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ハムレット/読書感想文

ハムレット
 前期の授業で私たちは戯曲“ハムレット”を用いて授業を受けてきた。戯曲研究シェイクスピアで教材として用い、演出論では自主的に蜷川先生の前でハムレットの一場面を演じ、指導して頂いた。そのおかげで一年生前期では戯曲ハムレットについて深く学ぶことができた。登場人物の微妙な心情の変化、当時好まれた悲劇的作品らしい描写など、ただ単に読むだけではなく、登場人物一人一人の想いを汲み取ることでよりキャラクターの人間性を増して知り得た。
 この作品を読んだ限りではハムレットは賢くて計画的に殺された父親の復習を企てる人物に描かれている。しかし、考え方によっては女性的な性格とも読み取れる。例えば、事を謀るために相手を試すことや、相手の反応をうかがうということを何度か行っている。これはまるで夫や彼氏に対して浮気調査をしてしまう女性の心理、または用意周到に物事を計画する女性的な傾向に似ているのではないか。しかも時には気が違ったのかと思われるほど情緒的な性分をしている。そして、絶好の復習のチャンスにも関わらず、神に許しを請うクローディアスを見た途端に復習を中止するといった神を崇拝する繊細な考えの持ち主でもある。もしハムレットが男らしさそのものの男性的性格の持ち主ならまた話は変わってきたと思う。父親を殺したクローディアスを目前にして、こみ上げる互いの様々な気持ちの交錯する様がこの物語の面白いところなのだ。ここで疑問に思う。普通、父親を殺して王座につき、母をも奪ったクローディアスにあれほどまで冷静に対応できるものであろうか。並大抵の精神力の持ち主ではまず実行できないだろう。ただ単に繊細で情緒的な人間ならばなお更だ。ハムレットはこれに残酷さをも兼ね備えていたわけである。書かれた当時の作品は本当に残酷なものが多い。そのような作品を現在の人々が読んで残酷であると評価することが多いが、これは現代の人々の性格が穏やかになったというわけではない。人間は本来、当時の人々のように、人間が殺されるさまや、拷問を受けているさまを見て楽しむという娯楽を持つほどの残酷さは持っている。人間が本来持っている性格が、時代の変化や社会常識の変化と共に、道徳や倫理下に追いやられてしまったのだ。
 衝撃的なのは今の作品とは違い、戯曲の主人公が惜しみもなく死んでしまうことだ。ローゼンクランツとギルデンスターンはハムレットの友人であったにも関わらず、クローディアスの命令を聞き入れ、ハムレットの狂人のように振舞うことの真相を確かめようと試みたせいでハムレットの計画により、他国に追放された結果、処刑されてしまうのだ。けれども、考えてみるとローゼンクランツやギルデンスターンも、国王であるクローディアスに「息子のハムレットの様子がおかしいから調べてきてくれ。」と頼まれたら断ることができるだろうか。否、できないだろう。それこそ友人に対して薄情な人間になってしまう。たまたま国王の命令によって何気なしに友人を心配したことで殺されてしまった二人の不甲斐無さ。当時の作品はこのような物語全体に散りばめられている無常観が現代の人にとってすぐには受け入れられないことだろう。しかしそこが当時の人々に愛された物語の真髄であることは確かだ。
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ハムレットローゼンクランツ読書感想文

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