みちのくの山野草

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昭和3年2月に賢治が詠んだ詩

2016年10月15日 | 「羅須地人協会時代」に詠んだ詩
<『新校本宮澤賢治全集第十六巻(下)・年譜篇』(筑摩書房)よりカウント>
 では、昭和3年2月に賢治が詠んだ詩はどのようなものがあったのか。『新校本年譜』によれば、
二月九日(木) 湯本小学校で農事講演会に出席し、講演。帰途堀籠文之進の長男を見舞う。
二月初旬 労農党稗和支部の事務所に帰ってみたら、「謄写版一式と紙に包んだ二十円があった、『宮沢賢治さんが、これをタスにしてけろ』と言ってそっと置いていったもものだ、と聞いた」という。(煤孫利吉談)
二月一五日(水) 堀籠文之進の長男を見舞う。
二月 梅野健造来訪。
ということで、2月に詠んでいた詩篇はやはり一篇もない。

 さて先に〝DVD「その4 イギリス海岸」(梅野健造)〟において、梅野の証言を紹介した。それは、昭和3年4月10日、労農党本部・全国支部が政府から解散命令を受けたが、その時に羅須地人協会の賢治も取り調べを受けたのかという鳥山敏子の質問に対してのものであり、それに対して梅野は次のようなことも答えていた。
 私(梅野)は花巻警察署留置所に40何日間程入った。私はいろいろ読んだり書いたり、やったりしたもんだからね、警察にすっかり睨まれてしまってな、警察からいえば重要人物だ私は。警察からいえばな。それで2~3日で帰される人も多かったんだけどもね。私は別に共産党員でもなければ共産主義者でもないんだよ。ないけども警察はだね危険人物と見たんだろう 私をね。別に何も調べもせずに40何日というものを暮らしたわけだ留置所で。
 だからそういう事件で宮澤さんも2~3日警察に呼ばれてね。それは労農党の支部にねいろいろな面倒を見たという風なこともあるわけだよ。警察にね睨まれたいうのもそんなわけだよ。
 労農党というのはね、農村の救済ということをね緊急政策としてね発表したもんだからね。とてもひどかったんだ、その当時の不景気でね。それに対して労農党が緊急政策を出し、農村の救済というかな、主張したもんだから、だから宮澤さんは大いにそれに期待したわけだな。そこで労農党に対していろいろな援助をしていたというのもその辺にあるわけだよ。
 羅須地人協会に青年たちを集めてねいろいろ話をしたりすること以外にね、そういうことをやったもんだからね睨まれてしまったわけだな。2回か3回、3回だろうな、呼ばれた。そういう関係で羅須地人協会も解散したわけだ。
 そこで私は、その3回とは、常識的に判断すれば、
   ・昭和3年3月15日前後(3・15事件)(昭和3年2月頃も含めて)
   ・昭和3年4月10日前後(労農党解散命令)
   ・昭和3年8月前後(陸軍大演習前の凄まじい「アカ狩り」)
の3回となるだろ、とその際に述べたわけだが、この年譜の「二月 梅野健造来訪」はこの最初の1回目のものと対応しているのではなかろうか。
 ちなみに梅野は、「賢治との出会い」の中で、
 昭和三年四月、労農党の主張は危険思想であるとする政府・取締当局の弾圧により本部・全国支部は解散された。これと前後して羅須地人協会は農民を思想的に指導しているとして賢治は花巻署に召喚・取調べを受け、やむなく協会を解散するに至った。
 その頃、健康を害していた私は一年あまり続いた〝無名作家〟を休刊していたが、昭和三年二月積雪深い桜の山荘に賢治を訪問した。案内された二階で炬燵を囲んだが精神的な苦悩から顔色が勝れなかったが相手をそらさない笑顔が痛々しく感じられた。
 私は暫くの無音を謝し、その後の文芸活動の足どりや文学上の諸問題について教えを乞いながら語ったが偶々羅須地人協会の解散に触れると
   -誤解のため取調を受けたがこれからも農村のため出来る限りの努力をしたい-
と静かにその決心を述べられた。私は更に中央に興りつつあるプロレタリア文学運動にいて説明し、文学の時代性は理解しているが、いまはこれらに捉われないで真の道を索めたい、と心境を率直に語り、総合誌〝聖燈〟の発刊を準備中であることを告げると、深く頷かれ
   -それでいい、それで結構だと思う…-
とやさしく共感を示され〝聖燈〟創刊号に〝稲作挿話〟を寄稿されたのであった。
               <『賢治研究33号』(宮沢賢治研究会)9p~より>
と述べている。
 そこで私は、梅野がこの「昭和三年二月積雪深い桜の山荘に賢治を訪問した」のは、「3・15事件」に絡んで賢治が取り調べを受けたのでその慰労だったという蓋然性が低くない、と思った次第である。

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       〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木 守    電話 0198-24-9813
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 なお、既刊『羅須地人協会の真実―賢治昭和二年の上京―』、『宮澤賢治と高瀬露』につきましても同様ですが、こちらの場合はそれぞれ1,000円分(送料込)の郵便切手をお送り下さい。
 ☆『賢治と一緒に暮らした男-千葉恭を尋ねて-』        ☆『羅須地人協会の真実-賢治昭和2年の上京-』      ☆『羅須地人協会の終焉-その真実-』

◇ 拙ブログ〝検証「羅須地人協会時代」〟において、各書の中身そのままで掲載をしています。
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