逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

内田樹「なぜ日本の若者は怒らないのか」の嘘とまこと

2011年10月23日 | 社会

ネット世界では超メジャーな元ミッションスクール教授が書いている個人ブログ「内田樹の研究室」の最新エントリー『格差と若者の非活動性について』と題して内田樹氏は、
『なぜ日本の若者は怒らないのかを問うアンケートへの答えを考えたら長文になってしまった。アンケートではカットされるだろうが、重要な問題を含むと思うので、あえてブログに公開して世に問うてみる』と語っている。
今回の記事はわざわざ、『あえてブログに公開して世に問うてみる』と語る程の内容でも無いが、経済学の基礎知識を無視する悪しき観念論『格差は心の持ちよう』との『内田格差論』の批判など、これまでにも氏の数々の不思議なミッションを正面から何回も批判してきた手前、今回だけ見過ごしにするのも憚れる。

『格差と若者の非活動性について』を読んで見る

何とも不思議過ぎる、現状認識には呆れるばかりであるが、氏は今でも象牙の塔の上から下々を眺めていて、事実を見ない『上から目線』の論評を繰り返す様は腹立たしい。
氏の語る世界と、現実世界とは違いすぎるのです。
この内田樹の『格差と若者の非活動性について』の主張についてですが、到底賛成しかねる。
ギリシャの若者に比べて今の日本の若者が怒らないのは事実ですが、昔の若者も日本では怒っていなかった。
敗戦までに『怒れる若者達』などは存在していないし、敗戦後もいない。
唯一の例外は60年安保程度ですが、これも総数(日本人全体)からすれば極小さな数字ですよ。
昔も今も日本では怒りや悲しみなどネガティブな感情をストレートに表に出すのは憚られる恥ずかしい行為なのです。
日本のそもそもの道徳では個人主義のグローバルスタンダードとは大違いで、怒りや悲しみは自分の中に閉じ込めて決して表には出さないことが礼儀作法の基本である。
文化が日本に一番近い韓国や中国などのように肉親の死を大声で嘆き悲しむなどは、日本では絶対に有り得ない。
3・11大震災時の被災者全員が、誰一人の例外もなく自分の感情を爆発される者がなかった事実は驚異的な話であり、この事実に欧米のマスコミが驚嘆の声を上げている。
こうした大災害が日本以外の外国で起きると必ず略奪や暴動に走るし、人々はあからさまに悲憤慷慨するが、世界中で日本人だけはまったく別で、『静かに悲しんでいる。じっと我慢して整然と何時間も並んでいる。』のです。
出る釘を常に叩き一体性を重視する日本社会では、例え未曾有の大災害時でも外国人のように『不満が爆発させる』ことは『悪』であり、怒りや悲しみをぶちまけるなどネガティブな言動は、到底社会的に許されない破廉恥な行為なので普通の日本人なら誰も行うものが無い。

『一神教世界の罪の文化と多元的な日本の恥の文化』

日本人が人前で怒る事は、それが如何に正当な理由であれ『恥』なのです。
だから誰も怒りを表に出すことは無い。
ただし、『ネット世界以外は』との但し書きが付く。
その例外のネットでは、若者達が意味なく激高していますよ。
ですからネット文化とは無縁の新聞紙面などの『活字』媒体ではなくて、わざわざ今回そのネットを使って、内田樹が『若者が怒らない』と言っても目の前の事実と違いすぎるので、最初から嘘臭いのですね。
今の不思議な嫌韓嫌中(ネットウョ)などの怒りですが、日本社会全体の右傾化による劣化現象が主な原因ですが、内田氏は右傾化のウの字も言わないのですから、尚更嘘くさいのです。
小林よりのり等の漫画で真実の歴史を知ったと思っている嫌韓嫌中(ネットウョ)は到底我々大人が真面目に論じる程の話ではないが、何故かネット世界だけには大増殖しているのです。
例外的にネット世界だけに蔓延る嫌韓嫌中(ネットウョ)ですが、無関係な人々にも全員に恥ずかしい思いにさせられる不思議な存在です。
何故皆さんが全員恥ずかしく思うかですが、彼等が怒りまくるからですね。
今までの日本の伝統や道徳などの文化を無視して『怒り』を最大限露出させるから、周りの全員が恥ずかしく思う。
内田樹としては、便所の落書きやガードレールへの暴走族のペイントと同じレベルの誰にも見られない匿名空間だから出来る嫌韓嫌中(ネットウョ)などの『怒り』(歪んだ自己顕示欲)を相手にしたのでは知識人としての自分の沽券に係わるので、完全無視を決め込んでいるのだろうか。
事実、9・11事件から十周年目の『情報格差の拡大』の記事でも、自説にぴったり一致する嫌韓嫌中(ネットウョ)を完全無視している。
確かに、阿呆臭いので相手にすること自体が『恥である』のです。しかも前回はネットの隆盛で衰退する新聞紙上の論説であるので、目の前の不都合な事実の無視も『我田引水』であるとして主張は間違いでも、その動機は十分頷ける。
しかし今回は活字媒体ではなくて、最初からネットで行っているのですよ。
内田樹の自説にとって、嫌韓嫌中(ネットウョ)の存在自体が『内田説の間違い』の証明であり『不都合である』という理由以外、何一つ頷ける部分が無い。
ネットで『なぜ日本の若者は怒らないのかを、あえて問う』と内田樹は、わざわざ自分で言っているのですから、今回のネット空間限定で『怒りまくる若者』の完全無視は矢張り辻褄が合わないし、無知無責任の極みである。
今回も嘘とまことが複雑にグラデーションする内田樹の何時もの『主張』なのですが、そもそもインチキ臭いのです。

『内田樹の魅力と、腹立たしさ。』

実は私にとっては内田樹氏が何故ネットで人気があるのかが良くわからない。
確かに氏がインテリとして、他の菊池誠や池田信夫などの電波芸者に比べて『知性』が抜きん出ているのは十分に理解できるが、それは知識人なのですから当然過ぎる当たり前の話であり、取り立てて他の知識層よりも何かが優れている話ではない。
普通の一般市民よりも無知無教養で恥ずかしい常識外れを平気で喋る菊池誠や池田信夫の存在が、とくべつ『異常』なだけなのです。
話が逆である。
内田樹の様な知識人が一般人よりも抜きん出た知識を所有するのは『知識人』の最低限の条件で、棋士が棋譜を丸暗記しているとか相撲取りが体重や筋力があるのと同じで、あって当然なのです。
内田樹を見ていて私が不愉快になるのは、彼が歴史的にみて典型的な日本の知識階級の代表的な忌々しい、無責任な言動をするからですね。

細川護貞氏(細川元総理の父)の日記、『情報天皇に達せず』によると、敗色濃厚な1943年(昭和18年)4月、高松宮など国家中枢に近衛文麿の秘書官で高村坂彦大阪警察局長の『戦局を国民はどう見ていたか』とのレポート届く。
『戦時銃後3階級説編』
今日我国には三つの階級あり。
一つは知識階級にして事態の悲観的なるをよく知り居り、東条内閣に反対せるもの彼等は二人会合する時は悲観論を唱へ、
四五人の時はこのまヽにては悪しと云ひ、
十人以上なるときは一億玉砕の意気もて時難に進むべしと呼ぶ徒輩にして、本心は悲観論者なり。
(それ以外の中間層の第二階級は)
町会長、警防団長程度の辛うじて新聞を読み得る階級にして、彼等は新聞の知識のみを以て、上流階級が戦争に協力せざることを憤激し、政府が一度号令せば、国民のすべてが蹶起すべきを信じ居る者にて、もっとも張り切つたる者なり。
(他の大多数の第三階級は)
所謂大衆にして、自己の生活のみを考え居る人々なり。
彼等は一日も速かに戦争の終結を望み居る人々なり。而して一般の低級なる官吏は此の二者に入るべし。

内田樹氏の言動を見ているとつくづく感じるのですが、戦争に反対した戦前の極僅かの数の共産党員や、40年間原発の危険性を訴えて原発村からの組織的なイジメに耐え抜いた小出助教のような、『真実』を守る為に自分の体をはって抵抗した少数の例外を除けば、日本の知識層の無責任な退廃は今に始まったことではなく世紀をまたがった歴史的な習性である。
我が身可愛さから出る大勢順応のいい加減さは、骨の髄まで浸み込んでいて救い難い水準である。
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7 コメント

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ペテン師の魅力 (湧泉堂)
2011-10-23 20:20:47
内田樹先生の魅力は、一つには、その文章のグルーブ感だと思います。

ええっ?!そう来るのか!という、意外性と、好奇心にドライブされて弄ばれている感じの心地よさ。

どこに着地するのかわからない文章に翻弄されている心地よさは、ジェットコースターの快感に共通するものです。

良く出来た落語の魅力にも通じます。

普通一般に価値があると思われているコトに疑問を表明し、それに反する常識的な意見を提示し、さらに、そのやり取りをワヤ(無価値)にするエピソードを提示する(落語のオチ)。

こういう話術(文章術)が魅力なのだと思います。つまり、高尚な(に見える)落語であると思えばよいのです。

政治や経済のシステムをどうすれば良いのかということを、内田先生から学ぼうとしても無意味です、というか有害です。

『内田先生の言説は役に立たない』という意見があったと記憶していますが、役に立たないどころではありません。

庶民にとっては有害です。人畜無害の、あっても無くてもどうでもいい言説なんかではありません。

弱者、敗者、さらに庶民にとっては積極的に有害な言説です。
キリスト教のミッション(伝道活動)では? (宗純)
2011-10-24 17:15:31
湧泉堂さん、コメント有難うございます。

内田樹節から感じる不思議な違和感ですが、今度のこの内田ブログ記事を読み返して見て、彼が神戸の4年制女子大のプロテスタント系のミッションスクールの教授であった事実が、実は謎の答えであり最大の原因ではないかと睨んでいます。
多くの人々が内田樹の話に不思議な高揚感とかドライブ感(魅力)を感じるのも実は、日本人には馴染みの無いこのキリスト教のミッション(伝道)との関連性が大きいでしょう。
彼のブログ記事ですが、ルカかがどうしたのヨハネが如何いっただのとは『一言』も口に出さないので誰も気が付かないのです。
しかし色々な彼の説ですが、あれは全部インテリのキリスト教徒聖職者の説教ですよ。
そう思って、もう一度彼の主張を読み返せば、全てが『なるほど』と納得する筈です。
彼は我々が思っているような政治や経済の話をしているのではなくて、それとは無関係なキリスト教の伝道(ミッション)を密かに行っているのですよ。
だから魅力的に見えるだけではなくて、何となく一神教でない日本人は違和感をおぼえるし、無神論の私は怒りまわる訳です。
この内田樹の記事の枕である『怒らない若者』の話は、実は間違いで何でもなくて、まったく正しいのです。
日本の若者達は怒らない。
世界的にみて、異常なほど怒らないのですね。
殺人の統計学的一考察
2008年02月02日 | 文化・歴史
凶悪犯罪の劇的な減少、それも若者世代の著しい減少は驚くべき数字ですが、この客観的事実を正反対(治安の悪化や青少年犯罪の凶悪化)に描いた日本のマスコミによる光市母子殺害事件報道の胡散臭さや悪質さは際立っているのです。
ですから『若者が怒らない』事実は、良くわかる話で内田樹は嘘は言っていないのですね。
実は私が一番不愉快に思ったのは、枕に使った『若者が怒らない』ではなくて、「内田樹の研究室」のその続きの『自分のためよりも、人のためにがんばれる』ですよ。
人は、『自分のためよりも、人のためにがんばれる』べきである、なら私も大賛成します。
ところが内田樹が言っているのは、私の話の反対で、
人は本来『自分のためよりも、人のためにがんばれる』ものだ、ですよ。
一字違いで大違い。
内田説は客観的な事実とは正反対の大嘘であり、それは単なるキリスト教の説教でしか有りません。
内田樹はインテリらしく話題が豊富で面白いので、多くの日本人一般には、内田説とは目の前の日本国の政治や経済、社会を論じているのだと勘違いするのですが、そもそも全くの誤解なのです。
悪魔の碾き臼新自由主義に痛めつけられている日本の若者たちに向かって平気で『格差は心の持ちようである』と言い放った内田樹を、私のように経済学的に見て怒っても、実は話の根本がすれ違っていたのですね。
今回の内田樹の、『人は本来自分のためよりも、人のためにがんばれるものだ』も以前の『格差は気持ちの持ちよう』も、宗教的な道徳説話であると捉えると、全く違和感無く通じますよ。
Unknown (湧泉堂)
2011-10-24 18:36:50
お返事、ありがとうございます。

>私のユダヤ人問題に対する立場は中立的なものではない(私の学問上の師はユダヤ人であり、私はその師から「ものを考える仕方」を教わった)。
>ユダヤ人問題についても十分に深い知識を有しているわけではない。(私以上にこの問題に詳しい人は日本にもいくらもいる)。
>けれども、人間の邪悪さと愚鈍さはいかような様態を取るかについてなら、私はたいへんに詳しい。
>私自身がその無尽蔵のデータベースだからである。

内田樹著『私家版・ユダヤ文化論』より引用

内田先生のものを考える仕方は、ご本人曰くユダヤ式だそうです。(内田先生の師とは、エマニュエル・レヴィナス。フランスのユダヤ人哲学者)
キリスト教とユダヤ教がどう違うのか私はよく知りませんが、一神教ということで根本原理は共通なんでしょうか?
キリスト教はユダヤ教から生まれたもので、キリスト教の神もユダヤ教の神も実は同一のものを指すのだと聞いたことがありますが。

追記

内田先生、それは間違ってるんじゃないですか?と間違いを指摘すると、
だから、初めから『私自身が、人間の邪悪さと愚鈍さのデータベースだ』と言ってるじゃないか!と切り返す。
上手くできています。
内田樹先生とユダヤ人 (湧泉堂)
2011-10-24 18:37:50
タイトルを書き忘れました。失礼しました。
ネトサポ仮説 (90式)
2011-10-24 22:52:12
空想を言うと、ネットの不思議な右傾化は、
自民党紅衛兵(ネットサポーター)あたりの活動じゃ無いでしょうか。
失脚した麻生太郎や、石破茂みたいな人権擁護法推進派が人気なのが不思議です。

ネットがこんなに右傾化(というか劣化)しているのに、
現実ではTPP加盟で売国まっしぐらという、
乖離が凄まじいと思います。
ユダヤ教とキリスト教の違いとは (宗純)
2011-10-25 17:09:24
湧泉堂さん、コメント有難うございます。

内田樹が自分でユダヤ人的な発想であることを認めているとは。
面白い情報有難う御座います。『なるほど。なるほど』と納得ですね。
先ずユダヤ人というのは人種のことではなくてユダヤ教を信仰する宗教集団、ユダヤ教徒の意味ですね。
人種のユダヤ人はアラブ人のセム族の一派なのですが、現在のユダヤ人主流のアシュケナージは白人でドイツ語の方言であるイディッシュ語を話すスラブ系の白人ですが、それ以外にアラブ系の本物?のユダヤ人のスファラディもいればエチオピアの黒人のユダヤ人まで存在します。
ユダヤ教徒でもないマルクスとかアインシュタインなどがユダヤ人であると言われているのは正しくは、元ユダヤ教徒の家系の意味程度でしょう。
ユダヤ教とキリスト教の違いですが、基本的に全くありません。
歴史的に長い間キリスト教徒がユダヤ人を弾圧していたので日本人的にはキリスト教とユダヤ教は別であると勘違いする原因なのですが、この違いとは例えるなら浄土宗と浄土真宗の違い程度であり、親鸞がいるか、いないかの違いです。
キリストがいるのがキリスト教、居ないのがユダヤ教なのですが、両者に違いを探すのは至難のわざなのですよ。
同じ同一の宗教内で差別や弾圧があるかの謎ですが、これはキリスト教(ユダヤ教)がそもそも抱えている内部矛盾であり、ほんの少しの教義の違いが絶対に許されない『悪』であり、事実キリスト教は歴史的に数々の異端に対して壮絶な血の弾圧を行っているのですから恐ろしいですね。
ローマ帝国を追われて遠く唐まで逃れてきた景教(ネストリウス派)とか中世のアルビ十字軍(カタリ派)とか血生臭い話には事欠きません。
近世の西欧ではカトリックとプロテスタントで壮絶な殺し合いをしていますよ。日本的な宗教感では到底納得できる話ではありません。
茶会運動と格差反対デモと (宗純)
2011-10-25 18:04:57
90式さん、コメント有難う御座います。

嫌韓嫌中(ネットウョ)の存在ですが、自民党紅衛兵(ネットサポーター)との見方ですが、これは如何でしょうか。
政治的な立ち位置が同じに見えることは事実ですが、・・・
アメリカのティーパーティなど右翼的な草の根運動と、正反対の政治姿勢で、いま燃え上がっている格差に抗議するリベラルな運動とが、思想的な根っこの部分では面白いことに繋がっているのですね。
根っこは同じなのですが、右に芽を出したら茶会運動になり、左に芽を出せば格差反対デモになっているらしいのですよ。
二つの運動は正反対で対立しているように見えるが、どちらも『米国では貧富の格差が拡大し過ぎた』との不満が原動力であり,一方の保守派ティーパーティーは『連邦政府の権限が大きすぎる』と思っているし、もう一方は『銀行や大企業の力が大きすぎる』と怒っている。
ですから、意味的には同じ原因から出た同じ種類の運動と考えることも出来るのです。
我が日本国の御粗末な、嫌韓嫌中(ネットウョ)の存在ですが、実はアメリカの茶会運動や反格差社会デモと同じで『格差の拡大による社会全体の劣化』が原因です。
同じ種類の社会運動であると捉えることも出来るのですが、・・・
何故あれほどお粗末であるかの謎ですが、本来受け皿になるべき日本の左翼の堕落腐敗が大きく原因しているのですから情け無いですね。
日本では反格差社会デモ「ウォール街を占拠せよ」が起きる為の核が無いのです。
非武装中立だった社会党は消滅してしまい、残った唯一の左翼政党の共産党も自分の使命を見失っているのですよ。
特に酷いのは赤旗編集部で、韓国の哨戒艦沈没事件では軍事政権後継政党のハンナラ党支持の保守系新聞の記事しか赤旗に載せない体たらく。
野党の韓国の民主党の主張は一切無視したのですよ。
韓国野党の民主党は天安艦事件では積極的にハンナラ党政権の主張の矛盾点を指摘して選挙では大勝利しているのです。
ところがハンナラ党と同じ主張しか載せない日本共産党は対照的に大敗北してしまう。
それは当たり前の話ですよ。
NATO軍のリビア空爆でも、空爆している側のロイター通信などの記事の引き写ししか載せない天安艦事件のそっくり同じ発想の記事を繰り返す有様ですよ。
これで左翼が勝てると思いますか。必ず負けます。
もう無茶苦茶なのです。
周辺諸国に比べれば格段に女性の地位の向上に貢献したカダフィを独裁であるとして無責任なNATO軍の悪宣伝のプロパガンダに手を貸しているのです。
曰く、・・・・との情報もあります。とか
・・・・とも言われています。などの報道機関としては無責任にも程があり恥ずかしい限り。
西側の情報とかのTATO軍が流した伝聞情報なのですね。
これでは格差に苦しむ日本の若者たちが左傾化するはずもなく、今のように右傾化しか道は残されていないのです。

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