すずめ通信

すずめの街の舌切雀。Tokyo,Nagano,Mie, Chiba & Niigata Sparrows

第514号 「家業」としての政治がもたらす社会 

2007-07-21 12:16:22 | Tokyo-k Report
【Tokyo】参議院選挙は29日の投票に向け、候補者・政党・マスコミは燃え上がっていることだろう。週明けにはマスコミ各社の世論調査結果が一斉に発表され、当事者たちの選挙戦はいやがうえにも絶叫調になっていくのだろうけれど、有権者も共に盛り上がることになるか? いずれにせよ最大の争点が「年金問題」という限りなく「内向きの選挙」である以上、その結果で世の中に清新な新風が吹き込む、ということは期待できまい。

前回の衆院選挙は「郵政選挙」だった。今回は「年金」である。いずれも暮らしに関わる、決して小さくはない問題ではあるけれど、われわれ日本人の国政テーマとは、いつもこのような「身辺問題」だけでいいものであろうか。「憲法」をテーマにするとマナジリを決していた安部政権は、それでは票になりそうもないと見て取るや、あっさりと方向転換したようである。ましてや「外交」などは論争の埒外に忘れ去られている。

まあ、政治とは極限のマキャベリズムなのであろうから、政治家が有権者におもねようと右往左往することにケチを点けるつもりはないが、所詮、彼らのマナジリはその程度なのである。どうして政治(政治家)はこのような存在に成り下がったのだろうか。豊かになったはずの日本人が内へ内へと縮んで行くように見えるのは何故なのだろうか。

ひょっとしてその理由は、政治が「家業」になったことにあるのではないか。2世、3世議員は現在、国会議員の何割にのぼるだろう。このところの首相は、そんな議員の就任が連続し、そうした宰相が任命する閣僚たちは2世、3世のオンパレードである。そうした人たちは小さいころから特殊な育ちをするのだろうか、顔じゅう絆創膏を貼って会見してもその理由を言おうとしないし、アルツハイマーで苦しむ人たちを軽々に傷つけてしまう。

政治が「家業」となることは、それだけ政治が美味しい職業になったからであろう。本人も、そしてその取り巻きたちも、この家業にしがみついていれば美味い世渡りができるのである。選挙が現代の国取り合戦であるとするなら、世襲政治はまるで封建社会を見ているようである。封建制は人材の発掘を阻害し、人身が倦むことによって滅んだのではないか。この国の鬱陶しさは、新種の封建制がもたらしているものなのかもしれない。
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