逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

内田樹の「陰謀史観」パート2

2011年09月22日 | 9・11事件と情報操作

9・11事件から十周年目の9月13日、内田樹朝日新聞紙面審議会委員が『情報格差の拡大』と題して、唐突にネット世界の陰謀論を糾弾する記事を書いている。
ネット世界は新聞読者層とは重複しない特殊な空間で、『陰謀論』の言葉は粗9・11陰謀異論を指しているのですが、この『内田陰謀論』は9・11には一言も言及していない。
『内田陰謀論』に前提条件が一番ピッタリ一致するインターネットの仮想空間だけに蔓延る、我々の様な大人世代では理解不能な存在である嫌韓嫌中(ネットウョ)にも、矢張り一言も無い。
それ以上に不思議なのは、『内田陰謀論』に真っ向から反する鉢呂辞任劇には矢張り一言も言及していない。
自説にとっては都合が悪いので、見て見ぬふりの完全黙秘のだんまりを決め込む。
『政府やマスコミの主張を全否定する』との内田陰謀論の定義に一番ピッタリの嫌韓嫌中(ネットウヨ)でも9・11陰謀論でもないとしたら何が言いたいのか。
この内田式の陰謀論とは、実は現在の多くの日本人全体に広まる反原発機運だったのですよ。
それで当ブログでは『内田樹の「陰謀史観」を考える』との記事で、『これは反原発の世間の風潮を揶揄する』悪質な印象操作であると断罪したのですが、何と、批判した朝日記事とは別の似て非なる摩訶不思議な内田樹個人ブログ記事があることが判明した。
当ブログとしても『内田樹の「陰謀史観」を考える』の続編を、これでは嫌でも書かない訳にいかなくなる。

『内田ブログを読んでみる』

内田樹本人が自分の個人ブログに投稿した『朝日記事(前半部分)+アップされた後半部分』ですが、支離滅裂で意味不明なのです。
読んで見た感想ですが、新聞記事を批判した当人としては???ですね。
付け足された記事は新聞記事と同分量なのですが、出来上がりが全く違う。
読めば誰でも気が付く『不思議』ですが、朝日に掲載された前半と、書き足しの後半との『整合性がとれていない』のですよ。
新聞に投稿されていた前半部分は、何とも良く出来ていて読者を意識していて誰にでも分かりやすく書いてあるのですが、ブログの付け足した後の半分は大違い。
同姓同名の別人の内田樹が書いたのかと思うくらいに、全く反対な出来上がりである。
朝日記事では具体的な面白い事例から論を進めていて説得力があるが、自分の個人ブログでは抽象論に終始していて具体的な話は何も無い。
難しい文章でも普通は何度か読めば必ず真意が判るものですが、この文章ばかりはお手上げです。
一読すると何となく判ったような判らないような不思議な文章なのです。
ところが、何回も繰り返し読めば読むほど、逆に意味がぼやけて来る摩訶不思議な代物なのですよ。
一言で内容を説明すれば、『インテリの言葉遊び』ですね。
具体的な記述がゼロなので、読む方が如何様にも自分勝手に解釈が可能なのですから話にならない。
この内田ブログ記事の後半部分は、何かに似ていると思って考えていたら、キャリア官僚の作った答弁書と『意味するもの』が、そっくり同じであった。
矢張り私が常々主張しているように、菊池誠や香山リカ、作る会や原発御用学者なんかとは大違いで、自分が何を主張していて『本当は何を行っているのか』、『その影響とは何か』まですべての事柄を把握しているのです。
内田樹は、橋下撤風に言えば池田信夫の2万倍は賢い。
朝日新聞の9月13日記事での、自分の主張の『酷さ』に気が付いているのですね。
ですから『判りやすさ』が売りだった内田樹が正反対のキャリア官僚のそっくりさんに君子豹変、突然大変身して仕舞ったのでしょう。
必死になって批判や責任追及を逃れようと策動しているのです。
ブログの文章が意味不明なのは当たり前で、そもそもブログで元記事を『倍』に膨らました理由が、『判りやすさ』ではなくてその正反対だったのです。
何とかして自分自身が書いた新聞記事(陰謀論)の内容を曖昧にすることに狂奔しているのですから人一倍悪賢いと言える。
自分の危機を事前に察知する、悪意ある薄汚い発想には感心するばかりである。

『昔に戻りたい内田樹の陰謀?』

ネットが無い時代の新聞は、今とは大違いで大多数が読んでいたし新聞に匹敵する情報源も無かったので世論形成には絶大な威力があった。
特に日本では欧米とは大違いでオピニオン紙(クオリティ・ペーパー)と大衆紙との違いが無い。
日本でも有名なニューヨークタイムズやワシントンポストは実は数十万程度の日本なら問題にもならない程度の地方紙でしか無いのです。
普通の国民はそのような新聞は読まないのですね。
ところが我が日本は世界に例が無い巨大新聞が、これまた世界的に珍しい記者クラブ制度とクロスオーナーシップで完全に同一の横並び記事を書いている。
しかもご丁寧に一番影響力があるテレビと、一番信用度が高い新聞が寸分の違いも無い同じニュースを流すのですが、これは世界的に例を見ない日本だけの珍現象である。
結果、新聞等マスコミの信用度は世界的に見て異常な高さになって仕舞った。
公共のマスコミの誰に聞いても、何処を見ても同じであるので、一般市民が『これなら間違いない。』との誤解を起こすのですね。
ところが現在は、その信用度が明らかに落ちている。
落ちているどころか事実と正反対の大本営発表の『真っ赤な嘘を垂れ流す』ので『マスコミではなくてマスごみである』と、ネット世界では全く信用を失っている。
朝日新聞の記事で内田樹は、この事実を憂いて新聞の復権を明確に主張しているのです。
これはある意味当たり前で、紙面審議会委員の肩書きの人物内田樹が、新聞紙面で書いているのですよ。
『今の新聞に書かれている情報が正しい』(新聞を信用しろ)と言いたいのです。
今回の朝日新聞内田流陰謀論ですが、自分が世間一般の信用が高いことに思い上がって、今回悪質な印象操作を行ったが、上手の手から水が漏れたのですよ。
記事で言っている主張を単純に纏めれば、喜界島に流された俊寛僧都と同じ発想であり、『整然と秩序だった、栄光の昔に返せ~え。!戻せ~え。!』と嘆いているのですが、決して昔には戻れない。
信用を得るには長い時間が必要だが失うのは一瞬なのです。
マスコミの信用失墜は内田樹が言うようなネットの弊害でも読者の責任でも無い。
3・11以後半年も胡散臭すぎる『原発は安全』『放射能は安全』と言い続けたからであり、自業自得の当然の結果である。
誰が見ても、目の前の事実とマスコミ報道が明確に違っていたのです。

『騒動勃発は9日、辞任は11日、内田朝日掲載は13日』

鉢呂大臣の顛末ですが、日本のマスコミが集団で一致団結すれば最高権力であると思われている政府や大臣なんかを文字どうり『赤子扱い出来る』ほどの巨大権力である事実を、世間にまざまざと見せ付ける凄まじい出来事であった。
内田樹が例え事件発生前に『情報格差の拡大』(内田流陰謀論)記事を書いていたとしても、これだけの象徴的な不思議な事件であれば、鉢呂の問題を無視出来ない。
自分が新聞で書いた記事内容と、完璧に根本が矛盾するのですから普通に考えれば『何か』を書き足す必要が必ず生まれるはずなのです。
ところが完全無視するのですから、嫌韓嫌中(ネットウヨ)や9・11陰謀論を100%無視した様に、これは意識的な何かの隠蔽に近い胡散臭い話である。

『3・11以後も「世界は変っていない」と思いたい人々』

現在の日本にとって最重要閣僚である経済産業大臣が辞任した『死の町』発言ですが、マスコミの対応や地元自治体の反応が何とも不思議なのですね。
鉢呂以前でも使っていたし、特にチェルノブイリでは普通に誰でもが使っていたが、勿論誰一人も文句を言わない。
当たり前なのです。
ですから農協出身でTPPに消極的な鉢呂大臣を辞めさせる目的であるとの考え方も当然出て来ます。
あるいは原発再稼動の障害となるので不祥事をマスコミがわざと作り上げて辞任に追い込んだとの考え方も出来る。
ただ、何とも情緒的なマスコミや地元知事や自治体、住民の反発ですが、鉢呂バッシングに良く似た例が、以前の管直人の場合にも何回かあったのですね。
鉢呂バッシングの発想とは何か。
3・11以後も今までのとおりである(自分の周りの世界は変っていない)と思いたい人々が怒っているのです。
その正反対である、3・11以後は『根本的に違っている』と思っている側の『死の町は当然である』の認識の差が大きいのではないでしょうか。
地元民は、原発事故は早期に収束して漏れ出した放射能は除染して、今までと同じ生活が戻ってくると考えたいのですよ。
鉢呂発言はこの自分たちの『希望』(夢)を打ち砕く。
それにしても今回は異常ですね。
今までなら、不愉快であってもこの程度の話はお咎め無しで許されていたのです。
ところが今回は絶対に許さないとの異常すぎる強硬姿勢なのですが、その理由とは何であるかと考えたら、実は『早期に収束して昔の生活に戻れる。』との地元住民の希望の実現性が、夢や幻にすぎないことが段々判りだしたのですよ。
だから、あれ程地元が激高するのです。
一番触れて欲しくない、自分たちの『心の傷口』に鉢呂発言が無遠慮に触れたと感じたのでしょう。
3・11以後に、目の前の現実を見て世界は変ったと理解している人々と、その正反対に悲惨すぎる現実を見たくない『変っていない』(変って欲しくない)と思っている人々と、世界が二極化しているのです。
そもそも原発村が政府やマスコミなどを牛耳っていたのですから、上に行くほど『変っていない』派が多数なので現在のように色々な騒動が起きているのでしょう。
とくに酷いのはマスコミの『放射能をつけてやる』報道ですよ。
これは具体的な指摘ではなくて『・・の趣旨の発言』だった。
この場合には直接情報ではなくて、普通なら一流マスコミが扱わない種類の又聞きの『伝聞情報』なのです。
その不確かな伝聞情報で、現職大臣の首がとんだのですから、これがどれだけの前代未聞の異常事態であるかが良く判ります。
今まで鉢呂大臣のような、そんな例は一度も無い。
ここから予想される最悪の結論ですが、矢張り政府やマスコミの流す楽観論は実現不可能で、予想以上に福島第一の現実が悪いのです。
炉心溶融した後の冷温停止などナンセンスの極みであり、空っぽの圧力容器が100度になったとしても意味は無い。
政府の『昔に戻れる』との嘘が通用しなくなりつつあるのでしょうか。

『実は素晴らしい出来上がりの内田陰謀論』

当ブログが内田陰謀論を『間違いである』と指摘していると勘違いすると困るので、朝日記事『内田陰謀論』の先見性も見ておきたい。
今までの嫌韓嫌中(ネットウヨ)を取り上げた全ての解説の中でも内田樹陰謀論説は抜きん出ていて白眉なのです。
客観的な科学的現実社会の完全無視であるとか、誰もが価値を持っていると認める知性や経験に対する敵視であるとか、目の前の明らかな権威や価値観、原理原則に対する蔑視などの我々大人世代が理解出来ない嫌韓嫌中(ネットウヨ)の数々の不思議が、内田陰謀論説では簡単に『なるほど』と理解が可能なのですね。
偏狭なナショナリズムとして嫌韓嫌中(ネットウヨ)を捉えると、これ等の不思議が十分には説明できないのですよ。
社会科学で理解できる範囲の右翼運動とは到底呼べない、何とも不思議な意味不明の集団なのですよ。
ところが内田式陰謀論の定義では、嫌韓嫌中(ネットウヨ)の全てがぴったりと一つの齟齬も無く当て嵌まるから不思議である。
ネットウヨがインターネットなどの新しい世界の右翼運動だと皆さんが勘違いしたから、判断を間違うのであり内田樹のように『陰謀論の一種である』と捉えれば実に分かり易い。

『いま一度、内田陰謀史観を読み直すと』

情報平等主義は崩れだして『情報貴族』の誕生と、反対に良質な情報とジャンクな情報が区別できない『情報難民』が生まれている。
その格差は急速に拡大しつつあり、ネット世界では『情報の無政府状態』が一部で出現している。
インターネットでは、『クオリティーの高い情報の発信者』や『情報価値を適切に判定できる人』に良質な情報が排他的に集積する傾向がある。
そのようなユーザーは情報の『ハブ』になる。そこに良質の情報を求める人々が集まる。
逆に、情報の良否を判断できないユーザーのところには、ジャンク情報が排他的に蓄積されて、増幅する。
『情報の良否が判断できないユーザー』の特徴は、正誤、善悪を単純にしたがること。
結果的に(比較的)知的負荷の少ない方法として(客観的事実に基づかない)『陰謀史観』に飛びつく。
(科学的事実とは無関係な)『陰謀史観』は、彼らに『私は他の人たちが知らない世の中の成り立ちについての“秘密”を知っている』という全能感を与えてしまう。
ひとたびこの全能感になじんだ人々は、それ以外の解釈可能性を認めなくなる。
彼らの不幸は自分が『情報難民』だということを知らないという点にある。

『嫌韓嫌中(ネットウヨ)=哀れな情報難民(陰謀論)』

嫌韓嫌中(ネットウヨ)の脳内妄想の解説には、この内田陰謀論以上に完璧な正しい判断は無いでしょう。
一度でも情報難民のキャンプに入ってしまえば、悲惨な環境であればあるほど逆にその難民キャンプからの脱出は至難の業であり、悪循環に陥るのです。
郵便ポストの赤いのも日教組のせいだと思っている中山成彬、張作霖曝殺はソ連諜報機関の犯行だと思っている田母神俊雄を今までの社会科学用語の『右翼ナショナリズム』とか『歴史修正主義』とかの範疇で捉えようとすると、必ず論理に無理が出てくるのですが内田樹のように『新しい形の陰謀論』であると嫌韓嫌中を理解すると全ての謎が氷解しうるのです。
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内田氏の迷いは朝日の迷い (只今)
2011-09-21 11:08:41
「さよなら原発、9・19」の記事を、
『朝日』(中部版)は、どう載せたか。
 愛知集会の写真と記事15行ぽっきり。
 非難殺到と聞くが、それを受けてか、本日の社説は、「脱原発集会 民主主義が動き出す」
朝日がアリバイ作りに動き出したか? (宗純)
2011-09-21 14:25:19
只今さん、コメント有難うございます。

朝日の動きですが、『迷っている』とか『路線変更を考えている』とかとも思える不思議な動きですが、安易な楽観論は禁物です、
姑息なアリバイ作りであるとも考えられるのですよ。
実はこれ等の動きは珍しくなくて、毎日とか朝日には良くあることなのですね。
これはNHKなどにも言えることですが、滅多に無いのですが数ヶ月に1度は素晴らしい真実の記事が掲載されるのですよ。これを読みたいばかりに毎日毎日熱心に読んでいるのですが、ところが他は今までどうりで以前と変わりが無いのですね。
期待すると酷い目に合いそうです。
『ちゃんと報道シテイマス』との、アリバイ作りだったのでしょう。
今度のブログ記事にした、朝日新聞の陰謀論に大きく付け足した内田樹みたいな動機ですね。
お馬鹿な香山リカは自分が袋叩きにあってから、初めて意味不明の謝罪文を書いているのですが、何倍も賢い内田樹は、ネットで騒動が起きる前に敏感に察知して、香山リカと同じ抽象論に終始する意味不明の文章を付け足したのです。
朝日も内田樹のブログ記事と同じ動きをしていると見るほうが、多分正しいでしょう。
今後の動きは矢張り注目ですが、がっかりしないように期待しないで慎重に眺めておきましょう

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