
子供の遊び場をぼーっと眺めていたのだけれども
彼らの世界には無垢であり無償の世話役が
やくわりとして分担されており
誰に言いつけられるわけでもなく
おそらく小さくて私が遊んであげないと
いけないのだろうと、自分より小さな子供を世話する
自分もいつまでもこうありたいと
その光景を見ながら思った
自分のためだけに生きるのではなく
自分が誰かのために手を差し伸べて
喜んでくれたのなら、自分も楽しいだろう・・・

子供の遊び場をぼーっと眺めていたのだけれども
彼らの世界には無垢であり無償の世話役が
やくわりとして分担されており
誰に言いつけられるわけでもなく
おそらく小さくて私が遊んであげないと
いけないのだろうと、自分より小さな子供を世話する
自分もいつまでもこうありたいと
その光景を見ながら思った
自分のためだけに生きるのではなく
自分が誰かのために手を差し伸べて
喜んでくれたのなら、自分も楽しいだろう・・・

仕事ほっぽりなげて自分の事をしゃべり続ければよいさ
ちょっと休憩
戻ってきたとき、満足げな顔を見せてくれれば
周りの士気がも高まるってもの
常々そう思っている。

忘れるな
忘れてはならない
遠く離れる友の涙を
いつでも待つ
ここで待つ
涙で溢れる猪苗代で
しばらくは泣いておくれよ
僕の代わりに

ひらひらと舞い降りてくる花びら
手にとってはじっと見つめ
手にとってはじっと見つめる
お疲れ様と言うかの様に

緩やかな水流のって花びらは優雅に流れる
散ってもなお、その美しさで魅了する
自分が輝く時を終え
景色のひとひらとなって帰ってゆく
僕はいつ輝き
緩やかな流れにそって過ごしていけるのだろうか?
すべては自分しだい

もう手にははいらない
戻らぬ時間があるからこそ
そのフォルムに
美しさが宿るのだと思う
目新しい物にも
魅力と言うものはあるのだろうけれども
僕が好きになるのは
時を宿したそれらである
そして、僕もいつしか古くなる

手を広げて
わっさわっさする感がとても好き
何十枚も撮ってしまっているが
何度でも見上げてはシャッターを切ってしまう
空を好きな方が何枚も空の写真を切るように(笑)
樹木のわっさわっさは
なんともおどろおどろしく見えたり
神々しく見えたり
隣の樹木と手と手を絡めて
幸せを分かち合っているかの様にも
見えなくもない
わっさわっさ
わっさわっさ
春風に吹かれて
わっさわっさ

暗部があるからこそ
光輝く道が
尊きものになる
わしにはその光が強すぎる
なんて言いながら
目をしょぼしょぼしてしまう
歳の重ね方に憧れてしまうのだけれども

時には孤独になる時もあると思う
だけれども誰しもが経験している事であり
悲観する事ではないのだよ
次の笑顔のための準備期間
その胸の奥のモヤモヤする気持ちに
どっぷりと浸ってみればよい
時間を楽しむとはそういうことなのだよ、若者よ

「それでいいのだと思う」
気づいたら撮っている
無邪気でありたい
てへぺろ
そんな今日の会話、そして、まつぼっくり
見返せば見返すほど自分の写真ってのは
大体同じ感じなんだなぁ〜といつも思ってしまう。
次こそは意識して普段撮らないような写真を撮ってみようと思う。
去年の暮れにもそんな話しをしたっけな
「来年はちょいエロで!」「いきなりイメージ変わりすぎてみんなひくでしょ」
なんて会話を・・・
エロは抜きにして、少し気合は入れてみよう
自分の「好き」を極めてみるのは悪くない
そう、つぶやきよりも ひねり出し

一皮むけれるならば
一度は採って食べてみたいな
悪魔と契約してまでも
手に入れたいものはある

「シャボン玉ってどこに帰ると思う?」
と尋ねられる
「え、割れて消えちゃうよね、この前のはずいぶん遠くまで飛んだけどさ」
と答えたものの見当はずれの答えをしたみたいで
彼女は眉をひそめて
「シャボン玉は虹に帰るの!」
と言う
虹になるの! と言うのではなく、
虹に帰るの・・と言った事がとても印象的に響いた
子供の発想力は無限大なんだなぁと想う

オマエ ガ タンジョウスル
ナンノタメニ ウマレタノカ
オマエ ト オレハ
ナンノタメニ チ ガ ツナガッタノカ
オトコドウシデ カタリアウ
ソンナ トキモクルダロウカ
オトコ ナラ シニモノグルイデ イキテミロ
ゼントタナンナ オマエノ
タンジョウニ サチアレ

彼女はカメラを持って旅に出たいと言う
お気に入りのワンピースを着て
手にぶら下げる身軽なカメラ
軽いステップで進行方向
先頭へヒラリと舞う
僕はと言うと二人分の荷物を両腕に抱え
汗をかきベソかきながら
今から始まる
波乱万丈な旅の始まり予感する
汽笛がなり 髪がなびく
春の風がビュッと横切り
眉をひそめて彼女は笑う
僕といえば飛んでいきそうなハットを
必死で押さえ込み苦笑い
ランチバスケットの重さに
期待をしつつ春列車に乗り込もう