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ミュージカル論 レポート

ミュージカル論 レポート
 私たちは近い将来、ミュージカルの舞台に立つ為に演技、歌、ダンスなどを日々学んでいるわけですが、そもそも“ミュージカル”とは何なのでしょう?これから普段あまり考えることのない“ミュージカル”の原点について触れてみようと思います。
ミュージカルとは、台詞、歌、音楽、ダンスを併せ持った演劇形式のことを指します。ユーモア、哀愁、愛、怒りといった様々な心情を、物語を通じて表現します。そして全体として言葉、音楽、動き、その他エンターテインメントの各技術を統合したものです。一概にミュージカルといっても規模、目的、様式の観点から今日に至るまで様々なミュージカル作品が生まれてきました。しかし、最初から今のような形式ではなく、めまぐるしく変化してゆく時代を背景に沢山の人々の人生を一貫して現在のミュージカルとなったのです。
十六世紀末、ミュージカルの原点とも言えるオペラがイタリアのフィレンツェで生まれました。この頃広まったオペラは、終盤になるといつも主人公が死んでしまうようなアンハッピーエンドが主流でした。それが十九世紀中頃、 “オペレッタ”と呼ばれる喜歌劇がフランスのパリで生まれると、「見ればどんなに疲れていてもたちまち元気になる」といってウィーンで大成功するのです。こちらはオペラから一変して、どんな難問題、特に男女関係がいくらもつれても大人の知恵で皆解決してハッピーエンドとなります。歌が中心だったオペラから、歌あり、踊りあり、台詞ありの現在の形に近い“オペレッタ”へと派生していきました。そうして生まれたオペレッタは何世紀にも渡り各国に移り、第二次世界大戦前夜まで、今のミュージカルのように盛んに創られていったのです。
それから後、二十世紀の初めにオペレッタがアメリカへ渡り黒人のジャズのリズム等をたっぷりと呑み込んでできたのが、アメリカらしい健康的なオペレッタ、R・ロジャースの『オクラホマ』等です。そして第二次大戦後、特に1950年代の”輝かしき時代”にL・バーンスタインの『ウェストサイド・ストーリー』等が生まれたことによって、踊りがドラマとして欠かせない要素となったわけです。この頃からミュージカルにはアンハッピーエンドもハッピーエンドも両方あるという今のスタイルとなりました。
現在、ミュージカルには大きく分けて二種類あります。全編を通じて一貫したストーリーが進行するブックミュージカルと、ストーリーが無いブックレスミュージカルです。有名な「コーラスライン」や「CAT」は物語、ストーリーが無い為、ブックレスミュージカルの部類に入ります。またその反対にブックミュージカルですが、ストーリーがあってミュージカルが全編を通してストーリーが進行していくミュージカルを言います。もしストーリーが進行していて歌やダンスをしているときにミュージカルのストーリーが進んでいなければミュージカルとは、言いません。
 こうして今でも上演される名作が次々と生み出されていく中で、1930年代前半、ミュージカル界にも世界恐慌は訪れます。不況の中で1920年代末期にトーキーによって発明されたミュージカル映画が、ダンサーのフレッド・アステアをはじめとする一流の人材の手によってハリウッドに持ち込まれ、本格的な作品と展開されていったのです。2000年に「入ってミュージカル映画でヒットソングを産み大きな成功を遂げた作品には「マンマ・ミーア!」や「ヘアスプレー」などがあります。
 ここまでミュージカルの元祖から現在のミュージカル形式に至るまでの経緯を辿ってきましたが、ミュージカルの歴史を語るにあたって欠かせないものがあります。それはミュージカルにさほど詳しくない人でも一度は耳にしたことのある“ブロードウェイ”です。ブロードウェイとはマンハッタンにある都市の名前で、ここにある劇場街によってミュージカル業界は多大な発展を遂げた為、今ではミュージカルの代名詞としてすっかり定着しています。このブロードウェイに対して、比較的小さい劇場で上演される演劇を指す“オフ・ブロードウェイ”というのがあります。ブロード・ウェイではミュージカルが多いのに対して、オフ・ブロードウェイではストレートプレイ、パフォーマンス、一人芝居、ダンス、ミュージカルなど様々なジャンルの作品が上演されています。営利性が高く、保守的なブロードウェイに対して、当時新進のアーティストたちが、一度公演されたまま忘れ去られた名作戯曲の再演や、当時タブーとされていた人種問題、ゲイ問題、ドラッグ問題などを取り上げた作品を公演しようという動きから始まりました。今でもそこは、ブロードウエイほどの華やかさはないけれど、そこでは演じることのできない社会をテーマに表現したり、新進アーティストの表現の場になっているのです。評判が良いことから、オフ・ブロードウェイからオンに進出したミュージカルは、珍しくなく、代表的な例としては「コーラスライン」や「レント」などがあります。
 ミュージカルというものは他の文化的表現と比べてみると、本当に歴史が浅いのにも関わらず、沢山のアーティストによってこれ程までに多種多様な変化を遂げてきました。ミュージカルにとっては今日も進化している真っ最中なのです。私たちがこの先作り上げるであろう作品も、ミュージカルの未来を築く要素となるでしょう。それを少しでも念頭においておくと、また今迄とは違った目線で次の作品に臨めるかもしれません。
 ところで、ミュージカルの未来はどうなると思いますか。こんなこと考えたこともありません。近い将来図ではありますが、日本に限って予想してみます。
 まず、商業演劇にもっとも関わってくるのが経済の移り変わりです。今、日本は不況といわれ続け、景気循環の谷は乗り越えられたもののまだしばらくは不況が続きそうですね。そして海外にマーケティングを奪われたり、移民がどんどん増えたりして海外資本に追いやられ、日本が日本では無くなります。そして大衆というものは飽きて求めるものですので、今あるミュージカルも時代の変化に伴って新しいもの、新しい作品がどんどん進出してくるでしょう。つまり、これからは低所得者層にも手が届く範囲の値段設定で、自国愛をテーマにした新しい作品をどんどん取り入れる方向に移っていくべきだと思います。尚且つ、低予算を重視し小規模の劇場で上演して今までミュージカルを観たことが無かった人々をも対象に手軽に楽しめる作品として発信していくのが相応しいと思います。

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