では今回再び戻って、「その4 イギリス海岸」からだ。というのは、先の〝DVD「その8 バナナン大将」)〟において、早坂が「社会主義者賢治が」と言っていたことを初めて知ったので、一度は軽く聞き流していた朝倉の次の証言は無視できないぞということに気付いたからだ。
《朝倉六朗》(大正13年卒)
まずは、「よくレーニンの話をしたんです」という回答からは、賢治はしばしばレーニンに関する話をしたであろうということが推断できる。しかも、「覚えているのがありますか」という問いに対して朝倉が「ずいぶん過激な話をするものだなと」いう印象を長らく持ち続けていたということがわかるから、当時の賢治は、早坂が「社会主義者賢治が」と言い直しいることと重なる。つまり、賢治本人の認識はさておき、教え子たちから賢治は「社会主義者」と、そしてその一部からは「かなり過激な社会主義者」と見られていたということはもはや否定できなくなってきた。
続きへ。
前へ 。
”みちのくの山野草”のトップに戻る。
《鈴木 守著作案内》
◇ この度、拙著『「涙ヲ流サナカッタ」賢治の悔い』(定価 500円、税込)が出来しました。
本書は『宮沢賢治イーハトーブ館』にて販売しております。
あるいは、次の方法でもご購入いただけます。
☆『「涙ヲ流サナカッタ」賢治の悔い』 ☆『宮澤賢治と高瀬露』(上田哲との共著)
なお、既刊『羅須地人協会の真実―賢治昭和二年の上京―』、『宮澤賢治と高瀬露』につきましても同様ですが、こちらの場合はそれぞれ1,000円分(送料込)の郵便切手をお送り下さい。
☆『賢治と一緒に暮らした男-千葉恭を尋ねて-』 ☆『羅須地人協会の真実-賢治昭和2年の上京-』 ☆『羅須地人協会の終焉-その真実-』
◇ 拙ブログ〝検証「羅須地人協会時代」〟において、各書の中身そのままで掲載をしています。
《朝倉六朗》(大正13年卒)
私は計画的に先生は10分ぐらい時間を後にとったと思うんですよ。50分授業のうち40分ぐらいはぴたっと授業をやって。ここだけは忘れるなと言って○をし、そして後の――いつもではなかたんですよ、たまたま、その10分は自分の読んだ本の感想を言ったり…(投稿者略)… 教科書以外の授業を10分間ぐらい時たまやる先生だった。あれ、余ってるんじゃなかったと思うですよ。計画的に先生がそういうことをやったと思うんですよ。必ず本を読み出すと、その本の感想なんかを始終、こういう本の中にこういうことがあったということを、よく言われる人だったんですよ。
そしてこれに対して鳥山氏が「覚えているのがありますか」と訊くと朝倉は、 はっきり覚えてはいないけど、よくレーニンの話をしたんです。レーニンはこう言った。本当のレーニンの思想は今スターリンに引き継いでいないと。レーニンを尊敬したようなことを言って、本当はスターリンというのはレーニンの思想を本当に引き継いでいないというようなことを、あとちょっと聞いた気がしますね。だからあの頃の私にとっては、ずいぶん過激な話をするものだなと。
と答えていた。まずは、「よくレーニンの話をしたんです」という回答からは、賢治はしばしばレーニンに関する話をしたであろうということが推断できる。しかも、「覚えているのがありますか」という問いに対して朝倉が「ずいぶん過激な話をするものだなと」いう印象を長らく持ち続けていたということがわかるから、当時の賢治は、早坂が「社会主義者賢治が」と言い直しいることと重なる。つまり、賢治本人の認識はさておき、教え子たちから賢治は「社会主義者」と、そしてその一部からは「かなり過激な社会主義者」と見られていたということはもはや否定できなくなってきた。
続きへ。
前へ 。
”みちのくの山野草”のトップに戻る。
《鈴木 守著作案内》
◇ この度、拙著『「涙ヲ流サナカッタ」賢治の悔い』(定価 500円、税込)が出来しました。
本書は『宮沢賢治イーハトーブ館』にて販売しております。
あるいは、次の方法でもご購入いただけます。
まず、葉書か電話にて下記にその旨をご連絡していただければ最初に本書を郵送いたします。到着後、その代金として500円、送料180円、計680円分の郵便切手をお送り下さい。
〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木 守 電話 0198-24-9813☆『「涙ヲ流サナカッタ」賢治の悔い』 ☆『宮澤賢治と高瀬露』(上田哲との共著)
なお、既刊『羅須地人協会の真実―賢治昭和二年の上京―』、『宮澤賢治と高瀬露』につきましても同様ですが、こちらの場合はそれぞれ1,000円分(送料込)の郵便切手をお送り下さい。
☆『賢治と一緒に暮らした男-千葉恭を尋ねて-』 ☆『羅須地人協会の真実-賢治昭和2年の上京-』 ☆『羅須地人協会の終焉-その真実-』
◇ 拙ブログ〝検証「羅須地人協会時代」〟において、各書の中身そのままで掲載をしています。