ヘミシンクとか占星術とかその周辺の、スピリチュアル的な思考と日常の記録的な何か

ヘミシンクやタロットパスワークの記録を載せてみようかと思い立ちましたが挫折したのでただの雑記的な何かにしました。

今日の高次瞑想&作曲:マーラー第10、ストラヴィンスキー「春の祭典」、服部和彦「Next Impact」等の共通点とか色々。

2017-01-25 13:42:17 | 作曲・音楽
今日は引き続き録音をひたすら聴きこむところから始めました。

あ、その前に高次瞑想でした!
高次瞑想、今日も今日とてやろうとしたらウォークマンのバッテリーが切れかけている!
なんでやねん。
昨日ちゃんと充電したがなー
と思ったのですが、どうやらヘミシンクをやったあとにホールドをかけ忘れたらしく、なんかの拍子に再生ボタンが押されてそれから日を跨いで今に至るまで延々とプレイされていたらしい。
そりゃあ逆によくバッテリーもったなー(笑) という。
気づかない間に延々とイヤホンからヘミシンク音が流れていたわけです、昨日は。
それもなんか意味深な。

で、まあ、今日も途中でバッテリー切れちゃうなら今日も高次瞑想いらんよってことだろうし、瞑想中はなんとかもってくれるならそういうことだろうし、という感じでとりあえずやってみました。
結果 → バッテリーぎりもちました。
高次瞑想しとけよってことだったんですね。
早く高次に行って早く帰ってこないとバッテリー切れちゃう! という焦りがあって、さくさく瞑想できました。
さくさく瞑想…なんか論理矛盾をはらんでいる言葉だなあ。

今日はアファメーション中心でいってみました。

「今から作曲をします。高次の存在の導きと手助けをお願いいたします。今から作る3つの曲が一番良い形で4月1日までに完成します。ありがとうございます」

というものです。
4月1日まで3曲というアファメーションです。
そしたら瞑想中に、全然別の曲についての構想が浮かび上がってきて、

「え、4曲!?」

となりました。
とりあえずそれもメモくらいはしておきますが、同時に進めるとなると4曲はどうかなあ?
まあそっちが先に出てきてしまうならそっちを先にやります。


常に何曲作りかけのストックがあるのか? ということなんですが、これは結構あります。
デモの段階のものはかなりあります。
その中でも特に有望そうなものから手をつけていきます。

いつまで経っても手を付けられなかったもの=イマイチなものは、定期的に排除されます。
以前CDの録音のときちょっと衝撃を受けまして、50曲分くらいのデモテープストックを一気に消去しましたので、今あるのは言っても10曲くらいです。
でもその中の半分は多分排除されることになると思います。
平凡で感傷的かと思ってしまうので。その平凡で感傷的でただ美しいだけの音を、何がしかの意味を私が感じ得る曲に昇華するような技術が私にあれば、あれらも何とかして曲の形にするのでしょうけど。
巨匠じゃないんだから、そういう実験を一生懸命してみるのも必要かもしれません。
納得いかないものを納得いけるように必死でいじり倒してみる実験。

高次瞑想ですが、今日は光の呼吸をしようとしたら、ヘミシンクの「内なるガイドにつながる」のナレーションのように、光が降ってきました。
あのCDでは、ガイドが光をくれる、ということを想像します。そういう感じで外部から降ってきました。
で、私の周りを包んで螺旋状に上昇する光になり、それがにょーんと伸びてトンネルになり、どこかへ飛んで行ってるようでした。
高速で高次に移動していたのかな?
これは「内なるガイドにつながる」での初期の体験に似ています。(→過去記事「ヨナスの登場」など)

そしてうまいこと意識が変性していったので、カウントアップをしました。
私は律儀にカウントアップするより、
「5,10,15,20…」
というように5飛ばしくらいのほうが調子が良いです。

わーーー急いで行こうーー!!

という感じで高次まで行き、

わーーーー急いで下がろうーーー!!

みたいな感じで35まで戻ってきました。

そこで、

「ん? この瞑想の目的って行き来することじゃなかったような気が…。作曲する意識状態に入りやすくするためにやってたんだから意識が変性さえできれば急いで行き来しなくていいのか…」

と気づきました。
ちゃんと意識は変性していますので、音が聞こえてこないかどうか暫く耳を澄ませてみようと思いました。
すると2秒後に寝ていました。
クリックアウトというか、寝ていました。

ハッッ!? 

と気づいて、

ん!?寝てたな今! なんでだ!?

と思ってよく考えると、今日は何故か睡眠時間2時間だったのです、そういえば。
朝方お母様を駅まで送っていこうとしたら庭がバリクソに凍っていたため、お湯をかけまくってとりあえず車が道路まで出られる状態にし、いざ道路に出たら道路もうっすら凍っていてタイヤのグリップがあまりないようだったので、お出かけ自体を断念したのでした。
その作業に意外に時間を取られてしまい、二度寝ができていなかったのです。
ちなみに昨日寝たのは3時です。
作業開始は5時です。
そら寝るわな。

私は普段から睡眠が浅いですので、睡眠時間2時間とかでも特にしんどさを感じません。
しかしヘミシンクしたり、横になったりするとその瞬間に落ちます、そういう時は。
今日も別段睡眠不足を感じてはいませんでしたので失念していました。

こらあかんというわけで、いさぎよく寝ました。1時間くらい仮眠です。
ちなみに昨日の夜なんでそんな夜更かししたかと言うと、松村潔さんのDMMでの有料サロンに入りまして、Facebook上で繰り広げられる彼とグループの人々による占星術議論を見ていたのです。
(→占星術サロン「松村塾」
これが楽しすぎてやめられませんでした。

1時間寝るとすっきりしました。
そこで録音を聴きはじめました。
変性意識状態ではもう十分聞いたので、今日は構想を練るために、通常意識状態で左脳を使いつつ聴こうと思い、ツイッターを流し見ながら聴くことにしました。
ツイッターを見ていると左脳が優位になってきて、変性意識状態は解除されます。
で、私は水瓶座と蠍座の90度が強いですので、集中しようとするときは逆に「ながら」状態で適度に気を散らしながらやった方が良いのです。(→過去記事:水瓶座と蠍座の90度について
へたに目を瞑って「集中」しようとしてしまうと、雑念が湧いてきてそちらに気を取られている隙に聴き逃しています。
作業しながらだとちゃんと頭に入ってきます。
面白いものですね。

今日も2時間以上録音を聴きこみました。
大分方向性がつかめてきて、「こういう感じの構成の曲だと、ヒンデミットとか参考になるかなあ」と思いヒンデミットを聴いてみました。
この曲は特に感じが似ているとは思うのですが、参考になるかというと、うーん…。

Paul Hindemith "In einer Nacht...Träume und Erlebnisse" op.15, Esther Walker, piano

(こちらに無料楽譜ダウンロードあります。→Petrucci Music Library

うーん…。
ヒンデミットは十分に現代音楽的ですし私は物凄く好きな音楽なのですが、自分が作ろうとしているものはこれとは違う気がします。
私は音の塊に全く意味がないものを作りたいようです。
いや、意味はあるんですが、言語通信的な意味ではなくロート的なものを作りたいようです。

たとえば複数のメロディーやハーモニーが折り重なって展開していき…という曲の場合、構成部分であるメロディーそのものに感情的な意味を読み取ることができますよね?
「悲しいメロディーだなあ」とか「美しいメロディーだなあ」とか。
だから複数の感情的な意味の連なりと重なりによってある時期までの音楽は展開されていきますよね?

ところが現代音楽はいきなりそういう「意味」が全くなくなりますよね。
ですので聴いててにわかには意味わからないですよね。

大体の現代音楽は意味不明なままなのですが、たまに、意味はにわかにはわからないままに聴いていたら、曲を全部聴き終った瞬間に何がしかの体験を自分がしていたことの実感が一気に覆いかぶさってきて、ドワーっと発作的な涙が流れてしまう曲があります。こういうのスタンダール・シンドロームとか言うんでしょうかね。

先のヒンデミットもそうですけど、たとえばストラヴィンスキーの「春の祭典」ですとか、

Stravinsky: Le sacre du printemps / The Rite of Spring - Jaap van Zweden - Full concert in HD


マーラーの第10ですとか。

Mahler "Symphony No 10 (Cooke version)" Simon Rattle


マーラーってこの曲で向こうのエネルギーに近づきすぎて溶けて死んだんだと思っています。
途中のトランペットのAの部分、酷過ぎじゃないですか? いきなり頭の上からマグマ被せてくんじゃねえよって話ですよ。
私は向こうのエネルギーのことをマグマのようなものだと思っています。(→過去記事「Rautavaaraと天使の話になっていた」)

これは奥さんのアルマへの思いを頭文字のAに込めたんだとかいう解説がありますけど、……
まあ後から考えるとそうも言えるね程度の話だと思います。
明らかにこの音は
「妻よーーー!!」
みたいな人間的な叫びではない。
これは手加減なしの向こうの恐ろしいエネルギーの音です。
人間が溶ける種類の音ですよね。だって聴いてたら溶ける恐怖を感じますよね。

話がずれましたが、あと日本人ですと尊敬してやまない服部和彦先生の作品ですとか。

ネクスト・インパクト "Next impact" for marimba solo


服部先生は趣味が「数秘術」とプロフィールに書かれています。
何気にブログトップの自分の曲の共演の方の演奏を出してきていますが。(→「新曲:Light That Is Strongly Ascending」)


こういうのはロート的。
服部先生の曲はかなり難解な部類に入るのではないかと思います。
私はそれほど難解なものが作りたいわけではなく、むしろとっつきやすいのはとっつきやすいほうが良いのです。
何がしたいのかなあ。

やっぱりペルトが一番近いような気がしますからもう一度貼っておきます。
前の記事ではcantus貼ったので、今回は別の曲にしよう。→「cantusのある過去記事

Arvo Pärt - Tabula Rasa


この曲の1楽章(楽章でいいのかな?)を最後まで聴いてみてください。最後が凄いのです。最後まで溜めて溜めて溜めて溜めていきなり高次のエネルギー爆発というかなんというか、油断させといていきなり向こうのエネルギーをまるごと投げつけてくるみたいなね。
酷いですよね。衝撃で動けなくなりますから予告はしていただきたい。

とまあ好き勝手に書いてたら結局何の記事だったのかわからなくなってきました。
高次瞑想と作曲でしたね。

というわけで構想が掴めてきたので、次からはまたステップ1の楽譜起こしに入ると思います。
しかし今度はピアノを弾きながら浮かんだ構想を走り書きしていくスタイルではなく、録音をそのまま楽譜に起こす作業です。
これは単純作業のようなのですが、何故か、録音と曲の方向性を掴めていない時は全然できないのですよ。本当にできない。
どうできないかというと、とにかく進まない。
掴んだ瞬間に一瞬でできます。面白いですよねこういうの。

ここまで来るとある程度楽譜ができあがってきて、すると今度は楽譜を見ながら色々する段階に入っていくことができます。
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