逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

イスラエルの『戦争犯罪』は旧約聖書に由来

2009年01月15日 | 宗教

イスラエル極右政党党首、「ハマスには第2次大戦での日本と同様の対処を」

【1月14日 AFP】イスラエル極右政党「わが家イスラエル」のアビグドル・リーバーマン党首は13日、イスラエル政府は第2次世界大戦で日本を降伏させた米国の例に従うべきと発言した。
同国英字紙エルサレム・ポストよると、リーバーマン氏は、テルアビブ近郊のバーイラン大学での演説で、「米国が第2次世界大戦で日本に行ったのと同じように、イスラム原理主義組織ハマス(Hamas)と戦い続けなければならない」と主張した。

 『日本は1945年、広島と長崎に原爆を投下された後、降伏している。』

リーバーマン党首はさらに、「ハマスが権力の座にいる限り、イスラエルの安全は確保されない。したがって、われわれは戦いを続けようとするハマス側の意志を打ち砕くことを決心をする必要がある」と語った。
同氏の発言は、パレスチナ自治区ガザ地区(Gaza Strip)のラジオ局でも放送され、携帯電話のテキストメッセージでも多くの人に伝わった。パレスチナ側は激しく反発している。
リーバーマン氏の「わが家イスラエル」は、イスラエル国内で大きな勢力であるロシア移民のコミュニティーを中心に支持を得ており、2月10日に実施予定の総選挙で第4党に浮上するともささやかれている。






『全ての不幸の元は旧約聖書』

2000年以上前に書かれた『旧約聖書』の記述をほとんど唯一の根拠として、欧米の白人系ユダヤ教徒(アシュケナジー)によって中東のパレスチナの地に人工的に建国された宗教国家が、『イスラエル』と言う名の紀元前の古代国家と同名であるが勿論何の関係も無い。

この『ユダヤ教』という宗教によって作られた国家(イスラエル)ほど、パスカルの『人間は宗教的信念をもってするときほど、喜び勇んで、徹底的に、悪を行うことはない。』という言葉の正しさを証明して見せているものはない。

現在ガザで行われている悲惨で愚かな蛮行の出発点、根本原因とは何か。?
それは、猛烈に不愉快な一つの神を持つ一部族の『カルト』だったユダヤ教と、そのカルトの教義を記した『旧約聖書』にその原因の本質があった。






『旧約聖書とは何か』

ユダヤ教の教典で有るばかりでなく、欧米世界で最も影響力が有るキリスト教の教典の一つでも有る『旧約聖書』の、病的ともいえる悪行を為す残忍な鬼畜のような『神』の存在抜きにして今のイスラエルの蛮行を説明するのは難しい。

『偽書』

人類の歴史には出処の怪しげな文章が突然に見つかり、発見者の立場を強力に支持するような重要な情報をもたらしてくれる。
しかし、入念に、時には勇敢に調べてみると、その文章は贋作で有る事が判明する。
でっちあげをする側の動機は非常に判り易く、旧約聖書の申命記がその典型と言えるだろう。
この文章は、エルサレムの神殿に隠されていたところを、紀元前7世紀にヨシア王によって発見された事になっている。
宗教改革闘争のさなかにあったヨシア王は、自分の考えを全て支持してくれる新しい聖書の部分(申命記)を奇跡的に発見したと言うわけだ。

(旧約聖書・申命記 7章1-4)

『お前たちの神がこれらの民をお前たちに与え、それをお前たちが征服するときは、彼らを徹底的に破壊するのだ。
彼らを相手にしてはならない。憐れみも掛けてはいけない』 



旧約聖書の『ミカ書』は『正義を行い、慈しみを愛せ』と教えている。
『出エジプト記』には、『殺してはならない』と書いて有る。
『レビ記』には、『自分自身を愛するように隣人を愛せ』と書いて有るし、『福音書』には『汝の敵を愛せ』と教えている。
このように良き教えが沢山書かれていると人々に信じられている『聖書』の教えを奉じる者達が、どれほどまでに多くの血の海を作ってきたかも聖書には書かれているのである。

『ヨシュア記』や『民数記』の後半には、カナン(パレスチナ)全域で行われた大量殺戮の事が記されている。
町という町で、男ばかりか女子供、はては家畜までが皆殺しにされるという出来事が,さも嬉しそうに書かれているのだ。
エリコの町は『聖戦』の為に跡形も無く破壊された。
『ヨシュア記』には、
『息の有る者はことごとく滅ぼし尽くした。イスラエルの神、主の命じられた通りであった』
この大量殺人の理由はただ一つ、殺した側(ユダヤ人)のこんな言い分だけた。
『遥か昔に、神は我等の先祖に約束された。息子に割礼をほどこし、一定の儀式を執り行うならば、この土地を我等に下さると』。

(士師記 21章10-24)

「そうして彼らは1万2千の兵士をヤベッシュ・ギリアッドに送り、女子供も含め、そこの住民を皆殺しにしろと命令した。
『これがお前たちがやることだ』彼らは言った。『すべての男たちと処女でないすべての女たちを殺せ』。

(エゼキエル書9章5-7)

「それから私は神が他の男たちに言うのを聞いた、『町まで彼について行け。そして額に印が無い者たちはすべて殺すのだ。情け容赦するな。皆殺しにするのだ・・年寄り、女子供もすべてだ。しかし、印ある者には触るな。この寺院からお前たちの仕事を始めよ」
「彼らはまず70人の指導者たちを殺した。『寺院を汚せ!』神が命令した。
『庭を死体で埋め尽くせ。さあ行け!』そうして彼らは町中に入って行き、言われた通りのことをした」。

(民数記第31章18節)

『民数記』は、神がモーゼにどのようにミディアン人を攻撃するように仕向けたかを述べている。
彼の兵達は、あっという間に全ての男を虐殺し、ミディアン人の全ての町を焼き払ったが、女と子供は殺さなかった。
部下の兵達がこの様に慈悲深い自制をはたらかせた事をモーゼは激怒し、全ての男児と、処女でない全ての女を殺せと命じた。
『女のうち、未だ男と寝ず、男を知らない娘は、貴方達の為に生かしておくが良い』

(ヨシュア記第6章21節)

モーゼの時代に始まった民族浄化は『ヨシュア記』において血まみれの成果をもたらす。
『ヨシュアはエリコを攻めた。崩れ落ちる城壁・・・エリコの戦いにおける古のヨシュアにかなうものなんて無い』
いにしえのヨシュアは、イスラエルの民が『男も女も、若者も老人も、また牛、羊、ロバに至るまで町に有るものはことごとく剣にかけて滅ぼし尽くすまで、休む事が無かった』。

聖書の物語における『神』と言う人格は、約束の地(パレスチナ)の占領に伴う大虐殺や民族殲滅について、何らかの疑念や罪の意識を感じていた形跡は全く無い。

『申命記』第20章における神の命令は、情けの欠片も無くあけすけである。
彼(神)は自分自身にとって必要な地に住んでいる人間と遠くはなれたところに住んでいる人間とを明確に区別した。
後者は平和的に降伏するように勧告しなければならない。
もし拒絶すれば、男は殺し、女は繁殖の為につれさられた。

この比較的人道的な扱いと対照的に、あまりにも不運な事に、すでに約束された生存圏(レーベンスラウム)に定住してしまっている民族に対しては、一体どんなことが用意されていたのか読んでみると、
『あなたの神、主の嗣業として与えられれる諸国の民に属する町々で息の有る者は、一人も生かしておいてはならない。ヘト人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人は、あなたの神、主が命じられたように必ず滅ぼし尽くさねばならない』。



『旧約聖書は人間の尊厳に対する侮辱』

宗教があっても無くても、善いことをする善人はいるし、悪い事をする悪人もいるだろう。
しかし、善人が悪事を為すには『宗教』が必要である。
人間は、宗教的な確信を持って行っているとき以上に、完璧かつ快活に悪を為す事は無い。
旧約聖書で自らは『神』を名乗っている人格(ヤハウェイ )はユダヤ人にとっては『神』かもしれないが、ユダヤ人以外の別の民族にとっては神ではなく極悪な『魔物』か凶暴、残忍な『鬼畜』と解釈されても致し方ない性格を持ている。
もしオウム真理教が理想国家を建設し、半世紀にわたって超大国アメリカ合衆国の対外軍事援助総額の半分以上を独占して成長すれば、今日のパレスチナの悲劇は誰にでも当然予想された範囲内の事柄であろう。
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24 コメント

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こちらではお初です (アキラ)
2009-01-16 17:12:13
こんにちは。やっとID取得しました。 (^_^;)
いつもTBありがとうございます。m(_ _)m

旧約聖書の神は、ホント ムチャクチャですよね。

> 『出エジプト記』には、『殺してはならない』と書いて有る。
『レビ記』には、『自分自身を愛するように隣人を愛せ』と書いて有るし、
<
福音書は新約なのでちょっと置いとくとしても、結局この旧約聖書の律している対象は「ユダヤの同胞」内の話ってことですよね。
異邦人は人に非ず、と。
これは欧米的なヒューマニズム、つまり浅はかなレベルでのキリスト教徒にも言えると思います。
想定している「人」以外は人に非ず、と。
再送です (アキラ)
2009-01-16 17:14:55
すみません、失敗したみたいなので再送してみます。

こんにちは。やっとID取得しました。 (^_^;)
いつもTBありがとうございます。m(_ _)m

旧約聖書の神は、ホント ムチャクチャですよね。

> 『出エジプト記』には、『殺してはならない』と書いて有る。
『レビ記』には、『自分自身を愛するように隣人を愛せ』と書いて有るし、
<
福音書は新約なのでちょっと置いとくとしても、結局この旧約聖書の律している対象は「ユダヤの同胞」内の話ってことですよね。
異邦人は人に非ず、と。
これは欧米的なヒューマニズム、つまり浅はかなレベルでのキリスト教徒にも言えると思います。
想定している「人」以外は人に非ず、と。
後半です (アキラ)
2009-01-16 17:16:26
福音書は新約なのでちょっと置いとくとしても、結局この旧約聖書の律している対象は「ユダヤの同胞」内の話ってことですよね。
異邦人は人に非ず、と。
これは欧米的なヒューマニズム、つまり浅はかなレベルでのキリスト教徒にも言えると思います。
想定している「人」以外は人に非ず、と。
アキラさんコメント有り難うございます (ブログ主)
2009-01-16 18:02:19
宗教書として旧約聖書ほど、これ程あからさまに内集団と外集団とを差別しているものは有りませんね。
実は新約聖書の福音書のイエスの言葉「汝の敵を愛せよ」の意味も本来はユダヤ人「内集団内の敵」の意味で外集団の人々は「人間」の範疇に入れていません。
これを外集団にまで広げたのはパウロの功績でそれ以降は他の民族にもユダヤ教の改革派(キリスト教)が広まっていくわけです。


ユダヤ教改革派(キリスト教)もユダヤ教も圧倒的に権力を持っている『神』と殆んど力を持っていない『個人』とが一対一で契約を結ぶ方式になっているが、ここが問題です。
神と契約した者だけが救われ、契約しなかった者はたとえ善人であれ救われない。
この辺の関係は、大手損害保険会社と我々一般契約者の関係と似ている。
力関係が対等でないものの契約は、長年掛け金を払い込んでいても何時でも一方的に些細な契約違反を理由として解約されるんですよ。
契約約款に違反したとか何とか難癖を付けて契約金の支払いを拒む。
悪徳損害保険会社と旧約聖書の神は良く似ています。我々日本人的には卑しくも神を名乗るなら、契約の有無に係われず助けるのが『神』の本来の仕事だと思うのですが、けち臭く契約者(それも少し契約違反のなかった人だけ)だけを助けるでは損保会社と同程度の悪行です。
Unknown (Unknown)
2009-01-16 21:47:10
ん~、ルカ福音書には「よきサマリア人」の話も出てきますから、外集団にまで拡げるようになったのはパウロ以降だとは言えないのではないかと思うのですが。。。
まぁサマリア人のような人々を「内集団」とみるか「外集団」と見るかで意見が食い違ってくるのかもしれませんが、少なくとも当時の扱いから考えると「内集団」とは言えないかと。

>けち臭く契約者(それも少し契約違反のなかった人だけ)だけを助けるでは損保会社と同程度の悪行です。
<
これは「人間の基準」ですよね。 (^o^)
だからこそ、唯一絶対神の基準は「人間には理解不能」なんじゃないですか。
そこが、唯一絶対神を神と崇める文化の最大のキモでしょう。
すみません、上のは私のコメントです (アキラ)
2009-01-16 21:48:56
字数制限があるのでしょうか?
後半部は以下です。

>けち臭く契約者(それも少し契約違反のなかった人だけ)だけを助けるでは損保会社と同程度の悪行です。
<
これは「人間の基準」ですよね。 (^o^)
だからこそ、唯一絶対神の基準は「人間には理解不能」なんじゃないですか。
そこが、唯一絶対神を神と崇める文化の最大のキモでしょう。
何度も申し訳ないです (アキラ)
2009-01-16 21:52:35
これは「人間の基準」ですよね。
だからこそ、唯一絶対神の基準は「人間には理解不能」なんじゃないですか。
そこが、唯一絶対神を神と崇める文化の最大のキモでしょう。

(コメント、うまくいきませんね。。。)
コメント有り難うございます (ブログ主)
2009-01-17 11:25:09
gooID取得以外の制限はありませんが、何かセキュリティ面で問題が有るのかも知れませんね。
字数制限は有りませんが、コメント欄なので記事に関連した内容に限定して掲載し宣伝や意味不明のものは削除しています。


普通の宗教は、建前上は万人に平等に振舞う(神の前では平等)としているのですが、このユダヤ教(旧約聖書)だけは全く別でユダヤ人だけを絶対条件として内集団と外集団に分離して差別する不思議な宗教です。
ユダヤ教の教典である旧約聖書は、破廉恥で凄まじい人種差別が基本(根本原理)になっている。
旧約聖書の記述は40年前に起こった妊娠8ヶ月だったシャロン・テートら5人を惨殺した後に『悪魔のいけにえ』の儀式を執り行ったマンソンの言い分とどれ程の違いが有るのか無いのか疑問。
両者は殆んど同じか或いはマンソンの方が多少は人間的でさえある。
旧約聖書は何処から判断しても悪魔的な破壊的カルトの教典であることだけは間違いないでしょう。
この事を理神論の立場から指摘したコモン・センスの著者トマス・ペインはアメリカ独立の最大の功労者にも拘らず歴史から抹殺される。

キリスト教がユダヤ改革運動から出発しているのでユダヤ教の悪弊(旧約聖書)も引き継いでしまった。
キリスト教にとっては旧約聖書(ユダヤ教教典)の人道に反するカルトの部分が最大のタブーなんでしょうね。


仏教ではアブラハム一神教とは対称的に、親鸞の様に「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」とか信心に関係なく無条件に阿弥陀如来が全ての人々を救う話とか、今問題になっている『自己責任論』ではなく全ての人に最低限の生活を保障する『シビル・ミニマム論』に近い。
反対に一神教は、今問題になっている新自由主義と同じで、真面目に行えば行うほど矛盾が深まり本来の目的とは逆の方向に進んでいき最期には必ず破綻します。
あのですねぇ.(^^;) (kaetzchen)
2009-01-17 13:14:00
皆さん,ユダヤ教の聖典とされてる旧約聖書の箇所は現行の「新共同訳聖書」の旧訳の前半分ほどなんですよ.(^^;) それに旧約聖書には教派によって認められていない「続編」もあるんです.

案外知られていないのですけど,イスラエル人がユダヤ教の経典としている旧約の箇所は「モーセ五書」と呼ばれる創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記の「律法」がメイン文書です.それにヨシュア記とサムエル記上下と列王記上下という「歴史書」,歴代誌上下に詩編に箴言という「諸書」をつけたものが基本的な経典です.人と神の対話を書いたヨブ記などは,ユダヤ原理主義の連中はむしろ遠ざけている位.

要するに,イスラエル人の思想も基本的には現世和平派と軍国原理主義派とに大きく分かれていて,実際にイスラエル国内でイスラエル人の世論調査をしてみるとこれらの2派にまっぷたつに割れることが分かっていて,結果として内戦を防ぐために後者の原理主義者が蔓延っていると見るのが現実認識としては正しいのではないでしょうか.

ちょっとばかり「謀略思想」にはまりこんでいて,初めてこのブログを覗く人は誤解するんじゃないかなと思い,ちょっと入れ知恵させて頂きました(笑)
コメント有り難う御座います (ブログ主)
2009-01-17 16:44:58
キリスト教徒のkaetzchenさんには何度か言ったことが有りますが、キリスト教の教典である『新約聖書』福音書などは確かに人々に愛と平和を説いているわけですが、しかしユダヤ教の教典である旧約聖書は記述内容に問題が有りすぎです。
宗教としてキリスト教は新約聖書だけでは駄目なんですか。?
あるいは、世の中を取り巻く状態や倫理観が大きく変わったので、旧約聖書の問題部分の記述を破棄するとか、出来ないんでしょうか。?
ユダヤ教はどう考えても、古代の戦闘的一部族の信仰していた略奪や集団強姦や虐殺や民族絶滅を合理化するトンデモナイ悪逆非道な破壊的カルト宗教ですよ。
そして『旧約聖書』は忌み嫌われるおぞましい典型的なカルトの教典で、真面目な子供達には読ませるべきではない悪書中の悪書です。
素人的には、旧約聖書が無くともキリスト教は十分に成立すると思うんですがね~え。やはり駄目なんでしょうか。?
自分達にだけ都合のいい神様 (カーク)
2009-01-17 17:46:38
自分達にだけ都合のいい神様を持つ宗教はカルトなんでしょうね。
私は、キリスト教より仏教の方に親しみを感じる無神論者、あるいは、1人1神(人はそれぞれ神である)論者であります。
コメント有り難うございます (ブログ主)
2009-01-18 14:09:35
人殺しを合理化する宗教は間違いなくカルトでしょうね。
信者(内集団)だけに都合のいい神様で、カルトのオウム真理教との差は、歴史が有るか無いかとか信者が多いか少ないかだけで、ほとんど同じ宗旨の宗教です。
しかもオウム真理教が手製の毒物程度の武装だったのに比べユダヤ教の教典を唯一の根拠として人工的に作られたイスラエルは、欧州キリスト教国の援助やアメリカの軍事援助のお陰で中東随一の軍事大国です。
これでは周りのユダヤ教信者以外の人々はたまったものではありません。
イスラエルも日本も基本的には同じ「仮想国家」 (kaetzchen)
2009-01-18 17:50:15
 ブログ主さん,まじめなコメントをども.(^_^)

| しかしユダヤ教の教典である旧約聖書は記述内容に問題が有りすぎです。
| 宗教としてキリスト教は新約聖書だけでは駄目なんですか。?

 ダメなんですよ(笑) 実はイエスの説経とか,弟子のパウロやルカの書いた文書には,非常に多くの「旧約聖書」(但し,ニカイアの宗教会議で成立した「キリスト教の旧約聖書」) からの引用がものすごくありましてね.

 牧師いわく,キリスト教では基本的に新約聖書が経典で,旧約聖書はあくまで参考書だという言い方をしてましたけど;実際の所,英語版とかドイツ語版とかラテン語版なんかの原典にあたると,ものすごく多くの注がついていたりするんです.皆さんが書店で手にされる日本語訳の「聖書」には大ていの場合,新約にも旧約にもほとんど「注」がついていません.つまり岩波書店などから出ている「注解書」を読まなければ,裏にある「引用」や「注」が分からない仕組みになっているんですよ.(^^;)

 私は幸いに幼稚園の時に「洗脳された」おかげで(笑),その手の注解書と首っ引きで読んでいるため,新約や旧約が不可分の形で引用されたりリンクされたりすることが分かるんです.従って,

| あるいは、世の中を取り巻く状態や倫理観が大きく変わったので、旧約聖書の問題部分の記述を破棄するとか、出来ないんでしょうか。?

これに関しては基本的に聖書を編纂したヴァチカンが問題部分の記述を変えたりしない限り,無理なんじゃないかなと思ってたりします.しかも,キリスト教は東欧へ東方正教の形で伝わっていますから,余計にこれが面倒だったり…….日本にも幾つかロシア正教の寺院がありますけど,彼らはすごく排他的で,信徒ですけど拝ませて下さいませんかと頼んでもロシア正教に改宗しない限りだめだと坊主に追い出されたことがあります(笑) まぁ,仏教でも永平寺の坊主が高野山へ登ったら,たちまち僧兵に追い出されるでしょうけどね.要するに密教などは極めてカルト性が高いということで,話はイスラエルの気狂いに留まらないんですわ.


| ユダヤ教はどう考えても、古代の戦闘的一部族の信仰していた略奪や集団強姦や虐殺や民族絶滅を合理化するトンデモナイ悪逆非道な破壊的カルト宗教ですよ。

 はい,旧約を読めば読むほど,その前半部分はそうだと肯定します.ただ,ヨブ記以降はそういった記述はほとんどありません.つまり,古代イスラエル民族が栄華を誇っていた時代の歴史が旧約の前半部分の歴代誌までの話でして.よく読まれるとお分かりになると思いますけど,実は「歴史書」と呼ばれる古代イスラエル王国の「正史」である列王記と,その次に書かれている「諸書」の歴代誌とは,内容にかなりの矛盾があります.もともと言い伝えだった文書を後にヘブライ語のくにゃくにゃの文字で粘土板に記録した訳ですから,無茶苦茶なのは仕方がないでしょう.

 統一協会と大ゲンカしたので有名な,仙台の浅見定雄さんも実際にお会いして彼の専門の古代イスラエル史学のお話を伺ったことがあるのですけど,大まじめで列王記と歴代誌の矛盾について滔々と持論を説かれた時には彼の知識の深さに驚いたことがあります (奨学金でアメリカ留学して神学博士になった人だから当たり前か).彼は上司の教授と年齢が近くて,なかなか教授になれず,万年助教授だったせいで,原理研の学生から「助教授!」と言われても平気な顔をして笑ってましたけどね(笑)

 つまり,キリスト教徒は原理主義に走らない限り,旧約の前半部分はあくまで「神話」と受け止めており,原理主義=福音教会のバカどもが進化論に反対してたりするカルトなんですよ.そういう意味ではアメリカの福音教会やその下部組織である Power for Living なんかは極めて危険なカルトだと言えます.しかし,同様に仏教においても,創価学会やチベット仏教やそのコピーのオウム真理教は極めて危険なカルトであり,いつテロに走ってもおかしくないと断定して構わないのではないでしょうか.当然,日本神道を統轄する「神社庁」も同様ですね(笑) もちろん,拉致事件を引き起こした統一協会も同様のことが言えます.


| 素人的には、旧約聖書が無くともキリスト教は十分に成立すると思うんですがね~え。やはり駄目なんでしょうか。?

 うん,だめ(笑) ただ,日曜学校の子供たちには大きな新約聖書だけ別冊にして与えてまして,イエスさまやマリアさまの話ばかりしてますけどね.あと,私も献金してますけど,日本ギデオン協会という国際的なプロテスタント穏健派の組織が1冊200円の原価で日本中のホテルや旅館や高校や病院や機動隊や自衛隊に(特に警察や自衛隊は自殺予防のため)新約聖書を配っています.要するに,キリスト教に触れるための,心の拠り所にして下さいという意味で,私は「とりあえず」新約聖書だけ読まれてみては,という結論になるでしょうね.
親亀こけたら小亀もこける? (ブログ主)
2009-01-19 10:06:34
kaetzchenさん。コメント有り難う御座います。
私のかねてからの主張、ルター等のやったインチキ臭い『聖書原理主義的な改革』ではなく矢張り『キリスト教の真の改革』(真の宗教改革)が絶対に必要なようですね。
これ(宗教改革)なくしてはキリスト教はカルト臭を脱して、すべての人の為の真の世界宗教になることは出来ない。

ユダヤ教の教典(旧約聖書)の中に、略奪や集団強姦や虐殺や民族絶滅を合理化するトンデモナイ悪逆非道な破壊的カルトの部分が有るのは、読めば誰にでも判ります。
これは日本国憲法を読めば、再軍備も戦争も禁止していて世界有数の軍事力である自衛隊が違法で有ると解る以上に明白です。
ところが独立している宗教で有ると信者達も周りの人たちも思っているが、実は親亀(ユダヤ教)の上に載っている小亀(キリスト教)の関係なので親亀こけたら小亀もこける。
これでは残念ながら宗教として自立していません。教義的にはまだまだイスラムよりも劣っているようです。
創価学会と宗門(日蓮正宗)の関係とソックリで、親亀より小亀が100倍以上大きくなっってしまって親子の力関係が途方もなく逆転しているのも同じ。
しかもキリスト教は『創価学会』と同じように宗教として完全に自立(自主独立)していないから、宗門攻撃(ユダヤ人差別)のようなを愚かしく見苦しい行為を、2000年近くも続けるなど傍から見れば理解に苦しむ事をする。
(因みに創価学会は20年も見苦しい宗門攻撃を続けている。)
キリスト教のユダヤ人差別が止んだのは数十年前のことで、それまでは教会での説教の多くの部分はイエス・キリストを殺したユダヤ人の悪行の数々だったんですよ。
今とは逆に、ユダヤ人の悪行を記録している『旧約聖書』は説教の必須アイテムだったわけです。
この事が劇的に変化するのはナチの蛮行が明らかになった第二次世界大戦後の事です。
第二次世界大戦とは宗教戦争でもあった。新教のナチスドイツは最大の敵である無神論のソ連人を2000万人、旧教のポーランド人を800万人、異教徒のユダヤ人を600万人殺すが、これ等は旧約聖書の記述の通りを、現実世界で実践して見せただけです。
新教(プロテスタント)ドイツの最大、最悪の敵の順番は、無神論者>異端者>異教徒になっているわけです。
第二次世界大戦後には二番目と三番目の敵とは和解、同盟して最大の敵(無神論者)と長い長い冷戦に突入していく。
政治経済だけで判断しても真実は見えない。西欧の歴史から宗教を抜きにすると本質が見えてこなくなるようです。
宗教というよりも哲学の違い (kaetzchen)
2009-01-19 19:01:02
ブログ主さん,こんにちは.ようやくお互いに意見が歩み寄れたみたいですね(笑)

実際のところ,政治経済どころか自然科学も西洋哲学から自由にはなれません.現に,中世にできた大学,つまり教養部の前期課程はラテン語の読書き.キケローやアリストテレスやプラトーンなどの,世界史の教科書に出てくる文筆家や歴史家や哲学者の文章を引用して徹底的に「哲学」を学ぶ訳.後期課程は自然科学で,これもやはり「哲学」の延長線にあります.だから私が最初に貰った博士号も「哲学博士」Ph.D でした.まだ海の物とも山の物ともつかなかったからです.(ちなみに前期課程と後期課程を一緒にしたものが英語で言う liberal arts)

そういう意味では,自然科学も根っこがローマ哲学とキリスト教が融合したところに乗っかっているので,常に怪しい「擬似科学」が出てくるんだ,という論理的結論が出てきてもおかしくない.ブログ主さんも,うすうすそんなことに気が付いているのではないでしょうか?
近代科学発展の原動力 (ブログ主)
2009-01-23 14:59:32
科学と宗教は全く別物ですが、西欧の近代科学の発展には深くキリスト教の危機が関係している。
長い間、西欧は世界の辺境地域の文化的に遅れた地域で、中国インドはもとより中近東のイスラムからも遥かに科学的に文化的に遅れていた。
暗黒のキリスト教(宗教)だけの宗教地域だったんでしょう。
ところが宗教改革で、よってたつ宗教までが危機に晒される。
そこで、聖書の記述が正しい事を、世界から色々な博物を蒐集して証明しようとした。
ダーウィンのビーグル号での世界一周なんかも、正にこれに当てはまります。
聖書の記述の正しさを証明する目的だったが教会とか国家の全面的な援助をうけ、それこそ宗教的な情熱で科学的な探求に乗り出す。
副作用としてですが、結果的にそれまで遅れていた西欧で近代科学は発展して、その科学技術で(聖書の記述に有る様に)世界征服に乗り出し、しかも成功する。
ここでも親亀(キリスト教)よりも小亀(科学)の力関係が完全に逆転し、宗教(キリスト教)のしもべだった科学は、その持っている圧倒的な力で宗教を圧倒し全面勝利するわけです。
科学の最終的な勝利を決定して、宗教(キリスト教)にとどめを刺したのは150年前のダーウィンの進化論ですね。
それで今でもアメリカの宗教右派はダーウィンの進化論に敵意を抱いて何とか学校で教えないように運動しているわけです。
結論はお互い同じなんですが (kaetzchen)
2009-02-05 20:05:22
 ブログ主さん,お返事が遅れてすみませんでした.m(__)m

| 西欧の近代科学の発展には深くキリスト教の危機が関係している。

 これはマックス・ヴェーバーのプロテスタンティズム研究を読まれれば,おのずと分かることかと思います.私自身,カトリックからプロテスタントに改宗して分かったことは,プロテスタンティズムは気を付けないとカトリックより「原理主義」を産み出しやすい土壌があるということです.実際,いま日本基督教団内部でも,民主党・社民党支持の多数派と,自民党支持の福音教会 (Power for Living) とがつかみ合いのケンカをしてたりします.

 特に東京の西の多摩 (全国家庭文書伝道協会) や埼玉に新興住宅地ができて,そこを福音教会がゴキブリのように侵食してたりします.あそこはクリスマスの飾りやパーティも派手だし,何と言っても聖書そのものが独自のアメリカ福音教会の聖書 (NKJV = The New Kings James Version) の翻訳を使っている.もちろん,Power for Living というのは原理研究会=統一協会の仮の姿で,ドイツでは「ネオナチ」団体とされて国外追放されました.つまり,プロテスタンティズムの反動として生まれた東ローマ帝国 (オーストリア) の西端の山の中の原理主義プロテスタントがナチスとして台頭したという反省が,ドイツ政府にもあるのです.

 しかし,日本のプロテスタントは戦争中に十数教団が無理矢理まとめられて出来た烏合の衆ですから,いわば福音主義=原理主義による「キリスト教の危機」を知らないでいる信者が非常に多いのです.

 ただ,ブログ主さんの言われる

| 暗黒のキリスト教(宗教)だけの宗教地域だったんでしょう。

という考え方は「ルネサンス=暗黒の中世からの解放」というイデオロギーから自由になっていないと私は思いますよ.実際のところ,ドイツの高僧だったルターがラテン語聖書をドイツ語に翻訳して民衆に配った時,何が起こったか.当時のドイツは辺境の遅れた国で,小さい領主がまさに烏合の衆のようにバチカンのもとに集まった「神聖ローマ帝国」でした.ドイツ語の Die Leute というのは辞書には「人々」(複数名詞)と書かれてますけど,実は「くに (領主国)」という意味もあるのです.だからドイツ語には方言が多い.言ってみれば,ルターがドイツ語の正書法を確立し,標準ドイツ語を作り上げたと言っても過言ではないでしょう.

 そして,その時代,ドイツ人たちの読み物と言えば,ルターの聖書とエロ小説くらいでした.ちょうど活版印刷が始まった頃と同時だったため,この2種類の全く反目する書物はまたたく間に庶民へと普及していったのです.そして,禁欲主義を唱える人々が聖書,特に旧約聖書に書いてあることは全て真実・事実であると勘違いをして,原理主義へと突っ走っていったのです.当然,片方の読み物のエロ小説作家たちは原理主義者に捕まえられ,焚書の火の上で死刑にされていったのです.実はこれが「ルネサンス期の真の姿」だったのです.ルネサンス期に入ってからは「原理主義の光と共に」庶民のもう一つの楽しみであった小説家が何人も「魔女」として捕えられ,火刑とされていったのです.(この知識は阿部謹也さんの講義や書物から学びました)


| ダーウィンのビーグル号での世界一周なんかも、正にこれに当てはまります。

 それがですね,宗教改革よりもはるか昔のコペルニクスの時代には,すでにコロンブスが「新大陸を発見」していたんです.つまり,ダーウィン自身,貴族の穀潰しの学者として,コロンブス以降に世界各地からもたらされた膨大な資料を読んで,ビーグル号に乗り込んだことになるんですよ.だから,

| 聖書の記述の正しさを証明する目的だったが教会とか国家の全面的な援助をうけ、それこそ宗教的な情熱で科学的な探求に乗り出す。

これは完全な誤解になります.だから,ブログ主さんの

| ここでも親亀(キリスト教)よりも小亀(科学)の力関係が完全に逆転し、

論は最初から矛盾に突き当たってしまうんですよ.ブログ主さんは恐らく生物学を専攻されておられないと思いますので,このような単純なたとえで説明しようとしているのですけど,現実はそんなに甘くはありません.私自身,クリスチャンでありながら科学,それも生物学を大学で学んできた訳ですから,原理主義者から見れば矛盾だらけでしょうけど,「それがどうしたの?」と言ってしまえば,原理主義者は大抵逃げていきます.


| それで今でもアメリカの宗教右派はダーウィンの進化論に敵意を抱いて何とか学校で教えないように運動しているわけです。

 ブログ主さんのこの結論は正しいのですけど,途中がちょっとずれているような気がします.一度,マックス・ヴェーバーの『古代ユダヤ教』という3巻本の岩波文庫を図書館にリクエストされてお読みになられると,お互いの誤解が解けるような気がします.(^_^)
もう一つの誤解 (kaetzchen)
2009-02-05 22:46:47
ブログ主さん,もう一つ,誤解されている点があります.キリスト教の拠って立つ新約聖書の中には,多くの旧約聖書からの引用がありますけど,それは初期の「イエス教団」がギリシア人で医者(科学者)のルカを除けば,全んどがイスラエル人だったことに由来します.

つまり,「ユダヤ人」(イスラエル民族)の定義が「ユダヤ教を信じる人」である限り,イスラエル民族にのみ閉鎖的に凝り固まっていたイスラエル民族の考え方を他民族へと広げるにはイエスという自由な考え方を持った大工の棟梁が犠牲になる必要があったのです.

そしてイエスが同じイスラエル民族の原理主義者によって殺され,イエスに同調しながらも裁判長として死刑判決を下さざるを得なかったポンテオ・ピラトというイスラエル民族でありながらローマの官僚だったエリートが人民裁判に負けた時,初めてキリスト教は旧約聖書のくびきから自由になれたのかも知れません.

実はカトリックで使われている旧約聖書には,ユダヤ教で使われている「旧約聖書」以外の文書も収録されています.これを「アポクリファ」(旧約続編・第二正典)と言い,原典はヘブライ語・アラム語・ギリシア語コイネー方言で書かれています.また,ユダヤ教とは切り放されてキリスト教成立後の一世紀末に書かれた文書もありますから,無理矢理に旧約聖書と新約聖書を「親亀子亀」とせず,切り放して考えられたら如何でしょうか.そもそも,詩編みたいに150篇の詩がそれこそばらばらの年代に (正確にはバビロン補囚の前後) 書かれたものを,あとで編集したものでして,旧約聖書の編纂は結構恣意的なものがあったりします.(^^;)
kaetzchenさん (ブログ主)
2009-02-06 15:32:57
何とかキリスト教信者の立場から、何としても反論したい気持ちは十分に分りますが・・・少し無理筋ですね。

私のコメントでは、『暗黒のキリスト教(宗教)』とは書いても「ルネサンス=暗黒の中世からの解放」何て言葉は何処にも書いてない。

『暗黒の中世』との表現は、薩長の明治新政府が意識的に宣伝して今では完全に定着した『極度に遅れた江戸時代』と同じような近代以降の政治的、意識的に偏った見方で、当たり前ですが中世の人たちが思っていたわけでもなく、近代に作られた政治用語(謀略)らしいですよ。
現代人の多くが間違う過ちです。
中世は『魔女狩り』等が横行した暗黒時代と描いていますが、話は全く逆です。
中世に魔女狩りはなかった。
キリスト教会(バチカン当局)は『魔女』なども信者に対して明確に誤った愚かな『迷信』として退けていた。
狂気の魔女狩りが始まったのは中世ではなく、中世に終止符を打ったルネサンス以降、宗教改革が始まって以降の話です。
それ以前のキリスト教は、悪魔とか魔女なんかを教義上に含んでいなかった。
正にキリスト教に(悪魔サタン)を大々的に見つけた(再発見)のは宗教改革で有名なルターです。
ルターのおこなった行為は宗教改革の名前に値しません。(よくって聖書原理主義)
神以外の、人知の及ばない未知なる神秘の力(悪魔とか)を認めたら一神教の根本原理が崩れます。

確かに時系列的に見れば、ルターよりも若干コロンブスの航海の方が早いが、ここで極めて重大な事実を見落としています。
ルターの宗教改革とは、『初めての宗教改革』ではなく『初めて成功した宗教改革』なんですよ。
それまでの色々な『宗教改革』は、すべてバチカン当局に摘発され完膚なきまでに粉砕されてヤン・フスのように火炙りになり歴史上から抹殺されています。
色々な素晴らしい教義があったかもしれないが全て破棄され焼却される。
ガリレオ・ガリレイが宗教裁判で告発を認めて自説を撤回したにはした重大な目的が有った。
幽閉中に秘密裏に書き残したガリレオの学説が後の世に残され、我々は過去に偉大なガリレオという先人がいた事を知る事になる。
「悪魔」と言っても…… (kaetzchen)
2009-02-06 17:05:26
 あらら,書き込んでいたら,先にブログ主さんに書かれてしまいました(笑)

| 私のコメントでは、『暗黒のキリスト教(宗教)』とは書いても「ルネサンス=暗黒の中世からの解放」何て言葉は何処にも書いてない。

 それを言ったらおしまいですよ(笑) だって,ブログ主さんの「文脈」から見たら,そういうふうに読まれても無理はないです.

 ブログ主さんも分かっていると思いますけど,ルターによる「宗教改革」(カトリックとプロテスタント両方を経験した私には「改革」だなんて屁とも想いませんけど)がカトリックとはまた異なった側面の原理主義をプロテスタンティズムに引き起こし,実際のところガリレオ・ガリレイやコペルニクスを宗教裁判にかけろと言い出したのは原理主義プロテスタントです.むしろ,ガリレオやコペルニクスはカトリックの職員=司祭であり,当時のローマ教皇や枢機卿とも個人的に友人であったために,バチカンから保護されていました.皮肉なことに,ルネサンス初期の混乱期においては,むしろカトリックの側が自然科学を擁護していたことは皮肉な話ですよね.


| 『暗黒の中世』との表現は、薩長の明治新政府が意識的に宣伝して今では完全に定着した『極度に遅れた江戸時代』と同じような近代以降の政治的、意識的に偏った見方で、当たり前ですが中世の人たちが思っていたわけでもなく、近代に作られた政治用語(謀略)らしいですよ。

 そういう思想を平気で世界史の教科書にばらまく,執筆者たちには一度「面」を食らわせたいですよ(笑) つまり,「近代化」イデオロギーは全て正しい,という前提がまずあって,そこから作られた.だから,御所にいた天皇も江戸城へと拉致されたという訳ですね.


| 中世に魔女狩りはなかった。
| キリスト教会(バチカン当局)は『魔女』なども信者に対して明確に誤った愚かな『迷信』として退けていた。

 ところが,カトリックでは「聖者」「聖女」を天使に値するものとして祀る習慣があります.賛美歌を古本屋で手に入れられるとお分かりかも知れませんが,カトリックの本質は「マリア信仰」にあります.もともと,イベリア半島へキリスト教が伝道された際に,イベリア半島の民間信仰「母と幼い娘」の像を,「マリアと幼子イエス」の像に置き換えて伝えたのが始まりだと言われています.つまり,カトリックではイエスはあくまで幼子であり,成人して(恐らく天才大工の棟梁として金持ちになり妻も子もいたと考えられます)全ての財産を棄てて同じイスラエル人に裏切者だとして人民裁判にかけられたイエスは「死人」なのです.だから,カトリックの祭壇に祀られたイエス像は常に十字架に掛った死体であり,その横に年老いたマリアが嘆き悲しんでいるという配置になっているのです.

 ところがプロテスタントでは,それは「偶像崇拝」だとして十字架だけを掲げるようになった.これが以下でブログ主さんが展開される「悪魔サタン」の「発見」なのです.


| 正にキリスト教に(悪魔サタン)を大々的に見つけた(再発見)のは宗教改革で有名なルターです。

 それは誤解です.もともと旧約聖書には「悪魔」なんてものは存在しませんでした.ヨブ記で出てくる,神の使いがヨブを試すために様々な意地悪な質問をする,それを後の人が「悪魔」「堕天使」と誤訳してしまったのが始まりです.

 さらに,イザヤ書14章12節でヘブライ語聖書からラテン語聖書へ翻訳する時に「誤って Lucifer と」訳してしまった.英語訳 TEV だと "King of Babylon, bright morning star, you have fallen from Heaven!" になります.このラテン語の訳が「明けの明星」になるのですけど,このイザヤ書の部分をよく精読してみると,英訳で分かる通り,当時おごり高ぶっていたバビロン王へのあてこすりだということが分かります.これを新約聖書のルカ福音書10章18節で「サタン」と訳してしまった.英語訳を出すと "Jesus answered them, "I saw Satan fail like lightning from Heaven" となり;Satan は単なるたとえであって,後半の "like lightning from Heaven" という,先ほど出した「バビロン王のことだ」という説明まで見なければ「悪魔サタン」という言葉はルターの再発見だと誤解してしまいますよ.


| ルターのおこなった行為は宗教改革の名前に値しません。(よくって聖書原理主義)
| 神以外の、人知の及ばない未知なる神秘の力(悪魔とか)を認めたら一神教の根本原理が崩れます。

 聖書原理主義はルター本人が言い出した訳ではなく,むしろ教養レベルの低い「庶民の一般信者(原理主義者)」から出てきたと言っても過言ではありません.神学について深く知っていれば知っているほど,その態度は科学者のそれと似て来ます.それこそ「科学以外の,人知の及ばない神秘の力(ナントカ還元水とかイオン化水など)を認めたら科学しか認めないという「一神教」の根本原理が崩れる,というのと同じですよ.そういう意味では,以前に話し合った擬似科学の本質ともこの議論は絡んでくると想うのですけど,如何でしょうか.

# 何だか,ますます議論がこんがらがるような気がしますから,そろそろ収束させましょうか(笑)
kaetzchenさん (ブログ主)
2009-02-07 10:56:42
前日の参考資料は、なぜかブログ記事のサイズを大きく歪める為仕方なく削除しました。


この記事の趣旨は、タイトルに有る様に、
『現在のイスラエルの『戦争犯罪』はユダヤ教の教典である、「旧約聖書」に由来している』と言うもので、
今のイスラエルの戦争犯罪の根本原因を指摘したものです。
主目的は、『ユダヤ教』の本来持っている危険な破壊的カルトとしての側面から、イスラエルの行動の原理を明らかにするというもので、キリスト教批判は主目的では有りません。
ですからkaetzchenさんの様にキリスト教信者の立場からキリスト教(の教義)を弁護し様とする話が噛み合わないのは当然なんですよ。
旧約聖書の『神』(ヤハウェイ )は批判してもイエス・キリストに対しては一言も言及していません。
本文に一切記載がない、本来関係ないキリスト教を持ち出したのはkaetzchenさんですよ。

今のイスラエルの戦争犯罪を合理化する理論は旧約聖書の記述に有るのは間違いない事実です。
もう少し記事の内容に関連したコメントを御願い致します。




人殺しを正当化する宗教は間違いなくカルトです。
今回ユダヤ教のカルトとしての性格を指摘したら、ついでにキリスト教のカルト性も明らかになる結果になってしまった。

残念ながら自分たちでは『独立した宗教』と思っている『キリスト教』は2000年前の成立当時のユダヤ教のなかの一改革派(ユダヤ教から生まれた異端。ユダヤ教系の新興宗教)の位置から少しも進歩していません。
旧約聖書は数千年前の戦闘的な一部族の信奉していた破壊的カルトの教典で、犯罪的な唾棄すべき内容を含んでいる。
現在そのまま使えるような代物ではない。
特にキリスト教は21世紀の世界宗教として相応しい教義の整理や修正は当然です。
一般信者はともかく、それを今までサボって来た聖職者達の犯罪的な怠慢は責められても当然であると思います。

結論としては (kaetzchen)
2009-02-07 22:59:00
ブログ主さんの「一般信者はともかく、それを今までサボって来た聖職者達の犯罪的な怠慢は責められても当然であると思います。」は一致した見解なんじゃないでしょうかね?

問題は,イスラエル民族の信仰している「旧約聖書」と,キリスト教徒の信仰している「旧約聖書」が似て非なるものだよ,ということなんです.詩編の目次は私のデータベースから切り取ったものですから,別に削除されても構いませんけど,味噌もくそも一緒にされては困るというのが中立的に見た立場なんです.最初にクリスチャンだと告白したから,逆に色目で見ている部分はないでしょうか.

それはさておき,いまの超反動派のベネディクト16世はナントカならないもんでしょうかねぇ.前のヨハネ・パウロ2世が堕胎を認めようとしたリベラル派だったためでしょうか.カトリックが保守的なままでは,旧約聖書の再編纂はなかなか難しいと思いますよ.ましてや,アメリカの福音教会のようなカルトは論外そのもの!
コメント有り難うございます (ブログ主)
2009-02-11 16:37:07
kaetzchenさん。
難しく考えすぎですよ。
宗教とは、一般に考えられているよりも、誰よりも何よりも、見かけを大切にします。
私は密かにバチカンなどが、誰が読んでも問題の有りすぎるユダヤ教典(旧約聖書)を破棄して新約聖書だけにしない理由は、そうすると聖書が今のような厚い(立派な体裁の)本ではなくエラク薄っぺらい(安物臭く)見栄えが悪くなるからではないかと睨んでいます。
それに大概の信者は聖書の中に書いて有る問題の記述を、『意味どうりには解釈しない』で好意的に解釈しているか、それとも『見ない振りをしている』かの何れかでしょう。
『岡目八目』案外近くにいるほうが、遠くから見るより実体が見えない。
関係ない位置から見る方が、全てが公平に判断できます。
難しく考えても分らないが、実は『エ~!。そんな単純な事柄だったんですか。』なんて事はよく有ることです。
ぎゃはははは(笑) (kaetzchen)
2009-02-11 18:03:33
 ブログ主さん,こんにちは.さっき2・11のデモ行進から帰ってきた所です.

| 聖書が今のような厚い(立派な体裁の)本ではなくエラク薄っぺらい(安物臭く)見栄えが悪くなるからではないかと睨んでいます。

 ははははは. \(^o^)/ 確かにそれは言えるかも知れませんね.私は大学時代から「日本ギデオン協会」に参加して,原価200円の文庫判の新約聖書をタダで自衛隊とか警察とか高校 とかホテル・旅館 (要するに自殺予防のためであって,宗教の布教のためではありません) に配っています.先日,強制撤去させられた品川の某ホテルにも各室に備えてありました (東京に泊った時はあそこを利用してたので知ってる).

 だから,新約聖書に「悩んだときには」と題して,こういう悩みの時には何ページを読んで下さいなんて索引を入れておくと,結構「自殺予防効果」はあるみたいなんです.勿論,体裁は悪いですから,まさに安物臭い本です(笑) まぁ,信者でない方ならば,その程度に役立ててくれれば良いくらいの気持ちですから,笑わないで下さい.


| それに大概の信者は聖書の中に書いて有る問題の記述を、『意味どうりには解釈しない』で好意的に解釈しているか、それとも『見ない振りをしている』かの何れかでしょう。

 あー,それは説教をする牧師とか神父の語り方とか内容によりますよ.実際に,某教会では信徒と牧師の意見が合わなくて,牧師が追い出されるなんて事件もありましたし.やっぱり,押しつけがましいのは「社会教育」としての「宗教」にはあってはならないことで,そうなったらカルトへと堕ちていきますよ.


| 関係ない位置から見る方が、全てが公平に判断できます。

 そうとも言えないと思いますけどね.アインシュタインなんか典型例でしょう(笑) ってな所で終わりそうな気も.(^^;)

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