逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

サンフランシスコ講和条約61周年、4月28日は日本国の終戦の日

2013年05月03日 | 政治

(壇上の9名中バンザイと両手を挙げているのは安倍晋三など半数以下の少数)

バンザイと両手を挙げると目立つので多いように見えるが、実数は『主権回復の日』の参加者の半分以下程度でしょう。
『屈辱の日である』として欠席した仲井真知事の代わりに沖縄県は副知事が出席、福島第一原発から未だに1時間1000万ベクレルもの放射能が漏れている未曾有の原発事故の真っ只中の福島県では県知事も副知事も参加せず、東京局の責任者が出席。
(沖縄も福島も自民党系の知事)
沖縄県知事や福島県知事が『到底祝えない』と欠席したのなら、天皇陛下としても同じように『この式典は到底祝えない』と欠席するとの選択肢もあったのでしょうか。
不当だから拒否するとの権限が『無かった』とすれば、天皇とは県知事よりも格段に無権利状態であると言える。
格下の扱いで、安倍晋三政権による天皇の政治利用の極みでしょう。
自民党政権(安倍晋三)による『主権回復・国際社会復帰を記念する式典』は、東京千代田区の憲政記念館で開かれ、衆参両院の議長、最高裁判所長官、国会議員や都道府県知事が出席したが、参加者は約390名程度にとどまった。
それにしても摩訶不思議な式典である。
都道府県知事の数は47名だが全国会議員数は720名、自民党だけでも参加人数の390名以上の議員がいる。憲法99条で憲法尊重擁護の義務のある天皇、国務大臣、国会議員、裁判官、高級官僚(国家権力側)が出席したが、『到底祝えない』と参加しなかった良識ある議員も多かったのでしょう。
放送したNHKは、がらがらで空席ばかりが目立つ会場全体を撮さず満席の桟敷席だけを放送する大相撲中継と同じ手法を使って、参加者が少なすぎる『主権回復の日』式典の異様な光景が、『普通に見える』ようアングルに工夫をこらして上手に放送している。

『日本国の終戦の日は4月28日』

安倍晋三は『主権回復の日』(日本が独立した日)だと言い張るがサンフランシスコ講和条約の一番最初にある第1条a項には、『日本国と各連合国との間の戦争状態は・・・(この条約の発効の日に)終了する』と、講和条約の『意味するもの』を明確に規定している。
講和条約の締結とは『独立』とか『主権回復』とかの話ではない。
『戦争』を最終的に終了したと宣言した『終戦の記念日』なのです。
戦争は始めるのは簡単だが終わらせるのが難しい。対米戦争開始は1941年だが、最終的に終わったのは1952で11年もかかっている。
同じ敗戦国である独伊両国はサンフランシスコ条約と同じ内容の講和条約を結んでいるが、当たり前であるが『主権回復の日』(独立した日)として祝ったことは一度もない。
我が日本国も60年間一度も祝っていない。
世界広しといえど今回の安倍晋三の自民党内閣だけの珍事中の珍事なのです。
病的な日本の極度の右傾化の徒花である。
確かに日本は、講和条約の締結で国連(UN)に加盟することが出来たが、現在でも『敵国条項』は残ったまま、未だ有効である。
61年前の4月28日の本当の意味とは何か。
主権回復の4月28日の意味とは、個人に例えれば重大な人身事故を起こして刑事責任を問われて懲役7年になり免許証を取り上げられていた人物に、もう一度運転免許が交付されて再出発した『日付』であると考えれば解りやすい。
人権を回復して社会に復帰した記念日なので、何かを『祝う』日ではなくて、正反対の懺悔とか後悔の為の『日』である。
『4月28日は主権を回復した日』は間違いではないが、もう一度正式な国軍を創設して戦争が出来る国にするとの安倍晋三の発想は根本的な勘違い。
『何故主権を失ったのか』と、自分の失敗をもう一度見つめ直して、深く反省すべき日なのは誰にでも分かると思います。

『敗戦が分かっても「もう駄目だ」「止めよう」と誰も言い出せない日本』

1945年敗戦を自覚した日本はソ連の仲介で無条件降伏(ポツダム宣言の受諾)ではなく、国体の護持(天皇制の維持)を考えていた。
しかし連合国側はヤルタ会談(1945年2月)でドイツ降伏(米国は5月7日だがソ連はドイツが降伏文書に署名した5月9日)後3ヶ月以内でのソ連軍の対日参戦が決定。1945年4月には1941年締結の日ソ中立条約の不延長を日本政府に通告。ドイツ軍降伏以降ヨーロッパ戦線のソ連軍をシベリア鉄道をフル稼働させて着々と極東に集結させていた。
1945年8月9日の御前会議で国体護持(天皇制維持)を条件に降伏を秘密裏に決定する。(国民向けは本土決戦、一億玉砕の徹底抗戦のまま)
ソ連は連合国との約束の最終日である8月9日(条件付敗戦の御前会議の当日)深夜、日ソ中立条約を破棄して対日参戦する。
1918年のソ連軍による元皇帝ニコライ2世一家処刑事件は27年前で生々しい記憶である。
ロマノフ王朝の最期を知っていればソ連軍参戦ほど恐ろしいことは無い。
天皇制維持で、やむなく無条件降伏(ポツダム宣言の受諾)を8月13日に決定する。
ソ連軍が参戦すれば、即座に日本側が無条件降服する事実をアメリカのルーズベルト大統領は知っていたのである。
サイパン陥落(1944年7月)以降、日本の敗戦は、誰が見ても決定的で避けられなかったが、その絶対不回避の事実を、唯の一人も認める(理解する)政治家も軍人も日本にはいなかったのである。
この最期の一年間で、粗すべての日本の都市が焼け野原となり、数百万人以上の日本人が死亡する。

『始めるのは簡単だが、一度始めた戦争はそう簡単には終わらない』

8月14日は無条件降伏(ポツダム宣言の受諾)を戦勝国(連合国側)に通告した記念日である。(敗戦記念日)
8月15日は日本軍の統帥権を持つ裕仁大元帥が、大日本帝国の降伏を国民(臣民)に発表した記念日であろう。(帝国の敗戦認定日)
9月2日のミズリー号での外務大臣重光葵(主席全権)の署名は、日本帝国(軍)の降伏文書への署名 とも考えられる。
9月2日は日本帝国(軍)降伏記念日。
サンフランシスコ講和条約を1951年9月8日、日本側の吉田茂首席全権大使(首相)が署名、 衆議院 参議院の両院が締結を承認、内閣が条約を批准 して1952年4月28日に発効した。
戦争が正式に終わるためには講和(平和)条約を、戦争当事国同士で結ぶことが絶対条件となる。
それなら本当に日本の戦争が終わった終戦記念日は4月28日 である。
(しかし、戦争当事国で有るソ連も中国もこの平和条約には参加していない。中国とは其の後平和条約を結ぶが、ロシア(旧ソ連)や北朝鮮との平和条約は無く、両国との戦争状態は法的には完全終結していない事になる。)
外国の例では半世紀前に終わっている朝鮮戦争は当時者が停戦協定しか結んでいない為、法的には戦争中といえる不安定な状態であり、米朝二国間協議による平和条約(講和条約)の締結が待たれる。
戦争は始めるのは簡単だが、終わらせるためには途轍もない時間と途方も無い労力を必要となる。

『屈辱の日』

日本本土の人々には殆ど記憶に無い4月28日は、当時沖縄県在住の日本人、百万人の人々にとっては、屈辱の日として決して忘れられない日として心に刻まれている。
普天間や名護市の辺野古の問題も、この日が関係しています。
外国(今風のアルカイダの言い方なら異教徒)の軍隊に占領されて主権を放棄した記念日でもある。
今日本本土では軍政は7年間だったので、沖縄県の一般の市民が、軍事占領下に長年生きなければならなかった事実を、済んでしまった他人事として忘れ去られようとしている。
普天間や辺野古の問題は、決して普天間や辺野古だけの問題ではない。沖縄の問題は、決して沖縄だけの問題ではない。
日本人全体にとっても『4月28日』は決して忘れるべきでないでしょう。

『61年前の独立記念日』

国家も国民も、誰も祝うものが無い(誰もが忘れて仕舞いたい国辱的痛恨事の)不思議な独立記念日が今年もやって来た。
61年前の1952年4月28日。
この日、サンフランシスコ講和条約(付属の裏条約としての日米安保条約)が発効し、米軍全面占領下の日本国は念願の独立を名目上果たし、国際社会に復帰している。
日本の独立自体は喜ばしい話だが如何せん。時期が悪すぎた。
1945年の日本の敗戦から7年後であるが、1950年の朝鮮戦争開戦から2年後であり米軍の兵站基地としての戦争経済(平和な准戦時体制?)が、今に続く日本国の『国のかたち』を決めたのである。

『サンフランシスコ講和条約』

単独講和で『東京裁判』と『領土の放棄』を渋々受諾し、それらとセット構造になっていた日米安保の批准で、戦争に懲りた筈の我が日本国は否応無く西側陣営として『冷戦』の仲間入りをする。
61年前の1952年4月28日の日本独立で何が変わったのか。
実は何一つ変わらなかった。
日本占領の米軍4個師団7万人体制は朝鮮戦争勃発で出兵して一時的に空洞化したが日本人傭兵の7万人の自衛隊(警察予備隊)の編成で穴を埋め、その後米軍は元の7万人体制に戻っている。
沖縄の軍事占領はまったく変化なし。
変化どころか逆に米軍基地は拡充、強化される。
日本独立の後も過酷な軍政は20年間も継続し、今日でも基地の重圧は変わることなく続いている。
『変わらない』は日本本土でも事情は同じ。
全国に散らばっていた基地の幾つかは撤去、縮小されたが肝心の日本国の首都東京の周辺の米軍基地の多くは返還されず元もままで残っている。
本土上空の広大な区域が米軍機の訓練空域として接収されたままで羽田空港西側の空域は米軍が管理していて、独立後61年間も民間航空機は立ち入れないままである。
61年前の日本独立(サンフランシスコ講和条約と日米安保条約の発効)の意味とは、日本国や日本人にとっては単なる無条件の現状追認(現状肯定)であり、官僚的な前例踏襲、慣例重視の日本的現象に過ぎなかったのである。
61年前の日本独立という名の『無条件・無原則の際限の無い現状肯定』(単独講和と安保条約の受け入れ)とは、『全ての物事は、ありのまま受け入れる』とする日本人の古代から連綿と続く深層心理の『かんながらの道』の精神構造でもあるので、何の問題も無く受け入れら現在に至っている。

『戦後日本の歴史』

第二次世界大戦で国富の9割以上を失って焼け野原になった日本国ではあるが、戦争の廃虚の中から立ち上がった日本人は、わずかな時間で平和で豊かな国を造り上げた。
ただし、日本独立61周年と『一言』でいっても最初の40年間の世界が目を見張った驚異的な『発展』と、その後の今に続く20年間の不思議な(世界を驚かした)『完全な停滞』との、あまりにも対照的な両極端の両方を経験している。
しかし世界の模範となる独立から『40年間』で世界第二の経済大国にまで発展した日本と、その後の対照的な正反対の『20年間』の成長しない日本では、国内条件的には日本側には何一つ大きな変化は無い。
この『簡単には内面の本質が変化しない』ことこそ、我が日本国の一番の特徴なのである。
日本自身は変化していないが、大きな変化があったのは日本を取り巻く環境である。
61年前の独立時の冷戦構造のための単独講和条約も日米安保も、残念ながら20年前の冷戦崩壊で賞味期限が切れていた。
もはや存在意味を失っていたのである。
ところが世界の潮流に抗って我が日本国ただ一国だけは、ドンキホーテの如く終わった筈の冷戦構造(日米同盟と中国敵視や北朝鮮バッシングなどの東アジアでの緊張政策)の再構築にいそしんでいるが、1945年5月のドイツ降服(実質的な世界大戦の収束)後の大日本帝国の戦争継続方針と同じ種類の根本的な『間違い』である。
世界の大勢が根本的に変化している現状を無視して、以前と同じ方針のままでは幾ら日本国が頑張っても、これでは成功する筈が無い。

『何も無い、日本独立60年の節目』

去年4月、民主党の藤村修官房長官は『わが国が完全な主権と自由を回復し国際社会に復帰した日だ。戦後の発展の礎となったばかりでなく国際社会の平和と繁栄の基盤となった。』と自画自賛したが、60年の節目なのに政府として何の行事も予定していない。
首相談話を出す予定もなく、到底日本政府として4月28日を喜んでいる風には見えない自己矛盾。
野田佳彦首相は翌日の29日からの訪米を予定しているが、サンフランシスコ講和条約60周年関連の行事予定はまったくない。
日本政府も無いが、与党民主党も矢張り無い。
自民党時代からの恒例の新首相就任時の通称『参勤交代』の日米首脳会談は続いていたが、政権交代で日本に民主党政権が成立して2年半。首相のホワイトハウス公式訪問は途絶えたまま。
今回の初めての公式訪問に舞い上がっているのだろうか。
与党時代はだんまりを決め込んでいた自民党は、日本独立の4月28日を『主権回復記念日』として祝日にする法案を民主党政権下で初めて国会提出したが流石に自分でも恥ずかしいと思ったのか、その後は完全無視している。
一応、自民党は60周年の節目の4月28日に『主権回復記念日国民集会』を予定しているが開く場所は自分の『党本部内』である。
これでは『やる気』がまったく感じられない。
4月28日は自民党(吉田茂)が名目独立(経済的主権回復)と引き換えに国家主権や領土を外国に売り飛ばした『屈辱の日』だと薄々感じているのだろう。

『戦後日本の「国のかたち」を決めた4月28日』

日米開戦の12月8日が無ければ、敗戦の8月15日も無く、屈辱的な日本国の全面占領も無い。
日本国が独立を失わなければ、当然1952年4月28日の『独立』も無かったのである
確かに日本国が戦争を始めた原因の解明(戦争責任の追及)には不熱心であったことは事実であるが、果たして国家にとってそれ(戦争の開始)が一番大事な事柄だろうか。
大いに疑問である。
憲法9条のお蔭で敗戦後67年間も戦争を知らない日本人は大きな誤解をしているが、プロイセンの戦略家クラウゼヴィッツが『戦争論』で喝破したように『戦争とは他の方法による政治の延長』にすぎないのである。
戦争の開始自体は、実は世界史的にはありふれた日常の出来事であり、何ら特別でない。
ただし、世界史の舞台であるユーラシア大陸から200キロも離れている難攻不落の要害の地である我が日本国では矢張り珍しい特別な出来事であった。
有史以来日本国が外国と戦争をしたのは7世紀に中大兄皇子が朝鮮に出兵して唐、新羅連合軍と戦って大敗した『白村江の戦い』と、16世紀に豊臣秀吉が矢張り朝鮮半島に出兵して明、朝鮮連合軍と戦って失敗した歴史があるだけ。
近年明治政府が中国や朝鮮で戦争を続けたのは長い日本の歴史の上では例外的な話であり、唯一日本が外国から攻められた世界征服の野望に燃えたモンゴル帝国の『元寇』などは例外中の例外。(唯一の共通点は出兵した側が最終的には負けている程度)
この元寇も世界帝国への服属を求めたモンゴルの特使を日本側が殺してわざわざ戦争を誘発した側面があり、朝鮮との国交回復を果たした徳川家康や対馬の宗氏、琉球王朝の様なしたたかさや二枚腰の外交感覚が当時の鎌倉幕府の執権北条時宗にあれば十分避けれた可能性は高い。

『戦争で一番大事なのは開戦ではなく終戦』

戦争で一番の問題点は『開戦』の是非(大義)とか時期ではなくて、一度始めた戦争の終結なのである。
これが一番難しいことは世界最強の軍事力を持つアメリカでも、自分が始めたイラクやアフガンの戦争の終結に苦労している様を見れば誰もが納得する筈である。
日本が『間違った』最大のものは無謀な戦争の『開戦』の決断ではなくて、『終戦』の決断を最後まで出来なかった事に尽きるのです。
連戦連勝、破竹の勢いの同盟国(ドイツ軍)の勝利を信じて始めた対米戦争の開戦後に判ったモスクワ攻防戦での初めてのナチスドイツの致命的な敗北。
真珠湾奇襲攻撃のヒット・アンド・アウェイで、1941年の時点で戦争を止めることに成功していれば日本は完全に無傷であり、アメリカをしのぐ世界第一の経済大国にのし上がれたかも知れない。
開戦半年後の1942年のミッドウエー海戦で日本海軍連合艦隊の壊滅時点でなら中国大陸からの撤退とのハルノート程度の有利な条件で終戦が行えた。
あるいは翌年1943年のガダルカナル島の戦いの敗退時なら、あるいは、せめて日本の最後の防衛線であるサイパン島陥落で大日本帝国の敗戦が誰の眼にも確実になった1944年7月時点の終戦なら日本本土はほとんど無傷だった。
せめて、最後の同盟国ドイツが無条件降服し実質的に第二次世界大戦が収束した1945年5月時点での終戦の決断なら、アメリカの原爆攻撃もソ連軍参戦も無く、我が日本国は人的損害も物的損害も半分近くで済んでいたし、今のように広大な日本国の領土を失うことは無かったのである。
ところが誰が見ても勝てない(完全に負けている)戦争でも日本国では誰も『止める決断』が出来ないので、完全な負け戦をずるずると続けて、損害を天文学的に積み上げてしまう。
この日本の悪弊は今でも昔と少しもかわりが無い。
一度始めて仕舞うと誰も『止める決断が出来ない』のは、何も太平洋戦争だけに限らず日本では普通に起きる出来事であり、日本国の摩訶不思議な『伝統』(病気?)なのです。
『間違いであった』ことは全員判っているのだが、一度決めると誰も止められない不思議の国日本。
戦後の食料難から一転して飽食の米余りで減反政策を進めながらの諫早湾の干拓や、アメリカ軍の世界規模の再編成で日本から出て行く普天間の海兵隊の辺野古基地建設、地震列島での危険すぎる原子力発電などなど。
世の中が根本的に変化して最早最初の意味を失っているのは全員良く知っているのです。
ところが止める決断が出来ないので屁理屈を捏ねまわしてだらだら続けている。
このように即座に中止すべきことでも誰一人、『止める決断』が出来ない日本国の情けなさ過ぎる特徴は枚挙にいとまが無い状態である。

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9 コメント

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反省は恥 と 昔は良かった (なおじ)
2013-05-02 18:31:06
一度始めてしまうと止めることが出来ない国というのは正にその通りだと思います。
いかにも「日本的」な情緒の人間にとって、過去の失敗は恥なので中々認めようとしない。極めて保守的なメンタリティを持つ私の幼馴染に、「もっと早く戦争を終結できていれば、国土の大半が灰塵に帰することもなかった」等々の話を私がしたら、彼は怒って、「何を言ってるんだ。焼け野が原になったから、最新鋭設備の工場を大量に建設できた。だから脅威的な経済成長を遂げれたんだぞ!」と反論した。

そして戦後60年の後段の「停滞の20年」は、多くの日本人に、「戦後のやり方」が間違っていたからこうなった。何もかも「戦後のやり方」が悪いんだ。「戦前のやり方」に戻したら全てうまくいく。というデマゴギーを信じこませるのに利用されたように思います。
軍部は知っていた (そりゃないよ獣医さん)
2013-05-02 23:04:13
日本軍部は、ソ連の参戦を知らされていたことが、最近のNHK番組で明かされています。ロンドンの公文書で確認されたようです。
阿南も米内も鈴木首相に知らせなかった。
彼らがこの時点で官僚側に知らせてれば、ドイツ降伏後の鈴木首相や外交官僚が、ソ連の仲介を模索することはなかった。
この時点で聖断が下されていれば、二つの原爆も本土の無数の空襲も北方領土問題もシベリヤ抑留もなかった。
軍部のこうした官僚体質は今も変わらない。
安倍晋三シンドローム 別名、ピーピーひなどり病 (宗純)
2013-05-03 16:37:49
なおじさん、そりゃないよ獣医さんコメントありがとうございます。

安倍晋三と同郷の直木賞作家の田中慎弥の言うとおりで
『弱いのに強く見せざるをえないタカ、勇ましいことを口にしても、ピーピーひなどりみたいに鳴いているようにしか聞こえない。』ので別名、ピーピーひなどり病』
支持者の方も頭が空っぽで目は節穴。
本当に日本が61年前の4月28日に独立して主権を回復しているなら、一期目の安倍晋三のスローガンの『レジームチェンジ』は、もう一度主権を放棄するとの、お粗末すぎる馬鹿話になります。
絶対矛盾の自家撞着ですね。

欧州の駐在武官が『ソ連軍参戦近し』を打電したが日本側の軍事官僚が握りつぶした話ですが、これはある意味では当然すぎるほど当然な話ですよ。
何故なら『ソ連軍参戦を聞けば日本が即座に降伏する』との極秘事項を組織の上部は全員が知っていたのですよ。それなら間違いなく全員で一致協力握りつぶす。
戦争とは博打と同じで損害が大きければ大きいほど(止めると損害が確定するので)止めれないで、意味無くだらだらと続くのです。
悪い戦争を止めれるのは政治家だけが出来る仕事なのですが、優秀な官僚は沢山いるのだが残念ながら日本国では政治家と呼べる人材がそもそも居なかったんです。
教育の歪みか、経済苦か、 (90式)
2013-05-05 13:20:37
確か以前、宗純様はネットウヨが増加したのは、
「少子化してるのに三流大学が増えすぎて、
大卒の負け組が量産されたから」

と興味深い説をおっしゃっていましたが、
・・・・国の衰退する前には本当に、精神世界への逃避が国民レベルで起きるのですね。


日本経済はこれから大復活する(事実アメリカは日本経済を強化したがっているという見方はある)と、
ネットやメディアが言っているのを見て、複雑な気持ちに成ります。


負け組の若者が増えたのは自民党にも責任がある筈、しかし小泉竹中の犠牲者ほど自民党を支持する傾向なのです。
これでは国は衰退するしか無いのでしょう。
きのこ雲? (Saito)
2013-05-05 22:13:41
日本のメディアではほとんど報道がないのですが、イスラエルがシリアを二度目の空爆。日本時間では朝ですが、むこうでは真夜中なので、はっきりしませんが、これは核爆発なのでは。このビデオ1分40秒以降で、きのこ雲のようにみえます:

http://www.bbc.co.uk/news/world-middle-east-22417165

終戦どころか、第三次に突入?
一般の国民が (農婦)
2013-05-07 15:41:18
普通の国民が、聞いていても、支離滅裂な国会での晋三さんの答弁は、以下にも支離滅裂なのは、明白です。然しながら、おかしいのです。何故何も異論も湧き上がらないのか。もっと日本が酷い状況になって立ち行かない状況にならないと、日本の国民は認識。自覚。できないのかも。
日本の社会全体の悪化が右傾化の原因 (宗純)
2013-05-08 13:36:23
90式さん、コメントありがとうございます。

以前の小泉フィーバーも3年前の民主党ブームも橋下徹の維新の会ブームも、今の安倍晋三への期待感も、『日本を変えてくれそうだ』との漠然とした期待感ですね。
これらの種々のフィーバーやブームの熱狂ですが、原因とは色々あるようで実は一つだけなのです。
日本国全体の劣化現象に対して、庶民が敏感に反応していて、このままでは必ず日本が破滅するとの漠然とした不安感を持っている。
一般大衆が、『変える』必要性を切実に感じている。
日本の『改革』とか変革を真剣に願っているのですが、これが何故か右傾の原因なのですね。
これは本来なら共産党など左翼陣営が大躍進しても可笑しくない社会情勢なのです。
ところが日本は左傾化せず、逆の方向の右傾化しているのです。
実は右翼も左翼も『現状に不満で、根本的に変えたい』との点では一致しているので、右翼も左翼も出発点は同じ現状認識なのですよ。
日本が今のように一般市民層の不満や危機感が爆発寸前になっているのは第一次世界大戦の後の米騒動とか、第二次世界大戦後の一時期とか、歴史的に珍しい。
滅多にない珍事ですね。
外国ではこのような場合には左翼が頑張るので革命が起きるのですが、ところが何故か日本では逆に右翼が頑張って反革命が起きてしまう。
幕末の庶民の不満を吸収して薩長が起こしたのはレジームチェンジの王政復古ですよ。
当時の薩長とは尊王攘夷をスローガンに日本国で一番右翼的な連中だったのです。
米騒動の後は右翼的な軍国主義が台頭する。
第二次世界大戦には2・1ゼネストの失敗以後はレッドパージから自民、民主の合同による自民党による一党独裁体制が確立しているのです。
これら全てに共通するのは挙国一致の大政翼賛会的な体制での、金太郎飴状態での右傾化。
本人たちには『右傾化している』との自覚が無い。
ここが一番の問題点でしょう。
今起きているのは右傾化ではなくて、実は、日本の場合は『無制限の現状追認』なのですよ。
だから肝心の当人には自分たちが病的に右傾化しているにもかかわらず『右傾化している』との自覚が生まれない。
そもそも、無批判に『あるがままを受け入れる』とは日本古来からの『かんながら(惟神)の道』の根本精神であるので、日本人にっては特別なことではなくて、逆に骨の髄まで染み込んだ習性ですね。
今回の日本の右傾化の場合、批判することが役目の日本共産党までが何故か挙国一致で参加しているので、救いがないのです。
ブレーキ役がゼロなので暴走が止まらない。
公共事業?としてのアメリカの戦争 (宗純)
2013-05-08 14:25:24
Saitoさん、コメントありがとうございます。

イスラエルとかアメリカにとっては『戦争』というのは特別なものではなくて日常事。
日本の無駄に大きい箱物づくりと同じ種類の永久に終わらない公共事業なのですよ。
アメリカ経済がこれで回っているので、必ずどこかで一定程度行っている。
対テロ戦争のイラク侵攻は大失敗して撤退しているし、アフガニスタンの戦争も負けて2014年末までには全軍撤退が決定している。
あと、1年半で戦争がすべて終わってしまうので、次の戦争を準備しているのですから困ったものです。
胡散臭いイランに対する核疑惑ですが、これは次の対テロ戦争の準備です。
何度失敗しても、アメリカは少しも自分の失敗に凝りていないのですよ。
地域大国であるイラン侵攻の準備段階だったのがリビアのカダフィ殺害であり、現在のシリアのアサド政権の打倒。
反米のイラン孤立化を狙っているのです。
アメリカのパシリというか傭兵がイスラエル。(逆にアメリカがイスラエルの傭兵だとの説もあるが)
国連特使がシリアの反政府武装勢力側がサリンを使用したと報告したが、アメリカのカーニー大統領報道官は何の根拠も示さず『化学兵器はアサド政権だ』と無茶苦茶な発言を行っている。
多分CIAやアルカイダなどアメリカがアサド政権打倒の汚い工作を行っているのです。
アメリカの目的ですが、シリアではなくて本当の標的はやはりイランであると思われます。
一つの公共事業が終われば、次の公共事業を用意するのは、日本では当然なのです。
ですから、イラクアフガンの両戦争が終われば当然、次の戦争が必要なのです。
軍産複合体が肥大化しすぎたイスラエルやアメリカが地球上に存在する限りは戦争はなくなりません。
実質的に左翼陣営が無くなった世界 (宗純)
2013-05-08 14:49:09
農婦さん、コメントありがとうございます。

今のマスコミですが、不思議なことに挙国一致の大政翼賛状態であり、政府にとって悪いニュースを流さない。あるいは見つからないほどの小さい扱いで、普通の人が気が付かない。
一番悪いのは本来なら政府にとって知って欲しくない情報を一般読者に知らせる役目の共産党機関紙赤旗が、20年ほど前からなぜか大手マスコミと同じニュースしか流さなくなったことでしょう。
最近の赤旗ですが、政府やマスコミに同調しているとしか思えない不思議すぎる報道姿勢なのです。
インチキ臭い北朝鮮バッシングや、もっとインチキ臭い尖閣騒動を一緒なって煽っているのですから、これで日本が病的に右傾化しなければ嘘ですよ。必ず右傾化する。
最近アメリカのペンタゴンが国防白書で初めて北朝鮮の脅威を取り上げたのですが、『大気圏再突入の実験を行っていない』との重大な意味を持つ指摘をしている。
日本が北朝鮮の『ミサイルだ』と大騒ぎしていたのは人工衛星のロケットである事実は、世界中の人々が全員知っているのですよ。
知らないのは日本人だけ。
赤旗を含め、日本のマスコミは何故か挙国一致で政府の行うインチキを報道しないのです。

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「主権回復を目指す日」を読んで (Dendrodium)
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如是我聞【主権回復し損ねた日】式辞「日本を美国の属国にする責任」 (マスコミに載らない海外記事)
本日、天皇、皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、各界多数の方々のご参列を得て、主権回復をし損ねたままの国際社会復帰を悲嘆する式典が挙行されるにあたり、政府を代表して式辞を申し述べます。  61年前の本日は、日本が宗主国支配下で歩みを始めた日であります。サンフラン...
今日は日本国憲法を順守するための祭日なのだ (黄泉の国から)
いろんな式典で「万歳」だけは多いし君が代斉唱はよく聞くが戦前の帝国議会のような「天皇陛下万歳」を政府の公式行事で聞いた覚えがない。自分がぼけて記憶力が減退しているのか ...
そもそも憲法とは何か (黄泉の国から)
しつこくて誰も読みたくないだろうけれど、それでもいくらアクセス数が減っても構わないから、もっと「憲法」に固執したい。なぜなら我が国の総理大臣がいくら法学はおろか漢字も ...
あと2ヶ月 (へなちょこ自然保護)
 あと2ヶ月だ.安倍首相は多分そう考えている.安倍政権や自民党が好意的に報道され,国民が好意的に受け取る.そういう状況が,あと2ヶ月続けば良い.  安倍氏の目標は憲法改正.そのためには参院選で大勝すること.それまで残り2ヶ月.支持率の維持に最大の配慮を...