すずめ通信

すずめの街の舌切雀。Tokyo,Nagano,Mie, Chiba & Niigata Sparrows

第1513号 ハンガリーとオリンピック

2017-01-30 14:50:25 | Tokyo-k Report
【Tokyo-k】私がオリンピックの実況を記憶しているのは、1956年のメルボルンオリンピックからである。小学4年生だった。兄とラヂオの短波放送にかじりつき、雑音で途切れがちなアナウンサーの声に興奮しながら、競泳の古川や山中に声援を送った。しかし大会直前にハンガリーで市民蜂起が起き、ソ連軍が弾圧するという大事件が勃発したことへの関心はなく、この大会の水球種目で、ハンガリー対ソ連の流血戦があったことも知らなかった。



10歳が抱く世界への興味はこの程度のものだろうけれど、私が日本選手を応援していた同時刻に、動乱で多くの命を失ったハンガリーの人々は、せめてスポーツの場でソ連に勝って欲しいと、選手たちに熱い声援を送っていたわけだ。そのことをブダペストの地で思い起こすと、いまさらながらハンガリーの人々が身近に感じられる。ハンガリーは水球強国であり、この大会でも決勝ラウンドでソ連、ユーゴを破り、金メダルを獲得した。



そのブダペストが、2024年のオリンピック誘致に名乗りを上げている。それはドナウ川の右岸、流れから垂直に切り立つゲッレールトの丘で知った。丘はドナウを挟むブダ地区とペスト地区を一望できる、またとない展望台なのだが、その頂の古い城壁に「THE OLYMPIC GAMES OF THE FUTURE AT BUDAPEST」と呼びかけるカラフルなパネルが並び、ハンガリーのスポーツ実績と、五輪誘致への熱い思いを伝えている。



東京大会の次の2024オリンピックには、ブダペストの他パリやロサンジェルス、ハンブルグも手を挙げているらしい。しかし開催費用の高騰からローマなどは撤退を表明してもいる。東京大会のすったもんだにうんざりしている東京市民としては、オリンピックは、財政的に無理をしてまで開催する価値はない、という思いがある。ブダペスト市民の60%が誘致を希望しているとの報道もあるようだが、市民意識がどこまで高揚するか。



ハンガリーの名目GDPは1206億ドルで、世界58位(2015年、IMF)だ。東欧の優等生と呼ばれたハンガリー経済も成長が鈍化、財政赤字は深刻なようで、EUに加盟して12年になるもののユーロ導入は実現していない。ブダペストでは厳寒の折り、ホームレスの姿がずいぶん目につく。オリンピックを開催して経済に弾みをつけ、先進国入りを果たしたいという思惑は理解できる。だがそうやって財政破綻したギリシャの例がある。



しかしながら、とブダペストの地下鉄1号線に乗って考える。道路からごく浅く、おもちゃのような車両が行き交うこの地下鉄は、東洋で初めての地下鉄が浅草—上野間を走る30年以上前の1896年、世界初の電力運転地下鉄道として建設された。このことに、ルービックキューブを発明したハンガリー人の、優れた頭脳と先取の気性を私は感じる。オリンピックについても、慎重に結論を導き出すだろう。この地下鉄は世界遺産だ。



ゲッレールトの丘には巨大な「自由の像」が建ち、夜は白くライトアップされる。ハンガリーの人々にとって「自由」はひときわ重い言葉なのだろう。帰路の飛行機で、実業家然とした女性と隣り合った。妻は数独を通じてすっかり打ち解け、ブダペストのオリンピック誘致を訊ねている。女性は「私の国にまだその力はありません」と明確に答えた。飛行機は大きく左に旋回し、平原を黒々と蛇行するドナウに別れを告げた。(2016.12.25-29)


























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