みちのくの山野草

みちのく花巻の野面から発信。

3473 望月桂と和田久太郎

2013-08-31 09:00:00 | 羅須地人協会の終焉
《創られた賢治から愛すべき賢治に》
 先に、立野信之の『黒い花』に関して少し触れたが、同書には次のような人物が登場していた。
 路地の裏では、すでに告別式がはじまっていた。
 葬式――といっても、無政府主義者のそれは、坊主も呼ばなければ、読経もない。線香の煙と、葬儀屋が持ってきた白黒の幕だけがわずかに葬儀らしい景観を添えていただけだ。遺骸の枕許には一握りの生花と、同志で画家の望月桂が描いた似顔画がピンでとめてある。
             <『黒い花』(立野信之著、ぺりかん社)9pより>
 籠には、望月桂の描いた個人の肖像画をぶら下げた。そして自由労働者の印半纏姿の和田久太郎が、棒の先に「無政府共産」と書いた赤旗をしばりつけ、それをかついで行列の先頭に立った。
             <『黒い花』(立野信之著、ぺりかん社)15pより>
 これらはともに、大正7年5月半ばの渡辺政太郎の葬儀の際の描写であり、この渡辺とは同書によれば 
 北風こと、渡辺政太郎が死んだ。
 一銭床屋として、場末の貧民街の子供たちにまで親しまれた無政府主義の伝道者。
であるという。

 さてここに登場してきた人物の一人望月桂といえば、小倉豊文がこれを読まなければ当時のことがわからないと奨めていたあの『大正自由人物語』(小松隆二著、岩波書店)の主人公である。そしてもう一人の和田久太郎といえば、同書の「プロローグ」は望月桂と近藤憲二の2人が、誰あろう、昭和3年2月20日に秋田刑務所の独房で縊死したこの人物和田久太郎を引き取りに行くシーンから始まっていたことを思い出した。
 この『大正自由人物語』に関しては以前〝賢治、家の光、犬田の相似性(#18)〟において参考にさせて貰った著書である。その引用時点では、あまり〝アナーキストとしての望月桂〟は意識していなかったが、もう一度その観点からこの『大正自由人物語』を少しだけ読み直してみたくなった。

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 なお、その一部につきましてはそれぞれ以下のとおりです。
   「目次
   「第一章 改竄された『宮澤賢治物語』(6p~11p)
   「おわり
クリックすれば見られます。

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