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7月18日は新聞休刊日

2017-07-18 05:25:44 | 社説を読む
今日は新聞休刊日なので、昨日、海の日のコラムを紹介します。

朝日新聞
・ いつからかハスは神秘的な音を立てて咲くものと思い込んでいた。石川啄木に〈しづけき朝に音立てゝ白き蓮(はちす)の花さきぬ〉という断定調の詩がある。博物学者南方熊楠(みなかたくまぐす)も、ハスの開く音を聞きに出る習俗について論考を残した

▼「本当に音がしますか、何時ごろ鳴りますかという問い合わせをいただログイン前の続きく。でも私ら職員は一度も聞いたことがありません」。埼玉県行田(ぎょうだ)市にある公園「古代蓮(はす)の里」で働く山子(やまね)学さん(47)は話す。実際に聞くのは「花が散って葉に落ちた時のドサッという音」。風情の乏しい音らしい

▼山子さんの実感によれば、ハスの名所とレンコンの産地はあまり重ならない。花で名高い地のレンコンは食感がいまひとつ。レンコン産地で花の群舞を見る機会も多くないという。天が二物を与えなかったのは人だけではないようだ

▼行田市では1973年、ゴミ焼却場の建設地で桃色の大輪が見つかった。埼玉大の研究者らが調べ、推定1400~3千年前の地層に眠っていた種子が掘削で目を覚ましたと推定した

▼主産業の足袋作りが下り坂にあった市は1995年、ハスを核にした公園を開く。「ふるさと創生」をうたって全国の市町村に交付された1億円をいかした。街はにぎわいを取り戻す

▼ふるさと創生と聞くと金塊や純金のこけしが浮かぶ。盗まれたり売られたり、哀れな結末も見た。ばらまき政治の見本のごとく語られることが多いけれど、将来を見すえて種をまいた自治体も少なからずあったようである。


毎日新聞
・ 「氷山の一角」は、露見したのはほんの一部という意味で使われる。由来は不明だが、そう古いものではないだろう。氷山の海上部分はわずかで、大半は水中に没しているという科学的知見に基づく言葉だからだ

▲ただ、氷山は山のような形状ばかりではない。南極大陸から海に張り出した棚(たな)氷(ごおり)が割れると平らな卓状氷山が生まれる。水面下の体積が圧倒的に大きいことに変わりはないが、海上の面積も巨大で「氷山の一角」とはいえない

▲英南極調査チームが確認した過去最大級とされる氷山もそうだ。面積約5800平方キロで三重県やインドネシアのバリ島ぐらい。重さは1兆トンを超え、琵琶湖の約35倍の水量に相当する

▲この氷山の誕生と地球温暖化の関係は不明というが、異常気象が続く昨今の世界を考えると気になる。地球上の淡水のうち7割は南極、北極の氷河や氷が占める。万一、南極大陸の氷床が溶ければ、海面上昇につながる

▲氷山の有効利用を考える人もいる。アラブ首長国連邦(UAE)の企業は5月、南極に近い公海上の氷山を自国に運び、飲料水に使うプロジェクトを発表した。船でけん引可能な氷山でも溶ける量は限られ、100万人に5年間供給できる水を確保できるという

▲これまでも浮かんでは消えてきたアイデアだが、国際法上の位置づけや環境評価など解決が必要な問題は少なくない。新たな資源獲得競争につながるのも心配だ。個人的には暑さしのぎに巨大な氷塊を思い浮かべるだけで十分だ。


日本経済新聞
・  昭和天皇の玉音放送に至るまでの24時間を描いた岡本喜八監督の映画「日本のいちばん長い日」に、印象的な場面がある。東京・市ケ谷の陸軍省の裏庭で軍の機密書類が大量に燃やされ、夏空に黒煙がもうもうと立ちのぼる。そんなカットが、本編に何度か挿入される。

▼当時、内務官僚で戦後、法相などを歴任した故・奥野誠亮氏が公文書焼却の内幕を証言している。戦争責任を逃れるためだった。焼却を免れた文書は米軍が没収し、国務省公文書部が保管。その後、日本に返還され防衛省の研究機関が所蔵している。不完全ながら第2次世界大戦の戦史の研究ができるのは米国のおかげだ。

▼過去の反省からか。公文書管理法には立派なことが書いてある。公文書は民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源だ。主権者たる国民が主体的に利用するのだから適切な保存が必要だと。国有地が安値で売却された森友問題で財務省は交渉記録を適法に廃棄したと国会で繰り返した。その答弁者が国税庁長官に就いた。

▼割り切れぬ気持ちの納税者もいるだろう。だが、削除したデータを復元する最新の捜査技術「デジタル鑑識」を駆使すれば記録はよみがえるはず。そのお手伝いをするのは森友問題の告発を受理した大阪地検特捜部が適任か。かつて証拠の磁気ディスクを改ざんし世論の批判を浴びた反省と経験を真相究明に生かせばいい。


産経新聞
・ ♪われは海の子 白浪の…。「われは海の子」は、明治43(1910)年の尋常小学読本唱歌に掲載されて世に出た。作者不詳とされてきた名曲の作詞者が明らかになったのは、約80年後の平成元年である。

 ▼決め手となったのは、北欧文学者、宮原晃一郎の一人娘が保存していた手紙だった。宮原は文部省の詩の懸賞募集に、「海の子」と題した作品を応募していた。その入選通知が残っていたのだ。

 ▼12年7月20日の「海の日」には、宮原の故郷、鹿児島市の海を望む公園に歌碑が建てられた。「年末の第九のように、海の日には日本中でこの歌が歌われるようになればいい」。除幕式では、こんな声が上がっていた。大賛成だが、ただ一つ条件がある。

 ▼歌碑には、3番までの歌詞が刻まれている。海辺に生まれ、たくましく育つ少年が主人公である。実は歌詞はまだ続く。少年はやがて鍛え抜いた体を持つ青年となり、大海原にこぎ出していく。終戦後、GHQの指導で文部省唱歌から追放されたのは、7番の歌詞が原因だった。

▼♪いで大船を乗り出して われは拾わん海の富 いで軍艦に乗組みて われは護らん海の国。この部分が、軍国主義を想起させるというのだ。昭和33年から再び教科書に載るようになったものの、3番までしか歌われなくなった。久しぶりに全曲を聴いてみた。やはり海洋国家、日本にふさわしい名曲である。

 ▼日本近辺の海底には、豊富な資源が眠っていることがわかってきている。尖閣諸島周辺での領海侵犯を常態化させている中国の公船は、九州北部海域の領海にまで侵入を始めた。海の富、海の国を守る覚悟をいよいよ固める時である。今日の「海の日」、「われは海の子」を7番まですべて歌う日としたい。


中日新聞
・ 重いモノを二人以上で持ち上げるには掛け声がないとタイミングが狂い、うまくいかない。掛け声はだいたい「いっせいのせい」や「せーのっ」か

▼友人がある掛け声について腹を立てていたことを思い出す。友人の母親が亡くなり、棺(ひつぎ)を運ぶとき、葬儀会社の若い方が「せーのっ」の掛け声を使ったそうだ。その掛け声に、母親が引っ越し荷物か何かのように扱われた気になったという。悪気はなかろうが、こういう場合、「せーのっ」の掛け声は、目の前の悲しみの状況とはうまく釣り合わぬ

▼「せーのっ」に似た話かもしれない。ごみと呼ばないで。熊本県社会福祉協議会が発行する被災地ボランティア向けのガイドブックによると被災によって汚れていても家財道具をごみと呼ばれたくないと思っている

▼よく分かる。テーブル、たんす、学習机。泥まみれでも、壊れていても、そこには思い出と家族の会話がしみついているはずである

▼捨てなければと分かっていてもそれをごみと呼ばれることはやりきれないだろう。ただでさえ心の傷ついている被災直後である

▼先の集中豪雨に襲われた九州北部の被災地にこの週末、大勢のボランティアが集まった。ありがたい。被災地を気遣う善意の人にごみと呼ぶ人は少ないと思うが念のため。それは家財道具という呼び方さえぶっきらぼうすぎる別れがたい「家族道具」である。

※ 蓮、氷山、公文書、海の日、豪雨被害。

それぞれ、テーマは違いますが、味わいのある文章です。

別の話を、うまく今の話とつなげています。

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