逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

分けないことにはわからないが、分けてはわからない

2012年03月30日 | 社会

(福島第一原発事故、放射性物質の海洋汚染状況のシュミレーション)

『世界は分けてもわからない』

個々の人間の認知能力には限界があり、大きな対象をあれもこれもと総合的に全体を丸々正しく理解することは非常に困難である。
対象物(物事)を深く理解する必要がある場合には、『丸々(全体を)そのまま総合的に検証する』の正反対の、出来る限り細分化して(部分を)緻密に観察・検証する。
例えば人体を細かい部分部分に分けて、細胞レベルからDNAの塩基配列にまで極限まで小さな部分に分解して理解してきた。
物事を顕微鏡的に、小さく分けて詳しく分析ことで今の近代科学は進歩してきたのです。
日本語の『わかる』が『分ける』と同じ文字や言葉を使っている事実は興味深いが日本人は大昔から『分けて』から詳しく調べて『わかる』事実を知っていた。
そして日本人は小さく分ける分析法が誰よりも得意だったが、物事を丸ごと理解するための必須アイテムである『超越的概念』には、歴史的に古事記の昔から現在まで縁が無かった。
全ての物事をありのままに受け入れるという超日本的な自然観の『かんながらの道』に、世界基準なら当然だった観念論世界の『超越性』などはそもそも無関係で、最初から必要が無かったのである。
今の自然科学の発展には、この『分けて、小さくして、考える』との顕微鏡的手法が大きく貢献したが、此処に大きな落とし穴が。
小さく部分部分に『分ける』分析法が余りに上手く行き過ぎた為に、『分けた』そもそもの目的は『小さな部分』ではなくて、大事なのは『全体』だという当たり前の事実を、うっかり忘れてしまう場合が多い。
『全体』から離れた『部分』には、本来何の意味も無いのである。
自然科学でも扱う対象が大きな地球規模の気象学や生態学では、『分かる』為には、部分部分に小さく『分ける』のではなくて、そのまま地球単位で丸ごと理解する必要があった。
ところが間違って自然科学の何時もの分かりやすい手法である『小さく、部分に分けた』学者が現れた。その為に何とも不思議な人為的CO2温暖化説が世界に蔓延して仕舞う。
温暖化説は目先の数十年単位(局所的な小さな部分)を問題としたが、地球は45億年の歴史で一貫して炭酸ガスは減少しており、今は厳しい寒さの氷河期の真っ最中であり、気温が比較的温暖な間氷期だという『全体』を見落としていたのです。
同じように政治・経済・歴史学などの社会科学では扱う対象物が巨大(小さい場合でも国家規模、普通は世界全体)で基本的に『分けれない』し、『分けてはわからない』のです。
そのために社会科学は未だに発展途上の未開な段階に止まっていて、新自由主義のトリクルダウン理論の様な怪しげたブードゥー教経済学を竹中平蔵などが未だに信じている。
今野田内閣で大問題になっている財政赤字だから消費税の増税などの財務省官僚の発想などは『消費税はインフレ対策』であるとのマクロ経済を無視した結果である。小さな部分だけに注目したから消費税の判断を間違った。
事実、日本経済は1997年度を国力(GDP)の頂点にして消費税増税後にはデフレが加速し一度も超えることなかった。肝心の税収も増税で増えるどころか1997年よりも減って一回も超えることは無かった。
我が日本国は『分けてはわからない』との経済学の大事な基本を忘れて『分けてしまった』のである。消費税は小さな部分(歳入)だけを考えて日本経済全体を考えなかったから大失敗をしてしまったのです。

『原発も 分けてもわからない』

『世界は分けないことにはわからない。しかし、世界は分けてもわからない』とは分子生物学者の福岡伸一の言葉であるが、この『世界』とは主に人体を指している。
全体(人間)を理解するために切り分けただけで、丸ごと全体を判断するとの態度を放棄しては、『部分』をいくら集めてみても元の全体にはならないのである。
この極端な悪しき見本が原子力ムラの『原発安全神話』であろう。
原発ムラの御用学者は顕微鏡的な狭い範囲の知識は有ったが、愚かにも原発の全体の意味が理解出来なかった。
しかも通常なら誰にでもある筈の普通のすべての科学的懐疑心を喪失して現在あるものは全て正しいとの無条件の現状肯定の破壊的カルト宗教『かんながらの道??』だったからたまらない。
原子炉の安全性は、部分部分では正しかったかも知れないが全体では完璧に間違っていたことが3・11大震災での福島第一原発の爆発事故とその後の経過で完全に証明されているのです。

『完全に底抜けしている原子炉本体』

東京電力は3月26日、福島第1原発2号機の格納容器内に内視鏡を抽入して、水位が底から約60センチしかないと発表した。
格納容器内の水温は約50度。
内視鏡で観察した、たまった水は透明だったが、黄色い堆積物が底から最大40センチの高さで水中にもやのように舞っているのが確認された。
この格納容器底の堆積物が溶融した核燃料の可能性は低く、東京電力は砂やさびとみている。
この26日発表では、格納容器底部の水の中には、圧力容器内にあった核燃料が無いと東京電力は断定しているのです。
格納容器内部の温度は水温より5度低い約45度。
それなら二号機の格納容器内には現在、溶融した核燃料は無い。
福島第一原発二号機の、メルトダウンした後の溶融した100トン以上の原子炉内の核燃料棒は今何処にあるのだろうか。
圧力容器には冷却のためとして、毎時約9トンの水を注入しているが、圧力容器内の水位は確認できない程低い。
圧力容器は現在、完全に底が抜けた状態であると思われる。
しかも圧力容器下部の温度が格納容器よりもはるかに低い30度台であることから、圧力容器内には最早溶融した核燃料棒が少しも残っていない可能性が高い。
今現在、圧力容器内の放射能濃度の測定が出来ない状態だが、水位や温度から推定して致死量の10倍(73シーベルト)の格納容器内よりも圧力容器内の方が低いだろうと考えられる。
東電は、これまで原子炉に『大規模な損傷はない』と主張していたが、今回は態度を変えて『今の段階で損傷程度を推定するのは難しい』と、何と『判断』そのものを完全に放棄して仕舞った。
今の東電は原子炉の状態が何もわからない最悪の状態なのです。
1時間当たり9トン(1日216トン)もの冷却水であるが、圧力容器下部に開いた(底抜けした)巨大な穴から外側の格納容器にそのまま流れ落ちて、圧力抑制プールから全部外部に流れ出している可能性が高い。
これは損傷部からの水漏れ程度の話ではなくて、冷却水の完全流出(源泉かけ流し状態)である。
しかも、此処が肝心なところなのだが、溶融した原子炉の核燃料のある場所の特定が今の東電には出来ていない。
今分かっていることは、福島第一原発二号機は完全にメルトスルー(炉心貫通)していて、圧力容器内にも格納容器内にも、『何処にも100トン以上の核燃料が無い』との恐るべき事実だけである。
格納容器内で底に近いほど放射能の数値が高い(上部にある圧力容器に近いほど低い)ことから推察して、溶融した核燃料の位置は依然不明であるが格納容器の底よりも下の位置(建屋ビルのコンクリート底を突き抜け、その下の岩盤の中)であるらしい。
空っぽの何も無い圧力容器下部の温度が100度以下だから『冷温停止状態だ』との政府や東電の主張とは・・・部分しか見ず全体を無視したから起きた気休め程度の勘違いか誤魔化しに過ぎない。
政府や東電が一日も早くメルトスルーしている原子炉全体の状態を正しく認めないと、収束するどころか今後もっと大きな災難(放射性汚染物質の大量漏洩)が発生する可能性が高いと思われる。
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10 コメント

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全体を見る事の出来る貴重な人物 (透明)
2012-03-29 18:15:28
京都大学の小出さんは早くから遮蔽壁を造れ地下ダムにせよと言い続けている訳ですが、なんと政治家の中にも地下水が福島第一原発を洗い流すように流れているのでこの地下ダムの重要性に気がつき実際に建設しようとしていた人物がおりました。
馬淵澄夫衆議院議員です。
詳細はこちらの動画をご覧頂ければとおもいます。
2012/02/21 自由報道協会主催・馬淵澄夫衆議院議員記者会見
http://the-news.jp/archives/10340
嘘と真実のコラボレーション (宗純)
2012-03-31 11:27:06
透明さん、コメント有難う御座います。

民主党では一番ましだが・・・ご紹介の馬淵澄夫衆議院議員記者会見ですが、政治家としては珍しい理系出身なのですが、
理系の特徴と言うのが実は今回のブログ記事のメインテーマである『物事を小さく分けて精密に理解する』ところなのですね。
普通、政治家は理系よりも文系の方が遥かに多いのですが、この理由は朝鮮のヤンパン制度で武官よりも文官優先だった科挙の官僚制度に由来しているのです。
それでは何故大昔から中国や朝鮮が文官優先だったかの謎ですが、これは言葉の定義を重要視する文系の方が総合的なマクロな視点が可能であり、対して理系(武官などの技術系)では近代科学の手法である細分化して検証するミクロな視点が優先していた。
だから天下国家を論じる政治家の場合には文系出身の政治家の方が圧倒的に多かった。
この記者会見での馬淵澄夫ですが、困ったことに与党政治家の特徴的な責任逃れの(無責任さ不真面目さ)と同時に理系出身の大所高所からの判断が出来なくて小さな部分に拘る悪い部分が目立ちますね。
野党議員だった時の、理系の特徴だった精密な分析力とか明解な判断での、当時の自民党政府の間違いの追及していた切れ味がさっぱりですよ。
馬淵澄夫は、『矢張り野におけレンゲソウ』で、なまじ政府の一員になったばかりに言葉が曖昧であり誤魔化しが目に余る。
何とも切れ味が悪すぎる。
管直人首相の政府補佐官として原発の放射能の遮蔽の責任者なのですが、爆発から2ヶ月間もメルトダウンしていないとの東電や政府の発表を『私はそれ以外には知らされていない』と、無責任極まる腹立たしい、言いぬけようとしている。
一般市民ならこの『知らされなかった』との話は、通じるかもしれないが馬淵澄夫政府の原発の遮蔽の責任者ですよ。
トップの責任者の発言としては不真面目すぎるでしょう。
そもそも今回原発がメルトダウンして放射能がダダ漏れ状態だから緊急に遮蔽が必要だったのです。
無責任な馬渕議員は、ベント作業で漏れた放射性物質(水素爆発)の遮蔽であるかのように、話を矮小化して誤魔化していた。
これは真っ赤な嘘です。悪質すぎる。あるいは愚か過ぎる。
話がまったく逆様なのです。
そもそも原発がメルトダウンしたから仕方なくベント作業の必要性が生まれたのであり、
政府と東電はぐるになって国民に対してレベル4であるとか原発は正常で健全であると2ヶ月間も恐ろしいレベル7のメルトダウンの真実を誤魔化していたのです。
私は知らされていなかったなど、言い訳としても姑息過ぎるし、不真面目すぎる。
馬淵澄夫衆議院議員は半径250キロに放射性汚染物質が拡散するとの原子力委員会作成の原発の最悪シナリオの存在を最初の段階で知っていたが、
しかし矢張り国民には一切知らせず黙っていた。
この事実を正直に認めているが、困ったことに謝罪の言葉は一切無い。
発言の細かい部分部分は正しいのだが、総合的な全体の判断が正しく出来ないのですね。
政府と東電の犯罪性は明らかなのですが、馬淵澄夫衆議院議員は当事者(政府の一員)として自己弁護に走っているので、はなはだ言葉が曖昧で意味不明な辻褄が合わない部分が出てしまった。
ところが部分部分では実に正直であり正しいのですよ。
正に理系出身の特徴的な弱点と言うか長所というか。普通の文系出身の政治家なら総合的に判断して、自分に不都合な真実は隠すのですが、馬渕議員は平気で正直に口に出しているのですね。

詰め込み教育の精鋭 (くまごろう)
2012-04-01 02:10:30
前世紀の終わり頃、少しだけ活気づいていた超マクロ的視座による環境論や複雑系学問は、911を契機に世間から完全に忘れられました。
日本の社会は目先のことに躍起になり、騒ぎ立てるのみになって見る間に劣化していくように見えて、その実、戦後及びそれ以前からの腐敗が一気に露呈しただけでしょう。
ミクロな視点しか持たない理系の人材は、組織のシステムの一部として極めて優秀です。
しかし、日本であれば文系であれ理系であれ、中学までは同じ教育を受けていますし、高校になってもさして違ってはいない。文系であっても、理系に比べればというだけで現代社会に於いて真っ当なマクロの視点を獲得するには知識も知恵も全く不足しているでしょう。
若し私がそのようなことを学校教育でやろうとするなら、週に一冊くらいは本を読ませて議論し、年に何度か実地で体験をさせたい。
多分ゆとり教育もそのようなことを理想としていたのだと考えますが、全てに於いてリソースが不足していました。また、その教育が目指すものは、現実に今自分が受けている教育への疑問を持つことであり、現在の社会の矛盾や不都合に目を向けさせ、それにどう対するのか自問させることであって、現在ある社会に適合するには不都合なことでした。
年50冊を12年続ければ600冊になり、それに正面から取り組めば世の中をどう見るかの基礎知識としては十分になると思いますし、受験が終わったらその分野に進まなければ二度と使わないような知識を詰め込むことをやめれば、時間的には可能でしょう。

羽生善治は、
「今日最もリスクの低い戦法は将来的なリスクを最も高くする」
と言います。学生の時どれだけ言われた努力をできたかの目安である学歴が幅を利かす社会とは隔絶した、引退するまで「現在の実力」が問われる世界の第一人者の言葉は、ダーウィンの「残るのは賢い種でも強い種でもない、変化できる種だ」という言葉に通じます。

しかしこの変化というものは、既得権益者にとっては最大の敵になり、抑制しようという力が働く。斯くして疑問を持つ能力は低いが処理能力が高い人材を識別する仕組みをつくり、その上位者を国家の中枢に据える官僚組織は、変わろうとする肉体を破壊せんばかりの強固な鋳型になってしまった。
最高権力者として将軍がいた江戸時代、天皇がいた戦前は、どうあれ変化の下知を下したものの、戦後それに代わる存在に国民がなれないまま変化の時を迎えました。
しかし受験教育で育った人材の多くは、知恵とは何かということを眞劍に考えることもなく、受験が済めばそれまでの知識すら役に立たないものとし、それでいてそれを獲得した過去を受益の正当性とするような価値観に疑問を持つこともできない、奇妙に歪んだ人間に見えます。
それに気付かないまま、そのような価値観で変化した国というのは、果たして奇怪な怪物のような姿になりはしないでしょうか。
それなりに高い能力を有する器官を寄せ集めた醜悪な何かに。
教育と宗教との関連性 (宗純)
2012-04-02 15:02:32
くまごろうさん、コメント有難うございます。

『日本は、文系であれ理系であれ、中学までは同じ教育を受け、高校になってもさして違ってはいない』
のが特徴ですが、これが日本人の均質化に一役かっている。
欧米社会のエリート教育の日本版が、いわゆる『ゆとり教育』でしょう。
大勢の一般大衆は公立の『ゆとり教育』で従順な国民(会社のよき社員)を養成するが、国家の指導的な立場の上に立つべき高級官僚は少数の中高一貫の有名私立校から東大というエリート教育で養成する。
そして、この二本立てのやり方は基本的に階級分裂が進んだ社会である欧米世界では大昔から当たり前だったのです。
それを極最近に日本が真似をしようとしただけの話ですね。
ところがこのやり方は欧米でも成功しているとは言えず、色々と問題を起こしている不公平な制度を、そもそもの社会制度や国民意識の違う(階級意識が薄い)日本で上手くいかないのは当然でしょう。
欧米社会の特徴とは日本とは大違いで『宗教との近さ』なのですが、我が日本国は江戸時代の昔から一番世俗化した国民だったらしい。
昨今の日の丸君が代の強制ですが、これはある種の宗教教育ですよ。
特に君が代などそもそも暫定国家であり『みんなが歌う』ことが目的の国歌とは目的が大きく違う。
君が代は『祈りの歌』であり人々を鼓舞するよりも静かに聴く沈静効果がある。
聞いた全員が気分が落ち込むのですね。
サッカー・ワールドカップと『君が代』
2010年06月18日 | 政治・外交と天皇制
http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/d9ae70c4c2f4f5d68d5d7e88b3a3a86f
女川原発 (農婦)
2012-04-08 15:26:02
映像があまりにも恐ろしい。昨日偶然45年ぶりに同級生に出会い、「原子力発電を考える石巻市民の会」のパンフレットをもらい、遅ればせながら私も入りました。私達の町は、女川原発から20km圏内なのですが、わたしのまちの誰一人関心を持っていないばかりか、年内に再稼動することすら知りません。原子炉格納容器の設計者の後藤政志氏が来て、女川原発は非常に危険であると講演でいったそうです。女川原発も3・11危機一髪の状態だったということです。私達は何も情報があかったのです。「さよなら原発in石巻」の呼びかけ人が私の同級生で、ICBWの振津かつみさんを招いて講演をしたと、後で知りましたが、これから、私も反原発運動に関わって行こうとおもいます。宗純様の記事を、いろんな人に見てもらおうと考えてます。
不思議の国「日本」 (宗純)
2012-04-11 14:03:42
農婦さん、コメント有難う御座います。

外から見ると日本が不思議の国に見えるらしいですよ。
福島第一原発事故のような、これほどの明らかな人災中の人災が発生しても誰も大声で怒らない。
反原発デモは滅多に数千人の規模を超えない。数万人以上の規模なら主催者側が驚くほど。基本的に熱気も半世紀も前の1960年代を最後に市民の中に社会や国家の不正や間違いに対して怒りも無いのですね。
反原発を明確にしている社民党も共産党も、支持率回復には結びつかずジリ貧か伸び悩んでいるのです。
そもそも広島長崎の核被害の体験がある日本での原子力発電自体が、外国から見たら間違いであり驚きであるらしいのです。
イタリアの哲学者、ジョルジョ・アガンベンは、
『ヒロシマ・ナガサキを経験した後で、日本が50基以上もの原子炉を設置していたとは思いも因らなかった。
日本は寓意的な事例だと思う。何故ヒロシマの悲劇を生きてきた国が50基もの原子炉を建設できたのか。?
私にとっては謎のままだ。
おそらく、日本は過去を乗り越えたかったのだろう。』
『明るみに出たのは資本主義を率いてきた人々の思慮のなさ。
『原子力の平和利用』という言葉で自分たちを欺いていて、狭い地震多発地帯に50基以上の原発を建設した国家を壊す危険を冒していたのだから。』と語っているのです。
チェルノブイリと福島と環境運動 (くまごろう)
2012-04-13 21:27:57
レイチェルカーソンの沈黙の春、ローマクラブの成長の限界、シューマッハのスモールイズビューティフル、など環境運動第一世代の影響が強い間、環境問題は超マクロの視点が前提にあるのが主流でした。
しかしチェルノブイリの事故があり、環境運動というものがある程度一般化する過程で、現在の社会制度に受け入れられる、乗っかる形での具体案が成果を出し始めると、返って超マクロ的な社会変革の話は、多くの環境運動家自身が忌避するようになり、あたかもエコで効率的な生活をすれば人類全体が物質的に豊かな生活を送ってもやっていけるとでもいうように、時にはそうでなくてはならないという資本主義に絡め捕られたものになってしまいました。
本来の持続可能な社会とは、先進国は経済的な成長を求めることはやめようというもので、資本主義も基本的に方向転換しようというものでした。
資本主義は、人間も世界も専門化し、自給自足能力に優れた百姓、農民を減らし、地域に適した作物、物産に特化することで地球全体としての最適化を図る、というような理想を持っていて理論的にはそうなっていた。しかし、人間の実感とはあまりにかけ離れた理論はまともに機能せず、資源の争奪がずっと続いています。
チェルノブイリの事故で本来なら環境という観念が社会にもう少し深く浸透する筈が、ソ連崩壊と冷戦終結で資本主義の正さが証明されたような雰囲気になった。
それでも地道に活動を続ける者達に再び世間が注目しかけた時、911により日本からそのような気運は全く消えました。
福島があり、現在の日本政府はまるで国民の意識をそらす為に焦土戦略を採っているかのような目茶苦茶振り。
この目茶苦茶に翻弄されたり、生活が窮乏してしまえば大きな視点を持つことは困難になるし、またミクロの局面で成果が出ることも視座を低くする。逆境から立ち直ることで、大局的には現状維持で満足するのがこれまでだったが、短期的にも立ち直れるかどうか、今は心配です。
中沢新一の緑の党 (宗純)
2012-04-14 16:44:14
くまごろうさん、コメント有難うございます。

自然科学でも、環境保護の基本となる生態学とか気象学などは、地球全体を歴史的に考える超マクロな視点でないと成り立たない。
経済や政治などの社会科学では扱う対象が最初から超マクロな視点が必要であり、自然科学の通常のやり方である顕微鏡的なミクロの視点では理解出来ないばかりか、これが実は間違いの最大の元ですね。
論理的な考え方一つの、先ず原理原則を考えてから個々の事例に当てはめる『演繹法』が、どちらかというと今回のマクロな視点に当たるでしょう。
もう一つの『帰納法』では個々の事例を集めていって、その中から共通項を導き出して原理原則を導き出す論理的な思考方法であり、これは今の自然科学では最も一般的に用いられている統計的な方法でありミクロの視点ですね。
演繹法では出発点で例え推論や仮説であれ、基準となる何らかの普遍的案原理原則を考えないと始まらない。
ところが何事もあるがままをそのまま受け入れる『かんながらの道』の日本人にとってはこの『普遍性』が世界中で最も苦手なのですよ。
全てのモノをあるがまま受け入れるのには、こちら側に普遍的な原理原則が無い方が、問題が起きない。
あると、時としては目の前の現実とぶつかるので大問題なのです。だから帰納法が日本人は大の得意なのだが、欧米人と比較すると演繹法が苦手。
多くの場合に普遍性とか普遍的原理原則は哲学的な世界観とか宗教観に由来しているのですね。
デカルトが演繹法を重視した原因も彼の観念論的な宗教観とか世界観、哲学が基礎となっている。
オウム真理教を擁護した宗教学者の中沢新一が環境保護の緑の党を立ち上げると主張している原因も、彼の宗教的な側面が大きく影響しているでしょう。
日本で中沢新一の例は珍しいが、実は欧米ではあれが標準ですね。宗教が平気で社会に口出しするようでは本当に困った話です。
映画「夢」の赤富士顕微鏡的なミクロの視点 (osakasenri)
2012-05-13 22:40:41
 自然科学の通常のやり方である顕微鏡的なミクロの視点に傾斜しすぎると、理屈抜き、直感的に危険を察知してその場から退避する本能的な感性が薄れてしまう事はあるようですね。

 事故から一年数ヶ月経過した今現在(5月12日)、当初それほど騒がれていなかった放射線の線量がじわじわとですが上昇してきて、それを危惧する声が高まりつつあります。専門家の中には低線量の場合は健康に良いという見方もあるため危機感の上昇は抑えられている訳ですが、そうした理系的分析がどれほど正確なのか分かりません。

 文科系的なファンタジーの視点で描かれたとしか思えない黒澤明監督の映画「夢」の赤富士なる作品は、理科系の顕微鏡的なミクロの視点の限界を暗示しているようで不気味この上ないです。
 宗純さま、昨今のホットスポットの拡大についてまた詳しく取り上げていただけましたら有り難いです。
osakasenriさん、コメント有難うございます (宗純)
2012-08-28 16:22:52
ポロニウム被爆 タバコ1日1・5箱で年80ミリシーベルト
2012年08月12日 | 放射能と情報操作http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/f7107a11a4bf5099f342c4dccfcba373
の記事に書いたのですが、厚生労働省の資料によると、タバコを1日1・5箱を吸う喫煙者の放射性物質の被曝量は、年80ミリシーベルト。との研究報告を明らかにする。
今までひたすら隠していたことを思えば、何かの緊急な切迫した事情が日本で起きている可能性が高い。
東京電力福島第1原発事故による放射性物質で『ヤマトシジミ』に遺伝的な異常が出たと琉球大の分子生理学チームが英科学誌ネイチャーに発表。
原発事故から2ヶ月後の5月の異常率は12%だったが、健康な個体と交配した2世代目の異常率は18%、3世代目では34%に上昇。
事故から6ヶ月後の9月時点では子の世代の約5割で異常が見つかり、5月調査時よりも一層厳しい異常が発生していた。
とうとう福島県では今年3月までに受診した約4万人の子どもたち約36%に甲状腺異常が見つかリ福島第一原発事故で大量にばら撒かた放射性汚染物質による放射能障害が出ている可能性がある。
ある程度は予想の範囲ですが、意識的にヨード剤の配布や放射能拡散予想を行わず、住民避難や子供たちの疎開をサボり被爆させた民主党政府の怠慢や地震列島に54機もの原子力発電所をばらまいた自民党の恥知らずで無責任な行為は犯罪的であり到底許される範囲を超えていて万死に値するでしょう。

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