伴走者の日記

人と事業の成長エンジン 株式会社シナジーパワーのブログです

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HPの不具合について

2009-06-28 17:58:49 | Weblog

現在、弊社のホームページの一部に障害が発生しており

ご覧になりにくいページがあります。ご不便をおかけし申し訳

ありません。修復を進めておりますので少々お待ち下さい。

お問い合わせは、以下にお願い致します。

〒460-0002名古屋市中区丸の内1-17-19 キリックス丸の内ビル8F

TEL052-204-4780 FAX052-204-4700

株式会社シナジーパワー 代表取締役 長尾 基晴

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もうちょっと手を抜け

2008-08-23 01:05:49 | Weblog

 『もうちょっと手を抜け・・・』これは、私が30歳台の前半に上司から言われた言葉だ。当時猛烈に忙しく、その日のうちには帰れない日々を数ヶ月に渡って送っている時であった。

 仕事の内容は詳しく記憶していないが、当時の担当役員から指示の出た急ぎの仕事だったと思う。夜8時を過ぎていたのに、納期は翌日の朝。今から考えるとよくやっていたものだと背筋が寒くなる。

 私はその仕事を直属の上司から凄みのある眼で指示され、『へいへい』と半ば開き直って、パソコンに向かい始めた。右隣90度の角度に座っている上司の視線が気になる。始めて10分くらい、上司は以下のような言葉(罵声)を私に浴びせてきた。

 上司:『お前、なにやっとる』
 私  :『いっ、いや・・・。さっきの・・・』
 上司:『お前、アホか!何でパソコンにむかっとるんだ!』
 私  :『だって資料を作るんでしょ?』
 上司:『あのなー納期は明日の朝だぞ!パソコンでいちいちデータ拾って
    間に合うのか?もうちょっと手を抜けよ!』

 『手を抜け』という言葉には驚いたが、仕事の品質レベルを下げろという指示ではないことはすぐに理解できた。この上司の言いたかったことは・・・

 ▼与えられた時間と仕事の品質のバランスを取れ
 ▼パソコン使う手段の他に、手書きで作ることや過去の資料を切り
   貼りすることも手段としてあるので、考えて手段を選べ
 ▼いつも同じ手段だと時間がいくらあっても足らないぞ

 今でもこの言葉をよく思い出すのです。忙しくなり、なおかつスピードを求められると、仕事の品質レベルを維持(ギリギリの品質レベル)しながら、手段を選択するようにしています。

 納得いくレベルまで資料を作りたいという欲求は、たしかに必要です。しかし、そればかりを追い求めてタイミングを逸してしまっては、何もなりません。必死になって作った資料も、納期に間に合わなくてはタダの紙くず。このことをいつも肝に銘じて仕事を進めています。

 長尾

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オリンピックとマネジメント

2008-08-18 00:08:15 | Weblog

 久しぶりにブログを書きます。色々な方から、“最近更新がない”とのご指摘を受けておりまして・・・・。すいません。特にネタがない訳ではないのです・・・・。

 この夏休みはオリンピック観戦に明け暮れた。特に今回のオリンピックは面白いように感じます。年をとったせいか、感動しまくって一緒に泣いたりしてます。こんな観戦の仕方がメインなのですが、職業病的な違った見方もしてしまいます。

 オリンピックは、どんな種目もヒトが主役で相手は自然だったり、ヒトだったりします。カヌーという競技でも日本選手が活躍してましたが、これは急な川の流れが相手。つまり自然が相手。今日やっていた女子レスリングはヒトが相手。

 この相手となっている自然やヒトは、常に“変数”といいますか、コントロールしにくいものです。別の言い方をするとパターン化できず、予期せぬ動きをします。これに対して選手の側は、予期せぬ動きだからと言って、怒ったり嘆いたりせず、それをあるがままに受け入れます。そしてどんな動きにでも対応できるように自分自身を鍛えます。

 さらに選手側もまた様々です。銅メダルをもらっても、金以外は皆同じだとあまり嬉しそうにしない選手。そうかと思えば、浜口さんのように銅メダルでも金メダルをもらった人以上に喜ぶ選手。同じ銅メダルでも喜びは一つじゃない。

 ヒトは“変数”だらけなんです。パターン化できない。皆さんの部下もそうじゃないですか?マネジメントとは、パターン化することではないと思います。部下をいくつかのパターンに分け、こんな部下にはこんな風に接しましょう・・・・。などという方がいますが、これはイマイチです。

 大事なのは・・・
 ▼ヒトはパターン化できないものだという認識に立つこと
 ▼どんな競技にもルールがあるように一定の基準を示すこと
 ▼その競技を良く見て判定するように、事実(仕事ぶり)を見ること
 ▼しかも複数の眼で見ること
 ▼変数だらけなので、根拠を明確にして納得感を追求すること
 ▼選手が相手に向かっていくように、部下に向かっていくこと
  つまりよく話し合うこと、話して、話して、話して、話してが重要

 こんなことを考えながらオリンピックを見てしまうなんて、職業病です。

  長尾

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アウトプットの評価

2008-07-25 02:04:40 | Weblog
アマゾンなどインターネット経由で購入した本には、律儀に書評を書くようにしています。書籍にせよレポートにせよ、出されたアウトプットに対してはきちんとフィードバックすべきだと思うからです。でも最近は、「アマゾンのレビューの信憑性は結構低い」ことにようやく気が付きました。なにしろ、売り手サイドの販促メッセージが多すぎる(私も頼まれて書いたことがありますが)。内容を知っていると、褒め殺しとしか思えないようなむずがゆいレビューも多々あります。

また、著者に対する個人攻撃も結構多い。問題を起こした実業家やスポーツ選手の書籍レビュー欄は、事が公になった日を境に凄い炎上ぶりを見せます。一人が悪口を書くと一気に伝染する。社会的制裁というのか、アマゾンも意図的に放置しているとしか思えません。善良なる評価者たる我々は、書いた人の人間性とアウトプットは分けて評価すべきです。殺人者が美しい詩を書くこともあれば、文豪が陳腐なエッセイを書くこともあるのですから。

でも現実は、アウトプットを公正・客観的に評価するのは難しいようです。ビジネスの世界がまさにそう。スマートで顎の達者な人の発言が重用され、マイナス印象のついた社員の提案は中身がどうあれ軽視される。よくある日常の光景なのですが、これからの時代、これが“当たり前の日常”であってはならないのです。社会活動が定型化し便利になるにつれ、多くの従事者はものを考えなくなるでしょう。だから、個々人の想像する・考えるという行為は大いに推奨すべきで潰してはならない。中でも優れたアウトプットがあれば積極的に取り入れる、といった姿勢が必要なのです。

ではなぜアウトプットを評価できないのか。評価者が趣旨を理解できないからです。あるいは評価すべきポイントを分っていないから。だから、評価する側は、常に「学ぶ・理解する・判断する・指摘する」姿勢が求められます。一方、評価される側は、相手に伝わるようなメッセージ作りを工夫しなければならない。かくいう私も、当社の社長との最初の出会いは「アウトプットの評価」場面だったのです。訳もわからず必死で作ったA3サイズの資料に対して、内容からイラストの“ツラ位置”に至るまで、キッチリ的確なフィードバックをされたのです。当事、私の周囲は“目方”と“色合い”のみで適当な見方をする人ばっかりだったので、久しぶりに「!」という感じでした。評価とフィードバックは信頼構築の過程なのです。



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コンサルティングって何だろう

2008-06-19 01:02:56 | Weblog
シナジーパワーを設立してから10ヶ月が経ちました。この間、私の体重は71kg⇒77kg⇒73kgと乱高下していますが、おかげさまで経営は順調に推移しています。先々の成長図を描くにあたって、目下の課題は営業機能の拡充です。最近はありがたいことに、若くて優秀な方々が応募してくれるようになりました。やはり、ポストバブル世代は自分のキャリア形成を真剣に考えてる人が多いですね。

一方で、志望動機を聞くと、「(いわゆる)コンサルティング業界」に対して若干の誤解があるような気がします。曰く、上流で会社をコントロールしてそうな、スマートな仕事振りのような、会話に横文字が多そうな、ナイスな服を着てそうな、ワインの薀蓄がありそうな、飲み屋でチヤホヤされそうな・・・・等等。ですが、これら全て虚像。ありえない現象です。現実は、「泥臭い男コンテスト」を開いたら表彰台を独占するような仕事っぷりです。企業関係者でもまれに同じような捉え方をする人がいて、残念な気持ちになります。誤解は解くのが筋ですが、偏見を覆すのは難しいのです。

これらの誤解や偏見は、誰あろう当のコンサルティング業界が生み出してきた負の遺産なのかもしれない。以下、仮説ですが;

▼自分達の存在価値や価値の提供対象について真剣に考えることをせず、「きれいなシナリオを描く、目新しい情報や枠組みを提供する=コンサルティング」という、極めて曖昧なドメインで商売をしてきた ⇒「目くらましのサービスだ」
▼本来は手段であるべきの“コンサルタントの権威付け”を目的としてしまい、ハッタリは利くが中身スカスカの先生方が跋扈してきた ⇒「胡散臭いやつらだ」
▼経営者とのキャッチボールばっかりで、現場への定着やリーダーの育成を軽視してきた ⇒「使えない仕組みだ」
▼仕事は全くのルーチンワークで何の問題解決をしていないのに、聞こえを良くするために名刺の肩書きを「○○コンサルタント」にした ⇒「実際には何をやっている人?」

「ご職業は?」「コンサルタントやってます」という表現は、「ご職業は?」「外食関係です」と同じぐらいに曖昧です。料亭なのかラーメン屋なのか水商売なのか、ターゲットはどこで特長はなにかが全然分らない。“分らない物”は受け手の経験的な価値観で解釈されるか、単に不安を抱かれるかのどちらかです。「高そうだな」とか「頭良さそうだな」「胡散臭いな」などと。コンシューマ向けのサービスであればクチコミの力によって実力と評価がいずれ一致しますが、企業向けビジネスでは“情報の非対称性”が残ります。だから、自分達のことを正しく理解してもらうように、自ら働きかける必要がある。

正しく理解してもらうためには、何よりも「鍵となる言葉の定義」が重要です。当社の場合、「コンサルティング」という言葉はあまり使いたくありません。言葉が与えるイメージと私達の実像があまりにもかけ離れているからです。そこでアイディアとして浮かんだのが「伴走者」とか「現場主義コンサルタント」「現場活性剤」「Satisfactor」などの言葉・・・。イマイチでしょうか。

ちなみに、9月から中部経済新聞にてコラムを書く予定(アイディアがなかったらボツになる予定)ですので、このテーマはその場でも取り上げようと思います。乞うご期待。

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人事担当者の苦悩

2008-05-25 01:02:52 | Weblog

 現在人事制度導入を進めているクライアントの人事担当者と電話で話した。足かけ3年ほどの社内議論を経て、今年の4月に制度導入を果たした企業だ。数週間ほど間隔が空いたため、その後の社内の反応を聞くためもあって電話をした。

 『全職場を2回も説明して回ったが、予想外の反応に少しめげている』そんな主旨の言葉が、口をついて出てきた。話の内容は以下の通り。

 ▼社員への説明会では、何も言わないのに個別に色々不満を言ってくる
 ▼前の制度は、完全年功であり仕事をしなくても給与が上がっていった。
  その方がいい制度だと言われる
 ▼あいつとオレが職能資格給部分(給与の約6割)が同じ金額なのが納得
  いかない

 ※ちなみに喜んでいる社員も大勢いるのだが、こういった人は鳴りを潜
  めている

 私としては、社内のこういった反応は予想の範囲にあり、驚くことはなかったが、あまりのしょぼくれ様に次のようにアドバイスをした。

 ▽会社設立以来の大改革なので、これくらいの反応は当たり前です。私な
  んか人事担当者を12年やってましたが、“月夜の明るい晩ばかりじゃな
  いからな”という脅しや、車を傷つけられたりしましたよ。
 ▽人間の意識はスイッチを入れ替えるようにすぐには変わりません。一つ
  一つ丁寧に説明することです。
 ▽今必要なのは、“3方良し”の考え方を持つこと。社員・会社・管理者の
  3者です。頑張らなくても給与が上がっていく制度が、本当にこの3者に
  とっていい制度なのか?
 ▽そして信じることです。この道が正しいのだと。月曜に御社に行きます
  からもう少し詳しく教えて下さい。

 私にはこの人事担当者の心理状況が痛いほど分かります。激しいプレッシャーなのです。説明するために職場を回って自分の机に戻ると、机の上には一杯のメモが貼り付けてある。すべて社員からの問い合わせ。

 至るところから玉が飛んでくる。中には感情的になったり、敵意すら示してくる社員も珍しくない。私の場合は社員数1万人の会社であったので、それへの対応も半端なものではない。

 しかし不思議と嫌な思い出ではない。鍛えてもらったと感謝している。私はよくクライアントから“長尾さんは泥臭い”と言われる。(あんまりうれしくないのだが)おそらくこういった経験がにじみ出てしまうのだろう。

 ▽新しい人事制度を誰よりも理解して、ハラに入れること。しかもその
  主旨やねらいも含めて高い次元で理解すること。
 ▽社員の声はとにかく聞くこと。聞いて聞いて聞きまくる。
 ▽否定をせず、しかし土俵を割らないこと。
 ▽苦しくても『まーそんなこと言わずに』などと打っちゃらないこと。
 ▽制度の改善は
怠らないこと。

 月曜日にはさらにこんなことをアドバイスしてあげたいと思っている。

 長尾

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“ビジョナリーカンパニー”の失敗と教訓

2008-05-12 16:06:18 | Weblog
3M、アメリカン・エクスプレス、ボーイング、シティコープ、フォード、GE、ヒューレット・パッカード、IBM、ジョンソン&ジョンソン、マリオット、メルク、モトローラ、ノードストローム、プロクター&ギャンブル、フィリップ・モリス、ソニー、ウォルマート、ウォルト・ディズニー・・・・・これらは、1994年に発刊され世界的ベストセラーになった『ビジョナリーカンパニー』で取り上げられた「時代を超え際立った存在であり続ける企業18社」です。リサーチの結果、各社に共通する成長源泉は「基本理念を維持する」と「進歩を促す」の二点だと結論付けられています。

経営者に大いなる勇気を与える一冊として国内でもファンの多い名著ですが、ビジョナリーカンパニー各社の“その後”を追ってみると、必ずしも順風満帆ではないことに気付きます。例えば、フォードは欧州での高級車メーカー買収に失敗、ディズニーは本業の弱体化、IBMは"Noの文化”による阻害要因により90年代は業績不振に苦しみました。ソニーに至っては、今では失敗学のケーススタディーとして格好の材料になってしまいました。

では何が問題だったのでしょうか。これら企業の失敗は「戦略的な判断ミス」と「経営システムの不全」に大別されます。フォードやディズニーは前者、IBMは後者です。原因として背景に考えられるのが「トップのワンマン思考」「現場の自信過剰と驕り」「悪い情報を流さない歪んだコミュニケーション」など。自分達の理念やスタイルに凝り固まるあまり、トップも現場も思考が硬直化し判断の選択肢を狭めてしまったのです。

市場は成熟し、ボーダーレス化・多様化・オーダーメイド化が進んでいます。カリスマ経営者であっても、社長1人で先行きを予測するのは非常に難しい。ではどうすればよいのでしょうか。時間はかかりますが、やはり「ボトムアップ型の風土」「自ら学び考える個人」の育成が大事だと考えます。その際、回避すべきが「成功による自信過剰と驕り」です。たとえ目標を達成しても「いや、まだまだ」と思う気持ちが重要です。

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他責にするな

2008-04-09 23:31:24 | Weblog

 アイシン精機に入って2年目の頃、当時の専務に『他責にするな』と厳しく叱責されたことがあった。

 昇格者決定のために役員面接をしていたのだが、その面接会場である会議室のカギが開いていなかった。連絡を受けて慌てて走っていき、『すいません、保安さんが開けるのを忘れていたようで・・・』と言い訳をすると、先の言葉が返ってきたのである。

 その言葉に対して、反発する気持ちも起きなかった。言われた通りだと骨身に沁みて感じたからである。以来、仕事をする上での基本スタンスのひとつになっている。

 なぜ、他責がダメなのか?言い訳がダメなのか?それ以来このことを自分なりに整理してきた。

 ①他責にしても何もよくならないから
  ⇒他人を責めてその行動を改めさせることは難易度が高く、自分が反省
   をして行動を改める方がより簡単であり、よりよくさせやすい。

 ②自分の責任を果たしていないから(責任=行動をとる)
  ⇒私の責任は、その時間に会議室が開いている状態を作ることであり、
   本来ならばその責任を果たすために、保安さんに事前に確認の電話を
   することや、会議室が開いていることを早めに確認することである。

 自分は悪くないとして、すべてを他責にしてしまうと本当に苦しくなる。相手を変えることは、できないことがほとんどで、これを無理やりやろうとすると衝突がおき心を病むことにすらなりかねない。

 これに対して、他責にせず自責で捉えて、“何が自分にできるのか?”を考えて実行すると、不思議なほど心は平穏であり、無理だと思われることも何とかなっていく。

 また、自責で物事を捉えるようになるためには、受けた注意を自分の中で消化し、ハラに入れる力と『自分のために言ってくれているんだ』という素直な姿勢が不可欠だ。

 長尾

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わかるように言え

2008-03-30 23:14:36 | Weblog

 『わかるように言え』 これは、私の出身会社のアイシン精機でよく耳にする言葉だ。『お前の言っていることはよくわからん、もっとわかるように説明せい』。こんなことを若い頃、よく言われたものだ。

 “この会社では、わからない人の方が偉いのか?”はじめはこんな風に受け取っていたが、部下を持つようになり、自分をこのことを口にするようになっていた。『何を言っているのか、さっぱりわからん』という具合に語気も荒くなっていた。

 アイシン精機に入社して7~8年たった頃、こんな風に言われる意味が、自分の中に本当に沁み込んで来た。このことの真意は以下の2点である。

 ①『わかるように言え』とは、説明する相手つまり後工程である人に対し
  て、お客様という意識で接しろ、ということ。

 ②説明することは目的ではない、わかってもらうことが目的である。目的
  を間違えるな、ということ。

 会社組織の中では、同じ意味のことを違う人が違った言葉で語ることが重要であり、そのことの繰り返しが組織文化となり、組織全体の行動を決めていくことになる。

 また、同じ意味のことを多くの人が違った言葉で言えるようになるためには、それぞれがその言葉を口にするに至る成功体験を積むこと、その組織がお手本とする組織の人々が、その言葉を口にすること が重要である。

 さらに、その成功体験を積むためには、組織全体で取り組むなにか、例えば最近の例で言えば、ISO取得への取り組み。少し前で言えば、日本品質管理賞やデミング賞受賞への取り組みに組織全体で挑戦することだ。

 皆さんの組織ではどうですか?同じ意味のことを違った言葉で語ることはありますか?組織としてのよい文化はありますか?

 長尾

 

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桜と無常と内省と

2008-03-29 00:10:36 | Weblog
打ち合わせに向かうタクシーの中から、名古屋城の桜を眺めていました。まだ五分咲きでしたが、空の青とシャチホコの金を背景にして、淡い桜色の列が見事な景観を作っていました。普段は、華も色も“そんなの関係ねぇ”という朴強な毎日ですが、不思議と桜の樹には引き寄せられます。さくらの語源は神霊が鎮座する「くら」に由来するそうです。桜をみて心中穏やかでなくなるのは、古くからの信仰心DNAを受け継いでいるから?かもしれません。

散り様が汚いといって嫌う人もいますが、やはり桜は散り際にこそもののあはれを感じます。「さまざまの事おもひ出す桜かな」の心境です。源氏物語の頃より、古の賢人たちは桜をみて哲学的に思考を巡らせています。その代表が「無常」といふ概念。無常とは「この世の中の一切のものは常に生滅流して、永遠不変のものはないということ。特に、人生のはかないこと。云々」(大辞泉)です。酒を飲みながら想うのは「人生は一度限り。はかない。パッと咲いてパッと散りたい・・」ですが、事業経営は別です。無常から常へ、激しい変化の中できちっと方向性を見定めることがテーマです。

一寸先は闇、不安定要素の多い世の中ですが、小林秀雄の「“思い出す”ことが我々を無常から救う」という言葉に一つのヒントがあるように思います。唯物論者の小林氏ですが、実は無類の桜好き。桜を愛でながら、①桜の美しさはゆるぎがない⇒②ゆるぎないものは美しい⇒③歴史は明確でゆるぎない、だから美しい⇒④多くの人間は過去を思い出さない、だからゆるぎだらけ⇒⑤歴史(過去)を思い出すことが我々をゆるぎから救う、と論理展開しています。会社経営も同じことです。当社の社長が強く主張していますが、足元で利益が出たからといって過去の分析を怠ると痛い目を見る。向かい風が吹いた時に、自力で未来を切り開けない体質になってしまうのです。

先日、セミナーを開いた際に、「T社系の方針管理は古い。ヒトを不幸にする」という定番?のご意見を受けましたが、これが“ゆるぎだらけ”の現代人が抱く典型的誤解。経営やマネジメントの世界で、革新的な解釈・仕組みなんてどれだけあるのでしょうか。海外の新しいプログラムを探すのに忙しくて、自ら考える頭を失ってしまう事のほうがよほど危険だったりして・・・。等々、桜を見ながら物思いにふけっていました。桜、畏るべしです。

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