逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

非実在青少年や非実在犯罪を取り締まる

2010年12月18日 | 社会

『石原慎太郎的な青少年健全育成条例改正』

民主主義社会とは、個人の『内心』を聖域として守ることで成り立っている。
『非実在青少年』なる不思議な言葉で有名になった東京都の青少年健全育成条例改正法案なのですが、今回は、ほんの少しだけ修正して『非実在犯罪』を取り締まるらしい。
近代民主主義とは思想信条の自由、出版や言論の自由を最大限認めるところから出発していて、どれほど異常であれ反社会的であれ『聖域』として保護する事で成り立っている
『良いものは守り、悪いものは禁止する』は絶対に駄目なのです。
歴史が教えるところは、無条件に一見すれば誰にでも『悪い』に見えるものでも、それが道徳など『個人の内心』に関係するものに対して、例外無く『責任を問わない』原則でないと民主主義自体が成り立ち難い。
しかしそんな論理は重々承知(昔若いときには価値の紊乱者を自称)している筈の元作家の石原慎太郎都知事が指導して『日の丸』『君が代』の子供達や教師への強制とか、今回の出版規制とかを行うのですから面白い。
発想が如何にも胡散臭いし論理(因果関係)に無理がある。
基本的にヤクザの発想です。
狂牛病発生での国産牛肉買い上げ事業をめぐる牛肉偽装事件の「ハンナン」浅田満と親密すぎる関係があり、便宜供与で引責辞任した福谷剛蔵羽曳野市長はヤクザ紛いの犯罪者と付き合う自分のことは棚にあげて、夫婦仲とか犬の飼い方とか近所づきあいなど市民生活一般にまで干渉する道徳条例を作ろうとした阿呆臭い話も有りますが、このように本人がヤクザっぽい道徳的でない人物ほど、関係ない他人に対しては道徳を垂れるのですから迷惑な話である。
本人達の『他人の内心や極個人的な話にまで干渉しようとする』発想の根拠とは、民主主義とは対極にあるヤクザの道徳や仁義なのでしょう。
公安調査庁の元部長だった菅沼光弘は、 やくざの構成員、準構成員の60%が同和で30%が在日だと日本特派員協会の公演で言っていますが、話半分としても高い数字です。
西日本系の山口組は『ハンナン』事件のように部落開放同盟と組んで同和利権に絡んで政治に絡んいるし、関東では石原慎太郎も日本青年社、救う会経由で住吉会と近いと言われていて、東京都の行う繁華街浄化のターゲットが山口組や在日が多くの利権を有する歌舞伎町・池袋で、関東系ヤクザが握る渋谷は厳格な取り締まりは行われていないとの指摘もある。

『内心を問う社会は住み難い』

近代以前の個人の『内心』を問題視する社会は、これはもう今よりも道徳的ではあるが矢張り住み難い堅苦しい社会ですよ。
幾ら心の中で妄想を膨らませても、あるいは道徳に反する事を小説などに書いてもリアルでなくフィクションであれば罰せられない今の社会は素晴らしい。
ところが近頃問題に為り出したセクハラや差別問題ではこのリアルとフィクションの境界線が曖昧です。
完全に事実だけを問題とせず被害者の『内心』が最優先される。
同じ行為、同じ言葉でも相手が嫌な異性の上司なら『セクハラ』になる、同性の同僚なら『問題なし』で、密かに好意を寄せている異性なら飛び上がらんばかりに喜ぶ。
全く同じ行為や言葉でも三者三様で全く違ってくるのです。
何故そうなるかと言うと、この場合の『セクハラ』も『差別』も全く同じ『個人の内心』のことを考えているからです。
現実の『社会的制度としての差別』を問題にしているのではなく、個々の個人の内面にある心の中の差別意識『内心』を問題としているのです。だから悩ましい。
今回の東京都の青少年健全育成条例改正法案は権力をもって個人の内心に干渉するのですから、『悩ましい』程度ではすまない危険を含んでいる。

『結果責任』

それにしても考えてみれば不思議ですね。
近代民主主義は個人の『違法行為』は処罰するが、それ以前の社会では重罪であると考えられていた個人の『内心』は、どれ程モラルに反する不思議な考えであれ凶暴であれ異常であれ『違法』とはせずに処罰しないのです。
近代社会とは個人の内心である宗教(道徳)から切り離す事で成立しているのです。
政教分離や思想信条の自由の原則ですね。
その為に宗教から科学が独立することが出来たし、それで近代社会は成り立っているとも考えられる。
民主主義の基本は、どれ程悪い事でも(あるいは良いことでも)内心である限り守るべき(誰も責任を問われない)ものなのです。
ですから、この基本原則どうりなら『個人の内心』と切り離して、すべて物事の『結果責任』こそ問うべきですが、面白い事に民主主義以前の社会の方が『人の死』に対してはシビアで『結果責任』を問題にしていた。
『業務上過失致死』何てことが言われだしたのは近代の産物であり、それ以前は『人の死』は全て纏めて『人殺し』事件だったのです。
江戸時代に大八車での交通事故死の責任を問われて遠島(重罪)になっていますが、これは欧米でも事情は同じらしい。
現在のような『当事者の犯意を問題にする社会』、言い換えると『結果責任を問わない社会』が出来上がるのは産業革命以後の話で、これは『自動車を一般市民に売る為だった』なんて面白い説もありますね。
確かに、うっかり交通事故を起こしたら無期懲役では、誰も怖くて車を買う者は一人もいません。
産業革命以前の社会は、今よりは余程厳罰社会であったのです。
『社会の進歩』と、刑罰の範囲と程度の縮小は密接に関連している。
ですから今まで許されていた程度の事柄(日の丸君が代問題や今回の非実在犯罪)が罰せられる石原慎太郎ワールドとは、間違いなく社会全体の退行現象で危険な兆候である。
けっして『自分には関係ない話である』などと見過ごしにすべきではないでしょう。
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8 コメント

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石原慎太郎のメンタリティ (湧泉堂)
2010-12-17 20:41:56
石原慎太郎は、脅迫神経症の症状に囚われているように見えます。

『オレ様は優秀な支配階級に属する人間であり、知性も教養も無い愚かな一般大衆は、唯々諾々とオレ様の言うことに従って、黙って被支配階級に甘んじていればいいのだ!』

ということを証明することに『脅迫的に』迫られている。そんなふうに見えるのですが。

誰かが、その症状(パーソナリティー)を利用しようとしている…。ような気がします。
今回の問題は都知事の発言がまずかった・・・。 (壊れ甕)
2010-12-17 21:17:24
今回の件においては、やはり石原都知事が漫画家さんや同性愛者の方々が激怒するような発言を公の場で喋ってしまったことが問題だと思うのです。
反対派の一部の方々も感情的になっている面があるなと感じますが、都知事も都知事で信じられないような発言をしてました。
「少し頭を冷やせ」とか「同性愛者の連中は遺伝子の異常だ」とか、「あんなもの規制されて当然だ」とか・・・。
極道映画に出てくるやくざのセリフですよ、あれは・・・。
ああいうことは個人で思っているならば別に良いのですが、公の場でそういうことを堂々と垂れ流したのはかなりのマイナスポイントだなと。
正直、漫画・アニメよりも石原都知事の発言が青少年に悪影響を与えるのではないかと感じます。

あと、彼の息子である良純さんの話によれば「漫画を読むことは一家の恥だ」という教育をしていたらしいです。
そういう家訓を持っているなら、なぜ彼が漫画やアニメを規制しようと夢中になっているのかに納得がいきます。
150年前の逝きし世の面影の世界 (宗純)
2010-12-18 12:16:40
湧泉堂さん、壊れ甕さん、コメント有難う御座います。

慎太郎ですが、みなさんで何かを論じる程の人物であるとは到底思えません。
シナや三国人、ババア発言など超強気に見えるのは必死になって自分の弱点(内気で優柔不断で根性なし)を見せないように頑張っているからで、無理のし過ぎなのです。
中身が無く恰好だけです。だからみっともないのですね。
昨日の定例記者会見で、72年発行の石原慎太郎自身が『真実の性教育』(光文社)に 『いかなる書物も子供を犯罪や非行に教唆することはない。』と書いていたことを指摘され、
『そのころ私は間違っていた』『変態を是認するような本は、 あのころあまりなかった。』などとシドロモドロの意味不明釈明。
当時どころか我が日本国は『性』に関しては大昔から何でもありの先進国だったのですよ。
日本書紀を読めば、誰でも知っていることですが近親間の性行為どころか近親婚のオンパレードで今古墳が発掘され話題になっている皇極天皇(斉明天皇)は異母兄弟の舒明天皇と結婚して中大兄や間人皇女、大海人皇子の3人も生んでいるし、中大兄の子供の大田皇女や持統天皇は父親の弟の大海人と結婚している。
東京都の基準では古事記も日本書紀も禁止ですね。
近世でも話は同じで、ゴッホやゴーギャンに大きな影響を与えた日本の浮世絵ですが、実は三分の一は男女の交合を描いた春画なのですね。
西洋にも猥褻画はあったのですが浮世絵とは大違いでおどろおどろしい反宗教画なのです。
西洋とは大違いの、何のためらいも罪の意識も無い『性』を描いた日本の浮世絵を見た欧米の知識人のカルチャーショックは凄まじく、衝撃的であったらしい。
この伝統は今でも少しは残っているのか日本のエロアニメは世界的に有名でエロ漫画は『HENTAI』の名前で通っている。
欧米先進国社会では日本とは違いポルノは解禁されているとの常識は、実は一部が誤解でポルノの出版などはカルフォルニアの極一部の地域だけで作られており深南部のバイブルベルトでは今でも禁止なのですね。
ハスラーなどの男性雑誌にはOffer void in AL、AR、MS、UT、KY、TN.などのポルノが禁止されている南部諸州の名前が列挙されているのですが、東京都もこれらのディープサウスの州兵を動員して黒人学生の締め出した人種差別で有名なアラバマ州やミシシッピー州並みの人権感覚なのですよ。
諦念 (農婦)
2010-12-20 06:11:47
コレしか、ないのでわ。dしかし・・・・・・;・日本国民^の責任の結果だから、すみません。
とんでもない、頓珍漢の私。 (農婦)
2010-12-20 06:22:38
すみません。とんでもないコメントを発信しまして。よくよく、わたしなりにかんがえてからコメントをさせていただく)事を申し上げお詫びに変えさせていただきます
脳内妄想の世界 (宗純)
2010-12-20 13:48:09
農婦さん、コメント有難う御座います。

それしても少し前のアグネスチャンの『非実在青少年』も不思議だったが、今度の話は面白いですね。
アグネスチャンですがこの人物は世間に見せている姿とは大違いで、可也の程度でいかがわしい人物ですよ。
ニセ科学のインチキ商品の広告塔をやったり胡散臭い大学の資格商法をやったり、何かの危険なカルト団体と関係があるのかも知れません。
アグネスの胡散臭さについては大槻義彦氏が自身のブログで繰り返し批判しています。
それにしても犯罪行為ではない近親間の性行為を都の条例で書くことを禁止する石原慎太郎的な発想には呆れ果てます。
エロなどがそれ程問題であるなら、それなら殺人など刑法で明確に禁止している犯罪を表現する方がよほど問題点も多いのではありませんか。
殺人なんかは実行しなくても未遂でも犯罪であるくらいの重大犯罪なのです。
つりあい上即発禁で放送でなら放送免許の取り上げにしないと不公平ですが、それならほとんどの劇映画は上映禁止ですね。
エロも犯罪行為も何もなしの健全な文化の行く末とは・・・矢張りあの世の極楽浄土くらいでしょうか。
気持ちが裁かれる (日向男)
2010-12-21 12:37:19
何年か前から、18才未満の未成年との性交は違法になりましたが、女性は16才から結婚出来るため、結婚しているか、結婚の意志がある場合は合法という不思議な状況です。

結婚しているか、結婚の意志があれば「清い性交」で、そうでなければ「淫らな性交」ということなのでしょう。

気持ちが裁かれるということだと思えるのですが、法改正の時、あまり騒がれなかったのを不思議に思ってましたが、まあ、その程度なんでしょう。

カトリックが避妊を禁じているのも、ここら辺の理由じゃないかと推測します。それと、信者が増えるためと。
ショークスピアや紫式部 (宗純)
2010-12-21 15:27:12
日向男さん、コメント有難う御座います。

ロミオとジュリエットの恋愛劇は15歳と13歳に設定されているのですね。
不純異性交遊の極みです。
源氏物語なんか石原慎太郎風の解釈なら9歳のいたいけな少女の若紫を誘拐監禁して13歳で強姦する極悪な話なのですよ。
光源氏の正妻となる朱雀天皇の内親王の女三宮も13歳程度の年齢で、源氏の娘の明石の女御が東宮に入内するのは11歳で13歳で出産している。
これ等は世界的な名作中の名作なのですが、すべて
ユーラシア大陸東端の外れにある列島の中にある最大の都市では困ったことに発禁処分。これでは文化もヘッタくれもあったものではありません。

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