ヘミシンクとか占星術とかその周辺の、スピリチュアル的な思考と日常の記録的な何か

ヘミシンクやタロットパスワークの記録を載せてみようかと思い立ちましたが挫折したのでただの雑記的な何かにしました。

「マキシマス・ジョスコを探してください」母ちゃんの過去生と犬に関連する夢?

2016-12-31 13:02:29 | 夢のメモ
今日から声が出るようになり、大分回復してまいりました。
1週間ほどもお風呂にも入れずじっとしていましたので、今日ちょっと洗濯物を畳んだだけで充実感を満喫です。
そしてお風呂に入って幸せ爆発です。
日常の味わいを再発見できるのは風邪のあとならではの現象ですね。

しかし少し動くとまた少ししんどくなってしまい、結局今日も1日の大半は寝ていました。
するとまた妙な夢を見ていました、というか、誰かと喋っていました。

若い男性の声です。若いと言っても壮年男性といった感じです。
言葉はどうも、サンスクリット語とかネパール語とかあんな感じの響きのものです。

今まで私の夢やヘミシンク体験に登場してきたガイドたちは大きく幾つかのグループに分かれているようでした。

・日本語でコミュニケーション可能(というかイメージ、ロートのやりとりに近いとは思いますが)

・英語で話すグループ(天使っぽい真面目な感じの人たちは大体ここ)

・北方の言葉(アイスランドとか?)で話すグループ(枕元会議の面々はここ。過去生の人格の集合体か?)

・アラビア方面の言葉を喋るグループ(これはもしかしたらガイドというか過去生の1つを思い出しているのかも)

という感じです。今回のサンスクリット語かネパール語か、みたいな響きの言葉の人はもしかしたら4番目のグループに入るのかもしれません。

例によって夢の中に完全に意識が入っているときは相手と自分がその言葉で何を喋っているのか内容を把握していたのですが、意識が覚醒するに従ってその認識は消えてしまい、意味がわからなくなりました。

ただ、今回は珍しく会話の最後の言葉の響きを覚えていました。おぼろげにですが。

「クリニクリテイナノハニ」

みたいな言葉で、

「そんなこと言われましても」

みたいな意味合いです。
どうも私がそのインドだかネパールだかの言葉で、インドとかネパールっぽい外見のおじさんに文句かなんかを言っていたらしい。

おじさんは上半身裸で頭に白いターバンを巻き巻きし、白い布のゆるいズボンを履いていました。インドの修験僧みたいな格好ですね。
で、
「…テイナノハニ!」
と手を振り上げながら象みたいな巨大な動物のお尻に乗って行ってしまいました。
象っぽい巨大動物の背中が乗り合いバス的なことになっていたのです。

そこで目が覚めました。いったいなんの話をしていたのでしょうね?気になります。


で、今日見た夢もそんなで面白かったので先にサラッと書いてしまいましたが、伏せっている間に見た夢の続きにまいります。

「2人の修道士が近寄り同胞を探す依頼を行なう」

最近見た夢の内容をサビアンシンボルっぽく書いてみるのが私1人に流行中です。

1人で道を歩いていると、向こうから男性が2人やってきました。
2人とも黒っぽく足先までストンと覆うタイプの上着を着ています。昔の日本に来ていた宣教師の絵でよく見るようなやつです。
1人は悲しそうに首を振ったり肩を竦めたりしていますが、もう1人は何やら意気軒昂です。

どうやら、悲しそうな1人は
「もう無理だと思う」
的なことを言っていて、もう1人は
「いやまだいける」
的なことを言っているようです。

2人は真っ直ぐ私に近づいて来ました。
元気なほうの1人が私に話しかけてきました。
どうやら私と彼らは知り合いのようです。
仲間というほどの親しさではないのですが、昔何かを一緒にやっていた程度の間柄であるようです。

元気なほうの人はこう言いました。

「仲間が捕まって連れて行かれてしまいました。探し出して救出したいのです」

どうもさっきから1人が悲観していたのは、捕まった仲間はもう生きてはいまい、手遅れだ、という嘆きだったようです。
で、この人がそんなことはないまだ間に合うと頑張っているという構図のようです。

そいつは大変だということで、私も彼らに加わって一緒に歩き出しました。
暫く歩くと探していた人物はあっさり見つかりました。

その人物は男性で、牢屋というか独房のような格子付きの部屋に入れられており、ヘッドギアのような拷問具をつけられていました。
上顎をガチッとホールドしてしまい、口を閉じることができなくするものです。
そのせいで、見つけたのはいいのですが会話があまり成り立ちません。フガフガとしか喋れないのです。

どうしたもんかと考えているうちに、その男性は牢屋から連れて行かれてそのまま断首されてしまいました。
そのシーンに

「修道会」
「Mexima Josco」

という文字が映像で被さってきました。
(記事タイトルには"Maximus Josco"と書いていますが、文字的にはMaximus、発音的にはMeximaでした)
そして何故か、うちの犬の映像がそこに被さりました。

そこで目が覚めました。
目が覚めてすぐ、Maximus Joscoという名前の修道会があったのかどうか検索してみました。
最初は修道会の名前かと思ったのです。
が、どうもそういうものはないような感じです。
まあ、こんな、おそらく中世以前のものだろうと思われる修道会の探し方なんて全然わからないのですが、もし著名なものならその名前が載った記事の断片でもヒットするかもしれないと思ってのことです。
しかしもし地方のひっそり活動していた小さなものなら、これは探しようもないのですが。

そこで、次にMaximusとJoscoをそれぞれ別々に検索にかけてみました。
するとどちらの場合も、まずアメリカの移民局のデータベースのようなものがヒットしてきました。
今気づきましたが、ここでもアメリカですね。アメリカ押し強いです。

Maximus もJoscoも実際にある人名のようです。
Maximusのほうは、古代ローマで使われていたファーストネーム、Meximaはその女性形。
Joscoのほうは由来のわからない古いファミリーネームのようです。
確かに、囚われていた人はイタリア系に見えました。
Joscoのほうは何やらユダヤ系のサイトもヒットしてきましたので、もしかしたらヘブライの古い名前なのかもしれないですね。
とにかくそんなような組み合わせの名前の人物は、名前だけで考えると十分に実在した可能性があるようです。

さて、私の家族、「修道会」「Josco」にそれぞれ思い当たるところがあります。

「修道会」で思い当たるのはうちのお母様のことです。
元々うちのお婆様(仏教系の修行を長年少しずつやった結果、仏壇に向かってお祈りすると色々な形で答えを受け取ることがある)によると、お母様は過去生でカトリックの布教に日本にやってきたことがあるとのことでした。
私は婆様がそういうことを言っているのは知らなかったのですが、5月に受けたヒプノセラピーで、自分が生まれてきた目的について、

「第一義的には母ちゃんの救済のため」

と言っていました。

「母ちゃんは過去生で何か妙なエネルギーに取り巻かれ、自分は犠牲にならなければいけないと思い込んだ。この人生でその囚われを外す。婆ちゃんを始め親族の何人かがそのミッションに関わっている」

と。
婆様からの情報を加味すると、お母様はもしかしたら過去生で布教のために日本に来て弾圧されて死んだのか?と思わされます。

それを考えると、「修道会」関連で捕まって拷問を受け刑死するという人物はどうも母様に関係あるのではないかという感じがします。

しかしMaximusというのは古代ローマまで遡る古い名前のようですから、日本にカトリックが布教に来て弾圧されてたのとは時代が大分違いますね。
何度もそういう感じの過去生を繰り返したのか、あるいはMaximusという洗礼名だったのでしょうか。

そして、Joscoという名前です。
夢の中では何故か処刑シーンにこの名前とともにうちの犬の映像がかぶさってきていました。

それで気づいたのですが、私は何故かうちの犬のことを

チョスコ

と呼びます。

本名はサンです。
なんでチョスコと呼んでいるのか?
それは拾ってきてサンと名づけたものの、暫く面倒見るうちに
「こいつはチョスコだ」
という気がなんとなくしてきたからです。

Joscoという綴り、英語に毒された脳だと疑問も持たずにジョスコと呼んでしまいますが、もしヘブライ系の名前だったり、しかも古い名前だということになると、本来の発音は十中八九ジョスコではないと思われます。

ヨスコ
ヨシュコ
ヨシュチョ
ヒョスコ
ヒョシュコ
ヒョシュチョ

などなど色々な可能性が考えられます。
構成音が2つも変わって、しかもイントネーションが変わると、同じ単語の読みのバージョン違いであっても、もはや完全に他言語に聞こえるものです。
そういう他言語に聞こえるバージョン違いの単語がズラズラ連なっていくと、同じ単語を使った文章を話していても聞き取って理解するのはほぼ不可能になります。
実体験から言語というのはそうやって枝分かれしていくものだと思っておりますが、そのように考えた場合、ジョスコとチョスコは十二分に同じ名前です。

何故犬に彼の名前がついているのか?

色々と謎を振りまく夢です。

まあ、最近わかってきたことにはうちのヘラヘラした犬はどうも家族のブロックを表面化させ取り除くためにやってきたようなので、お母様の最大のブロックである「犠牲者」アイデンティティの原因となっている悲劇的な過去生にも何らかの繋がりを持っているのかもしれません。

私は無意識にそれを読み取ってチョスコと呼びだしたのかもしれませんね。






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