対する冷水ならぬ積雪』

有害な汚染物質が小範囲に少量漏洩した場合には、今の野田政権のように速やかな除染活動(汚染表土の剥離による汚染物の全量収集と隔離、保管)が有効であるが、今回の福島第一原発事故の放射能汚染では、『除染』の限界は明らかである。
飛散した汚染物質の全量収集は、そもそも不可能である。
狭い校庭の汚染表土さえ現状ではそのまま校庭隅に積み上げている現状では、予想される膨大な汚染物質の隔離、保管など全く不可能である。
今の政府の考えている除染活動が、『除染』とは名ばかりで実は『汚染の拡大』程度の意味しかないことに早く気が付くべきである。
今回の積雪による『雪の遮蔽効果』がある程度有効であることが証明されたのであれば、表土の剥離(除染)ではなくて、その逆の表土の『埋め立て方式』による放射能の遮蔽を考えてみるべきではないのだろうか。
放射能汚染物質をむやみに移動させ『放射能汚染』を徒に拡大させる現在の除染の考え方を根本的に改めるべき時に来ている。

『冷却機能停止、大惨事と紙一重だった』福島第二

東京電力福島第二原子力発電所(福島県楢葉町、富岡町)が8日、震災後初めて公開。
増田 尚宏所長(53)は『(大惨事を招いた)福島第一原発と同様の事態まで、紙一重だった』。
第二原発とメルトダウン(炉心溶融)に至った第一原発の距離はわずか約12キロ・メートル。
襲来した津波は第一原発の13メートルに対して第二原発は9メートルだったが海岸近くにある原子炉を冷却するための海水ポンプの機能が奪われ、原子炉4基中3基が一時危険な状態に陥った。
しかし、外部からの高圧送電線が1回線生き残り、中央制御室で原子炉の温度や水位などのデータが把握できた。
4日後の3月15日までに全号機で冷温停止にこぎ着け、放射性物質は外部に漏れなかった。『原子炉の状態をつかめなかった第一原発とは大きく違った』と増田所長は指摘。
(2012年2月9日(木)読売新聞)

『当然の話の、不思議な内容』

御粗末な人災事故を引き起こした無責任極まる犯人(東京電力)が、司法による強制捜査が全くない現在、逮捕もされずにのうのうと未だに福島原発を仕切っているのですから証拠の改竄など自分に都合の良いように、やりたい放題である。
東京電力だけが主張している『津波は第一原発の13メートルに対して第二原発は9メートル』は到達した海岸部で計る正式な『津波高』ではなくて地形によって数値が変化するいわゆる『遡上高』である。
原発の正しい津波高は、他地域からの類推では半分以下の5~6メートルの津波『高さ』と思われるが、東京電力の勝手な発表に遠慮してか怖がってか、気象庁は3・11から11ヶ月の経っているのに未だに津波高の発表を行っていない。
福島県の原発周辺だけは空白地帯なのである。
東京電力ですが、何時の間にか泣く子も黙る旧日本軍並の強大な力を手に入れていたのです。

『送電線:電子地形図から消える』電力10社が情報提供を拒否

地形図の電子情報化に伴い、国土地理院が電力会社10社に送電線や鉄塔の位置について情報提供を求めたところ、全社がテロなど安全上の問題を理由に提供を拒否し、送電線などの表記が最新の電子地形図から消えたことが分かった。
送電線の記載は、登山などで現在地を確認する際に利用されており、日本地理学会などは掲載の継続を求めている。
送電線や鉄塔の記載が消えたのは、国土地理院の電子国土基本図。
従来の紙の地形図(縮尺2万5000分の1)に代わるものとして、昨年2月からインターネット上で公開している。
従来の地形図は現地での測量に基づいて作製していたが、電子国土基本図は航空写真に、自治体や法人などから寄せられた道路や建造物の位置情報を反映させて作っている。
送電線や鉄塔などは航空写真では確認しにくいため、国土地理院は昨年末までに電力各社に位置情報の提供を求めた。
ところが、いずれも『保安対策上の問題』を理由に提供を拒否。
関西電力の担当者は毎日新聞の取材に対し、『位置情報がテロなどに悪用される恐れもあり、詳細な情報は提供していない』と話す。
これに対し、上越教育大の志村喬准教授(地理教育学)は『送電線や鉄塔の記載は、登山などの際に現在地を確認するのに役立つ。地理や地図学習の大きな障害になる恐れもある』と指摘。
日本国際地図学会評議員の田代博・筑波大付高教諭は『ネット上ではより詳細な航空写真が公開されており、時代錯誤も甚だしい。あまりにも秘密主義すぎるのではないか』と話す。
日本地理学会は、鉄塔などの情報を引き続き電子地図に掲載するよう求める意見書を国土地理院へ提出している。
国土地理院基本図情報部の担当者は『利用者からの要望はできるだけ反映させたいが、電力会社から協力が得られない以上、掲載は難しい』と話している。
(毎日新聞 2012年1月30日)

『今そこにある原子力発電の危機』

送電線を地図から消した超傲慢な電力会社の愚行ですが、これでは完璧に今の電力会社は昔の日本軍状態である。
時代錯誤の『狂気』もここに極まれり。
余りの現実社会と遊離した御粗末な馬鹿馬鹿しさ、超能天気で無責任なお気楽さ、桁外れの傲慢な思い上がりと権威主義の権化の様な尊大さ、破廉恥極まる厚かましさには、呆れ果てて批判する気も起きないほどの代物である。
東洋一の陸軍砲兵工廠のあった大阪城の東の地域を市民から目隠しする機密保護の名目で、市街地を走る大阪環状線は森之宮付近だけは高架鉄道ではなくて地上に線路が敷設される。
軍の圧力の残滓で、環状線は今でもこの一部地域だけは地上を走っている。
市民迷惑にも、それ程の強大な権限が富国強兵の当時の日本の『軍』にあったのですが、今の憲法9条のある日本では禁止された『国軍』の代わりが電力会社だったとは驚き呆れる話である。
福島第一原発事故の発生の結果、原発の持つ潜在的な脅威は誰の目にも明らかなのですが、電力会社は『日本は市民の銃器所持が禁止されているから』との理由で、原発への破壊工作の可能性を否定して、本物のテロの脅威を知っている外国から失笑をかっている。
これから原発に対して破壊活動を行おうとする極悪テロリストが『銃器禁止』の法律を守る一般の大人しい日本人のように、善良な遵法精神の持ち主とでも勘違いしているのだろうか。
馬鹿馬鹿しいにも程がある。

『地域独占の電力利権の危機』

管直人総理の日本政府が3月に行った3・11福島第一原発事故の最悪のシュミレーションでは首都圏の3000万人が退避する事態に陥るとの試算が行われたが、パニックを恐れて隠蔽され発表されなかった。
送電線を地図から消す必要性が合理的なら、より以上に『今そこにある危機』である原発こそ地図上から消すべきである。
送電線の『テロ対策で公表禁止』の電力会社の口実は余りにも取って付けた話であり、辻褄が全く現実と合わない不思議な主張である。
もっと詳しい送電線がネットでは航空写真として一般公開されている。
もちろん山中の送電線や鉄塔には何のテロ対策も施されておらず、誰でもが勝手に近づくことが自由に出来る。
そもそも今の『電力10社が送電線情報の資料提出の拒否』したこと自体には具体的な何の意味もないことは明らかである。
それなら、表向きの『テロ対策』が真っ赤な嘘であるなら、いったい電力会社は何を警戒して送電線情報を拒否しているのだろうか。
多分、今の地域独占の電力会社を発電会社と送電会社に分離して合理化するとの、有識者やマスコミや政府内の動きに対する姑息で卑劣な政治的な牽制球(ブラッシングボール)であるとの見方が一番正しいだろう。
合理的な理由ではなくて市民迷惑な政治的なパフォーマンス(示威行動)なので最初から意味不明なのです。
ブラッシングボールとは、アメリカのベースボールでピッチャーがバッターの顔面近くのインハイに剛速球を投げて、相手打者をのけ反らしたり引っくり返したりする通称『髭剃り球』の意味。
投げやすくする場合も故意の仕返しも両方あり、ベースボールが格闘技であるアメリカでは常識かも知れないが、日本の野球では危険球として即退場処分になる。
此処はアメリカではない。
今回のように日本の市民に向かって平気で危険極まりないフラッシングボールを投げる電力会社を政府や国民は即退場処分にするべきである。
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12 コメント

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本旨とは関係ない細かなところ (くまごろう)
2012-02-12 23:04:34
日本プロ野球の危険球ですが、ルールでは即退場ではなく、警告の場合もあります。審判の判斷で変化球のすっぽ抜けなど、「故意ではないが、次同様のことがあれば技術的にプロ失格として退場」の意味合いです。ただし、同じ試合で次に相手の投手が、やはり変化球の抜けたような球を頭部に当てた場合、報復の抑止として即退場になります。

ルールとしてはこうですが、セは改定前のルールが警告なしの即退場(この、まだ地上波で巨人戦が金になった頃の印象が強いのでしょう)だった名残か、抜けた変化球でも一発退場が多く、喧嘩投法で有名な東尾などがいた名残か、パでは警告のことが多いです。


それにしても、正気ではない人間のやる事は、意識してやっているのか、本気でそう思っているのかの判斷が難しいと毎回思います。
送電線は意識してやっているのでしょうが、まともなテロ対策をしていないのは、本気で平気だと思っているのか、金をかけるくらいならテロにあってもいいと考えているのか・・・。
これだけネットに情報が転がっているのですから、本気でテロをやろうとする人間が十人も集まれば、オウムがやったくらいのことはできるでしょう。見学ツアーにテロリストが紛れ込んでいた場合の訓練とか、していたら今回みたいなことにはならなかったのでしょう。
菊とバットのロバート・ホワイティング (宗純)
2012-02-13 16:17:01
くまごろうさん、コメント有難う御座います。

『菊とバット』によるとブラッシングボールとは変化球のすっぽ抜けではなくて、インハイの顔面への速球ですね。
髭剃りの時の石鹸のブラッシングから名前が来ているのでしょうか。
これはとんでもなく危ないが、向こうでは当然だと思われているらしい。
ベースボールは格闘技なのですよ。
アメリカ人が一番好きなのはアイスホッケーらしいが、ルールで球を保持する選手以外の無関係の相手側選手でも自由にステックで殴ってもペナルティーが無い。
ラフプレーが横行してゲームの最後には両軍入り乱れての乱闘騒ぎに発展する丸っきりの格闘技なのですが、これがアメリカ人にはたまらないらしいのですよ。
本当に困った連中です。
日本人最初の大リーガーのマッシーこと村上投手はエゲツナイ、ブラッシングボールで大活躍。
無理やり日本に呼び戻したのですが日本のコーチは彼に持ち味のブラッシングボールを投げることを禁止したので全く活躍できなかったらしい。
デッドボールが悪いなら当然反対のバッターのピッチャー返しの打球も退場にしないと不公平でもあり意味が通じない。
和をもって尊しとする日本では、ボクシングでは殴り殺してもボクサーには何の落ち度も無いとのスポーツの基本的な意味を理解していないのですよ。
登山で幾らメンバーが死んでもリーダーには責任はなく自己責任で、片山右京のように『私の責任です』何ぞとはスポーツとしての登山なら絶対に言わないのです。
格闘技といえば今年四月から中学高校で男女とも必修科目になったが、今頃になってその危険性に気が付いて大騒ぎになっている。
何とも腹立たしい話です。
武道の必修化はあの阿呆な美しい国の安倍晋三首相が教育基本法を殺したついでに行った愚行ですが、道具の関係で一番ややりやすい柔道が各学校で取り入れられる筈なのです。
ところが柔道は日本では必修でもないの現在でも年間数人が死亡している。その数倍が重度の障害を負っているのですよ。
今後、武道の必修で桁違いの被害者が出るとの恐るべき予想が今から出ているのですが、これはブラッシングボールの話と同じで、当然これは行うまでもなく『危ない』ことが判ってるのですよ。
武道などは少数の選ばれたものだけが行うべき危険行為なのです。
ルール (くまごろう)
2012-02-13 21:14:35
ブラッシングは想像通りヒゲソリからで、当たる球では駄目、頭を狙ったボールはビーンボールですが、恐らく報復行為のそれは結果責任を求めているのでしょう。ミスをする人間では頭付近を狙ったのか頭を狙ったのかなど当人にしかわからないですから、威嚇する以上ミスしたら、という。
日本人は故意か否かをとても気にするが結果責任は取らせたがらない取りたがらないという悪癖が身についてしまって、なんとも。

そういえば一昨年、でしたかその前の年でしたか、大晦日の格闘技の関節技でタップしない相手の肱を壊して非難の嵐を浴びた人もいましたね。関節技の性質を考えると、ギブアップしないならそのまま折らないと勝利は難しい。
中学高校の授業に柔道はありましたが、試合も試合形式の練習もした記憶はないです。その範囲でおさまるよう監督できれば重大事故は先ず起きないと思いますが、それは簡単ではないですし、その範囲のことをして武道から何か有り難い精神的なものを学ぶ、など戯言です。
そういうものは、何であっても興味を持って好きで始めた分野で身につくもので、武道をやれば身につくものではないでしょう。
ブラッディ・スポーツ (宗純)
2012-02-14 16:47:59
くまごろうさん、コメント有難う御座います。

近代スポーツは一番最初に産業革命を行ったイギリスが発揚の地なのですが、ボクシングは現地人を殴る為に開発されたとする説もありますが、これは如何も帝国主義の植民地支配などとも関係しているらしいのですよ。
そもそもがスポーツは暴力と密接な関連性があり、前身は残酷で流血をともなうブラッディスポーツだったらしい。
マックス・ウエーバーが指摘したように、近代国家が暴力を独占、独り占めする過程で生まれるのがスポーツなのですね。
それで近代スポーツにも先祖のDNAが流れているので、アメリカのベースボールのブラッシングボールの様な危険が潜んでいる。
剃刀ですが、これは顔に『当てる』もので、当てないとヒゲが剃れない。
これは余程上手にやらないと血が出る仕組みですね。
武道とはスポーツと暴力の境界線上の存在で、本来命がけの危険極まり無いあぶない代物です。
誰彼なしに薦められるものではない。
武道の柔術から危険な絞め技や関節技を除いたのがスポーツの柔道であり、競技会でこれ等の禁止技を使ったのなら自動的に、それは反則ですね。
今流行の無差別格闘技ですが、あれは私の父親世代では普通に行われていたが、最初から結果が判っていたらしい。面白くなかったと言っていました。
ボクシングが日本に入って来て明治大正時代には柔道との異種格闘技戦が興行として行われていたらしい。
最初は離れた位置からのパンチでボクサーが優勢なのですが腕を掴まれた瞬間に形勢が逆転して仕舞い、後は一方的な試合展開になる。
試合の開始前から対戦相手の腕を折ると公言していたらしいですよ。これは駄目です。

大分昔の話ですが私の友人が目撃した光景なのですが、大学の柔道クラブと警察のクラブとの合同練習試合があり、学生に負けた選手を会場の横に連れて行き『お前は彼女がいるのか』と聞いて答えが居るなら『今顔を見せてやる』と絞め技で失神させる。
居ないと答えても『これから見せてやる』と同じように首の動脈を絞めて気絶させているのですよ。リンチですね。
迂闊に殺さないように、この連中は何時も何時も日常的に柔道の絞め技を練習していたのですよ。
健全なスポーツ? (マトリックス)
2012-02-14 18:18:44
そもそもスポーツをイギリスで広めたのは、国民が政治や学問に関心を持ち政策や支配構造に疑問を感じ、支配層の権力に立ち向かうのを防ぐ為の古代ローマの時代からのパンとサーカスをさらに巧妙な愚民化政策として海賊帝国の世界侵出に応用したのではないかと思います。
スポーツの集団行動は軍隊の訓練に近いものがあるし、流血をともなうような激しいスポーツに熱中するようになれば、戦争を開始することを止めるという感覚が麻痺してくるのでは…
日本人の金メダリストの本格的な犯罪者がよりによって国技の柔道から発生しましたが、白人の祭典であるオリンピックで魂を奪われ自分に勝つという柔道の「道」を踏み外し、3S政策(セックス、スポーツ、スクリーン)に自らの人生を失ったと…
プロスポーツではなく学校の部活自体、身体に悪い指導が多い気がしますが、スポーツは身体よりもむしろ健全な精神に悪影響を与えているのではないかと思います。
スポーツマンシップの本当の意味 (宗純)
2012-02-15 15:08:35
マトリックスさん、コメント有難うございます。

スポーツマンが正しいというのは原因を結果との取り違えで、実は『スポーツは正しくあらねばならない』のです。
このスポーツに公正さが必要な最大原因は、賭博に密接に関連しているからで、博打の最大のご法度は八百長です。
欧州でサッカーの試合で暴動が発生する原因も矢張りか観客が金を賭けているので必要以上に熱くなる為らしい。
武道が今年4月から必修化されるのですが、やっと危険性に皆さんが気が付いて心配しているのですが文科省は、関係者の危惧の声を一蹴、予定どうり子供達全員に強制するらしい。
子供に対する武道の強制で、今の戦後民主主義でだらけた精神を叩き直す心算なのでしょう。
人格形成に役に立つと信じているらしいのですよ。
武道の英語訳は総合格闘技の意味のMartial artsなのですが、これを英語辞書で別々に引くと、形容詞としてのmartial は、
1. 戦争の[に適する]
2. 勇ましい, 好戦的な
ですね。
artの方は、 技巧 , 術, わざ; 熟練, 腕なので戦争や戦闘の技術、技のこととなる。
武道(戦争技術)の安易な子供達全員への強制とは、文科省の言い分とは大違いで、私が心配している死亡者や怪我による障害者だけでなく『健全な精神に悪影響を与える』可能性は大いにあるでしょう。
話が全く逆であるのです。
凄まじい超人的な力がある『スーパーマンが善人である』との保障は何も無いのですよ。
反対に、スーパーマンが悪人だと周りの一般人が大迷惑する。
だから『スーパーマンが善人であって欲しい』とみんなが思っているだけなのです。
この話は武道の達人でもまったく同じ。
武道の達人が善人である保証はどこにも無いが、善人で無いと、周りのみんなが大迷惑するのです。
危なくて仕方がないのですよ。
ところが現実と希望や願望とは滅多に一致しない。
オリンピックの金メダリストの柔道家は卑劣な痴漢魔であるし、並外れた軍事超大国アメリカは嘘をついてまで無理やり戦争を引き起こし大失敗している。
目の前の客観的事実と、『そうあって欲しい』との人々の夢や希望とは正反対であることが多いのです。
健全な精神は健全な肉体に (くまごろう)
2012-02-21 00:35:27
宿れかし、を宿る、と誤訳するのが凡人であるにしても、文科省がそうであっては困りますね。
例えば宮本武蔵の世代を最後とする、実戦を繰り返した人物が、結果として生死を深く考えその本質に迫ることは自然なことですが、これはそれこそ、生死の狭間に何度も立ったからで、それでなおかつ生き延びれば本当の馬鹿でない限りただの乱暴者では終わりません。で、あるにしろ、剣術などの精神性は、平時に発達したもので、可能な限り一生に一度も使うべきではない術を鍛練することに意味を与える、というようなものです。
それが曲がりなりにも武士、であれば、いざ、の為に鍛練をすることが社会的評価になり、実際給料をもらうことができますが、それを授業で教えるなら座学でしょう。
実際のところ何を教えたいのか不明ですが、元々武道に存在しないものをちょこっと武道をやって学ばせようとしているように感じます。
宮本武蔵が善人だったとは証明出来ない (宗純)
2012-02-21 10:45:15
くまごろうさん、コメント有難う御座います。

プロレスでは相手の技に協力するのがルールなので成功するが、武道ではそんなルールは無い。
漫画などでは、『必殺何とかカンとか』と技を名乗りを上げてからかけているのですが、あれはプロレスのルールですね。
勝負事ではこれとは正反対。
出来る限り相手の意表をついて、悪く言えば騙まし討ちが最良の結果が出る。
サッカーのPKでのゴールキーパーとの一騎打ちでもフェイントをかけて成功させる。
宮本武蔵ですが、騙まし討ちに長けていた可能性が高いのですね。
勝敗では勝ち続けることは難しい。
それなら、自分有利に展開するように操作するのは当然なのです。油断している時に攻撃するから勝てるのですね。
昔の軍隊では銃剣術の試合があり負けた方には厳しいペナルティーが付く。悪賢かった私の父は『始め』の掛け声がかかる前に攻撃したり、足蹴りとか拳骨とかやりたい放題の先制攻撃で連戦連勝。
監督する将校は叱るどころか『敢闘精神がある』と褒める始末で、本来の武道とは命のやり取りの為の戦闘術なので全ては結果第一であり、礼儀とか精神修養とは無縁な存在なのです。
宮本武蔵の人間性 (くまごろう)
2012-02-21 21:21:29
善人である可能性はほぼないでしょう。
私の前のコメントですが、武蔵が生死の本質に迫っただろう、という意味ではなく、実際に生死のやりとりをすれば多かれ少なかれ考えはして、ある程度は成長したであろうし、そういう集団の中には余人より優れて生の本質に迫った者がいても不思議ではない・・・というくらいの意味でした。

武蔵が書き残したらしい実戦術のいくつかを何処かで読みましたが、女を抱く時は騎乗位にし、襲撃があったら女を盾にしろ、とか、風呂は無防備になるので入るな、など、呆れもするし関心もしました。
対策を考えるということは、逆の立場の不意打ちも少なくとも考えはしたし、それが可能なら実行したのでしょう。
当時の武芸者なのでそれで悪人とは言えないでしょうが、凡そ善人ではないとは言えそうです。善人が戦闘の達人になるのはかなり困難でしょう。
新聞小説と、マスコミ宣伝と (宗純)
2012-02-22 16:32:25
くまごろうさん、コメント有難う御座います。

今皆さんが良く知っている坂本龍馬像ですが、司馬遼太郎の小説が創り上げた虚像で、事実とは無関係です。
これと似た例が今の宮本武蔵像であり、1930年代の朝日新聞での吉川英治の連載小説が創り上げた虚像です。
司馬の小説で描かれるまでの土佐の幕末の偉人と言えばと土佐勤皇党の武市半平太ですね。土佐の龍馬は人切り
明治大正期には坂本龍馬は無名に近い人物であったのですが、これを変えたのはあくまで司馬の小説であり史実とは無関係で事実かどうかの検証がまったく無い。
同じことが宮本武蔵にも言えて、関が原の戦いとか島原の乱に参加しているらしいが全く活躍出来ていない。
武蔵は生まれた場所さえ不明の人物で一番の大事件は吉岡一門との一乗下がり松の決闘ですが、吉岡憲法は兵法家と言われているが、京都では吉岡染の方が有名な人物。武道の達人とは程遠いイメージです。
吉川英次の新聞小説以前には、宮本武蔵の話のイメージが正反対に変化しているのですね。
佐々木小次郎は紅顔の美青年との話は吉岡英次の小説世界が新しく作り上げたフィクションで、それ以前の明治大正の社会では佐々木巌流は荒くれの倶利迦羅紋紋の大男です。
小次郎は物干し竿の名前があるずば抜けた長刀の使い手なのですから間違いなく人並み以上の腕力に秀でていたことだけは間違い有りません。
ですから今知られている宮本武蔵の話はあくまでも吉川英次の小説世界の話で有り創作なのです。
新聞小説以前の社会と吉川英次の小説後を両方知っていた私の父は、マスコミに影響される世間一般の余りの評価の変わりように呆れ怒っていました。
ほんの短い期間でも、以前の知識とか常識が簡単に忘れ去られるのですからマスコミによる世論誘導の力は絶大であり恐ろしいですね。

18歳1月の少年の死刑が最高裁で結審したが、この話は実は無関係に見える光市事件の死刑キャンペーンと中学高校生への文科省の武道の必修化ですが、これ、同じ時期に同じ目的で同じ連中が引き起こした同一の事件ですよ。
判りやすく一言でいえば『レジームチェンジ』(戦後体制変更)ですね。
戦後民主主義を否定して、昔に戻したいのですよ。
光市母子殺人事件遺族の本村氏は『犯人を釈放してほしい、この手で殺します』とテレビで発言してセンセーショナルを巻き起こした。
橋下徹VS山口二郎のTV番組の話のように知性や理性は嘲笑され、2ちゃんねる的な口から出まかせの感情論が賞賛されると言うことでしょう。
武士道だ仇討ちだと主張しながら、本人は早々と再婚しているのですよ。
法に背いてまで人殺し(仇討ち)を公言した人物の行為としては整合性が無い。
自分が弁護士でありながら弁護士業務を否定して見せた橋下徹と良い勝負です。
『悪人を弁護するとは何事か。けしからん』と刑事裁判の弁護の原則を否定しているのですよ。
光市事件の顛末ですが、これは3・11以前の原発安全神話とそっくりな構造であり、マスコミと政治権力が一体になった世論誘導で、事実を摩り替えて間違った方向に動かした。
凶悪事件、それも少年事件は戦後一貫して減少していて世界的にも珍しい犯罪が無い安全な社会が出来ているのです。
ところが、人々はマスコミに完璧に騙されていて『日本が危なくなった』『少年犯罪が増えている』と全員が心底信じているので、死刑に大賛成なのです。
客観的な事実は、マスコミ宣伝や人々の思っている『危険』とは正反対なのですから、
これは3・11以前の原発安全神話と類似のインチキな真っ赤な嘘の『日本国危険神話』ですね。
社会に害毒を流すこの禍々しい危険神話の生みの親の一人が本村氏であり、これ以上の発言は厳に謹んで欲しいものです。
いれるべきものべかざるもの (くまごろう)
2012-02-22 20:55:15
誰の著作でしたか、少年事件の凶悪化等を否定する証拠として、古き良き(とされる)時代の少年犯罪を紹介して(昔だってあった。今より酷い)いるものがあって、それを孫がいる戦中戦後産まれの何人かの女性に紹介したことがあります。新聞記事を原典とするものを集め解説したものなので、本の内容自体は否定しないのですが、事実としては中々受け入れられないようでした。
心配するなというのではなく、孫のことを心配するのは当り前。心配のあまり子供の成長する機会を奪ったら元も子もない。人間による犯罪というのは人間社会で生きる限り排除できないものであり、人間として正しく向き合うべきもので、罪人を排除すれば足りるものではない。

それが人類の一部であることに間違いのない犯罪者、人類社会にあり続けた犯罪、これは容易になくなる筈もなく、しかしそうしようと思ったら辛抱強く対峙するよりない筈なのに、犯罪者を排除すれば足りるとする主張。
それを人類が使うようになったのは極めて最近のことで、それがなくても人類社会は続いてきたのに、そのリスクは受け入れるしかなく、核エネルギーは必要だとする主張。
事実よりも願望が土台となった「現実的」という言葉。

本村氏は以前「本当は犯人がきちんと反省し、罪を償って生きていく方が遺族としてもいい」という趣旨の発言をしていたと記憶していますが、ある時期に死刑を肯定するという結論を出してしまったようで、非常に残念です。
時代とマスコミの共同による演出 (宗純)
2012-02-23 10:05:50
くまごろうさん、コメント有難う御座います。

我が日本国ですが世界的に珍しい安全社会なのです。特に青少年がほとんど殺人を犯さなくなっているのですね。
殺人の統計学的一考察
2008年02月02日 | 文化・歴史
http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/79bb6106736ab90449816bfc7cf5b237
本村氏ですが、心情が揺れ動いているのですがマスコミが宣伝に利用されているのか、本人がマスコミの動きを利用しているのか。
『一貫性が無い』のですがこれを巧妙に隠している。
本村氏が(A)『自分で殺したい位に怒っている』なら個人の内心なので何ら問題ではないが彼は、
(B)『殺します』と言い切っているのですね。
これは予告殺人ですよ。
村上ファンド事件ではないが『言っちゃった。』のですよ。
今の裁判所とかマスコミの、犯罪の予告を、英雄視して是認するようでは社会は無茶苦茶です。
重罪なのですから本人だけでなく家族にも迷惑が降りかかります。だから本心からなら結婚は躊躇して当然なので結婚したなら本心で無い(Aである)可能性が高いのです。
(A)であるなら例え賛成出来なくとも心情は理解出来る。
ところが(B)なら、現在の民主主義を否定することなので反対するしかない。
ですから本村氏がBからAに心情が動いたとすれば社会的には歓迎するべき話ですね。
ただ世間に向かっては自分の心境の変化を微妙に隠しているか、それともマスコミが隠している。
あるいは最初からマスコミは仇討ちが本心で無いと知っていたが都合の良い部分だけを宣伝した。
本村氏のテレビでの仇討ち発言ですが、あれはイラクやアフガンに爆弾の雨を降らして大勢を殺したブッシュ大統領の報復戦争のインチキ論理と同種のものですね。
小泉純一郎首相は無条件にアメリカの報復戦争(国家による仇討ち)を支持しているのですね。
これは民主主義とか近代法制度とかを否定する、野蛮極まるとんでもない話なのですよ。
光市事件自体は1999年ですが裁判が、問題になりだしたのは9・11事件後ですよ。時期が同じなのです。
本村氏は、その時の社会の悪しき潮流に乗って大活躍したのですが、マスコミが果たした役割は大きいでしょう。
18歳1月の元少年ですが、毎日と東京新聞は今でも匿名報道を続けていますが、ほんの僅かの良心が残っているのでしょうか。
この事件では匿名を貫くべきです。
一人前の権利が無い子供に対しては責任も同時に無いとの原則は大事でしょう。今よりも厳罰だった江戸時代でも子供は絶対に死刑にはしなかった。
選挙権も無い半人前に対して大人と同等の責任追及は無理なのですが、この元少年は18歳としての能力が著しく遅れていたのは明確な事実なのです。
死刑判決は絶対に無いとして、一審裁判時には精神鑑定さえ行っていないのですから、これは当然再審が請求されるケースですね。

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