滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

エネルギー戦略2050がレファレンダムによる国民投票へ

2017-05-18 11:32:08 | 政策

大変ご無沙汰しております。北スイスの山の上にも、ようやく再び新緑まぶしい季節が訪れました。今年に入ってからブログを更新することがないままに、早くも5月中旬になってしまいました。

 

昨年は、11月末に行われた早期脱原発を求める国民イニシアチブの投票が残念な結果に終わった後、夫が体調を崩してしまいました。幸運にも深刻な病気ではありませんでしたが、冬の間は家と執筆や翻訳の仕事で手一杯な状況が続いていました。夫の体調が回復した傍らで、春の訪れと共に視察とガーデン・プロジェクト、菜園のシーズンが到来。というような事情で、ブログの更新が手つかずとなっていました。

 

エネルギー戦略2050へのレファレンダム

そのような中、この1月にスイスではエネルギー戦略2050へのレファレンダムが提出されました。憂鬱な出来事なので書きたくないが、書かない訳には行かない、というテーマです。スイスのエネルギー戦略2050は、福島第一原発事故を受けて開発されたスイスの長期的なエネルギー戦略で、今回のレファレンダムはその第一対策パッケージに関する諸法案改訂に対して起こされました。

 

この第一対策パッケージは、2013~2016年という長い時間をかけて、スイスの国会の上院と下院の間で擦り合わせを重ねて仕上げられた妥協の産物です(概要は下記参照)。このブログでも報告してきた通り、効力の強い対策は長い審議の間に除去され、幅広い政党が支持できる内容に収まっています。既存の政策を少し発展させたり、継続させたりしたもので、飛躍的な変化はありません。そのようなものであっても、脱原発を含む持続可能なエネルギー未来への基本戦略として、スイスにとっては非常に重要な意味を持ちます。

 

しかし、石油販売業者と原子力産業の代弁者であるスイス国民党は、昨年末からこのエネルギー戦略に反対する署名を集め、レファレンダムを成立させました。そして5月21日に国民投票が行われる運びとなったのです。

 

大量のフェイクニュースの流布

このような状況ですので、国会の主要政党のうちスイス国民党を除いたすべての主要政党が、エネルギー戦略2050の可決を推薦しています。その他のメジャーな産業・手工業・農業の業界団体や、自治体や州の団体、環境団体の連合も可決を推薦しています。「お金がここに残る」、「手工業と農業のために」といったスローガンを掲げて、広範囲かつ熱心な可決推進キャンペーンも行われています。エネルギー大臣であるドリス・ロイトハルトさんも、各地のイベントで説明を行い、国民の質疑に応えています。このように幅広い政治家や団体が可決「Ja」を推薦し、当初のアンケート調査では、過半数を大きく超えた国民層が可決を支持していました。

 

しかし、たった一つの政党しか指示していないはずの否決「Nein」側のキャンペーンはずっと巧妙・狡猾で、確実により巨大な資金力に支えられています。原子力産業と石油販売産業の双方が背後にあることを考えれば納得できることです。その反対推進キャンペーンの主張内容は、昨年の早期脱原発の反対キャンペーンに輪をかけた惨さです。何が惨いかというと、エネルギー戦略を正面から否定する論点がないので、これでもかとばかりに大量のフェイクニュースを流布している状況です。

 

投票内容について良く理解していない住民に漠然とした恐怖感や嫌悪感を植え付けるためであれば何を言っても構わないという姿勢で、意図的な嘘・極解・妄想を混合させた広告ばかりが見られます。「3200フラン払って、冷たいシャワー?」、「石炭電力?ノー!」といったスローガン。あるいは誰も知らない環境・景観保護団体の名による名所風景に風車を貼り付けた写真や、バードストライクをイメージさせる写真の広告。さらには「バナナが食べられなくなる」、「コーヒーが飲めなくなる」という主張まで。フェイスブックでは、ユーザーのプロフィールに合わせた広告が何十種類も準備されており、私の手元には「自然保護者や脱原発支持者はエネルギー戦略2050を否決しましょう」という広告の傍らで、「原発や化石エネルギーの存続を願う人はエネルギー戦略を否決しましょう」という正反対の広告も来ました。こういった煽動的な情報が非常にプロフェッショナルな手法で広げられています。ポピュリズムによる直接民主主義の乱用です。

 

 

可決推進派は逃げ切れるのか

可決推進側は、否決推進側の嘘を証明することだけで精一杯の印象を受けます。そして投票1週間前のアンケート調査では、可決側はぎりぎり過半数を保っているものの、否決キャンペーンの追い上げは激しく、可決を危ぶむ声も多く聞こえてきます。ここで否決されますと、福島第一原発事故から5年間もかけて積み上げられてきた国のエネルギー政策の柱が白紙撤回となります。そしてスイスのエネルギー大転換と脱原発は無計画なものになり、世界の趨勢に乗り遅れることが危惧されています。

 

エネルギー戦略2050の第一対策パッケージは、その要素の一つ一つはごく普通の政策内容なのですが、石油産業と原子力産業にとってはパッケージを国民投票でまとめて覆せば、お金を稼げる時間を引き延ばせるチャンスです。スイスは総エネルギー消費量の77%を輸入しており、そのために毎年100億スイスフラン(1.2兆円)を国外に流出させています。化石エネルギー業界にとっては、この売上を保持するためならば否決キャンペーンの資金などは安いものです。また環境団体によると、反対派の一番の狙いは、原発の新設禁止を覆し、再エネ増産を阻むことで、長期的に「新世代」の原発を建設することであると言います。

 

資金力が市民社会や一般産業とは桁違いな石油産業や原発産業を相手に、当たり前のレベルの政策を求めて戦わなくてはならないのは悲しいことです。しかし、スイスにおけるエネルギー大転換は、最後まで市民社会が戦い抜かねば成就できない進歩であるようです。そのような中、昨年のキャンペーンに引き続き、エネルギーを途切れさせることなく可決推進キャンペーンに尽力している地域社会のリーダーたち(主に企業家が多いようです)には頭が下がります。前回の投票と同様に、どれくらいの人を投票に動員できるのかが決め手となりそうです。

 

 

【エネルギー戦略2050の第一パッケージの概要】

 

今回投票が行われるのはエネルギー戦略2050の第一対策パッケージです。この対策パッケージには、省エネ、再エネ、脱原発の3 つの柱があり、各柱ごとに諸対策が講じられています。

 

省エネに関しては、エネルギー法の中で1 人当たりのエネルギー消費量を2035年までに2000年比で-43%減らすことをエネルギー法に目標値として書き込みます。電力に関しては1人当たり-13%を目標としています。これは一見ハードルの高い目標に見えますが、現実にはスイスでは経済成長にも関わらず、人口1 人当たりのエネルギー消費量は2000年から2015年までの間だけでも約15%、つまり毎年約1 %ずつ減っています。

 

再エネ電力については、2035年までに水力を除いた再エネ生産量を11.4TWh に増やすことを目標としています。水力は37.4TWhに増やします。スイスの現在の電力消費量は60TWhで、将来的に省エネが進んでも、人口増加とヒートポンプや電気自動車の普及により、消費量はあまり変わらないと言われています。2035年までに、そのうちの50TWh(約83%)を再エネにするという目標です。今日スイスでは6割が再エネ電源であることを考えると、これもそんなに高い目標ではありません。

 

また電力消費に課される1kWhあたりの課徴金額を2.3ラッペン(現在1.5ラッペン)に増やします。そのうち0.2ラッペンは、ヨーロッパ電力市場の価格暴落で苦労していると言われる大型水力のマーケットプレミアムとして使います。その他、この課徴金は水系の再自然化や省エネ助成にも使われます。基本的に買取制度のための課徴金なのですが、このように僅かな増額では、実際には今ある買取待ちのウェイティングリストすらも解消されません。買取制度は、ドイツのようにFITからFIPによる直売制度に移行されていゆき、法律の施行から6年後(2023年頃)には終了します。また国家レベルでの重要性を持つと定義される再エネ(特に風力)プロジェクトについては、自然・景観保護と同等の位置づけが与えられるようになります。

 

熱分野ではオイルとガスへのCO2課徴金といった既存のツールを用いて、省エネ改修の助成財源を今後も維持します。温暖化防止目標が達成できない場合には、CO2課徴金を現在の1トンあたり84スイスフラン(暖房用オイル1リットルあたり22ラッペン)を、最大で120スイスフラン(暖房用オイル1リットルあたり30ラッペン)まで増額できるようにします。

 

今日ではCO2課徴金収入の3分1に相当する3億フランが建物の省エネ対策に用いられ、残額は国民に健康保険経由で還付されています。将来的にはCO2課徴金の増額により、省エネ改修の助成資金が4.5億フラン(約540億円)に増え、それにより省エネ改修率を上げていきます。その他、電熱による電気暖房と電気ボイラーを15年以内にヒーポンや再エネに代替することを義務化します。省エネ改修の費用は、2年間に分割して課税所得額から控除、(省エネ建築への)建替えのための取り壊し費用も課税所得額から控除することができるようになります。そして(既に州が実現していることですが)新築はニアリーゼロエナジーになります。

 

自動車のCO2排出量についてはEUと足並みをそろえて2020年までに1kmあたりのCO2 排出量を95gに減らします(ガソリン車で100㎞あたり4リットルの燃費)。

 

脱原発については、新しい原発の建設を禁止しています。ですが、既存の原発は安全性が保持されている場合には運転を続けることができます。運転終了期間は政治的には決められていませんので、いつ脱原発が終了するのかは残念ながら不明です。燃料の再処理は現在のモラトリアムから禁止へと移行します。

 

これらの対策パッケージについては、現在、法令レベルでの諸改訂のパブコメが進行中であり、2018年1月に法律と法令が施行される予定です。これらの諸法規とは別に、電力系統戦略が並列進行しており、分散型の電力生産構造に合った系統へのリニューアルが進められていきます。また第一対策パッケージが終了する将来には、助成制度から税制中立による気候・エネルギー課徴金制度に移行すると言われています。

 

参照:https://www.uvek.admin.ch/uvek/de/home/energie/energiestrategie-2050/uebersicht-massnahmen.html

 

 ©Schwerizer Solarpreis 2016
写真: 1785年に建設されたベルン地方の古民家を省エネ改修し、屋根材として太陽光発電を利用。二世帯住宅で345%のプラスエネルギ率。2016年にスイスソーラー大賞を授賞した建物の一つ。



● 新エネルギー新聞への寄稿記事より

 

下記リンクより、新エネルギー新聞(新農林社)に私が寄稿したニュース記事の一部を読むことができます。

「スイスソーラー大賞の集合住宅(上):賃貸人に太陽光電力を直売」

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/49810443.html

 

 

「スイスソーラー大賞の集合住宅(下)~ プラスエネルギー、電力直売、高度な省エネ」

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/50053545.html

 

 

「スイスアルプス:標高2500㍍、欧州最高のウィンドパークが運転開始」

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/49549913.html

 

 

 

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