逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

『内心を語るな』(阿久根市長発言を考える)

2010年01月21日 | 文化・歴史
『内心の自由』は民主主義の(基本的人権の)根本原理であるが、『内心の自由』を絶対視する風潮が、現在の日本社会の混乱と精神的な荒廃を招いたのではないか?

『権力者に内心の自由を許してはならない 』

首相とか閣僚など権力者の『内心の自由』は民主主義にとっては大問題でしょう。権力の自由と一般市民の自由は大概は相反する。
この記事に書いている『内心の自由』の原則とは、一般市民の権力に対する限定的な話で、すべてに拡大解釈すれば、其れこそ自由を損ねる。
中山成彬元国土交通相の『郵便ポストの赤いのも日教組のせい』などの信念は論外で、こんなものに自由を認めては周りの者が迷惑する
世の中に(無人島でロビンソンクルーソーのように単独で暮らさない限り)完全なる自由なるものは存在していません。
家庭であれ社会であれ共同生活では個人どうしお互いの自由が重なっている部分が生まれるので、どちらかが一方的に『完全なる自由』を主張すると、相手の自由を侵害してしまう。
誰かの『自由』は、他の誰かの『自由』を侵害する。
この解決方法は双方が一定限度譲り合う以外に方法は無いのです。

そして国家や社会に対して『個人の内心の自由』は、守りきるのが民主主義の基本中の基本で、一つの例外も作ってはならない。
例えば東京都での学校現場への日の丸君が代の強制で教師が多数処分され裁判でも『内心の自由は認めるが、起立しない歌わないなど外に行為として現れた段階で内心ではなくなる(内心で無いなら外心?)ので保護の対象外』なんて凄い考え方も出て来ている。
これ等石原慎太郎や米長邦雄的な発想では江戸時代は完全な信教の自由があったことになる。
何故なら例え隠れキリシタンであれ江戸幕府は踏み絵を行いさえすれば内心で信仰していても誰も罪には問われなかったのです。
石原慎太郎レベルの低級な民主主義は江戸時代以下の水準で近代民主主義とは到底呼べない。

『巨大な力を持つ者の内心の危険性』

大勢の前で従軍慰安婦を強いられた経験がある女性が、過去の沈黙を破り半世紀ぶりに語った『内心』は多くの人を動かした。
同じように多くの人々を動かした『内心』の吐露の例に、光市母子殺害事件での被害者遺族である本村氏の会見での『死刑でなければ私が殺す』発言がある。
この二つの例では、何れも無垢な『内心の吐露』は多くの人の心を揺さぶって社会的にも大きな影響を与え論争の火種ともなったが聞いた方の一般大衆の受け取り方が全く違っていた。
多くの護憲派の皆さんたちは一方には共感をおぼえるが、一方には違和感と言い知れぬ不快感(不安感)が芽生えた。
同じ様に真摯に行われた『内心の吐露』ではあるが、何が両者には決定的に違っているのだろうか。?

『両者の大きな違い』

上記『女性と被害者家族の『本村さん』のどちらも大衆にむけての内心の吐露で、どちらも心の中を正直に語っているだろうが、一方は法律とか科学的事実(歴史)とかの普遍的な価値観を社会と共有し様としているし、市民一般に広く支持されている道徳や常識(此方の方は完全に普遍的ではないが其れに準じている)でもある。
ところが本村氏はそうではない。
我々が『善』であると信じている近代民主主義、共通言語である遵法精神とか基本的人権とかの埒外にある『内心』(素朴は復讐心とか個人的なあだ討ち)を語ってしまった。(本村氏も武士道云々と自分の論の正当性を主張していた)
此れは民主主義などの科学や文明のような普遍的な価値観の否定、あるいはこれ等普遍的なモノの上位に自分の『内心』をおいたものです。
此れは明らかな民主主義のルール違反ですよ。
何故なら一人(本村氏)に許されるなら其れ以外の人々にも許さなければならないが、それでは社会がもたない。
このように公開の場で多くの人に向かって発言する場合には、法律の制度や今までの科学的な蓄積(知識)の裏付けのある内心以外は、語るべきではないのです。
光市事件家族の発言は当事者だけに出来る発言(内心の吐露)で、多くの一般大衆や大マスコミや最高裁まで動かした絶大な力を持っていたが、あれは如何考えてみても民主主義のルール違反で、一個人にすぎない光市事件家族の本村氏は、何時の間にか公人以上の絶大な力を持っていたのです。

『共通言語を有さない内心の吐露は「悪」である』

反対に新しい歴史教科書を作る会など歴史修正主義者たちは『女性発言』の方に対して激しく反発している。
この理由は極簡単で、『女性発言』と『作る会』とは社会に対する認識や歴史的事実などの本来は共通言語であるべき『部分』が完全に違っているからですね。
だからあれこれ色々な理由を考え付いて反論しようとするが、基本的に『作る会』は『理由があるから反発する』のではなく『反発しているから理屈を考え出す』姿勢なので最初から科学的な歴史的事実には無頓着である。
このように民主主義の原理原則の柱である基本的人権において個人の内心は聖域として守らなければならないが、だからといって無条件で『内心の吐露』が許されているわけではない。(社会的抵抗がある)
社会が受け入れている科学的な事実や制度(客観的事実)の前提を共有している(お互いが同じことを認め合う)から、『内心の吐露』が歓迎されるのです。
この土台部分(客観的事実)を無視して話される『内心』は時には光市事件のように大問題にもなり社会をも巻き込んで騒動にもなるが、とばっちりを受ける人達は大迷惑ですよ。
『光市事件』の影響で今まで一桁の死刑判決が二桁になるし死刑囚は三桁になり年間二桁の死刑執行が行われ、インチキくさい不正確なDNA鑑定で冤罪を疑われている無実かもしれない死刑囚までが巻き添えをくって刑死する凄まじい世の中になっている。

光るナス2009年11月12日組坂繁之・高山文彦 著『対論 部落問題』で、部落問題に関連してハンセン病の差別問題で『今も昔も変わっていません』との発言に対して、論争になっていますが、
治療法が無かった時代のハンセン病と今とが同じだとの主張は『当時は結核や脚気も不治の病』で多くの人の命を奪っていて『ハンセン病』と同じ様に差別もあった。
これ等結核や脚気のような病気は致命的でないハンセン病とは大きく違い違い、死亡原因の第一位なので、当時はとんでもなく恐れられていた。
ですから、(今と昔では置かれている客観的条件が大きく違っているが)自分の考え(内心に限定すれば)『いまも昔も変わっていません』の条件付なら正しいが、
幾ら『内心』であったとしても『前提条件抜き』の『今も昔も変わらない』なら完璧な間違い(科学的な事実誤認)になり許されるべきではない。
このように客観的事実の前提(お互いの共通言語)抜きに語られる内心は、田母神の懸賞論文と同じで単なる『妄言』にもなることがあるのです

『橋下徹大阪府知事と同和利権の闇』

橋下大阪府知事は、08年知事就任直後に、法律どうりの同和事業の終結を求める共産党黒田議員の質問に対して、
『同和問題は解決されていないと言うのは、私の経験でも実体験でもあります。』
『私は・・・現在、同和問題、全く解決されていないと私自身が認識しております。』
と、『同和問題は未解決』であると断定している。
このように公的である同和差別問題で『内心』を優先させると、とんでもない事になるのですよ。
何故なら其れは暴力的利権集団解同の主張の骨子であり、彼等は自分たちの『内心』をすべてのそれ以外の人々に押し付け、優先させる。
『差別された者だけが差別を判定できる』、『被差別者以外はすべて差別者』なる特殊なスローガンを掲げて暴力的な糾弾活動で行政を私物化して膨大な利権を手にした部落開放同盟は今でも健在で、政策的に一番近くて殆ど違いない政治政策を掲げ、誰が考えても双方に利益がある社共両党が敵対関係に陥っているのも実は誰もが口にしない解放同盟との両党の距離の違いなのです。
これが決定的に違う。
だから社共は共闘出来ないし、現在敵対しているのです。
このことは過去の済んでしまった歴史的事実にとどまらず現在も一貫して続いており、今までの悪弊である特権的な記者クラブを廃止した田中康夫長野県知事は部落解放同盟の特権的な利権構造である『窓口一本化』も廃止している。
特権的待遇を廃止されたことを逆恨みした地元新聞(地元信濃毎日は62%の圧倒的シェアがある)と部落解放同盟の田中康夫知事に対する連日の非難キャンペーンにより選挙では敗北してしまう。
去年の総選挙で民主党推薦で兵庫8区から冬芝公明党幹事長の刺客候補として立候補するも、(特権的な利権を廃止された)長野の仇を兵庫で取ろうとする部落解放同盟の策動により(政策的な理由でも党略的な理由でもなく)社民党は当選する見込みが全く無い独自候補を擁立し憎い田中康夫の当選を公然と妨害する。
『内心は語るべきではない』
ですから『政治ブログ』では(危険物であるとの意識無しに)普遍性のない『内心』の扱いは慎重にならざるを得ないのです。
自分の勝手な(自由な)『内心の吐露』であるが、この様に何の共通項(政治や歴史に対する共通言語)を持たない場合には残念ながら幾ら真面目な『内心の吐露』であっても、はた迷惑な『妄言』とは紙一重であると言われても仕方あるまい。
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2 コメント

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そうですね (おいちゃん)
2010-01-22 18:22:09
ま、世の中に言ってはいけない言葉が多数ありますからね。

身内や仲の良い者たちとの閉ざされた場では言えても、
不特定多数の人々が居るところ、公の場などでは駄目で
あるのは当然ですからね。
従軍慰安婦の昔の記憶については、年齢的な客観的事実と
その場所に居たかどうかの物理的な信憑性が怪しいので、
私個人としてはあまり信じてはいません。
売春婦がくっついて行ったのかも、と考えられますからね。
戦争に行った親父や親類に聞いてみれば本当の事が判り
よかったのかもしれませんが。
あの知事氏は同和関係の人たちに票の依頼をしたのでは
ありませんでしたか?
ブロガーの大阪市問題さんは、その事実は無いとの考えでしたが。
性道徳に関する内外格差 (逝きし世の面影)
2010-01-23 10:45:22
おいちゃんさん、コメント有難う御座います 。

日本では元々性道徳に関しては諸外国に比べて寛容だった。(えらく理解があった)
旧日本軍の従軍慰安婦問題では中曽根康弘元首相が主計将校時代に兵隊たちの福利厚生施設として慰安所を立てたことを自慢していましたし、敗戦時に日本側で米軍用慰安婦を用意した事は新しい教科書を作る会の極右連中も良く知っている。
ところが外国ではそうではない。儒教道徳の中国では『乞食は笑っても良いが娼婦は笑うな』の諺があるしキリスト教文化圏ではもっと厳しい。
米議会での日本の従軍慰安婦非難決議採択阻止を目的に『作る会』や極右の日本会議などが首都のワシントン・タイムズの全面広告をするのですが、『アメリカ軍もやっていた』みたいな話でこの事実を書いていて米議会の顰蹙をかっている。
事実は半年ほどで米軍用慰安私設は閉鎖されているが理由は本国(アメリカ国内)に知られそうになったからで、其れまでは日本独自のこの制度の優秀性?はアメリカ軍も認めていた?らしい。
ただプロテスタント的な道徳観では許されることではないのでこの事実は向こうではタブーな訳です。(其れを暴けば、事実であるだけに余計に怒る)結果は日本支持の議員は沈黙し中立的な議員までが賛成に回り圧倒的多数で非難決議が可決される。
日本の場合には文化的な違いがあり売春はそれほど抵抗感は無かったのでしょう。初代駐日公使のハリスに日本政府(幕府)が女性を提供した話はあまりにも有名です。
官軍の進軍歌にまで♪三島女郎衆はの~へと富士山と共に歌われていますが日本では聖と俗(性)はセットなのでしょう。聖なるものの直ぐ側に必ず女郎屋(遊郭)が造られる。

紹介されている大阪市問題まとめサイトさんは、残念ながら現在は閉鎖されている。
オフイス・マツナガのブログ!(現役雑誌記者によるブログ日記!)によると記事は全部保存されているので、何らかの方法で公開されるようで、そのときが待ち望まれます。

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