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ドゥテルテ大統領にエールを送ろう

2016-09-18 14:53:58 | 日記

1898年米西(米とスペイン)戦争でスペインが植民地としていたフィリピンのマニラ湾海戦でスペイン軍が敗北した。フィリピンの独立運動の指導者エミリオ・アギナルドにアメリカが勝利したら独立させると約束し、背後からスペイン軍を襲わせた。しかしアメリカは約束を反故にしただけではなく、その年にスペインから2000万ドルでフィリピンを購入し、フィリピンを植民地にしてしまった。そしてアギナルドの独立軍18,000人の掃討を始め、以後4年間で20万人のフィリピン人を虐殺した。時代は移って大東亜戦争では日本はフィリピンの米軍を攻撃したが、米軍は最前線にフィリピン軍を当たらせ、負け戦になると米国の総司令官マッカーサはコレヒドールに逃げてしまった。

これが伏線になるのか、フィリピンのドゥテルテ大統領はアメリカのオバマ大統領を口ぎたなく罵り、対米政策は緊張関係が続いている。元はといえば、アメリカがドゥテルテ大統領が行った麻薬犯、凶悪犯の大量逮捕、死刑の執行という事態に人権を持ちだし批判したことが原因である。ドゥテルテ大統領にすれば過去にフィリピンに行った約束違反、人道を無視したフィリピン人の虐殺を棚にあげて、なにが人権なんだ、そんなことをいう資格があるのか、そういいたいのであろう。日本は広島、長崎への原爆投下、東京大空襲のような民間人の大量虐殺を行ったアメリカに対して、一言の謝罪も求めていないが、敗戦とはそういうものだと、悔しさを飲み込んで、ひたすら日米宥和に勤めてきたのである。イギリスもフランス、オランダも植民地の戦闘では原住民を前線に立て、前線部隊が負ければすぐに降伏して、自国民の損失を防いできた。

アジア人など有色人種は人間扱いしてこなかったのである。だから原爆投下になんの躊躇いもなく、焼夷弾で女子供が焼け死んでも平然としていられたのである。それが自由だの平等だの人権だのと口先で唱えて見ても信じるバカはいないのである。

フィリピンは南シナ海で中国との緊張関係が続いており、おいそれと米国との関係悪化は続けられないであろうが、そうかといって中国と関係強化するわけにもいかない。フィリピンの国益が掛かっているからである。ドゥテルテ大統領にすれば新疆ウイグルやチベットの人びとの痛みは十分わかっているから、おいそれと中国と組むわけにはいかないはずである。ドゥテルテ大統領の出身地はミンダナオ島である、レイテ島に次ぐ大きな島である。何千という島々を抱えるフィリピンを束ねるのは相当な政治力が必要であるし、民主主義というイデオロギーで統治できるわけでもない。ときに強権も必要であるし犯罪撲滅には人権抑制も使わざるを得ないことも事実である。

アメリカも銃社会を変えられずに、銃によって毎年多くの人命が失われている。人種差別も厳然として行われている。核廃絶を訴えながらオバマ大統領は北朝鮮の核実験を強行した翌日にゴルフをプレーしていたそうだ。北朝鮮の核などアメリカにとって優先順位はかなり低いのであろうが、それにしても空気の読めない人ではある。

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