みちのくの山野草

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大正15年12月に賢治が詠んだ詩

2016-09-30 08:30:00 | 「羅須地人協会時代」に詠んだ詩
<『新校本宮澤賢治全集第十六巻(下)・年譜篇』(筑摩書房)よりカウント>
 では、大正15年12月に賢治が詠んだ詩はどのようなものがあったのか。『新校本年譜』によれば、
一二月一日(水) この日、一一月二二日付案内による定期の集りが開催されたと見られる。
一二月二日(木) セロを持ち上京のため花巻駅へゆく。みぞれの降る寒い日で、教え子の高橋(のち沢里と改姓)武治がひとり見送る。「今度はおれもしんけんだ。とにかくおれはやる。君もヴァイオリンを勉強していてくれ」といい、「風邪をひくといけないからもう帰ってくれ、おれはもう一人でいいのだ」といったが高橋は離れがたく冷たい腰かけによりそっていた。
一二月三日(金) 着京し、神田錦町三丁目一九番地、上州屋の二階六畳に下宿を決め、勉強の手筈もととのえる。
一二月四日(土) 前日の報告を父へ書き送る(書簡220)
一二月一二日(日) 東京国際倶楽部の集会に出席する。
一二月一五日(水) 父あてに状況報告をし、小林六太郎方に費用二〇〇円預けてほしいと依頼(書簡222)。
一二月二〇日(月) 前後 父へ返信(書簡223)。重ねて二〇〇円を小林六太郎が花巻へ行った節、預けてほしいこと、既に九〇円立替てもらっていること、農学校画の複製五七葉額縁大小二個を寄贈したことをしらせる。
一二月二三日(木) 父あて報告(書簡224)。二一日小林家から二〇円だけ受けとったこと、二九日の夜発つことをしらせる。
ということで、一篇の詩も詠んでいないことになる。

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◇ 拙ブログ〝検証「羅須地人協会時代」〟において、各書の中身そのままで掲載をしています。
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