文化環境論レポート/自論
2010年09月08日
カテゴリー: Weblog
文化環境論レポート
/2010
私の好きなこと。それのひとつは自分の見る夢の世界だ。私は幼少期に現実離れした生活を送り、度が過ぎるほどの性格や思考をしていたのだが、そのおかげでものすごく大きな反動を受けた。中学に入ると案の定精神疾患を患い、思春期という言葉だけでは説明がつかない生活を約七年送ってきた。今それについて掘り下げるつもりはないが、毎日をほとんど寝て過ごした。起きている時間よりも寝ている時間のほうがはるかに長いのでその間に見る夢の世界を日々築き上げていった。夢を沢山見るうちに明晰夢を見ることが当たり前になり、最初は出来なかった夢操作が簡単に出来るようになった。すると必然的に現実世界よりも夢の世界での生活のほうが充実してきた。夢の中では学校に通い、友達もいて、空を飛ぶことも魔法を使うこともできる。本も読めるし、食べることも、瞬間移動もできる。さらには痛みまで感じられるほどだ。こうなってくると現実逃避という名の娯楽である。夢の世界が私の主な生活になった。ただ現実世界の人と夢の世界で会えないことが残念だったが、夢の生活は私にとってとても大切なものとなった。
私は夢をより充実させるため、イメージ力をつけようと起きている時には素材を探した。それはインターネットで手軽に見ることのできる様々な世界観でも良い。空でも良いし、人でも良い。
たまに学校に行った日には、私は陽だまりの中、庭で日向ぼっこをした。お気に入りの場所には木が何本かあって、芝生の上には小さな草花が生えており、沢山の落ち葉がある。そこでアリやテントウムシなどの虫が歩いているのをよく観察し、木に全力で体当たりして、木のにおいが入ってくるのを木になったように楽しんだ。気持ちよかった。木の葉や虫も食べた。それにも飽きた頃、枝を手に抱えるほど拾って保健室の先生に持って行った。すると枝は先生の手によって捨てられた。
またあるときは学校の3階の教室のベランダから鞄の中身を全部投げた。教材がバサバサと死んだ鳥のように落ちていった。お弁当も携帯電話も、最後には鞄も全て落ちていった。意味はないけれど、やってみたかったので、やってみた。投げるものが無くなったので隣にいた友達を投げようとしたけれど、断られてしまった。それから下まで落ちたものを拾いにいった。ベランダから他学年の学生達がこちらを見て笑っていたので笑い返した。
学校でペットボトルの水を使って水浴びしたこともあったし、飼っているヒヨコを飼っているイヌに食べさせたこともあった。やってみたいと思ったいろいろなことをやってみるのは楽しい。このような遊びは最初から夢のためにしたことではないが、結果的に夢の素材になると思う。
ここまでは”私”と”夢”の関係を話してきた。では、どのようにして夢の世界を作っていくのか。ここからは実践的な夢操作の方法を述べていこうと思う。
夢操作をするにはまず明晰夢を見ることが必要だ。明晰夢とは、夢の中で「今自分は夢の中にいる。」と自覚している夢のことである。ほとんどの人が一度くらいは経験があるだろう。その明晰夢を確実に見ることが重要だ。これには訓練がいる。長期にわたって気長にするのであれば訓練というほどでもないが、一番手っ取り早い方法は夢の内容をノートに毎日書くことである。夢を最近見ていないという人も多いが、ほとんどの場合、夢は少なくとも見ているのだが起きると一瞬で忘れてしまっているだけだ。そういう人は自分の疲れに適した必要最低限の睡眠時間をとっていると思われるのでより長い睡眠時間をとると良い。夢を充実させようなんて現実世界で忙しい人にはそもそも不向きな話なのだから、夢を充実させたい人には現実世界を捨ててより長時間寝るのをお勧めする。ちなみに私は当時、一度に眠る時間は平均15時間以上であった。そして、夢を見るけれどすぐに忘れてしまう人は起きてまだ夢を少しでも覚えている間に何度も何度も夢を繰り返し思い出すと良い。そうすると既に忘れた夢も、かすかに覚えている事柄から手繰り寄せ、確実に思い出すことができる。またこうすることによって、一度見た夢を長期間覚えておくことができるし、次の夢を形成するのに使えるのだ。実際に、私は幼稚園のころ見た夢を今でも鮮明に頭に浮かべることができる。
自分が夢を見ていることを自覚した後は簡単だ。夢世界の中で今いる状態から次起こる展開を想像するのだ。ただ、夢というのは一瞬でも考えたことが予期せぬ方面からやってくるので、少しコツが必要になってくる。例えば、追いかけられていて、自分は逃げているとする。建物の中に逃げ込みたい。ここでほんの少しでも”もしかしたら留守で鍵が閉まっているかも。”と思ってしまうと本当に鍵がかかってしまい入られなくなるのだ。つまり夢の中ではそういった意味で常にプラス思考に物事を考えることが大切なのである。夢の世界では焦らずに「夢なのだから」と落ち着いて判断すると、より充実した夢を見ることができる。
夢の世界だからこそできる娯楽で代表的なのは、空を飛ぶこと、魔法を使うこと、好きな人と思い通りに過ごせるなどある。では簡単に空の飛び方を説明しよう。
まず同じ”飛ぶ”でも様々な”飛ぶ”がある。種類によっては”跳ぶ”かもしれない。まったく飛べない人に説明すると、まずは跳ぶことから始めるといいだろう。無重力空間にいるように軽く跳ぶ。軽く跳ぶだけでスーパーボールのように高く飛び上がってしまうことをイメージするのだ。初めは上手くコントロールできないかもしれないがイメージすることで空中に浮いている時間が長くなる。次に翼を持った鳥のように飛ぶ飛び方。この夢は夢占い的にみると欲求不満のときに見る夢だそうだが、下界の人々がうらやましそうに見ている中、鳥のように大空を大きく優雅に飛ぶのは気持ちいいし、優越感を感じるものだ。これは大きな鳥をイメージし、背中のほうに自分の手で作っても良いが、大きな翼をイメージする。そして軽く地面を蹴って走り、後は風に乗れば体が勝手に浮かび、後は風が吹いているところなら自由に飛ぶことができる。降りるときも鳥をイメージして少し減速して、足からトンっと降りれば良い。あとは、高いところからパラシュートのように風だけの力で飛びながら落ちていくという簡単な飛び方もある。これは高いところにいればいつでも使える。私がよくするのはもっと自由形で、これは空間に自分を固定してイメージすることで自由に空中も動けるというものだ。自分の周りの景色をはっきりと想像すると、スピードを出すことも、急停止しることも、垂直に急上昇した後、そのまま急降下し、海面ギリギリの上を滑るといったようなアクロバットのようなこともできる。例えるなら、ドラゴンボールに出てくる飛び方だ。また止まっていられるので空にイメージの階段を作って上り下りもできるし、場所から場所への二つの空間が想像できるのであれば瞬間移動もできる。しかしその場所が建物内であったり、物体の中に入っている場合はその空間を三次元で考えなくてはならない。こういったように同じと飛ぶのにもいろいろな種類があるため、沢山夢を見て感覚を覚えておくのが必要である。
あと夢の中では時間軸をしっかりともっていれば、夢の中で過去と現在の移動も可能だし、夢の中で夢を見て、その夢の中でまた夢を見るという無限ループを作ることも可能になってくる。
けれどもいくら夢を自分で想像し作り上げるといっても、夢は現実世界が何らかの形で反映されているのは明らかではある。私は夢操作に興味を持ちつつも、現実世界では夢占いに興味を持っている。夢は本人の無意識のうちの欲求だとよく言われているが、それは自分自身の体の声だと思う。自分が意識できていないうちから、精神面、身体面と共に身体が気づき、私たちにこれから起こることを予期して知らせるために夢の中で暗示しているのだ。だから私にとって夢は必要不可欠な存在なのである。
/2010
私の好きなこと。それのひとつは自分の見る夢の世界だ。私は幼少期に現実離れした生活を送り、度が過ぎるほどの性格や思考をしていたのだが、そのおかげでものすごく大きな反動を受けた。中学に入ると案の定精神疾患を患い、思春期という言葉だけでは説明がつかない生活を約七年送ってきた。今それについて掘り下げるつもりはないが、毎日をほとんど寝て過ごした。起きている時間よりも寝ている時間のほうがはるかに長いのでその間に見る夢の世界を日々築き上げていった。夢を沢山見るうちに明晰夢を見ることが当たり前になり、最初は出来なかった夢操作が簡単に出来るようになった。すると必然的に現実世界よりも夢の世界での生活のほうが充実してきた。夢の中では学校に通い、友達もいて、空を飛ぶことも魔法を使うこともできる。本も読めるし、食べることも、瞬間移動もできる。さらには痛みまで感じられるほどだ。こうなってくると現実逃避という名の娯楽である。夢の世界が私の主な生活になった。ただ現実世界の人と夢の世界で会えないことが残念だったが、夢の生活は私にとってとても大切なものとなった。
私は夢をより充実させるため、イメージ力をつけようと起きている時には素材を探した。それはインターネットで手軽に見ることのできる様々な世界観でも良い。空でも良いし、人でも良い。
たまに学校に行った日には、私は陽だまりの中、庭で日向ぼっこをした。お気に入りの場所には木が何本かあって、芝生の上には小さな草花が生えており、沢山の落ち葉がある。そこでアリやテントウムシなどの虫が歩いているのをよく観察し、木に全力で体当たりして、木のにおいが入ってくるのを木になったように楽しんだ。気持ちよかった。木の葉や虫も食べた。それにも飽きた頃、枝を手に抱えるほど拾って保健室の先生に持って行った。すると枝は先生の手によって捨てられた。
またあるときは学校の3階の教室のベランダから鞄の中身を全部投げた。教材がバサバサと死んだ鳥のように落ちていった。お弁当も携帯電話も、最後には鞄も全て落ちていった。意味はないけれど、やってみたかったので、やってみた。投げるものが無くなったので隣にいた友達を投げようとしたけれど、断られてしまった。それから下まで落ちたものを拾いにいった。ベランダから他学年の学生達がこちらを見て笑っていたので笑い返した。
学校でペットボトルの水を使って水浴びしたこともあったし、飼っているヒヨコを飼っているイヌに食べさせたこともあった。やってみたいと思ったいろいろなことをやってみるのは楽しい。このような遊びは最初から夢のためにしたことではないが、結果的に夢の素材になると思う。
ここまでは”私”と”夢”の関係を話してきた。では、どのようにして夢の世界を作っていくのか。ここからは実践的な夢操作の方法を述べていこうと思う。
夢操作をするにはまず明晰夢を見ることが必要だ。明晰夢とは、夢の中で「今自分は夢の中にいる。」と自覚している夢のことである。ほとんどの人が一度くらいは経験があるだろう。その明晰夢を確実に見ることが重要だ。これには訓練がいる。長期にわたって気長にするのであれば訓練というほどでもないが、一番手っ取り早い方法は夢の内容をノートに毎日書くことである。夢を最近見ていないという人も多いが、ほとんどの場合、夢は少なくとも見ているのだが起きると一瞬で忘れてしまっているだけだ。そういう人は自分の疲れに適した必要最低限の睡眠時間をとっていると思われるのでより長い睡眠時間をとると良い。夢を充実させようなんて現実世界で忙しい人にはそもそも不向きな話なのだから、夢を充実させたい人には現実世界を捨ててより長時間寝るのをお勧めする。ちなみに私は当時、一度に眠る時間は平均15時間以上であった。そして、夢を見るけれどすぐに忘れてしまう人は起きてまだ夢を少しでも覚えている間に何度も何度も夢を繰り返し思い出すと良い。そうすると既に忘れた夢も、かすかに覚えている事柄から手繰り寄せ、確実に思い出すことができる。またこうすることによって、一度見た夢を長期間覚えておくことができるし、次の夢を形成するのに使えるのだ。実際に、私は幼稚園のころ見た夢を今でも鮮明に頭に浮かべることができる。
自分が夢を見ていることを自覚した後は簡単だ。夢世界の中で今いる状態から次起こる展開を想像するのだ。ただ、夢というのは一瞬でも考えたことが予期せぬ方面からやってくるので、少しコツが必要になってくる。例えば、追いかけられていて、自分は逃げているとする。建物の中に逃げ込みたい。ここでほんの少しでも”もしかしたら留守で鍵が閉まっているかも。”と思ってしまうと本当に鍵がかかってしまい入られなくなるのだ。つまり夢の中ではそういった意味で常にプラス思考に物事を考えることが大切なのである。夢の世界では焦らずに「夢なのだから」と落ち着いて判断すると、より充実した夢を見ることができる。
夢の世界だからこそできる娯楽で代表的なのは、空を飛ぶこと、魔法を使うこと、好きな人と思い通りに過ごせるなどある。では簡単に空の飛び方を説明しよう。
まず同じ”飛ぶ”でも様々な”飛ぶ”がある。種類によっては”跳ぶ”かもしれない。まったく飛べない人に説明すると、まずは跳ぶことから始めるといいだろう。無重力空間にいるように軽く跳ぶ。軽く跳ぶだけでスーパーボールのように高く飛び上がってしまうことをイメージするのだ。初めは上手くコントロールできないかもしれないがイメージすることで空中に浮いている時間が長くなる。次に翼を持った鳥のように飛ぶ飛び方。この夢は夢占い的にみると欲求不満のときに見る夢だそうだが、下界の人々がうらやましそうに見ている中、鳥のように大空を大きく優雅に飛ぶのは気持ちいいし、優越感を感じるものだ。これは大きな鳥をイメージし、背中のほうに自分の手で作っても良いが、大きな翼をイメージする。そして軽く地面を蹴って走り、後は風に乗れば体が勝手に浮かび、後は風が吹いているところなら自由に飛ぶことができる。降りるときも鳥をイメージして少し減速して、足からトンっと降りれば良い。あとは、高いところからパラシュートのように風だけの力で飛びながら落ちていくという簡単な飛び方もある。これは高いところにいればいつでも使える。私がよくするのはもっと自由形で、これは空間に自分を固定してイメージすることで自由に空中も動けるというものだ。自分の周りの景色をはっきりと想像すると、スピードを出すことも、急停止しることも、垂直に急上昇した後、そのまま急降下し、海面ギリギリの上を滑るといったようなアクロバットのようなこともできる。例えるなら、ドラゴンボールに出てくる飛び方だ。また止まっていられるので空にイメージの階段を作って上り下りもできるし、場所から場所への二つの空間が想像できるのであれば瞬間移動もできる。しかしその場所が建物内であったり、物体の中に入っている場合はその空間を三次元で考えなくてはならない。こういったように同じと飛ぶのにもいろいろな種類があるため、沢山夢を見て感覚を覚えておくのが必要である。
あと夢の中では時間軸をしっかりともっていれば、夢の中で過去と現在の移動も可能だし、夢の中で夢を見て、その夢の中でまた夢を見るという無限ループを作ることも可能になってくる。
けれどもいくら夢を自分で想像し作り上げるといっても、夢は現実世界が何らかの形で反映されているのは明らかではある。私は夢操作に興味を持ちつつも、現実世界では夢占いに興味を持っている。夢は本人の無意識のうちの欲求だとよく言われているが、それは自分自身の体の声だと思う。自分が意識できていないうちから、精神面、身体面と共に身体が気づき、私たちにこれから起こることを予期して知らせるために夢の中で暗示しているのだ。だから私にとって夢は必要不可欠な存在なのである。





