逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

ブラッシングボールと武道、必修化の危険性

2012年02月19日 | スポーツ・文化
『似て非なるもの』

野球はベースボールの日本語訳なのですが、日本野球とアメリカのベースボールの意味するものや内容が違うとの説があるらしい。
ロバート・ホワイティングの『菊とバット』によると、日本最初の外国人選手のハワイ生まれの日系二世ウィリー与那嶺が、現在の野球なら当然のアメリカ流の走塁術でスパイクを向けて二塁に滑り込んだら送球妨害で即アウトになって仕舞った。
アメリカ仕込の与那嶺選手のスライディング行為は、危ないとか汚いとして日本の審判だけでなく当時の監督やコーチ選手など、日本球界全員が誰も認めなかったのです。
日本人最初の大リーガーのマッシーこと村上投手はえげつない顔面へのブラッシングボールで大活躍すると、アメリカへ派遣した南海ホークスが無理やり因縁を付けて日本に呼び戻したのです。
大リーグで勝利出来るなら、村上投手は大選手の逸材に間違いないと思ったのでしょう。
ところが日本のコーチは彼に持ち味であるブラッシングボールを投げることを禁止したので全く活躍できなかったらしい。

『日本野球に無いブラッシングボール』

ブラッシングボールとは、アメリカのベースボールでピッチャーがバッターの顔面近くのインハイに剛速球を投げて、相手打者をのけ反らしたり引っくり返したりする通称『髭剃り球』の意味。
投げやすくする場合も故意の仕返しの場合も両方あり、ベースボールが格闘技であるアメリカでは常識かも知れないが、日本の野球では危険球として即退場処分になる。
ブラッシングボールとは日本にも有る変化球のすっぽ抜けではなくて、顔面すれすれのインハイの速球で、髭剃りの時の石鹸のブラッシングから名前が来ている。
とんでもなく危ないし、『暴力』と紙一重の行為だが海の向こうでは当然だと思われているらしい。
アメリカ人にとってのベースボールは球技であると共にボールを使った格闘技なのです。
アメリカ人が一番好きな人気スポーツはアイスホッケーらしいが、ルールで球を保持する選手以外の無関係の相手側選手でも自由にステックで殴ってもペナルティーが無い。
結果、とんでもないラフプレーが横行してゲームの最後には2メートルを超す大男が両軍入り乱れての乱闘騒ぎに発展する丸っきりの格闘技なのですが、これがアメリカ人の目にはたまらなく楽しいらしいのです。
日本人的な見かたとは違い、クエンティン・タランティーノ監督のドタバタ映画で首や腕が落ちて血が飛び散る場面でアメリカ人は大笑いするのですが、本当に困った感性の連中です。
しかし、日本野球のようにブラッシングボールでのデッドボールが悪いなら、当然反対のバッターのピッチャー返しの打球も退場にしないと不公平でもあり意味が通じないが、これでは野球そのものが出来ないのです。
和をもって尊しとする日本では、ボクシングではリング内なら殴り殺してもボクサーには何の落ち度も無いとのスポーツの基本的な意味(内に孕む危険性)を理解していないのですよ。
登山で幾らメンバーが死んでも、片山右京のように『私の責任です』何ぞとはスポーツとしての登山なら絶対に言わない。
たとえ事故が起きても対戦相手やリーダーに『責任問題』が発生することは、まったく無いのである。
勝利だけでなく、敗北も怪我も『全ては自己責任である』と考えるのがスポーツの基本的なルールなのです。

『教育勅語の復活願望?武道の鍛錬の強制』

アメリカ人にとっての大リーグのベースボールは格闘技に近いジャンルの競技なのです。
日本の格闘技といえば、中学高校で男女とも『武道』が必修科目になって今年の四月から実施されることが既に決まっている。
ところが、今頃になって毎日新聞社説などマスコミが格闘技の危険性に気が付いて大騒ぎになっている。
何故、マスコミは文部科学省が武道の必修を決める時に反対しなかったのか。
何とも腹立たしい話である。
武道の必修化は、日本語が良く判らない阿呆な美しい国の極右政治家安倍晋三首相が戦後教育を否定(レジームチェンジ)して教育基本法を抹殺したついでに行った愚行ですが、格闘技では道具の関係で一番やりやすい柔道が各学校で取り入れられる筈なのです。
ところが柔道は日本では必修でもない(競技人口が少ない)現在でも年間必ず数人が死亡している。
死亡者の数倍が重度の障害が残る怪我をしていて学校の運動としては例外的な危ない存在で、他の競技とは抜きん出て危険度が高い。
ちなみに柔道人口が日本の3倍のフランスでは日本とは違い死亡事故は起きていない。
もちろん日本以外の外国で軍隊でもあるまいし、義務教育での『格闘技の必修化』など聞いたことも無い。
特に問題なのは女子の必修化であろう。
体をぶつけての遊戯などの基礎的な体験が無い分、基本的に女子の方がより危険性が大きいと考えられる。
今後、武道の必修化で分母が増える分、子供達に桁違いの被害者が出るとの恐るべき予想が今から出ているのですが、これはブラッシングボールの話と同じで、行ってみるまでもなく当然これは『危ない』ことが判っている。
武道などは少数の選ばれたものだけが行うべき危険行為なのです。
本質的に危険を内蔵している武道は、好きでもない者にまで絶対に強制するべきでない。
ましてや義務教育での必修化などの文科省の愚行は、狂気の沙汰である。

『ブラッディ・スポーツ』

19世紀に始まる近代スポーツは、世界で一番最初に産業革命を行ったイギリスが発揚の地なのですが、ボクシングは現地人を殴る為に開発されたとする説もあります。
スポーツは如何も資本主義の発展と連動していて、帝国主義の植民地支配などとも関係しているらしいのですよ。
近代スポーツはイギリスのジェントルマンのたしなみでアマチュアリズムやフェアプレイと関連があるだけではなくて、松井良明の『近代スポーツの誕生』によると暴力と密接な関連性があり、前身は残酷で流血をともなうブラッディスポーツだったらしい。
マックス・ウエーバーが指摘したように、近代国家が暴力を独占、独り占めする過程で生まれるのがスポーツなのですね。
それで近代スポーツにも先祖の荒々しいDNAが流れているので、アメリカのベースボールのブラッシングボールの様な危険が潜んでいる。
剃刀ですが、これは顔に『当てる』もので、当てないとヒゲが剃れない。余程上手にやらないと血が出る仕組みですね。
武道とはスポーツと暴力の境界線上の存在で、本来命がけの危険極まり無いあぶない代物です。
誰彼なしに薦められるものではない。
武道の柔術から危険な絞め技や関節技を除いたのがスポーツの柔道であり、競技会でこれ等の禁止技を使ったのなら自動的に、それは即反則です。
2009年大晦日の異種格闘技戦でDREAMとSRC(戦極)の対抗戦でボクサータイプの廣田瑞人の腕を寝技が得意な青木真也が『今回は確実に折りにいきました』と故意に折って中指を立てる侮辱行為まで行っている
今流行の無差別格闘技ですが、あれは私の父親世代では普通に行われていたが、最初から結果が判っていたらしい。
見ても少しも面白くなかったと言っていました。
ボクシングが日本に入って来て、明治大正時代には柔道との異種格闘技戦が興行として行われていたらしい。
最初は離れた位置からのパンチでボクサーが優勢なのですが腕を掴まれた瞬間に形勢が逆転して仕舞い、後は一方的な試合展開になる。
半世紀近く前、柔道部の友人が目撃した光景なのですが大学の体育会と警察のクラブとの合同練習試合があり、学生に負けた警察側選手を会場の横に連れて行き『お前は彼女がいるのか』と聞いて答えがEYSなら『今彼女の顔を見せてやる』と絞め技をかけて失神させる。いないと答えても同じで『これから、見せてやる』と負けたことの見せしめのリンチで矢張り首の動脈を絞めて気絶させる。
この連中は容疑者を自白させる為の拷問で失敗して迂闊に殺さないように何時も何時も日常的に柔道の絞め技を練習していたのですよ。多分。
これでは武道は少しも精神修養にならないし、冤罪が日本に何時まで経っても蔓延するはずです。

『スポーツマンシップの本当の意味』

スポーツマンが正しいというのは願望と現実との取り違えで、実は『スポーツは正しくあらねばならない』のです。
スポーツに公正さが必要な最大原因は、賭博に密接に関連しているからで、博打の最大のご法度は八百長である。
本来自分の勝ちを弱い相手に譲るなどの利他行為は、慈善や福祉と同じで褒められこそすれ貶されるいわれは少しも無い、動物には出来ない人間だけの崇高な道徳行為ですよ。
スポーツの八百長が禁止されたのは、賭博行為の不正を防止する為なのです。
欧州でサッカーの試合で暴動が発生する原因も矢張り観客が金を賭けているので必要以上に熱くなる為らしい。
武道が今年4月から男女とも必修化されることが既に決まっている。
実施が数ヵ月後に迫り、やっと危険性に皆さんが気が付いて心配しているのですが文科省は、関係者の当然の危惧の声を一蹴、予定どうり子供達全員に武道を強制するらしい。
子供達全員に対する武道の強制で、今の戦後民主主義教育で『ゆるんだ精神』を叩き直す心算なのでしょう。
文科省は、武道の必修が人格形成に役に立つと本気で信じているらしいのですよ。
武道の英語訳は総合格闘技の意味のMartial artsなのですが、これを英語辞書で別々に引くと、形容詞としてのmartial は、1. 戦争の[に適する]2. 勇ましい, 好戦的な。artの方は、 技巧 , 術, わざ; 熟練, 腕なので戦争や戦闘の技術、技のこととなる。
武道(戦争技術)の安易な子供達全員への強制とは、文科省の言い分とは大違いで、私が心配している死亡者や怪我による障害者だけでなく『健全な精神に悪影響を与える』可能性は大いにあるでしょう。
話が全く逆であるのです。
アメリカンヒーローのスーパーマンは善人だが、凄まじい超人的な力がある『超人が善人である』との保障は何も無いのですよ。
反対に、スーパーマンが悪人だと周りの一般人が大迷惑する。
だから『スーパーマンが善人であって欲しい』とみんなが思っているだけなのです。
この話は武道の達人でもまったく同じ。
破壊力が大きいマグナム拳銃の所有者が道徳的に高貴である保障は何処にもなく、基本的に武力と道徳は無関係なのです。
武道の達人が善人である保証はどこにも無いが、善人で無いと周りのみんなが大迷惑する。
社会全体が危なくて仕方がないのですよ。
ところが『現実』と、『夢』や『希望』とは滅多に一致しない。
オリンピックの金メダリストの武道の達人の柔道家は人格高潔どころか卑劣な連続強姦魔であった。
並外れた軍事超大国アメリカは真っ赤な嘘をついてまでイラクやアフガンで無理やり戦争を引き起こし何十万人も殺した挙句に大失敗している。
目の前の客観的事実と、『そうあって欲しい』との人々の夢や希望とは正反対であることが多いのです。
並外れた武力があるからと言って自動的に『善人である』とは限らないのである。
『政治』 ジャンルのランキング
コメント (9)   トラックバック (4)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「人は自分の見たいものしか... | トップ | 「直下型地震」双葉断層と福... »

9 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
本当にすみません (農婦)
2012-02-20 17:29:54
本当にすみません。宗純さまの記事をよまずしてコメントしてるのですから.今、光市母子殺人事件の最高裁の判決がでました。やらせだあー。たしかにさつじんはおきたのです。本村さんの苦悩も本当だとおもいます。でもわたしは、死刑判決には反対です。本村さんも、たぶん、私のかんですが、死刑を、今はももとめてなっかったと、私は、感じます。今回の判決で死刑となりましたが、。かわいそうに、本村さんは、これから、なんらかのつみのいしきに悩まなければ為りません。人間て不思議ですね。
削除 (すみません)
2012-02-20 17:35:07
すみません。誰にも語ることの出来ない農婦の叫びでした。大変ご迷惑をおかけしますが、さきのコメント、すみませんーーー。削除お願いします。
格闘技か格闘スポーツか (くまごろう)
2012-02-21 01:32:17
青木と廣田の件を調べてみました。
大晦日に地上波で放映するスポーツとしては、あの試合はやらせたら駄目です。エンターテイメントとしての煽り、でなく遺恨のある同士が「折る」「タップしない」と言っているのに試合をさせ、レフェリーもそうした経緯があるのに止めるのが遅い。スポーツとして市民権を主張するには未熟であると共に、その暴力性の証左でもある。

武道を必修にですが、精神性をターゲットにするなら弓道と限定した方がいいと思います。
柔道、剣道、弓道の中で、日本人としてどうの、というのは別として、精神状態が結果に最も影響を与えるのは、弓道でしょう。そこだけならアーチェリーでもエアガンやレーザー銃による射撃でも構わない訳ですが。
でも設備と指導者が中々難しい。
最もやり易い柔道は、三つの中では一番体力がものをいう、精神を高めるというのには不的確です。
剣道はその中間で、練習量や経験が結果に大きく左右します。熱中症に注意すれば、競技そのものによる大怪我は少なく経験者もそれなりにいるでしょう。ただし道具をそろえるのにかかる金額は恐らく桁が一つ変わる。
そんな感じで柔道になって、弛んだのを叩き直すのだからそれでいいのだ、というのでは、正に体育会系のリンチ、体罰感覚で、精神に悪影響を及ぼすこと必至です。

桑田真澄の本に、現役プロ野球選手に対するアンケートの結果があったのですが、かなりの人数が体罰を肯定していました。
体罰というのは、言語能力や理性が未発達なら有効ですが、ある程度発達すれば不要になり、大人にはほぼ無意味どころか逆効果です。
多くは中学高校の部活動を思い出して、プロ野球の選手の多くが多かれ少なかれ体罰を肯定しているというのは、日本の教育、或いは日本人の程度が端的に表れているのだと思います。
はじめまして (こぐま)
2012-02-21 11:03:36
はじめまして。愛読者のこぐまと申します。
初めてのコメント、恐縮に存じます。
実は私は柔道を長年やっておりました。その経験から申せば、武道を学ぶ最大の目的は実際の格闘能力の向上ではなく、礼節を学ぶこと、それに尽きると考えております。
空手、柔道、剣道、全て礼に始まり礼に終わる。ご指摘のように西洋の格闘技は”殺し合い”の延長であり、それらに礼儀が伴っていないことはかの亀田一家の慇懃無礼な態度を見れば瞭然。
必修化は是非やるべきだと常に思っておりました。

ちなみに私の母校(中学高校セットの私立)では柔道は体育授業の一環で常に存在しておりましたが、事故などは一度も発生しておりません。むしろ危険だったのはラグビーでした。高校がラグビー部に力を入れていたこともあり、体育の授業で取り入れられておりましたが、骨折その他大怪我が続出。武道だけが危険ではないということをとりあえずコメントさせていただきます。
時期的にも動機的にも同じ一連の動き (宗純)
2012-02-21 11:03:45
農婦さん、コメント有難う御座います。

実は無関係に見える光市事件の死刑キャンペーンと中学高校生への武道の必修化ですが、これ、同じ時期に同じ目的で同じ連中が引き起こした同一の事件ですよ。
判りやすく一言でいえば『レジームチェンジ』ですね。
戦後民主主義を否定して、昔に戻したいのですよ。
悪しき、先祖かえり (宗純)
2012-02-21 15:16:39
くまごろうさん、コメント有難う御座います。

異種格闘技戦ですが、これは先祖かえりの見本みたいな話であり、当時は命がけのプライズ・ファイト(懸賞金つきの試合)だったのです。
廣田瑞人や青木真也ですが、150年以上前のボクシングなら当然だったでしょうが、今は駄目ですね。
こんなものを見世物として人前でやるべきで無い。
当時は防具無しの素手だったので当然のように死人が出た。
武道ですが何か勘違いしている人が居る様ですが、そもそもが人殺し(戦争)の練習ですよ。
これは古代オリンピアのスポーツにも言えて、『人殺し用』の技術を競うものであり、観客も競技者も全員が男。
しかも全裸で油を塗っていたらしい。
当時のスポーツとは、女子供に見せるべきではない荒々しい代物だったのです。
そもそもの話が、平気で人が殴れること自体が、まともでも尋常でもない。
精神性云々ですが、本来の人殺しの技術である武道には薬にするほどもなかったのです。
それは『後付け』の美しい嘘か、屁理屈ですね。
歴史的に考察すると、武士道と同じでこの話は正反対なのですよ。
太平記の記述のよう『義によって助太刀いたす』と負けそうな方を裏切って勝つ方に付いた連中だけが生残った。
武士道の忠義を尽くして負ける側についた方は全部亡ぼされたのです。
武道の真髄は、精神性などとは無縁です。
これ等は賞金稼ぎでの男の根性試しとかの下世話な血生臭い話なのですよ。
ですからこれは仇討ちと同じで、社会の近代化と共に滅びる運命にあった。
これを危険技を禁止したり防具で緩和することで生残ったのが武道なのですが、例えば剣道では突き技が禁止されていないが、喉への突きなら今の防具では防ぎきれない。
今までは日本人同士の暗黙のルールで行わないので事故が起きていないが剣道が国際化すれば死人や怪我人が出るでしょう。
武道とは、本来危険なのです。
また日本のスポーツ界に蔓延する体罰を是認する風潮は嘆かわしい限りであり、いかにこの世界が民主主義以前の前近代的(封建的)であるかの証明でしょう。
そして武道には古い部分が、他のスポーツ以上に一番残っているのですね。
こぐまさん、はじめまして (宗純)
2012-02-21 15:44:06
コメント有難う御座います。

今では余り見かけなくなったが昔は柔道家が骨接ぎを仕事としていた。接骨院と柔道場とは同じ場所だったのです。
柔道の練習で脱臼とか骨折とかは日常茶判事で、骨接ぎが出来ないと自動的に柔道の練習も出来なかったのですね。
母校で柔道の事故が起きていない事は幸いですが、それは多分指導者の質が高いからでしょう。
柔道が危険であると知っている者だけが指導するべきなのです。
ところが現実はそうではなくて、我が日本では学校の体育の柔道の死亡や怪我が突出している。
毎年必ず死人が出るなど、到底まともではありません。
これは日本の3倍の柔道人口のフランスとは大違いなのですね。
この違いは何から来るのか。
多分フランスの柔道はあくまで近代スポーツの範囲の柔道であり精神主義では有りません。彼等はスポーツ本来の危険性を認識している。
日本はフランスとは大きく違いスポーツ以前の武道であり精神論が前に来るので『危険性の認識』を否定しているか軽視しているのですよ。
だから日本だけに死亡事故が続発するのです。
これは何となく福島第一原発の事故前の安全神話が蔓延していた状態に似ています。
柔道が基本的に持つ危険性よりも、『精神論や安全神話』が幅を利かせる現在の文科省の風潮は、危険極まりない。
柔道の受身が出来ないなど基本が出来ていない者には乱どりなどを行うなど事故が頻発しても当然なのです。
学校教育 (マトリックス)
2012-03-04 14:32:27
小室直樹さんは「日本の教育体制は(昔の)中国の科挙だ」と発言されていたようですが、暗記重視で、内容の理解よりも詰めこんでテストが終わったら忘れてしまうような勉強をしたほうが高得点をとりやすい点数教育は、才能を開花させたり伸ばす為には存在していない上に、与えられた答えに慣れるロボット(それこそが教育は洗脳であり支配層の狙いかと)のようになり、答えを調べ考え導き出すという本当の生きる力を奪う教育システムといえるようです。
よく日本で「勉強かスポーツ、どちらか」ができるように(どちらか得意と言えるように)という、点数の為の勉強、部活の為のスポーツといえることを自慢するようになり、考える力や身体に偏った負担のない運動によるバランスのとれた運動神経が反って身につかなくなり、受験やスポーツ推薦の結果の学歴(学校歴)の為に10代のエネルギーと時間を費やし、学歴とは学問歴のことだったと本来の意味が社会人になってから気付くのが日本の実態ではないかと…
昔の中国の王朝の崩壊期には、武官が蹴散らされ官官が裏切り科挙官僚が茫然としている事態が多かったという話しを思い出しました。
プロクルステスの寝台 (宗純)
2012-03-04 16:35:37
マトリックスさん、コメント有難うございます。

日本では李朝の朝鮮のヤンパン制度のように理科系よりも文系優先だと言われていますが、文系と言っても哲学や古典文学などではなくて法学部のことですね。
それも東大法学部がトップのほとんどなのですが、これは異常です。
外国でも法学部卒はいるのですが法的な助言を目的としていてそれ以上でもそれ以下でもない。
外国の農林省などでは、獣医の資格のあるような理系の人物がトップに立つのですが、日本では技術系ではなくや張り東大法学部卒が事務次官など官僚のトップを独占している。
これでは丸っきりの中国の科挙か朝鮮のヤンパンです。
法学部とは既にある法律の解釈の話ですから『答え』が問題に対して既に予め用意されているのですね。
これは今の学校のテストと全く同じ仕組みです。
新しく独自に問題点を考えるとか、何も無いところから答えを出すとかの発想は無いのですよ。
最近日本の学力が落ちていると問題になったが、実は出される問題そのものが変わって来ているのですね。だから日本は以前の様には高得点が取れなくなってしまったのです。
そもそも東大とは官僚養成学校であり、官僚とは何かを創りだすのが役目ではなくて出来上がっている仕組みを正常に維持するのが役目です。
平時では一番大切な能力なのですが、今のような激動期では役に立つどころか改革の邪魔になる。
学校教育ですが、恐ろしいことにプロクルステスの寝床の様な仕組みでもあるのすよ。
プロクルステスとはギリシャ神話にでてくる山賊で宿屋を営んでいたが旅人を自分の寝台に寝かして身長が短すぎるときには引き延ばし、長いと切り落としていた悪党ですが最後には英雄ヘラクレスに退治される。
プロクルステスと同じで、個人個人御違いを修正してなるべく同じ、人間の規格品を作り出すのが今の文科省の教育の側面でもあるのです。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

4 トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。
絶対原子力戦隊スイシンジャー  (Dendrodium)
こんなビデオが出回っているらしいですね。 「保存版・こちら特報部 スイシンジャーの真相」2/12東京新聞 http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-1513.html 若手芸人が作られたそうですが、 「良い仕事しましたね」
徴兵制論は改憲への呼水 (反戦塾)
 『サンデー毎日』で岩見隆夫が「徴兵制賛成論」をぶち上げた。彼の評論を「老害」だなどとくさす人がいるが、実は若いのだ。終戦の時は小学生低学年だから、徴兵制度のな
大阪市長が市職員の思想調査と懲罰指示 ファッショ体質を露骨に! (JUNSKY blog 2012)
2012年2月19日(日)  2・3日前のニュースで恐縮ですが・・・  大阪市の橋下徹市長が全職員を対象に政治・組合活動に関するアンケートを 16日まで実施していたが、その内容たるや完全な思想調査と密告を求める物。  ファシスト・ムッソリーニやヒットラー、戦...
辺野古は「進みそうにない」のかそれとも「見込みない」のか (木霊の宿る町)
★二月二十日(月) のNHK番組 「クローズアップ現代・在日米軍再編見直し」をみていておやと思った。ブルッキングス研究所のオハンロン上級研究員がこういった。Henoko looks fairly unpromising.字幕にはこう訳されていた。辺野古移設はなかなか進まない。中学英語の...