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「犬ぞりの少年」訳者あとがき

2005-07-06 12:24:13 | Weblog
 私が、この少年とそり犬の美しくも悲しい物語を見つけたのは、常夏のハワイ、ワイキキビーチの小さな書店だった。物語の舞台は、同じアメリカでも、十月になれば初雪が降るワイオミング州ジャクソンの町だ。
 少年ウイリーは、病気の祖父の代わりに、愛犬サーチライトと力を合わせて小さな農場を切り盛りし、重い税金を払うために、周囲の反対を押し切って犬ぞりレースに挑戦する。ホテルで一読した私は、無敵の先住民ストーン・フォックスとデッドヒートを繰り広げるウイリーに、思わず声援を送っていた。そして、物語は劇的な結末を迎えるが、その余韻の中で、私は「ハドソン・カフェのボブに」という献じを思い出していた。
 この物語のアイディアは、北アメリカの背骨といわれるロッキー山脈に伝わる話がもとになっている。1974年、アイダホの滝にあるハドソン・カフェの主人、ボブ・ハドソン氏が、熱いコーヒーをすすりながら、私に語ってくれた伝説だ。ストーン・フォックスをはじめ、他のキャラクターは私の創作によるものだ。しかし、悲劇的な最後のシーンは、ほんとうにあったできごとといわれている。
 作者のJ・R・ガーディナーは、「あとがき」にこう記している。だが、私は、山の巨人ストーン・フォックスには、モデルがあるにちがいないと確信していた。ストーン・フォックスに、先住民族の歴史あるいは叙事詩の中の英雄(戦士)を感じたからだ。
 それから数ヶ月後、わたしはユタ州のソルトレーク・シティーから、ジャクソンに向かう機上にいた。窓越しに、アイダホ州とワイオミング州にまたがる森と湖と川、広大な牧草地と牛の大群を見下ろしていた。「ストーン・フォックスの祖先のショショーニ族は、白人たちに追い立てられるまで、こんなにすばらしい土地に住んでいたのか。」とつぶやきながら。
 まもなく飛行機は、四千メートル級の山々が連なるティートン山脈の上空から急降下して、すり鉢の底のようなジャクソン空港に着陸した。ところが、周りはどこを見ても岩石がゴロゴロの荒地。さっき見た緑草地帯とは天と地のちがいだった。
 ジャクソンの町は、市庁舎や教会の高い時計塔など、ウイリーの時代の面影が残されていた。違うのは、近くの保護区で暮らす先住民が、伝統的な彫り物や化石細工、はく製などの店をかまえていることだ。そして、まあ夏だと言うのに、こと地で二月に行われる国際犬ぞり駅伝レースの記事が、新聞をにぎわしていた。街には、他の犬ぞりレースのポスターもかざられ、優勝者の写真しは、ストーン・フォックスを思わせる顔があった。
 さまざまな先住民族が、それぞれの苦しみをのりこえ、伝統を守りながら新しい生活をきずいていくすがたを、ガーディナーもまたみていたのではないか? 私は、そんなことを考えながら、ジャクソンの町を後にしたのだった。
  2004年8月                     久米穣

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