逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

143年前のいろは丸衝突沈没事件と中国漁船衝突事件

2010年11月20日 | 東アジア共同体

いろは丸衝突現場付近略図(龍馬暗殺より転載)

坂本龍馬の海援隊が借り受けたいろは丸は160トン全長54m45馬力の外輪蒸気機関3本マストの気帆船。
長崎から大坂への航海が海援隊としての初航海だった。
明治維新の前年の1867年5月26日(慶応3年4月23日)23時、長崎を出航したいろは丸と長崎に向かっていた紀州藩の明光丸887トン全長76m150馬力が岡山県笠岡諸島の六島付近で衝突。
御手洗航路上を西進していた明光丸を発見したいろは丸は左に舵を取り、明光丸は右に舵をとったために衝突した。
大破したいろは丸は曳航中に沈没。
御手洗は大崎下島の沖乗り航路の要衝で、近世になって造船航海技術が進化してそれまでの可航幅が60mしかない音戸の瀬戸など難所を通らねばならない沿岸を走る『地乗り航路』から、沖合いを走る『沖乗り航路』(御手洗航路)に変わっていた。
坂本龍馬の海援隊・土佐藩はミニエー銃400丁など銃火器3万5630両や金塊など4万7896両198文を積んでいたと主張し、紀州藩が賠償金8万3526両198文を支払う事で決着したとされている。
沈没したいろは丸は1989年に鞆の浦沖で発見されたが、2006年の海底調査(水深27m)では船体近辺では龍馬等が主張した銃火器や金塊等は発見されなかった。
司馬遼太郎の竜馬伝では、紀州藩は、一方的にいろは丸に過失責任があり既に千両の見舞金は渡していると主張したが、龍馬は英国海軍ヘンリー・ケッペル提督の臨席(判断)や「万国公法」を持ち出し、事前に万国公法の存在を認識していなかったらしい紀州藩が折れたことになっている。

『回避船だったいろは丸』

ところが事故時の航路図を見れば、これは海上自衛隊イージス艦あたごと漁船清徳丸との衝突沈没事件とそっくり同じような航路なのですが、海難審判所の裁定では明確に海上自衛隊イージス艦あたご(海援隊のいろは丸)側の重大な過失であると認定している。
海の上は原則右側通行で、スターボード優先原則という右舷側を航行する船の優先が国際的に定められていて、具体的には船の左舷に赤灯、右舷に青灯をつけて航行しているのですが、相手の赤灯が見える位置の船舶に回避義務が生じるのですね。
それなら坂本龍馬の海援隊いろは丸側が回避船で、紀州和歌山藩船明光丸側に優先航行権があるのですから、英国海軍の軍人であるヘンリー・ケッペル提督がいろは丸側の明確な過失を見逃すはずがないのです。
ところが交渉役の紀州藩勘定奉行茂田一次郎は薩摩藩五代友厚に仲介を依頼し、紀州藩が賠償金として7万両を支払うことで和解し4万両は直ぐ払ったが残りは戊辰戦争のなかで有耶無耶となった。

『4万両賠償の時代背景』

この衝突事故が起きた1867年の11月9日(慶応3年11月15日)に将軍・慶喜は大政奉還を上奏しているし、前年の慶応2年の後半には、第二次長幕戦争は幕府軍の敗北で決着していて、風向きは完全に「薩長土」側に変わっていた。
薩長連合が徳川方を攻撃した鳥羽伏見の戦いが起きたのは1868年1月27日で、この戦闘で旧幕府軍は壊滅的打撃を受けて崩壊する。
いろは丸の衝突沈没とは、鳥羽伏見の戦いの半年前なのです。
当時の緊迫した政治や社会情勢が沈没事件の示談交渉(裁定?)に対して『まったく影響が無かった』と考える方がどうかしているでしょう。
いろは丸沈没で薩長連合と同盟した土佐藩(坂本龍馬?)が、道理も国際海洋法も無視して幕府御三家の一つの紀州藩に対して無理難題を吹っかけて莫大な賠償金を巻き上げることが出来た背景とは果たして何であったのだろうか。
決して口先三寸の坂本龍馬の弁舌ではなくて、龍馬の背後にある薩長土の軍事力であることは公然の秘密でしょう。
事実坂本龍馬は海援隊のメンバーに『一戦交える覚悟でやるんだ!』と激をとばしているし、当時の交渉場所であった長崎の街中では『土佐は金を取らずに国を取る』との流行り歌を宣伝したと言うが、紀州藩は鳥羽伏見の戦いでは早々と旧幕府側を見限り薩長側に寝返っているのですから、支払った4万両とは賠償金ではなくて薩長連合に対する紀州藩の持参金かみかじめ料であった可能性が濃厚でしょう。
また紀州藩の交渉役だった勘定奉行茂田一次郎が、土佐藩との交渉に臨席した英国海軍ヘンリー・ケッペル提督に事前に合って国際航海法での紀州船の有利を知っていたとの説もあります。
紀州藩は徳川御三家の一つなので立場上、幾らなんでも和平(寝返り)交渉は表だっては行えない。
しかし御三家なので戦争になれば間違いなく薩長土佐から攻撃されることが判っているので、藩士達全員の安全(身分保障)の目的で、薩摩藩の五代友厚に仲介を依頼し事前に根回しをしていたと考えられる。

『海洋法なら回避船だった海保の巡視船』

いろは丸事件の様に、どちらの船が回避船であったのか優先航行権があったのか等の、国際的な航海法が議論されることがまったく無く、政治的な判断が先行している悪例が中国漁船衝突事件であろう。
日本以外の国では『日本の巡視船による中国漁船拿捕』と報じられているのに、日本だけは例外的に全てのマスコミが、『拿捕』の言葉の使用を極力避けている。
何故か日本国内だけが『衝突事件』であるとしているのです。
ところが『拿捕』ではなくて普通の『衝突』事故であるなら、困ったことに自衛艦であれ海上保安庁の巡視船であれ国際海洋法の範疇で判断されるべき問題になるのですが、それでは日本側は『悪い』ことに成りかねないのですよ。
ですから『衝突事件』は、何かが可笑しくて物事の辻褄が合っているようで合っていないのです。
この事件ですが、民主党代表選(事実上の首相選)の時期と同じなので、それが関係しているかもしれないが、
これば衝突事件などではなくて純粋な『公妨』(公務執行妨害)であると理解している人は、極少数の数えるほどの少なさなのですよ。
前原誠司の『明確に中国船がぶつかって来たのが判る』との言葉に、みんなが暗示にかけられているのでしょうか。?
これが海上保安庁の言うように、基本的に海の上での衝突事故であれば、海難審判所や運輸安全委員会の管轄であるのですよ。
そして、その場合には海保の巡視船と中国漁船との関係は対等の衝突事故の当事者同士の関係であり、どちらが海洋航海法に違反していたかの話となるのですね。
例え海保の巡視船と言えども、海上自衛隊のイージス艦あたごと清徳丸との衝突、潜水艦なだしおと第一富士山丸の衝突事件と同じであり、海保の巡視船「みずほ」や「よなくに」の航海日誌やレーダーの記録、もちろんビデオ映像の差し押さを行い、できれば海保の巡視船の船長の逮捕などの強制捜査も行うべきであるのです。
何故なら、自衛艦の「あたご」や「なだしお」の衝突事件と同じ様に、もしも真正面の行き交い船では無く、横切り船同士の衝突事故であれば、(公務執行妨害目的の逮捕で無いと主張すると)二回の衝突では何れも中国漁船の左舷側にいたのは海保の巡視船なのです。
海の上は原則右側通行で、スターボード優先原則という右舷側を航行する船の優先が国際的に定められていて、船の左舷位置の船舶に回避義務が生じる。
それならビデオで明らかなように漁船は左舷(赤灯)側が写っているので、間違いなく中国船側に優先航行権があり、海上保安庁巡視船側が回避船なのですよ。
あれは衝突事故でも事件でもなくて、やっぱり海保の巡視船による拿捕目的の公妨事件でないと、『悪い』のは中国漁船ではなくて、反対に海保の巡視船側が『悪い』になるのですよ。
だからレーダーやGPSの航跡記録を明らかに出来ないし、今回のようにビデオの全面公開が出来ないのです。
今の民主党政権やマスコミの、『中国漁船による故意の衝突事件である』とするのは最初から基本的に無理があり、やっぱりあれは誰が見ても海保の巡視船による転び公妨ですね。
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10 コメント

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博学 恐れ入ります。 (JUNSKY)
2010-11-20 11:42:19
「いろは丸」の事故処理が、紀州藩の土佐を介した薩長への秋波だったという見方を初めて知りました。

幕末をテーマに大河小説を書かれては如何でしょうか?

ところで、中国漁船を拿捕し、船長を逮捕した時に、「公務執行妨害」という見解を政府が出していたような覚えがあるのですが・・・
「衝突事故」という表現は、もっと後の話だったのではないのでしょうか?
一番人気がある龍馬の不思議のわけ (宗純)
2010-11-20 16:02:31
JUNSKYさん、コメント有難う御座います。

今のに日本人にとっての歴史上の人物で、龍馬が一番のヒーローで二番手が信長らしいのですが、室町幕府の将軍を追放した信長は日本国の最高責任者(トップ)なのですから、この評価も頷けるが、竜馬は海援隊など弱小グループのトップ程度で決して最高責任者ではない。
今に当てはめれば小泉純一郎の息子の一年生議員の小泉 孝太郎のような小物の政治家ばかりが目立ち、肝心の党の代表である総裁がかすんでいる状態ですね。
与謝野も枡添も脱党してしまったし・・・・・そういえば今の自民党の総裁は誰でしたっけ。
思えば、官僚でも無いのに官僚臭いという以外、名前が直ぐに出てこないほど何の印象も無く影が薄いのですから、いくらなんでもこれでは自民党ももう終わりですね。
坂本龍馬ですが活動のバックに薩摩藩の影が見え隠れしているのですが、多分薩摩藩のエージェントとして藩士の身分では絶対に出来ないことを土佐の脱藩浪士の身軽な身分で、貴重な活動を薩摩藩の為に動いていたのですよ。
蛤御門の変で薩摩は公武合体の幕府と組んで長州を討ったのですが、
今度は方針を大きく転換して長州と組んで武力討伐を決意した薩摩藩にとっては、今までの公武合体(大政奉還)路線のままの坂本龍馬が邪魔になってくる。
薩摩藩にとっての龍馬とは、アメリカにとってのCIAのエージェントだったパナマのノリエガ将軍やイラクのフセイン大統領のように邪魔者であり、明治維新(鳥羽伏見の戦いなど戊辰戦争)のためには龍馬暗殺は必然だったのでしょう。
今の人が信じているらしい竜馬像は、産経新聞に連載された司馬遼太郎の新聞小説『竜馬がゆく』に影響された虚像で、実体とは必ずしも一致するとは限らない。
ところが時間が経過すると司馬遼太郎の創り上げたその虚像が実体を持ち一人歩きしだすのです。
それ以前は竜馬よりも土佐勤皇党の武市半平太やその周辺の岡田以蔵や平井収二郎の方が余程有名であったのです。
同じような例では『宮本武蔵』があり、これは吉川英治の1930年代に朝日新聞に連載された新聞小説が創り上げた虚像で、それ以前の当時の日本人が知っていた『武蔵』は全く違っていたのです。
日本において、新聞が作り出す『虚像』の影響力は凄まじいですね。

幕末のドラマでは、坂本龍馬とか新撰組などは繰り返しこれでもかと言う位に描かれるのですが、同時再の大事件であるが絶対に描かれないのが天誅組と中山忠光の悲劇なのですね。
この不思議な傾向の原因ですが、大手マスコミだけではなく小説家までが、明治天皇の叔父の中山忠光卿を謀殺した長州藩の悪事は描きたくないのですね。明治維新の隠された不都合な真実が明らかになることは今後もないでしょう。

早すぎた悲劇、天誅組と中山忠光
2009年08月17日 | 社会・歴史
新聞の憶測記事が『事実』になる不思議 (宗純)
2010-11-20 17:03:07
今度の事件ですが、全ての新聞が取り上げなければ無ければ成らない程の、それ程の大事件ですか。?
事実は(日中の領土紛争があるが)日本側が実効支配している海域での外国(中国)船による操業の海上保安庁巡視船の取り締まりによる漁船の拿捕です。
韓国船が大量に押しかける第七管区の対馬海上保安本部の巡視艇などは、今回と類似の行為は日常茶判事であり船体は強行接舷の為にべこべこになっているらしいですよ。
同じことが起きてもニュースにならないのです。
ただ、この尖閣海域では日本は戦後一回も拿捕の実績が無いのですね。
理由は1960年代頃までは日本漁船が中国領海(中国側主張12海里、日本側主張3海里)のぎりぎりまで接近して漁をしていたのですが、当時の中国には国力がまだまだだった。ところが今では中国漁民は800万人も降り20万人の日本漁民とは形勢が逆転している。
尖閣周辺には100艙近い中国漁船が常時操業しているらしいですよ。
ところが日中国交回復時に日本が実効支配するが『尖閣列島の棚あげする』との暗黙の外交合意があり、取締りが出来ない裏の事情があるのですね。
今度の事件後に、自民党議員の質問趣意書に答えて、『尖閣棚上げの事実は無い』との閣議決定がなされたのですよ。

報道ですが、逮捕(拿捕)した理由は公務執行妨害ですが、その公務執行妨害内容が『衝突したから』なのですね。
だから中国漁船衝突事件と全ての日本のメディアが報道しているのですが、何とも情け無い話ですね。
これを陸上の事件に置き換えれば、
任意同行を求めて警官が前に立ちふさがったが振り払った時に体が接触したとして公務執行妨害罪で現行犯逮捕した話と同じですよ。
何故この事件に対して共産党など護憲左派がもっと抗議しないか不思議でならないが、
これはオウム事件のときにマンションのエントランスや青空駐車場などの誰でもが自由に入れる公共部分に入った信者を住居不法侵入で逮捕した事件に類似する行為ですよ。
この様な警察権力の超法規的な拡大解釈により違法行為を『相手が悪い連中であるから』として誰もが見過ごしにした結果が反戦団体や共産党員などのビラ配りで逮捕される現在が生まれたのです。
相手が誰であれ、権力の監視を少しでも疎かにすると恐ろしい結果になるでしょう。
衝突ビデオが公開されない理由ですが、産経などが繰り返し『中国に日本の管内閣が遠慮しているから』『弱腰だから』と主張しているのですが、
今では誰もがこの『弱腰であるから』との憶測を事実であると信じているらしいのですよ。
普通、検事調書のメモの破棄の指示のように、捜査当局がビデオなどの証拠の開示を行わない理由は、
自分にとって不利だからですよ。
自分にとっての有利な証拠は、隠すどころか幾らでもマスコミにリークして世論を誘導する手法は、秋田県連続幼児殺害事件や村木厚生省局長の冤罪事件などで、今までに数々証明されています。
今のように大事な証拠品が隠蔽されている事実が、何よりも日本側の言い分の無さを証明しているのです。
相手(中国)を気遣ってなら、そもそもあの地域では拿捕しないし、また仮に拿捕しても相手から抗議のあった段階で即座に釈放していますよ。
3週間近くも中国側の必死の抗議を無視して『粛々と国内法で』といい続けたのは中国脅威論で何としても安保条約を強化したい前原誠司ですね。
こうして戦争、始ることもある (只今)
2010-11-20 21:22:31
 今日土曜日の夕刊、テレビは「中国監視船が尖閣沖に」と大声なので、また領海内に進入してきたのかと思ったら、「領海の外側を領海線に沿うように航行しているが、領海には侵入していない」(朝日)とのこと。
 中国監視船に海保船は、「こっちに入ってきては駄目!」 と警告したとのことだが、海保船も、あちらから警告を受けて当然とはいえないか。なぜなら並行の状態で航行していたのだから。
 おかしいぞ!と新聞社にファックス送信してしまいました。
 
アメリカは三陸沖との屁理屈も成り立つ (宗純)
2010-11-21 09:20:03
只今さん、コメント有難う御座います。

この『何とか沖』ですが、小泉政権の初期の2001年に起きた日中中間線の向こう側の中国の排他的経済水域での不審船撃沈事件では、マスコミは厚かましくも『奄美沖不審船事件』と名前が付いているのですからね〜え。遠すぎて現場から奄美大島なんか見えませんよ。
正しい事実から命名すれば東シア海不審船撃沈事件です。
それを思えば今回の尖閣沖なんかは百倍は正しいでしょう。まあ比べる対象がひどすぎますが。

今回は中国側の監視船を尖閣海域から追い払うために日本側の巡視船がピッタリと張り付いて併走しているのですが、
皆さん、この新聞の写真とあの流出ビデオとを見比べて下さい。
誰であれ一目見て、とんでもなく両船の距離の違い過ぎる事に気が付くはずです。
大型巡視船は100メートル近いので併走する日中両船の間隔は10倍の1キロ程度ですよ。
相手を拿捕(強制接舷)する意思が無いなら、衝突しない為には最低でも安全上これくらい離れるのが必要であるのです。
巡視船みずきと中国漁船の距離のような近さでは船舶が作り出す水流で引き寄せられて衝突する危険があり、
事実08年には併走していた台湾船に衝突して相手の船を沈没させて『わざと巡視船にぶつけてきた』と海保が真っ赤な嘘を付いて船長を逮捕したが、相手側の乗客の一人が衝突時の映像を録画していて大騒ぎになり、3日後には日本の海上保安庁幹部が謝罪して賠償まで行っているのです。
ですから中国漁船衝突事件ではビデオの写っているように両方とも今までの警告して追い出す安全な距離ではなくて、拿捕目的の強制接舷の危険な近すぎる距離であるのですね。
拿捕目的でなく、あの距離まで近づいたのであれば完全に巡視船側の操船ミスであるのです。
それなら衝突の責任は中国船ではなくて日本の巡視船側にあるとの海難審判所の裁定になるでしょうね。
だから『衝突』の名前は海保側にとっては不都合で、『拿捕』事件でないと日本としては駄目なのです。
今回の新聞写真では、併走する巡視船は右側にあるので優先航行権があり、中国監視船の方が回避船なので等速で進む限りは絶対に右側には舵を切れないので直進するか左に曲がるかしかしてはいけないのですね。
だから徐々に反時計回りに円を描くことになるはずです。
Unknown (JUNSKY)
2010-11-22 09:50:07
坂本龍馬を「今に当てはめれば小泉純一郎の息子の一年生議員の小泉 孝太郎のような小物の政治家」とするのは、あまりにも極端では・・・
この文節以後は少し方向を変えているようではありますが・・・

どこかで、坂本龍馬は勝海舟のエージェントだったのでは?という考察を見た覚えがあります。

ちょっと前の演劇では、二股掛けて(二重スパイ?)金ヅルにしていたというものまでありましたが・・・

坂本龍馬が英雄になったのは、司馬史観の影響であるのは確かでしょうね。何しろ司馬遼太郎が歴史に埋もれた『英雄』を「発掘」して「造り上げた」偶像なんでしょうから。司馬氏もそのことは否定していなかったんではないでしょうか?

NHK【龍馬伝】では、なお一層平和主義者の英雄となっているようですが、それはそれでドラマとしては面白いと思って見ています。
最終回の予告映像では、暗殺に薩摩も幕府側も関わっていそうで、どういう展開かドラマ的に(歴史的事実ではなく)興味を引かれます。
ある方は、暗殺の実行犯は別として(明治に入ってから名乗り出ているが売名行為という話もあるようで)、黒幕は大久保利通だと断定しています。

あッ! どうでも良い話でした。
フィクサーと書きたかったのですが (宗純)
2010-11-22 16:47:37
JUNSKYさん、コメント有難う御座います。

小泉孝太郎が歴史に名前を残せる可能性はほぼゼロですから、坂本龍馬と対比するのはまったく不適当なのですが、
この例えは、一議員の小泉孝太郎の露出ばかりで『代表』である党総裁がまったく目立たない自民党を皮肉ったものであるのですね。
この現象は幕末の一脱藩浪士の坂本龍馬が注目されて、西郷隆盛以上の実力者大久保利通が目立たないのに似ています。
当時の『藩』とは今の『国家』に近くて、竜馬以外は全てがバックにある『藩』の実力や方針から自由ではない。
ところが竜馬一人が例外的な扱いであるのですが、元々商家出身の郷士なのですから人脈作りや根回しに長けていたのでしょう。
公武合体派の薩摩藩のエージェントとして、薩摩藩士の身分では絶対に出来ないフィクサー的な働きをしていたのです。
しかし、右翼の児玉誉士夫に例えるのは坂本龍馬に対していくらなんでも失礼なので仕方無しに、とりあえず小泉 孝太郎になったのですね。
龍馬暗殺犯の会津藩見回り組みの二名は明治維新後に罰せられることは無くて、逆に明治政府が警察官として登用しているのですから、通説のとおりであるよりも大久保利通黒幕説の方が説得力がある。
龍馬は人脈が広すぎて勝海舟など徳川幕府側の知り合いが大勢いすぎたのでしょう
戊辰戦争のような対徳川戦争には賛成では無くて、大政奉還での徳川将軍を大君とする諸侯の合議制による平和な政権移譲を理想としていたので、密かに鳥羽伏見の戦いを準備していた薩摩の大久保利通等にとっては『戦争の大儀』の邪魔になったのでしょう。
結局 (疑問に思う人)
2010-11-22 17:01:17
龍馬って、凄いのか凄くないのかと単純化するとどうなんでしょう。司馬のフカシのおかげで有名人になれたのか、或いは放っておいてもそのうち評価されるに値する人物だったのか。
徳川に好意的な龍馬は邪魔説は有力ですね。途中から、幕府のメンツも立てるような感じで動こうとしてますし、平和的に解決しようとしてましたし。今の歴史は、薩長が作り上げたものですからねえ。
わざわざ御回答ありがとうございます。 (JUNSKY)
2010-11-22 23:07:02
新政府綱領か何かに「○○○」と書き、(NHK龍馬伝でもそのシーンがありましたが)そこに徳川慶喜を想定していたらしいと言うのは有名な話ですが、誰かそのことを証言していたのでしょうか?後藤象二郎あたりか?
それとも司馬遼太郎の推察または創作によるものでしょうか?
確かその新政府綱領は龍馬の直筆が残っていたらしいですが・・・

薩摩はどうしても自力で武力討伐をして、倒幕後の政局を有利に展開したかったでしょうから(米ソ冷戦を勝ち抜くために原爆を投下したアメリカと同じようなもので)、徳川も新政府の要職に就任させようとして坂本龍馬が邪魔になったんでしょうね。そこもNHK大河で大久保利通に語らせていました。

と言う訳で、大久保利通「黒幕」説には私も賛成です。

どうも本筋の「尖閣衝突」の話からは、かけ離れつつありますが、それもブログの面白いところで・・・
瀬戸際政策の危険な薩長連合 (宗純)
2010-11-23 14:45:06
戊辰戦争で、徳川慶喜が総大将として立てば薩長連動に互角か、それ以上の戦いが出来たとの説がありますね。
互角どころか榎本武揚の幕府海軍は薩長の海軍力を圧倒していたのですから、欧米列強の戦争のような海と陸との連動する戦争では幕府側が優位にあった。
そして日本は大陸国家と大きく違い、典型的な島国で有るので陸軍力の優位以上に海軍力の優劣がものを言います。
また幕府軍は長岡藩が誰よりも早く機関銃(ガットリング砲)を装備していた例のように、武器も兵装も当時の最強陸軍のフランスの支援で最新式の装備であったのですから、徳川慶喜に戦争の意思があれば日本を二分する、十分に勝機がある大戦争になった可能性が高いのです。
ところが歴史では、徳川幕府は徹底的に戦争を回避しているのですね。
この方針は終始一貫したもので、二回にわたる長州藩との戦争も『戦争をする』のが目的ではなくて、その正反対の『戦争を如何にして防ぐか』が目的であったのです。
長州藩が京都御所に対して砲撃してみかどを奪おうとした天皇拉致誘拐未遂の蛤御門の変や関門海峡の外国船砲撃などの無茶苦茶な挑発行為を見過ごせばそれこそ大戦争につながる。
通説の黒船の到来をまったく予期していなかった幕府との噂はまったくのデマであり、事実は長年の友好国のオランダから黒船来航の正確な知識を得ていたのです。
そしてアヘン戦争のように欧米列強が軍事力に劣るアジア諸国に対してどんな時に何をするかも、誰よりも良く知っていた。
欧米列強に対して、どんな些細なことでも駄目で、絶対に武力攻撃の口実を与えてはいけないのです。そしてこの武力行使の口実には戊辰戦争のような『内乱』も入るのですよ。
たとえ徳川幕府が薩長に勝てても国土は荒廃し国力は衰えるので間違いなく騒動に便乗した日本植民地化の危険が高いが、これは反対に薩長側が勝ったとしても同じことが言えるのですよ。
全面戦争では、日本国の独立が危ないのです。これは数々の世界の歴史が証明しています。
もちろん坂本龍馬も勝海舟も徳川慶喜も多分この事実を知っていた。だから何としても内戦を防ごうとした。
『無知』でまったく知らなかったか、あるいは知っていても無視したのは生麦事件など、何時も何時も無茶苦茶な挑発行為を行っていた薩長側なのですね。
悲しいかな、このような狂気のチキンレースでは少しでも良識とか正しい判断とかが出来る勝海舟や坂本龍馬のようなマトモな方には勝ち目は無く、必ず負けるのです。
司馬遼太郎ですが、彼も当然これくらいは気が付いていたのでしょう。
ところが明治維新やその後の薩長の危険な瀬戸際政策の軍事解決路線の延長である日清日ロの戦争を肯定する政治的な立場(司馬史観)なので、
この自己矛盾を解決する小説家としての唯一の方策が『度外れた竜馬の英雄化』なのですね。
歴史家ではない司馬遼太郎の限界と小説家としての可能性が生んだ『世紀の英雄伝説』が日本一のヒーロー坂本龍馬の伝説であるのでしょう。

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