逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

憲法改正と議員削減キャンペーンの意味

2010年05月03日 | 憲法

『日本は議員が多すぎる?』

『議員は少なければ少ない方がよい』などの産経や橋下大阪府知事や河村名古屋市長の主張が正しいと仮定するなら、そもそも『議員定数削減』を主張している当人たちは、『議会』の存在そのものが『無駄である』と主張していることに気づくべきです。
二度手間なのですよ。
すでに自由選挙で選ばれる『首長』が立派に存在して居るのですから、議会そのものが必要ないのです。
何もかも議会(議員)が細かく一々文句を付けるから改革がいっこうに進まないのですよ。
この産経主張が正しければ、100よりも10が優れており10よりも1がより優れていることに為るが、最小の数字は1ではなく0なのです。
産経の『議員が少ない方が少ないだけ善である』の主張が正しいなら、産経の『議員を少なくする』などと中途半端な改革案ではなく議員全廃(議会の廃止)の方が遥かに優れている事になります。
何故なら首長は既に選挙で公正に選ばれているのですから、産経主張のように無駄な『議会』と『首長』と、二つも存在することの意味が、『どこにも無い』のです。(二重代表性の弊害?)
国会も今の日本のような議院内閣制の政府では、民主党主張の政策のような『議員定数削減』と『政府に一元化』の両方が正しいならアメリカの大統領選挙人制度のように、新しい首相を選挙したら次の総選挙で選ばれる新しい議員が次の新しい首相を選ぶまで、即座に議会を解散して議員辞職すれば大幅に経費は削減されます。(衆議院議員は正規雇用の代議士ではなく臨時雇用(日雇い)の首相選挙人とする)
何時も何時も文句を言う議会が普段は閉鎖されていれば、政府の改革は何の障害もなく進むことになります。

『憲法改正の意味は』

新自由主義推進の立場から産経新聞等は、公務員や議員の削減キャンペーンと同時に日本国の憲法改正も主張している。
このことから産経には、そもそも何故近代国家には憲法や議会が必要であるのかの、基本的な認識が欠落していることが分かる。
近代国家や民主主義にとっては、この制定憲法と議会(議員)とは切っても切れない密接な関係があり、どちらの意味も国家(権力)の暴走を抑止して国民の権利を守るという共通の重要な役目が有るのです。
ならば、憲法改正を党是とする自民党とは、反市民的な反民主主義団体にほかなりません。
憲法や議会の力を弱めようとする産経や自民党の存在自体が憲法違反の市民の敵なのです。
憲法99条には公務員の憲法尊重の義務が明記されているのです。
(反対に市民には憲法遵守の義務は無い)
何故産経が憲法改正や議員を削減しようとするかの意味は、国家の力を強めたいからでしょう。
特別職の公務員である政府や大臣には憲法を守る義務があるが、勿論内閣や議員個人個人も憲法を守る義務がある。
これに真っ向から挑戦する自民党や産経読売などは憲法違反で、憲法に反する法律は無効で違法なのです。

では憲法とは何か。?
日本では『和を持って尊しとする』聖徳太子の17条の憲法も『憲法』と書いてあるが、あれは道徳を箇条書きしたもので『憲法』ではない。
初めての憲法とは、矢張りイギリスの権利章典マグナカルタが元祖であると思われるが、意味するところは如何にして国家(国王)の権力を縛るか、国家を監視するかにあるのです。
自民党憲法調査会が考えているような『如何にして国民を縛るか』では無い。
この自民党流の『如何にして国民を縛るか』は憲法ではなく各種の『法律』の事ですね。
『憲法』と『法律』は、似ているようで目的も歴史も全く違う。
市民の社会規範や違反した時の強制的な制裁(刑罰、損害賠償)を制度化した『法律』は4000年もの長い歴史があるが、国家を縛る目的の『憲法』は5分の一の800年程度の短い歴史しかないのです。
この二つの存在理由や趣旨の違いが自民党には分かっていなかった。
だから『今の日本国憲法には国民の権利ばかりで義務が書いてない』などと民主主義の根本的な恥ずかしすぎる勘違いが平気でいえるのです。
国民の義務が書いてあるのは法律で、
国家の義務が書いてあるのが憲法です。
国家を縛る目的の憲法に、国民の義務が書いてあるはずが無いじゃありませんか。馬鹿馬鹿しすぎる。
産経や自民党は心底アホ。それとも反民主主義か。それとも無知の極みです。
『国家』には我々一般市民などとは比べられないほどの絶大な『力』があるので、国家が暴走した時には市民個人個人の『力』では到底太刀打ちできず、誰にも止められないのです。
そのために国家の暴走を止めて制御する目的で『憲法』という『国家の縛り』が近代になってイギリスで考え出された。
憲法と同じ、国家の暴走を監視する目的が議会(議員)にはある。議員の最大の仕事は国家(権力)の監視なのです。
イギリスの国会議事堂の正面には清教徒革命のヘンリー・クロムウェルの銅像がたつが、この国会が向いている方向が『国家』(国王)なのですね。
国王の住むバッキンガム宮殿に向かって国会の議事堂の建物が真正面に立てられているのです。
国家(イギリス国王)を監視する役目が国会(議員)にはあるので、そのことをイギリス議事堂の建物が象徴しているのです。
因みに日本の国会議事堂の正面には国家の象徴である皇居は無く斜め横を向いている。
北にある皇居の方ではなく東北方向を向いているのですが、まさか戊辰戦争で官軍に敵対した東北列藩の方を向いている訳では無いと思うが、・・・
面白いことに、平面のメルカトル図法ではなく立体的な地球儀で見ると日本の国会議事堂のまっ正面に面しているのは10000万km近く離れてはいますが世界帝国アメリカのワシントンにある大統領官邸ホワイトハウスなのですが、もしも明治の人たちが議会議事堂の方向の意味を意識して造ったとしたら物凄い話ですね。

『民主主義国日本の天皇制』

もうその実態を知っていた人々が日本人のあいだでは極少数になってしまいましたが、65年前までの明治憲法下の天皇とは、今とは正反対に唯一の主権者であり、『国家権力』そのものだったのです。
ところが、現在の平和憲法の下では第一条で『国家権力の象徴』ではなく『日本国民統合の象徴』と書いてあるのですが、同時に国民主権も明記しているのです。
天皇には『権力』は無いのですね。
日本国憲法第4条でわざわざ『天皇は・・・・国政に関する権能を有しない』と改めて念押ししているのですから、『権力』とは完全に無縁な存在なのです。
それなら国家の権力を具現(あるいは象徴する)する大統領や国王など『元首』とは全く違う存在であることになります。
考えてみれば不思議な条文ですね。
国家権力とは関係ないが、『国民統合のシンボル』なので国民が『喧嘩せず仲良くしなさい』程度の意味でしょうか。?
それなら今の明仁天皇の言動は『なるほど!』となりますが、今の皇居の位置が国家権力そのものだった昔と同じで、権力(国会議事堂や首相官邸)の直ぐ側なのは良い場所とはいえないでしょう。
皇居の位置は権力の象徴で軍事要塞だった旧江戸城ではなく、亀井静香の主張のように1000年の都である雅で優雅な京都の御所の方が適当であると思いますね。
私としては亀井説のもう一方の候補地広島の方がもっと良いと思いますよ。
それなら問題になっている唯一の原爆投下を行った米国大統領の広島訪問が否応無く実現します。これは全人類にとってはノーベル平和賞以上の大きな意味を持ち、これ以上に戦争を批判し平和に貢献する事も無いでしょう。
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19 コメント

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当たり前のことが (ましま)
2010-05-03 16:16:15
お説のとおりです。
まず、産経・読売だけでなく他のマスメディアや民主党内でも議員数削減が正義になりつつあります。
企業のリストラに悪のりしているだけで、このような正論は圧殺されています。

歳費削減もそうです。適正な手当がなければ、金持ちしか議員になれません。それに終身雇用でないので一般レベルより給料が割高であっても当然です。安心して国のため地域のため働いてもらうためのものです。

その程度の「当たり前のこと」が通らなくなったというのは異様です。民主主義の根本を考える機会がすくないからでしょうか。
合成の誤謬 (逝きし世の面影)
2010-05-03 18:12:07
ましまさん、コメント有難う御座います。

一人ひとり、個人個人なら正しいが。これが個人の集合体の社会全体にとっては間違っている事は案外多いものです。
電車の乗り降りでも、誰か一人だけが他人を押し退けて我先に行動すれば、この人物は間違いなく誰よりも早く行動出来ます。
ところが乗客全員が我先に先を争えば返って整然と順番どうり乗り降りするよりも何倍も時間がかかる。
人に譲った方が、我先に行動するよりも返って早いのです。
この合成の誤謬が今の日本の経済でも当てはまり、トヨタやキャノンのように自分の本社だけが儲かる様に経費節減のリストラ合理化や人員整理をしたり、下請けの部品会社に製造単価の引き下げを強要すれば間違いなく自分の会社は大儲けできます。
トヨタなどはこの方法で年間1兆円以上の内部留保を増やしていますが、トヨタやキャノンの競争会社も矢張り同じような目的、方法で先を争って誰も彼もが正社員の首を切り非正規雇用の低賃金に置き換える。
このように個々の会社としては最善を行った心算ですが、社会全体で見ると勤労者全体の賃金総額が下がり社会全体の購買力が落ちていく。
若者は最早今までのようには車のローンを払うだけの余裕がなくなり、結果的にはトヨタを含む全ての自動車メーカーの肝心の車が売れなくなってしまっているのです。
車が売れないから労働者や下請けの部品メーカーを買い叩きリストラの合理化を押し進めるのですが、そうすると日本の全体としての経済が悪くなり、ますます車が売れなくなる。
儲ける心算がデフレスパイラルに拍車がかかりますます経済は低迷する結果になって、日本の経済全体から見れば惨憺たる有様です。
経費節減のために増えた非正規雇用の低賃金では年金の積み立てや将来の貯蓄は無理なので、将来これ等非正規労働者が歳をとって働けなくなった時には社会として生活保護など社会保障費が、今個々の会社が経費節減した利益が何倍にに損害となって社会全体を苦しめる事になります。
目先の小さな経費節減が、将来の大きな経費の増大(社会的な損失)を招くのです。
遠い将来だけではなく、今現在でも効率化のためのリストラが日本経済を痛めつけてしまったのですが、この反省が未だに出来ていないので、目的が全く違う『議会』まで効率化しようなどと考える輩が現れたのでしょう。
議員の削減なら日本は平成の大合併で地方公共団体の数が大幅に削減された影響で、地方議員は20000人も定数が自動的に効率よく削減されているのですが、これだけ削減されて地方の政治が良くなったかというと、全くそんな事は有りません。
それどころか議員数が減った分以上に、地方の状態は悪くなっています。
Unknown (ツイッターで感情たれながし)
2010-05-05 14:29:07
 良くしようとして、更に悪い方に拍車が掛かるのは、色々な所で見られる現象ですよね。
 
とはいえ物事の本質を探ろうとするよりも、現実を見ろ!と言ってしまえば、金勘定に走るのは当然の事でしょう。
 商売などをされている方は、流れの中で、変化をいち早く掴み、感覚的に動かなければ、取り残されてしまいますし、他者が行う事は、すべて当然のように自社でも取り込まなければ、置いていかれる気分になりますもん。
 ただ、間違いなく誰よりも早く行動する事が重要な訳でなく、たいていは、尖がった方向に誰かが進んだ後に、その方に対する反発やゆり戻しを冷静に見て、別の所から変な横槍が入らない点を時間の経過と合わせ見守ります。旧来なら行き過ぎた方向(マイナス)と見られたモノに、思いのほか反応が薄ければ、バァ~ッと同じようなやり口が増えますよ。
 暗黙の同意ってヤツでしょうか?赤信号みんなで渡れば怖くない!って心境ですかね。

 でも本当に怖いのは、行き過ぎた跡の後始末であって、行き過ぎを認められない行動心理なのかもしれませんよね。
ツイッターで感情たれながしさん、はじめまして (逝きし世の面影)
2010-05-06 09:00:10
コメント有難う御座います。

現在の消費不況に因るデフレ経済の克服するためには、個人では今もっている全ての貯蓄をはたいて収入以上の大きな買い物、例えば高価な耐久消費財の値段の高い車であるとか家であるとかをローンを組んで買い入れるとか、いるか要らないか迷った時は必ず買い物をする。
企業では無理をしてでも新しい機械設備に買い換えて技術革新に励み従業員もどんどん雇い入れる。非正規労働者は正規雇用にして賃金も上げてモチベーションを上げるような対策を採る人が増えれば増えるほど日本国のとしての経済は良い方向に動きます。
分かりやすく言えば、心配症の日本人が将来に対してもう少し楽天的になり貯蓄よりも浪費をすべきなのです。
全てギリシャ人のような『金は使えるうちに出来る限り使う』ラテン系の人々を真似すればよいのですが、これが一番日本人には苦手なのですね。
今現在は幾らかの貯蓄があるのだが将来が心配で心配で使う事ができず、必死になって働いて倹約に励み少しでも蓄えをためようとするのですが、そうすると余計日本経済はデフレが進み将来が心配になる状態に追い込まれる。
大分前から日本人全体の貯蓄額は世界中の貯蓄の半分の巨額なのですが、それでも心配で心配で貯蓄に勤しんでいるのです。
そして今までの自民党政府は財政再建のためと称して緊縮財政を行っていたが、これはすべて基本的にインフレ対策なのでデフレの克服どころか余計悪くする。
国際が100兆円を超えた1985年辺りから赤字を少なくし様としたのですが米国仕込の税制均衡政策はデフレ基調の日本使用ではなくインフレが基調のアメリカなど世界仕様なので、良くしようと頑張れば頑張るほど悪くなる。
日本政府の政策での財政均衡の改善したのはインフレだったバブル期だけなのです。
この事実からも今までの自民党政府の政策が世界基準(グローバルスタンダード)の安易な適用で、
デフレ対策ではなくインフレ対策だったことが分かります。
デフレ経済にインフレ対策をやったものだから、今では財政赤字は800兆円にまで膨らんでいるのですが、考えてみれば当たり前の結果ですね。
ようは日本の人々や其々の大企業が一生懸命働いて貯蓄するが一向に使わす将来の為に懸命に貯蓄するものだから金は溜まるが経済活動も滞り、世界的に珍しいデフレ経済になっているのです。
経済とは如何にして金をスムーズに社会に流通させるかに全ての基本があるのですがこのことが日本政府には分かっていなかった。
消費税の増税はインフレ対策としては効果的で、そのために世界各国が採用しているのですが、世界とは反対にデフレの日本での役割は最悪なのですが、誰も彼もが消費税廃止ではなく増税を主張する。
これでは何時まで経っても救われません。
それでば如何すればデフレ不況が克服できるかというと、今までの自民党政権が20年間続けたいたことの正反対を行う必要があるでしょう。
個人も企業も国家も、将来の不安の為に必死になって働いて金を貯め込むから現在の状態に落ち込んでいるのですから、その反対のことをすればよいのです。将来を楽観視してあまり働かず大いに浪費して楽しく暮らせばよいのですが、ところがこれが案外日本人には難しい。
Unknown (R.J)
2010-05-07 14:49:11
こんにちは。

誠実そうな政治家が「増税が必要だ」と言い出せば、なにか事態の緊急性といいますか、厳粛な雰囲気がかもし出されて、有権者は納得してしまうようですね。
負担が増えるのは「仕方がない」らしいです。
仕方はまだいろいろあると思います。

それにしても、かつて国民が持っていた、安保闘争で国会を取り囲み反対を叫んだようなあのエネルギーは、一体どこへ行ったんでしょうか。
先行き不安が人々を自己保身に走らせ、すべてがバラバラになってしまっているように感じます。
現在大学生ですが、周囲の友人も、政治に興味などもっていないような印象があります。
公から遠ざかって、私に固執すればするほど、社会にすむ人々が気持よく暮らせるために必要な大切なものが壊れていき、奪われていき、そして最後にはその私の世界まで味気ないものになっていくのではないかと感じます。
R.Jさん、コメント有難う御座います (逝きし世の面影)
2010-05-07 16:42:20
今から25年ほど前、国の借金が100兆を超えて国家予算の2倍近くなった辺りから、政権与党の誰も彼もが浮き足立ち『財政均衡』の必要性が叫ばれ、歴代の自民党の首相たちが誰も彼も例外なく『改革』を口にしだすのですよ。
保守とは、良き権威と伝統を『守り』『保つ』ことの意味なので、自民党の誰彼なく『改革』『改革』と叫ぶようでは保守の看板が泣きます。
それ以来日本国はアメリカに言われて20年以上も財政改革を続けているのですが、自民党政府が財政改革を進めると進めるだけ財政赤が時は増えていく。
『良かれ』として行ったのですが、やればやるほど悪くなる。
何かが、根本的に間違っていたのですよ。
では何が間違っていたのか。?
根本的に日本国の借金という考え方が間違っていたのです。
個人であれ企業であれ国家であれ、借金(負債)も貯金(債権)もあるのが普通の出来事です。
借金の総額が問題だとする今までの議論そのものがインチキなのです。
例えば、ギリシャが日本の様に国の国民総生産(JDP)が500兆円の財政規模で借金が800兆円あれば破産状態になるとは限りません。
何故なら幾ら莫大な借金があっても国家の持っている貯金(債権)が800兆円あれば差し引きゼロですよ。
こんな事は誰でも気が付くはずなのですが、不思議なことに誰もこのことを指摘しない。
実に不思議で、今まで日本人の殆どがマスコミの洗脳に目が晦まされているのです。
個人でも数百万円の年収の人が数千万円の借金があるなどは、別に不思議な話ではないし破産もしないのですよ。
持ち家を自費で購入した人で全部現金なんて人はいません。
誰でもが莫大な額のローン(負債)を抱えているが、大部分はマスコミ宣伝の日本国の負債話の反対で、破産するはずがないのです。
様は負債(借金)と債権(貯金)とのプラスマイナス差し引いての合計額が問題なのです。
そして極最近まで日本国は莫大な貯蓄を抱えていて800兆円の借金をひいてもまだ幾らかの余裕があったのです。
マスコミで大宣伝していた、あの財政均衡の必要性は為にする議論で全く根拠がない話だったのです。
あの日本国で20年もやってきた財政均衡のための緊縮財政は日本経済に決定的な悪い影響を与えて、世界的にも珍しい現在の日本のデフレ不況が起こっている。
冷静になって考えてみてください。
今ギリシャやアイスランドが大変な事になっていますが、全ての国の不況とは自国通貨の暴落を伴うのですよ。
ところが日本の不況とは円高で正反対。国際基準の正反対の現象が今の日本経済なのです。
今まで、日本は根本的な間違いを犯していたのです。

今の国家の税収不足は平時ではありえない水準ですが、これは必ずしなければならない資産課税を20年以上放置していた結果であり、なるべくしてなったのですが、解決法は極簡単で、今の消費税の即刻廃止が必要でしょう。

現行消費税廃止と基本税率20%の新消費税の創設
2009年08月01日 | 経済
阿久根市長は議会はいらないようです。 (美々香)
2010-05-08 12:24:45
先日は私の疑問に丁寧に答えていただきありがとうございました。

ところでこんなニュースを見つけました。
「阿久根市長「専決処分」宣言、6月議会招集せず?」(2010年5月7日21時22分 読売新聞)

このニュースが本当であれば、阿久根市長はまさしく「何時も何時も文句を言う議会が普段は閉鎖されていれば、政府の改革は何の障害もなく進むことになります。」ということで、事実上の議会全廃を実践するかもしれません。

阿久根市長やったらやりかねんかもなー。
座布団を全部もってけ~え (逝きし世の面影)
2010-05-08 14:04:44
美々香さん、コメント有難う御座います。

理論的に、かならず当然そうなります。
産経や河村名古屋市市長やみんなの党の議員削減の主張を簡略に判りやすく突き詰めて進めれば鹿児島県の阿久根市長の考え方や方針に行き着くでしょう。
阿久根市長発言は極論のように思うでしょうが、実は別に何も可笑しなことは言っていないのですよ。単にみんなの語っている話を、もう少し推し進めただけなのです。
これは理論的必然で、第一次世界大戦後の世界で、当時の欧米社会でもてはやされた最新の科学だった優生学が何事も極端に真面目に実行するドイツで行ったのがナチスドイツの蛮行だったのと同じような話ですね。
ところがアウシュビッツを目撃した欧米人は衝撃を受ける。
初め自分達のすすめていた正しい科学としての『優生学』の危険な側面(行き着く先)に気が付くのです。
ただ今度の阿久根市長と自分達が同じ理論だと気が付くか、気が付かないか。?
気が付く程度の知性があれば最初から自分の主張の矛盾にも気が付くはずだろうから、まあ望み薄ですね。

鹿児島の阿久根市長『高度医療が高度障害を生んでいる』
2010年01月03日 | 社会
正しい科学としての優生学(阿久根市長発言を考える)
2010年01月14日 | 文化・歴史
『内心を語るな』(阿久根市長発言を考える)
2010年01月21日 | 文化・歴史
国民の3大義務 (日向男)
2010-05-12 16:23:42
>国民の義務が書いてあるのは法律で、
>国家の義務が書いてあるのが憲法です。

私は憲法・法律には疎いですが、憲法で定めている「国民の3大義務」があります。

1.子女に普通教育を受けさせる義務(憲法26条)
2.勤労の義務(憲法27条)
3.納税の義務(憲法30条)

要するに、
「働け!」
そして
「金をよこせ!」
更に
「立派な納税者にする為に、子供は教育してやる」
といった事ではないでしょうか。
義務の好きな人はあまりいない (逝きし世の面影)
2010-05-12 18:28:01
日向男さん、コメント有難う御座います。

良いところに目を付けられましたね。誰であれ、女王様にいじめられて喜ぶマゾの変態でもない限り、『これは義務だ』『言うことに従え』と強制されて喜んで従う人はいません。大概は不満に思って反発するものです。
なるほど、なるほど。
アフガンとかアフリカなどで多くの子供たちが『学校にいきたい』『勉強がしたい』と語っている姿を色々な人たちを伝えていますが、日本国内では反対に行きたくもない『学校に行かされる』『勉強させられる』などなど。
不満は聞いたことはあるが、(アフガニスタンと同じような話)は日本でそんな話は聞いたことが無い。
此れで原因が分かりました。大昔の話ですが、私があれほど学校生活が苦痛だった原因は『義務教育』だったから、なのですよ。たぶん。
アフリカなどではユニセフの援助の給食が食べられるからと学校に通う学校が大好きな子供が大勢居る。
そういえば昔昔の話、我が娘が小学生の頃に給食を食べるのがクラス一遅くて、教師の監視付きで残されて食べていたが、此れが一番つらかったらしい。
なんともはや。強制給食ですね。
教育は義務ではなく権利なのです。
労働も義務ではなく権利と解釈すべきですね。
義務なら此れは強制労働(奴隷労働)となるのでこれ以上につらい嫌なものはありませんよ。
納税ですが、此れも『法律により』と条件付であるところが重用で法律によらない納税の義務はないので、国民の権利の範囲を書いたものとも解釈出来ます。
そもそも日本国憲法には誕生に曰く言いがたい隠された秘密があるのです。
当時国連の極東委員会の設置が決定されアメリカ軍のJHQの占領が不可能になる危険性をアメリカが心配していた。そのために急遽日本国憲法を制定し国家としての体裁を作って日本を名目的に独立させて国連の極東委員会の役割を無効にして、アメリカ軍の占領状態を続けたかった。
アメリカ軍が時間に追われて日本国憲法が急遽大慌てで作られたために日本語として練られていない言葉が使われている部分があるのですが、この『義務』も全て『権利』と書き換えても何ら問題ではないでしょう。
どんな素晴らしい楽しい事でも義務なら誰でもが嫌がる。
義務とあるから子供達が嫌嫌やるので教育問題の数々の問題点も生まれてしまうし、義務の強制労働を拒否して働かないニートになるのは十分に有意義な事にもなる。此れで駄目です。
今若者達の間で大流行のメールやテレビゲームでも、強制的な『義務メール』であるとか『義務ゲーム』などとしたら今よりも随分下火になるのではないでしょうか。?
強制的な義務にしたがう国民はそれほど多くはありません。敗戦までは生めよ増やせよと国策で子供を作ることが義務だったのですが、それほど人口は増えなかった.日本人が一番子供をつくったのは国の義務から解放された敗戦直後だったのですよ。
解釈 (日向男)
2010-05-13 14:07:58
>急遽大慌てで作られたために日本語として練られていない言葉が使われている部分があるのですが、この『義務』も全て『権利』と書き換えても何ら問題ではないでしょう。


しかし、憲法・法律は書かれている言葉が全てである物です。本来。
だから、集団的自衛権など、解釈変更が行われる事自体、本来あってはならない事です。
だから、改憲するべきなのです。

解釈で決まるから、官僚の裁量が生まれるのです。

ですから、

>国家を縛る目的の憲法に、国民の義務が書いてあるはずが無いじゃありませんか。馬鹿馬鹿しすぎる。

とはならないと思います。
単なる言葉尻の揚げ足取りになっています (逝きし世の面影)
2010-05-13 18:43:01
日向男さん、記事を読んでの真面目なコメントとは言いかねる内容で、感心しません。
もともとこの記事は憲法の目的(憲法の存在する意味)を社会科学に疎い人でも分かるように例え話として語っているのです。
仰られていることは真面目な議論と言うよりも記事の一部分だけを故意に切り取って行われており、単なる言葉の揚げ足取りです。
不真面目です。
それでは中学生程度のレベルの低い単なる言葉遊び程度で立派な社会人の大人としては恥ずかしい話ですよ。
此処で問題にしているのは今回、日向男さんが問題にしている『国語の単語の解釈』の話ではありません。社会科学の扱う『憲法の意味』の話で全く趣旨が違います。。
仰られるように『権利』と『義務』は日本語の言葉(単語)としてはまったく別のものですが、
社会科学的な判断では、此れは一見別々の単語の『自由』と『責任』の関係と同じで、自由なき責任も無いが責任なき自由もないことに注意してください。
我々が住む現実の社会の中に、何の『責任』も無い完全な『自由』なるものが存在すると思いますか。?
そんなものは言葉の上の形而上学的には成り立つかも知れませんが、現実の社会を科学的に検証する社会科学の扱う『憲法』の範疇には含まれません。
自由と責任が一体のものであるように、権利なき義務もないし、義務無き権利もありません。
『権利』と『義務』とは一つの事柄の裏表の関係にあることに注意して下さい。
>『急遽大慌てで作られたために日本語として練られていない言葉が使われている部分があるのですが、この『義務』も全て『権利』と書き換えても何ら問題ではないでしょう。』<
は、自民党などが長年行っていた改憲解釈とは何の関係も無く何ら問題はありません。
数学でプラス1が2になるとか0にどんな数字をかけても0になるのと同じで、国家を縛る目的でつくられたのが『憲法』である事は社会科学の初歩の基礎知識見たいな話で、今回の日向男さんのように社会科学の基本を否定されたのでは話が全く噛み合わないでしょう。
政治ブログで発言する為には、もう少し社会科学の常識的な知識の勉強をしてから行う習慣を身に付けて下さい。
今回は非常に失望しました。
私の記事は長文ですか、社会科学以前に文章を正しく理解する能力を付けて下さい。
今回のように一部だけを切りとっては意味が逆さまになりますよ。
日向男さんが指摘している部分の前半部分を読み忘れたようですね。
記事では自民党などの改憲派について、
>『今の日本国憲法には国民の権利ばかりで義務が書いてない』などと民主主義の根本的な恥ずかしすぎる勘違いが平気でいえるのです。<
と指摘しています。
国民の権利ばかりで義務が書いて無いと主張しているのは自民党など改憲派です。
私の文章はこの自民党の『権利ばかで義務が書いてない』に対する批判部分なのですから、日向男さんの『憲法にちゃんと義務が書いてある』は自民党など改憲派にこそ、すべきコメントすべきではありませんか。?
話の筋が根本的に間違っています。
お詫び (日向男)
2010-05-14 15:09:01
これから書く私のコメントは更に逝きし世の面影さんを怒らせるかもしれないことをあらかじめお伝えしておきます。

私は揚げ足取りをするつもりも、議論をふっかけるつもりもありません。
議論なんて時間の無駄以外の何物でもないからです。
揚げ足取りと取られるであろうとは思っていました。

では、なぜ私が書いたのかといいますと、逝きし世の面影さんの人柄をみたかったからです。
こんな事を書くと更に怒らせてしまうかもしれませんが・・・。

逝きし世の面影さんの知識量、冷静な分析は凄いです。
ただ、例えば、橋下知事に対してみられたりするのですが、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」的なところがみられる気がしたもので、もうちょっと人柄を知りたかったのです。

ネット上の文章だけで人柄を知るのは難しいものです。
そこで、「怒るかな」という事をあえて書いて相手の人柄をみるのが私の手なのです。

気分を害されたようで、謝ります。
本当に済みませんでした。
六部の侠気四部の熱 (逝きし世の面影)
2010-05-14 17:10:39
日向男さん、民主主義の意味とは何でしょう。
日本の民主主義にとって一番不足しているのは不正に対する『怒り』ではないでしょうか。?
周りとの協調を旨とする日本人には、この『社会的なものに対する怒り』が決定的に不足しています。

世界の国々の中では日本と一番文化的に近いお隣の韓国ですが、20年前には民主主義の程度は比べるほどでもない低い水準だったのですが、今では日本と逆転している部分も多い。
最近掲載した写真に写っている遭難者家族ですが、これが本来の民主主義の姿なのです。
軍艦沈没では軍の報告が『何か』都合の悪い事を隠しているらしいのですよ。
だから家族が怒りをあらわにして車を取り囲んで抗議しているのですが、近代民主主義とは日本人が信じている代議制の議会の事ではないのです。
お上に全てを任すのではなく、不正に対しては自らが抗議するべきものなのです。
政府の決定に不正や不満があれば市民が手に手に武器を持ってバスティーユ監獄を襲撃するのが本来の民主主義の基本の中の基本なのです。
これが日本人では分かっていない。
だから日本ではコウバンがあるが世界中に警察組織はあっても日本の交番のようなものは何処にもありません。交番の優秀さは何処の国でも認めているが作ることが出来ないのです。
理由は極簡単で小さな警察署では市民の襲撃に耐えられないからある程度の規模が絶対に必要になる。ところが日本では警察や監獄を襲撃しようなどとは一般市民は金輪際考えた事もない。
民主主義の根本を勘違いしているのです。
民主主義の『権利』とは『元々あったもの』でもないし、上から与えられるものでもない。
自ら要求するものだけに『権利』が勝ち取られる仕組みになっています。
幾ら権利が有ったとしても何もしなかったら消滅するものなのです。
市民に対する色々な給付や税金の減免処置などでも自ら手続きしたものだけに支給される仕組みになっているのはこのためですね。
権利とは誰にでもあるのですが何もしなければなくなるのです。
日本国憲法第12条には、
『この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。』とあるのですが、民主主義の権利とは、絶対不変の権利などではなく
『国民の不断の努力によつて』辛うじて維持できる程度の不安定なものなのです。
日本国の国民が韓国人の何分の一でも国家の不正屋不法行為等にもう少し怒っていれば、今よりも随分良い国になっています。
私が橋下徹が大嫌いなのは世間に見せる彼の『怒り』が光市事件弁護団懲戒請求で明らかなように演技でニセモノだからですね。

天下国家など自分より』強いものにではなく、マスコミを利用して自分より圧倒的に弱いものに対して『怒り』の矛先を向けたいる。あれは『怒りではなく『いじめ』ですよ。
日本より弱そうな韓国中国には『怒り』をあらわにするが自分より強そうなアメリカなどにも文句一つ言わない心証風景は限りなくネットウヨ状態ですよ。恥ずかしい限りですよ。
バイアス (日向男)
2010-05-16 14:23:39
どうも私は文章が下手で、意図が正確に伝わらなかったようで、すみません。

私は橋下知事がどうこうと言う事ではありません。

文章というのは書き手の感情・性格といったバイアスが掛かっていることが多いものです。
そこで、読み手としてはどんなバイアスが掛かっているかを知って読めば、より理解が深まると思っており、そのバイアスを知りたかったのです。


>日本の民主主義にとって一番不足しているのは不正に対する『怒り』ではないでしょうか。?

私もかつてはそう思ってました。
政治に興味を持ったきっかけはそれでした。
しかし、今ではそうは思っていません。

良い悪いは別にして、民主主義国日本の国民の多くが怒りを持っていないのであれば、それを受け入れるしかないでしょう。

もちろん、逝きし世の面影さんのように啓蒙することは全く否定しません。


>『国民の不断の努力によつて』辛うじて維持できる程度の不安定なものなのです。

全く賛成です。
例えば、戦国大名のように頭と力で天下を取った人なら、その人が独裁者となっても、みんな納得するでしょう。
ところが、民主主義などは憲法という文章をみんなが「信じる」という事で成り立っている、実に危ういものです。不自然なものと言い換えることも出来ます。
みんなが「信じる」という事で成り立っている、よいう意味では宗教と同じです。
その不自然さの代償として色々な問題も起こっています。

全ての人に完璧な社会なんて絶対に無いでしょう。

今では醒めた目で見ています。
逝きし世の面影の世界 (逝きし世の面影)
2010-05-16 16:54:55
日向男さん、コメント有難う御座います。

理想と現実は大違い。
他の人には『民主主義には社会的な怒りが大事』とは主張しているのですが、ところが現実は大違いで『怒り』などは自分で必死でかき立てているのが実情で皆目沸いてこない。
怒りには『力』を持っている(だから大事)のですが、残念ながら感じるのは『悲しみ』とか『情けなさ』程度ですね。
これは何かの『力』とは関係が無い。それにこのブログに書いているのは啓蒙とも程遠い。
多くの人は困った事に、自分が見たいものだけしか見ないのです。
基本的に見たくないのですよ。そして見たくないものは『無い』ことにされます。
ですから、みんなが今では忘れているが未だに私が覚えていること、知っている事をラオコーンのように他の誰もが聞き入れなかった『受け入れがたい真実』を書き留めておこうとしているだけです。

『憲法の理想と、社会の現実は違う』
理想と現実が違うのは、何も日本国憲法だけに限った話ではないのですが、
護憲の左派は、憲法の理想と社会の現実が違うから、『日本国憲法が大事なのだ』、『憲法(理想)を守らなければならない』と考える。
ところが改憲の右派は『憲法の理想と現実社会との乖離』までの現実の認識論は同じなのだが、その後の対応の仕方が正反対となっているから面白い。
『憲法の理想は現実と違う』として『憲法を改正しろ』との正反対の結論になるのですが、自分の理想と社会の現実が違っているからと言って、即座に理想の方を変えようとするなどは乱暴すぎて話にもなりません。
『人』は理想だけで現実を無視しては生きてはいけませんが、理想を無くしては『人が生きている』とは言えないでしょう。
人と動物の違いとは、この『生きていくうえで理想が絶対に必要である』か、あるいはそうでないかの違いではないでしょうか。?
ところが右派国粋主義にも当然『理想』はある。そしてその理想は現実とは程遠い。
ですから日本国憲法に対する敵意(改憲論)の理由としている『日本国憲法の理想と現実の乖離』は、『為にする議論』で本当の改憲理由ではないのです。
それでは何故あれほど右派改憲派が憲法に敵意を燃やすかの謎ですが、
これは自分達が一番大事だと思っている『国家』の大切な要素である『国家の武装』を日本国憲法が否定している事で、『日本国が去勢されている』とみなして、『今の日本国憲法がある限り完全な国家では無い』と考えているからでしょう。

ではこの右派の考え方は間違いか。?
私は十分に根拠がある考え方だと思っています。確かに日本国は日本国憲法(憲法9条)のお蔭で、『国家』としては未だ完成していず完璧ではないのです。
ここに『国家とは何か。?』という根本的な問いが横たわっています。
憲法と宗教との不思議な関係 (逝きし世の面影)
2010-05-16 17:31:11
このブログは、政治ブログとして殆ど唯一と言っても良いくらい、カテゴリーとして『宗教』を設けているのですが、理由は、
もともと日本では人前で宗教や政治の話を語るのはマナー違反でタブー視される傾向がある。
ところがネットのお蔭でこのタブーが崩れ、政治ブログは世間に色々あるが『宗教』を取り上げているところは実に少ない。
政治ブログの基本は宗教であれ道徳や哲学、なんであれ政治とは別の精神世界などと捉えず『全ては政治的に考えられる』(社会の基本は政治が上である)と政治的な力関係を考察する。
ところがですね。
いくら政治、経済、社会を精密に分析しても、どれだけ慎重に判断して予測しても結果が正しくない。
『必ずこのように為る』と判断、予測するのですが、これが当たらないのですよ。
あたらないどころか完璧に外れる時がある。
何か私の判断には『政治』『経済』『社会』に根本的な大事なピースが抜けているらしいのです。
困り果てて、そこで今までは軽視していた『宗教』をこれ等の判断の一つの材料として加えてみたのです。
嫌々宗教のピースも当てはめて見たのですが、何と今度は自分でも驚くほど、『全ての予測が的中する』といっても良いほど、ほとんど外れる事が無いのですよ。
其れからですね。宗教を勉強しようと考え出したのは。
我々が思っている以上に多くの人々は『科学』ではなく困った事に『宗教的』に判断して行動しているのです。
本能 (日向男)
2010-05-18 10:44:36
>多くの人は困った事に、自分が見たいものだけしか見ないのです。

これは全く同感ですね。
「こんなにはっきりしてるのに、何で分からないのだろう」と思うことはしょっちゅうです。
私が陰謀について語ると、変人を見る目で見られるのがおちです。陰謀どころか、マスコミの報道と違う事を言っただけでもです。

しかし、これは人間の環境適応能力で、必ずしも悪いことでは無い気がします。
辛い現実を直視すると、生きているのが嫌になることもあります。


>多くの人々は『科学』ではなく困った事に『宗教的』に判断して行動しているのです。

科学=理性、宗教的=本能、と言えるかもしれません。
人間は両方で成り立っていますが、本能の方が強いので、そうなるのは当然とも言えるような気がします。
そこら辺は支配者は昔からよく研究していて、様々なテクニックを持っていますから、意のままでしょう。

私は登山はしませんので、苦労して登って下りて、エベレストなんかだと命懸けで大金を使って、何が楽しいのか分かりませんが、趣味というのは合理的理由なんて必要ありません。楽しければいいのです。
宗教も同じだと思います。私は宗教を肯定しています。

しょせん、人間は動物ですが、だからこそ面白いので、それで良しとしています。
内心を語るな (逝きし世の面影)
2010-05-22 15:26:16
日向男さん、返答のコメントが遅くなり失礼しました。
返答しようか、それとも返答しないか。迷っていたので遅くなりました。

このブログの基本姿勢は、『みんなには○○に見えているが、事実は××である』というような科学的な客観的事実を重視して、なるべく『○○であるべきだ』とか『○○と思う』などの自分の主観を排するのいうもので、一言で表現するならば、『内心を語るな』なのです。
これは言うは易く行うは難しで、なかなか一貫した態度を貫く事は努力がいる。
で、今回のコメントの初めの方で日向男さんは『では、なぜ私が書いたのかといいますと・・・人柄をみたかったからです。・・・もうちょっと人柄を知りたかったのです。』と書いてあるのですが、私としては書いた人物の人柄にまでは踏み込みたくないし、こちらとしても踏み込まれたくはない。
その人物の内心の良し悪しではなく、発言した事実の正誤だけを問題としてコメントしたいと考えています。
私であれ誰であれ、内心で思う事は民主主義のルールでは聖域であり、どれ程間違いであろうと反社会的であろうと非難されない権利を持っている。
ですから多くの人が共同して生活する『社会』における共通言語としては、誰にも非難できない権利のある個人の『内心』は語るべきではないのです。
広くも開かれた場所や公的な空間で語られる言語は唯一普遍性がある科学的事実だけなのです。
信じる信じないに関わらず『科学』の正誤には普遍性があるのですが、『内心』の善悪には宗教の正義と同じで普遍性があるとはいえはない。
普遍性がない正義を何の制約もなく公にされたのでは、それ以外の相反する正義と対立する。
田母神 俊雄航空幕僚長が悪いのは、シビリアンコントロールに違反した事ではなく最も科学的な事実を重視するべき、日常的に大量殺人兵器を使って訓練している自衛官だったが、『日本は正義であって欲しい』という自分の内心を優先して、
主観と科学的事実(客観)の区別が全く出来ていなかったことですね。
元々日本の昔からの伝統では人前で何の制約もなく内心を語ることはタブーなのです。
唯一の例外は酒に酔っ払っての無礼講です。これには世界的にも珍しい酔っ払いに対して寛大な文化があり礼儀知らずでも常識はずれでもお目こぼしが認められていた。
ところが、田母神は素面で行ったのでるルール違反は明らかですね。

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