南洋で寅さん暮らし

サラリーマン時代の「没個」的人生からの脱却。美しいミクロネシアの海に浮かぶポンペイ島で始めた楽しいボランティア暮し。

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還暦の集い クラス会

昨13日は、小学校クラス会の飲み会と中学校クラス会の準備幹事会が重なった珍しい1日だった。なにしろ我々は、団塊の世代といわれる中でもその中核をなす世代なのだ。それも葛飾育ち!

小学校の方は、小倉君の多少暴走気味ではあったが献身的な努力により、腰を傷めておられた担任の尾島先生も来ていただけ楽しく賑やかな集まりになりました。私にとっては、不義理をしていて顔を合わせるのが辛かった榎戸君に詫びを入れたところ「気にしないでくれ」と快く受容れてくれ、本当に嬉しかった1日でした。正式のクラス会は、来年の4月14日に伊豆の温泉に1泊旅行ということになりました。この時点で、漸く全員が還暦を迎えていますので平等になります。

中学校の方は、夜7時半に亀有のアリオにある武蔵野茶房という高級喫茶店に集合でした。此処は、嘗ての日本紙業わら半紙工場の跡地で、昨年建設されたイトーヨーカドーを核とした巨大な店舗集合体です。ここを間違えて亀有駅前のリリオ(ヨーカドー)に行ってしまったのが、ガラス屋さんを継いだ網代君でした。
なにしろ40年近くも間が空いてしまい、皆の住所がまるで分からないというところからのスタートです。で、今でも地元葛飾に住んでいる者、男が黒岩細田網代櫻井、女性組が稲垣石川柚木、が分かる範囲から網を広げていくという事になった。そして、とにかく来春1月13日に柴又の肉屋の2階でしゃぶしゃぶ会を開く事が決定しました。現状、何とか連絡が取れそうな人数は男13、女9名といったところです。全部で52人だったと思うので、半分以下です。分かっているだけで、既に亡くなってしまった人は3名を数えます。

クラス会の時には、私は自分の近況報告の中で、ミクロネシア連邦ポンペイでの楽しい暮らしを皆にたっぷりと聞かせたいと思っています。


遺骨収集事業

太平洋戦争で撃沈された日本の艦船中には、未だ置き去りにされたままの日本人の遺骨が多数あるとのこと。これらの遺骨が、欧米人のダイバーに観光用として見世物にされている、と産経新聞が9月16日の1面トップで報じました。ミクロネシア連邦のチューク州でのことです。 ほぼ赤道直下のミクロネシアは、敗戦までの30年間日本の統治下であったエリアで、チューク州とは、嘗てトラック諸島と呼ばれた所です。戦艦大和や武蔵 . . . 本文を読む

古田さん ありがとう

昨夜私は,東京ヤクルト球団の古田選手兼任監督の現役最後の瞬間に立ち会うことが出来きました。 今日は帰りが遅くなるだろうと思い、は建前で、神宮球場に行く前に禊の一風呂を、と浅草の銭湯蛇骨湯に行っていたのですが、上がって湯冷ましの風に吹かれようと歩き始めたら、既に神宮に行っているSさんから連絡が入りました。早く来ないと会うことすら難しくなってしまいそうだとのこと。入場券を持っていない私はそれではお手 . . . 本文を読む

ポンペイが好きな理由

私がロングステイを決めた大きな理由のひとつは、ポンペイには杉花粉がないこと。糸杉のような木は少しあるようですが、全く問題がありません。花粉症の私にとっては何よりもに助かります。日本にいると、2月下旬あたりから5月中旬までは、眼も鼻も喉もやられ、くしゃみを連発するので腹筋を始めあちこちの筋肉が痛みます。何よりも夜寝られないのがつらい、そのため昼間でも頭がボーっとしてしまうのです。 1年の1/4近くも . . . 本文を読む

ポンペイの紹介ー1

私の南国暮らしの棲み家は、ミクロネシア連邦の首都ポンペイにあります。 皆が良く知っているグアム空港から、コンチネンタル航空のハワイ行きの飛行機で一つ目がチューク空港、昔トラックと言われていた所です。所要時間は約1時間半です。その次が私が本拠としているポンペイで、チュークから1時間です。昔はポナペと呼ばれていました。島はほぼ円形で、周囲が約63kmあります。人口は約3万人で、島の全ての人達を集めても . . . 本文を読む