ヘミシンクとか占星術とかその周辺の、スピリチュアル的な思考と日常の記録的な何か

ヘミシンクやタロットパスワークの記録を載せてみようかと思い立ちましたが挫折したのでただの雑記的な何かにしました。

ヘミシンクノートのことを書こうと思っていたらいつの間にかRautavaaraと天使の話になっていた…。

2016-10-19 13:40:31 | 雑記

実は11月に録音予定の曲の〆切、明日だったりするのですが(雑記書いてる場合か)、今回あまり全然焦っておりません。
というのも、いつもピアノと手書き譜面で作曲していた私もついにパソコンのソフトを使いだしたのですが、そうすると、どうやらガイドみたいな人たちが勝手にパソコンをいじっておいてくれるのですよ。
朝起きてソフトを開くと、
「…ん? なんでこんなところにアルペジオがバラバラに分解されて飛んでいる…」
みたいなことが起こっていて、それをとりあえず聞いてみるか、と再生すると意外にかっこよくて採用したりしています。
それを「ガイド提案」と呼んでいますが、私が展開に煮詰まったりするとそういうことがかなり頻繁に起こり、作曲が順調に進むという(笑)感じなのであります。
これは相手が生きている人間なら「共作」ということになるんでしょうか。でもガイドだからクレジットに載せるわけにはいきません。

他にも楽しい事が色々起こっています。
たとえば私は、とにかく集中が持続しないタイプなので、
というか、以前の記事にも書きました通り、水瓶座の月と蠍座の感受点が90度を組んでいまして、多分ずっと集中し続けるというのは非常に気力を損なうことなのです。
なので短い集中→拡散(という名の気晴らし)→短い集中と繰り返すスタイルなのですが、
その拡散のためによくYouTubeを見ます。
YouTubeは楽しいので、気づいたらちょっと拡散するだけのつもりが2,3時間YouTubeを見ていることがあります(笑)

で、最近5th Harmonyというアメリカの女の子グループにはまってずっと動画を見ていました。
なのでYouTubeのトップページは5th Harmonyだらけなのです。
するとある日、それに混じって、ページのど真ん中に、なんか見た事も聞いたこともない、どう読むのかすらわからない謎の綴りの作曲家の曲がドーンと鎮座していました。
それはEinojuhani Rautavaaraというフィンランドの現代作曲家の曲で、ついこの間7月に亡くなったばかりの方なのですが、
こういう風に脈絡のないものがボンと現れるときは、大体ガイドによる何かなのです。
「これをお聞きなさい」
ということですね、と解釈してそれを聞いたのですが、彼の曲の一部は私が漠然と目指していた音楽のイメージがそのまま現出したようなものでした。
(Rautavaaraの音楽と自分の音楽を比べて思いついたこともあるのでそれもまた書きまする)

それで俄然Rautavaara熱が発生しまして、またYouTubeでRautavaara関連動画をむさぼり見たのですが(作曲しろよ)、
その中に彼が自分と天使との関係について語っているものがあります。
これ
だと思います。(YouTubeに飛びます)


その中で、彼はごく幼い頃、夢の中によく「巨大な」存在が出てきた、と言っています。
それは彼を抱き寄せようとした。
彼は恐怖のあまりそれに抵抗した。
が、何度も何度も同じ夢が続き、ついに彼は抵抗を諦めた。
するとその存在は彼を抱きしめたのだと。

そしてリルケの本を示して言います。
リルケの本にもその存在が書かれている。リルケはそれを
「Shreckliche Angel」
と言っている。
それは自分の実感にぴったりだ。あれは天使だ。でも恐ろしいものだ(多分人間と比して巨大な存在過ぎるという意味で?)。

このくだりを見た時、私は愕然と…と言ったら言い過ぎですけど、結構オオッとなりました。
なぜならその存在は私も見たことがあるからです。
抱き寄せられるほど好かれてなかったみたいですが。

2009年辺りに一人住まいをしていた時、それはなんやかんや色々なことが起こった時期でありますが、
過去記事参照
その時に多分夢で私もこういう「巨大な」存在と遭遇しています。
それは確かに天使の形だったのですが、宗教画によく描かれているような美しい人間に白い羽根がついた、というようなものではありませんでした。
確かに人間で、確かに羽根なのですが、身体全体が羽根、というか…。
初期の(?)宗教画には、赤ちゃんの顔に羽根がくっついているもの、みたいな描かれ方をしている天使がフヨフヨしていたりしますね。
あれが超巨大化して凄まじいエネルギーを放っている、みたいな感じでした。
身体は殆どエネルギー体なのか? なにか白いドロップ型の本体の、縁の部分からエネルギーが放射されていてそれが羽根のように見えており、
ドロップの上に人間の顔がちょんとついている、みたいなやつ。それが巨大。
正直めっちゃ怖いです。

その時遭遇したそれは私に目もくれず、ゴオオオオというようなエネルギー放射を後に残しつつどこかへ去っていきましたが、
直観的に、あれは天使というものだ! と思ったのです。
超巨大なエネルギー体です。人間はあれに太刀打ちできるとは思えません。
というか、あれの前に出てしまったら人間なんて消しゴムのカスです。消し飛んで終わりです。
あれに抱きしめられたらそりゃ怖いでしょうね…それは人間としてのアイデンティティが消し飛ぶような体験ではないでしょうか。

私は常日頃、形而上のエネルギーというのはマグマのようなものだと思っております。
それはとても美しい。しかしそのエネルギーの中に入ると人間は溶けて個としての実態を失ってしまいます。
そういうものだと。
で、芸術家というのは、そのエネルギーが通常よりも激しく降り注いでいる場所や時間に「居合わせた」人なのではないかなあと。
ですので、媒体としてそのエネルギーを外に出すことをしないと、その人の存在は溶けてなくなってしまうんじゃないかと。

人生最大の傑作、その1つの作品が人間の精神史の新たな展開を象徴するような傑作をものした後、あるいはものしている最中に亡くなる芸術家というのがいますが(ベートーヴェンやらマーラーやら)、
その人たちは、私の目には、「エネルギーの源に近づきすぎて溶けた」ように映っています。
それはまあ、芸術家としては、最高の死に方でしょうが…

話がズレにズレていますが、その体験が共通していたので、オオッとなったのですよ。
その体験が共通している人が書いた音楽の少なくとも一部が、自分の目指す音と一致しているというのは、どうも不思議だなあと思います。

で、不思議なので、Rautavaaraのホロスコープを見てみました。
なんか共通しているところあるのかなあと。
すると、Rautavaaraと私のホロスコープに共通しているのは、海王星と冥王星の中点に強いコミットをしている一連の感受点群の存在でした。
私の場合は太陽、月、MC、カイロン、天王星、土星、木星、と殆どの感受点が強いコミットをしていまして、
そして太陽と月は、冥王星海王星天王星以外の星と直接的なアスペクトがありません。
当然のように私は社会に全く適応できていませんが(笑)、これはどういう影響を及ぼすものなのか、
同じような人はどういう風に人生を辿ったのであろうか…といつも思っていましたので、Rautavaaraのこの共通項は、私にはグッとくるものでした。
何か肯定のような感覚があったのです。天使見るのも作曲するのも自然な流れだよ、みたいな感じでしょうか。
皆さんもなんか気になるホロスコープ上の形成があったら、同じようなものを持っている有名人を探してみたらいいかもしれないですね。


ん? なんか当初書こうと思っていた事と激しくずれていることに今気づきました(笑)
こんだけ長文書いた後に、しれっと元に戻ろうとするのはどうなのか?(笑)
ガイドが昨日も作曲を助けてくれましたよ、ということなのですが…疲れたのでいったん投稿することにします(笑)
当初書きたかったことはまた改めて書きます。






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